幸せのアンテナ 2




 何気なくヒナタに視線をやると、彼女は湖の縁でやはり先ほどのようにしゃがみ込んでいる。
 今度は何を見つけたのか気になり脚を運んでみると、彼女は一心に湖の水に手を入れ何かを探り、小さな物を掴んでは手の上に転がしていた。

「今度は何があったってばよ、ヒナタ」
「え、あ……ほら、綺麗な石が……ね?」
「へぇ……キラキラしてんな」

 自らの手の上にある石を、日の光りに照らして見せてくれたヒナタに、オレは笑いかける。

「へっ、たかだか石じゃねーか、赤丸!競争だっ!!ナルトも競争しねぇかっ!」
「オレは遠慮しとくってばよ」

 たかだか石というキバの言葉もわからなくはないが、でも、ヒナタの持つ石は綺麗だと思うし、何よりそれで幸せな笑顔を見せてくれる彼女が凄いと思った。

「ヒナタ、ほら、そこにもあるってばよ」
「え?どこ……あ、本当だ……こっちは、青くてキラキラしているね……ナルトくんの瞳の色だね」

 ふふりと笑うヒナタ。

「オレの……瞳?」
「うん、青い空みたいで……でも海のように深くて綺麗」
「……そっか……サンキュ」

 それ以上なにも言えなかった。
 自分の目をそういう風に見てくれているなんて、思いもよらなかったから。
 無心にその石を見ているヒナタを見ていたい。
 何故かそれだけで、幸せを感じられる。

「あ、ヒナタ、お前上着の裾……」

 脚はちゃんとまくっていたが、彼女の少し長めの上着の裾が水に濡れていた。

「わ、私ってドジ……で、でも、あたたかいから、すぐ乾くよね」

 くすくす笑い、立ち上がる。
 きゅっと絞って水気を取ると、パタパタと風を通して一つ頷く。

「ど、どうしたの?ナルトくん……今日は何だかずっと無口。やっぱり疲れているんじゃ……」

 今まで幸せそうな顔をしていたヒナタの顔が、一瞬にして曇る。
 そんな顔させたいワケじゃない、もっと笑って、オレはそれで幸せを感じられるんだから。

「あー、いや、なんつーか……徹夜任務明けだし、いい天気だし……ぼーっとな」
「そ、そうだよね、ごめんね急に誘っちゃって……眠いでしょ?」
「んー、すこーしな」
「お昼食べたら、仮眠とったらどうかな。きっとみんな思い思いに休息とると思うし」
「……ヒナタは?」
「わ、私?……天気がいいから空眺めているかも」
「そっか……空……か」

 いい天気だなと思っていたら、横にいたヒナタが急に楽しげに笑う。

「どうしたってばよ」
「ほら、あそこ……シノくんが凄く楽しそうに蟲観察してる」

 シノの楽しそうなカンジというのはよく分からなかったが、夢中になっているのは遠くからでも見て取れたので、頷く。
 やっぱり、同じ班が長いだけあって、そういう細かいところも理解できるようになるのだろう。

「あー、本当だってばよ。やっぱ、ここら辺も珍しいのいんのかな」
「いるかも……昔、任務で蟲探ししたよね」

 懐かしい話を持ち出され、オレは思い出し、そして笑った。
 一瞬昔に見た綺麗な光景と、ヒナタがダブって見えて、思わず視線を逸らせた。
 な、何でダブって見えてんだよ。
 結局誰だかわからなかったが、もしソレがヒナタであったというならば、かなり恥ずかしい気がする。

「ああ、まー……いい思い出だってばよ」
「うん」

 空を見上げれば、太陽はちょうど真上。
 そろそろ昼時だろうと、視線を巡らせれば、各々昼時がわかっているのか、荷物を置いた場所へあつまりつつある。

「昼メシだな」
「だね」

 足元の砂利を踏みしめながら、草の生い茂った場所へと歩こうとするが、つんのめってよろけたヒナタがオレの腕を掴んだ。
 反射的に腕が動き、ヒナタの体を支える。

「大丈夫か?」
「う、うん、ごめんね……なにか足に……」

 ヒナタの出遅れている右足を見れば、なにやら触手のようなものが巻きついていた。

「……なんだコレ」
「な、なんだろう……」

 ヒナタの右足の傍でしゃがみ込み、ソレをジッと見ると、どうやら何かの生き物の触手らしい。
 しかも、獲物としてヒナタを捕らえた気分なのだろう。
 何か面白くない……。
 そのまま問答無用で触手を掴み引っ張るが、どうやらヒナタの足を離す気は無いらしく、キィキィ言いながら引っ張る。

「な、ナルトくん?」

 徐にヒナタを肩に座らせた状態で担ぎ上げ、足元を上へズラして、その触手を思いっきり引っ張ると、何やら球体のものがぷらんぷらんとぶら下がる。

「ったく……お前がヒナタ食おうってか?」

 水から上げられてヒナタの足を離してジタバタしている球体の触手を掴みつつ、それを勢い良くブンブン回しながら湖へ向かって放り投げる。

「100年早ェってのっ!」

 ったく……と、ぼやきながら肩の上でオレの頭に遠慮がちにしがみつきバランスをとっていたヒナタが、飛んでいった球体を見つめぽちゃんと音を立てて落ちたのを確認すると、小さく呟く。

「な、何か……可哀相……だね」
「お前、それで食われてやる気かってばよ」
「え、いえ、あの……そ、それはないけど……」

 全くと憮然としたまま、足元危ないこのお嬢様をそのままみんなが待っているところまで運ぶ事にしたオレは、悠然と歩き出す。
 否定はしているが、きっとしょうがないなと許してしまうのがヒナタである。
 何故かそう断言できるオレは、ヒナタの腰と太ももに手や腕を回して固定してしまった。

「な、ナルトくんっ!?」
「まーた、さっきのヤツみたいなのに絡まれたら困るってばよ」
「え、で、でもっ、も、もう大丈夫だよっ」
「あー、聴こえねーってば」

 と、言い放ち更に抱えなおすと、ひゃぁっと甲高い声を上げた。

「た、高いよっ」
「そうだな、ヒナタ一番小せェからな」

 軽口を叩きながら連れてくると、ヒョイッと体を屈めてヒナタを肩から降ろした。

「何だ?さっき、何があったんだ?」

 どうやら皆興味津々のようで、キバが説明を求めてきたので軽く話ししてやると、いのが笑い出す。
 やっぱり、そういう反応になるよな。

「なに?それじゃぁ、ヒナタ、そんなのに好かれてきたの?」
「美味そうに見えたんじゃねぇか?」

 いのとキバの言葉に、ヒナタは困ったような顔をして苦笑すると、オレを見上げお礼を言ってきた。

「別にたいしたことしてねーってばよ」
「でも、そのまま担ぎ上げてくるとは思わなかったわ」
「また絡まれたら困るだろ」

 いのが楽しげにくすくす笑い、シカマルが呆れた顔をして溜息をついている。
 弁当をいそいそ準備しているヒナタとサクラちゃんを見つつ、オレも敷物の上に座ると、他の連中もおのずと集まってきた。
 漸く昼ごはんにありつけると、腹を押さえたオレたちはやはり育ち盛りであるのだろう。
 色とりどりのお弁当が広げられ、上等そうなお重には稲荷も入っていて、腹の中でクラマが舌なめずりをしたのを感じ、アレは食っておかないと後々煩いな。
 バスケットの中からおにぎりを出してサスケに勧め、サスケもおにぎりを受け取りパクリと一口食べて満足げ。
 そこかしこで何やら和やかな雰囲気で話をしていた。
 天空の太陽がキラリと輝き、オレは思わず目を細め、言いようのない思いを胸にゆるむ口元を抑えることが出来ず、自然と笑みがこぼれるのだった。


(平穏な日が嬉しい)














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