1万打企画 | ナノ


  俺は"仁王雅治"


『えっと……倉科葵です。よろしくお願いします』


中学1年の6月半ばという中途半端な時期に、そいつは俺のクラスへやってきた。

第一印象は、"ごく普通"だった。
外見も普通――この学校では珍しい――黒い髪、黒い瞳。
化粧も薄いか、していないのだと思う。
顔はどちらかと言えば可愛い部類に入るかな、という程度だ。

最初の自己紹介だというのに全く笑わず、暗い奴なのかなと俺は思った。


「じゃあ席は、あの銀髪の隣な」


げ、俺の隣かよ……

そいつは俺を見て、無表情でスタスタと俺の隣へ歩き、座った。

ぼやっとそいつを見ていると、目が合った。


『……よろしく』
「……おぅ」


さらりと挨拶しただけで、そいつはもう俺の方も見なかった。

まあ立海は進学校だし……ガリ勉なのか?
何にしろ、キャーキャー騒ぐ女子よりは大分マシだ。


























しかしそれからというものの、そいつは 休み時間も、放課後も、ずっと1人だった。


友達を作る気が無いのか?


「仁王ー部活行こうぜー」
「……ん」


丸井が教室のドアから俺を呼ぶ。

俺は何故だか少し転入生が気になったが、気にせず部活へ行った。






















部活では、まだコートに立たせてもらえない。
幸村と真田と柳はもうコートに入って3年と打ち合いをしているが……
あいつらは特殊だ。
例外例外。



……にしても俺……
本当にレギュラーになれんのかな……


仁王といえば、イリュージョンとかだろ?
本当に俺できんの?


つかまだ柳生の姿をテニス部で見てないんだけど。
何これ死ぬ。
俺のパートナーいずこ。


「1年はいつものメニューをこなしたら自主練!! コートには入れないが、壁打ちは場所を見つけてやっていいぞ!!!」


現在の部長が声を張り上げる。


マジか!
やっとテニスボール打てるのか!!
素振り解放?
うおおおおおお今日初めて打つ!!









とんでもない早さでいつものメニューを終わらせ、テニスボールとラケットを持って、壁の前に立った。



何か緊張するな……



これで壁を破壊しちゃったらどうしようかな!



誰か先輩見ててくれないかな!




















俺は"仁王"だからできるのが当然



















この時の俺は、そう思っていたのだと思う。







テニスボールを上に投げ、見様見真似でラケットを振り下ろす。



















スカッ





















「……え、」


黄色いボールが、少し跳ねながら俺の足元を転がる。



か、空振った……?



その後、何回も同じことを繰り返すが、ラケットにボールが当たることは1度もなかった。


「おう仁王! 早いな! 隣いいか?」


呆然とする俺の所に、やっとメニューを終えた丸井がやってきた。


「……疲れた」
「は?」


ちょっと休む、と 丸井から離れて木の下に座った。



















何で打てないんだ……?


俺は"仁王雅治"だろ……?




タオルを頭から被り、木の根元にうずくまる。
すると、パーン、パーンと良いインパクト音が聞こえてきた。

顔を上げると、ぎこちないフォームではあるが、必死にボールを追いかけて壁に打ち返す、丸井の姿があった。



何だよ……

やっぱりできんじゃん……



"仁王なのにテニスができない"という現実が、俺の心に大きな重りを乗っけた。


「…………テニス部止めようかな……」



第一俺は"仁王"じゃないし……

公立の中学行きたかったし……

テニスだって今日初めてやったし……



本物の仁王なら小学生とかからテニスやってたのかもしれないし。
テニスの才能があったかもしれない。


原作で描かれてない部分で何かあったんだろうな……



"テニスができない"ことを、"成り代わり"のせいにしてイライラしていないと、俺は泣いてしまいそうだった。


『どうした? 少年』
「え、」


転入生の声が木の裏側から聞こえた。
いつからいたんだよ……


「……何でもねえよ」
『……あっそ』


パラ、と紙をめくる音がした。

本でも読んでいるのか?


『……少年。今コートに入ってる1年生は、才能があると思う?』
「は?」


突然そんなことを聞いてきた。
幸村たちのことだろうか?


「そりゃあ、あるんじゃないか?」
『……そう』


バタン、と本を閉じる音がした。


『でもさ、その"才能"って……99%は、"努力"なんだよ』
「は?」
『努力するからこそ、強くなる。強くなりたいから、努力する。それを重ねてきて、彼らは"才能"を手に入れた』


何言ってんだこいつ……
てか"少年"って……

あ、タオル被ってるから俺だって気付いてないのか。


『少年。最初から上手にできる人なんていない。ありえない現実を受け入れなければならない時もあるんだよ』
「……」


俺は黙り込む。

その時、「あっ!」と丸井の声がした。
顔を上げると、丸井がこちらに走ってきた。
どうしたんだ?


『痛っ』
「わーっ!! 誰だか知らねえけどごめんなさいーっ!!」


転入生の方を見ると、右手にテニスボールを持って、左手で後頭部をさすっていた。

ああ、丸井が打ったボールか。


転入生は立ち上がり、必死に頭を下げる丸井をなだめてボールを渡した。


「マジですみません!! ごめんなさい!!」
『いやいや別に大怪我したわけじゃないし。大丈夫だよ』
「いや、でも英単語2、3個飛ばしちゃったかも!
もともと入ってないから安心して。ほら、早く戻りなよ』


すんません!ともう一度勢いよく頭を下げてから、丸井は駆け足で壁打ちに戻っていった。


『少年。君も練習してきたら?』
「……努力しろってか」
『別に君がテニス嫌いならいいんだけどさ。さっきボール打とうとしてた時、すごく生き生きした表情してたから』


俺が?

生き生きした表情?



それ……まるで、






『テニス、好きなんでしょ?』






俺が、テニスが好き、なんて、……






考えたこともなかった。



俺は"仁王雅治"だから、立海に入学するのも、テニス部に入るのも、髪を銀髪にするのも、髪をのばすのも、全部、全部……
当たり前だと思ってた。



でもいつの間にか……仁王と俺が、重なっていたんだ。


今までは"仁王"と"俺"は別々の存在だったけど……


今はもう、"俺"は"仁王"であり、"仁王"は"俺"なんだ。




「……俺は、テニスが……好き、なんだ」
『……今更気付いたの?』


くす、と転入生が笑う声がした。
俺はタオルを被ったまま、立ち上がった。


「何かよくわかんねーけど、ありがとうな」


そして転入生に背を向け、歩き出す。


『頑張れよ、少年』



ちらっと振り返ると、眩しい笑顔の転入生が俺に手を振っていた。



……なんだ、笑えんじゃん。




「さて……頑張るか」












俺は


















"仁王雅治"だ


















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知らない所でいつの間にか成り代わりキャラを救っていた主人公。

主人公が知らない仁王の誕生秘話でした。

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