31 幸村の過去
「昔からこのアリスのせいで気味悪がられていたんだ。
5歳まではね、学園から逃げていたんだ。でもそれは、国からの支給額を上げる為だった。それまで両親は優しかった。
――俺の親、最後何て言ったと思う?」
私は首を横に振った。
「
"ここまで育ててやったんだ。感謝しろ" "もうお前は家族じゃない。二度と関わってくるな" って…急に態度が変わってさ」
酷い……
「唯一優しかったのは、妹だった」
『妹?』
「生きていれば、ちょうど紗那ちゃんくらいの歳かな。妹もアリス持ちだったから…心配だ。俺がこの学園に行く時、まだ3歳だったのに、俺の為に泣いてくれたんだ」
『…妹さんの、名前は?』
「…わからない。教えてくれなかった。きっと、将来俺がその名前を頼りに探しに行けないように。多分妹も、もう俺のことは覚えていないだろうね…」
『…親の、名前は…?』
「わからないよ。母さん、父さんで通していたから。この幸村っていう名字も、叔母の旧姓だから…よっぽど俺と縁を切りたかったんだろう」
もう、二度と関わりのないように…
『妹さん、どんな子だったんですか?』
「可愛い子だったよ。俺と全然似てなくて、大きく蒼い目に、ふんわりした金色の髪で…まるで光みたいな…天使みたいな子で。俺とは対称的によく笑う子だった」
『わぁ…
本当に対称的ですね』
「うん。
どういう意味かな」
こ わ い ー
『イ、イエ…で、でも幸村先輩も笑うじゃないですか』
「そう? でも昔は俺、無表情だったんだよ」
『え、
嘘だ』
「
どうしてそこで俺が嘘をつかなきゃいけないのかな」
…こ わ い ー
『じゃ、じゃあ、幸村先輩が笑えるようになったのは、きっと先輩たちのおかげですね!』
私は立ち上がって、幸村先輩の前で両手をいっぱいに広げ、笑った。
「…うん、そうだね――」
「…見ろ、弦一郎。――精市が、あんなに柔らかく微笑んでいるぞ」
コートから二人の様子を見ていた柳が微笑んだ。
「――紗那ちゃん?」
ぐらり
視界が揺らぎ、重力に逆らえなくなった体が後ろへ傾いていく。
薄れていく意識の中、最後に聞いたのは……――私の名前を呼ぶ、
手塚先輩の声だった。
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