俺はここにいた | ナノ


  10 世界のピースをひとつ


ゆっくりと息を吐いて目を開けた。
そこには、数日間見ていた天井ではなく、見慣れた天井が目の前に映った。


どうやら、ベットの上に寝ている状態らしい。
俺は上半身を起き上がらせると、まず自分の両手を見た。透けていない。前に伸ばして手を開いたり閉じたりしてみたり、しばらく自分の手を確かめた。

それから、部屋をぐるりと見渡した。
ベットから降りようと手をつくと、何かが右手の指先に触れた。
見てみると、赤いラインの入った使いこまれたテニスラケットが一本。俺のじゃない。




これは、あいつのだ。




見つめていたラケットに書かれた一言に少し笑った。


目を閉じて天井を仰ぐ。


ああ、



「帰って来た…」





元の世界に。

















***


あの後、軽く放心状態だった俺は、母さんの呼ぶ声に目を覚まされた。

どうやら、俺が向こうに行っていた一週間と言う期間は、向こうでたっていただけでこちらの世界では、たったの一時間程度しか経っていなかった。時間軸が違うらしい。
その日の夕飯では、いつものように今日の部活はどうだったから始まり、俺が一週間前の記憶を懸命に呼びもどしたすえ、今日も楽しかったよで終わった。







「元の世界に戻れるまでキミをうちに置いて、ついでに青学のテニスの練習に参加できるようにしてあげる。そして元の世界への戻り方も調べてあげよう」

「今のは俺の負けだ。……楽しかったぜ、桐生」

「ええか、物事は楽しんだもの勝ちや!!」

「お前が、この世界の者じゃないのは分かった。だが、だからと言ってお前がこの世界の者じゃないと言うだけで、ここに居ていてはいけないなんて言うのは違う」




目を閉じれば、昨日の事のように鮮明に記憶が駆け廻る。
騒がしくも、退屈な時などない笑いにあふれたあの世界の情景が。

あの日から二週間。あいつらとの思い出を胸に今日と言うこの日までがんばって来た。
中学最後の大会の決勝戦。今日ですべてが終わってしまう。
息を深く吸った。



「部長、そろそろシングルス1ですよ!」



「…うしっ、行くか!!」


吸った息を思いっきり吐き出すと、ベンチから立ち上がってラケットを手に取った。
その場で軽くジャンプしたり、腕の筋を伸ばす。
体は十分温まっている。


あまり手になじみの無いそのラケットの側面を、指でなぞった。

なぞった場所にある「Good Luck」の文字。あまりにもやる事がキザすぎて、越前らしいと笑ってしまった。



着ていたジャージを脱いでコートへと向かう。

相手は、去年の優勝校。俺が負ければここで、中学最後の大会は終わってしまう。
前までの俺ならば、ここで不安や緊張に見舞われ、負けてしまっただろう。
だが今の俺は違う。前を向く事を学び、地に足をつける事を学び、テニスを楽しむこと学んだ。


楽しんだもの勝ち



俺は負けない。









言ってやろうじゃないか。



「部長、頑張ってください!」

「ああ」



しっかりと前を見据え、相手に不敵な笑みを見せて。



「ザ・ベスト・オブ・1セットマッチ、桐生トゥー・サーブ プレイ」


「…ふっ…!」






生意気な後輩の技を見せ付けて。





「な、ボールが!」




ラケットを相手に向けて、見下ろすようにして







「まだまだ、だな。この試合、勝つのは俺だ」




見せつけろ、俺のすべてを。















あの世界で俺は変われた。
あいつらに会えた事で俺は変われた。

周助、ありがとう。お前に会えなかったら俺は変われていなかっただろう。
白石や謙也それから財前。跡部に……青学の皆。








「ありがとうな…」








俺はここに居た











「ゲームセット アンド マッチ ウォン バイ 桐生、スコア イズ 6−3」

















俺は知らない。世界は常に廻り続けることも、どこかの世界が重なり合った事も。


何も、知らない。


prev / next

[ back to top ]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -