いつでもキミを想う 11




 黒い羽織のナルトの動きに合わせて、ゆらりゆらりと長い髪が宙を舞う。

 ハナビの髪とは色の違う、青みがかった綺麗な色。

 母も同じような色をしていた記憶があるが、それ以上に青みがかっていて、月の下でサラサラとクセがなく流れていく絹糸のような髪を、心の底から美しいと思えた。

 磨けば光る原石である姉は、女を磨くよりも、ハナビの目の前を走る男……いまは、男たちとなるが、『うずまきナルト』に追いつきたくて必死に努力していたのを知っている。

 いまや木ノ葉の里の誰もが賞賛を贈る『うずまきナルト』ではあるが、昔は妙に嫌われていた記憶があった。

 興味があったワケではなく、姉を見ていたら自然と情報として知りえたという程度ではあったが……

 嫌われている時代から、熱心にナルトを思い続け、今やその傍らにいることを許される存在となりつつあるようだと、一抹の寂しさを覚えながらも、姉の苦労が報われたのだと喜んだ。

 彼の傍にいる時間が増え、姉であるヒナタがますます美しくなってきたと感じていたハナビは、喜びと寂しさの向こうに、もう己だけでの姉ではないのだと知る。

 わがままを言っても、邪険にしても、困ったように笑うがいつも許してくれた優しい姉が、遠いところへ行ってしまう不安を、ここ最近抱えていたのだ。

 きっと奪っていくのは、この目の前の男なのだろうと、深いため息をつく。

 嬉しい、だけど……やっぱりさびしい……

 そんな思いを抱えながら、先ほどのことを思い出し、更に渋面を作ってしまうのは致し方ないことと言えた。

「そんなに姉ちゃんが気になるかってばよ」

 ハッと気付いたハナビは、言い合いをしていたはずの二人のナルトが、いつのまにやら振り向いていることに気づき、気まずそうに視線を逸らせてしまう。

 黒い羽織のナルトに抱かれているヒナタの安否を気にしていたと言えば恰好はつくが、一緒に行動していたナルトではなく黒い羽織のナルトのほうは、ハナビの心の内を見透かしているようで、ヘタに何も言えなくなったのである。

「すまねーな」

「え……」

 いきなり謝罪されて何を言い出すのかと視線を戻せば、少し困ったように黒い羽織のナルトが笑っていた。

 とても複雑な表情で、何を考えているのか読めない表情で、ハナビのほうが困惑してしまう。

「ヒナタの着ている浴衣。オレが頼んで着てもらったんだってばよ」

 ああなるほど……と、ハナビはナルトの言葉で、何故あれだけ着てくれるなと頼んだ浴衣に姉が袖を通そうとしたのかを理解し、そして、自らがいない時を見計らってくれた姉に複雑な思いを抱く。

「それで着てくださったんですね……姉上は……」

「ああ、綺麗だろ?」

「ええ……母上に似て……とても……」

「ヒナタが、ハナビにごめんって謝ってた。嫌な思いをさせちまったってコイツは思ってる」

 青い瞳の底知れぬ色を見ながら、ハナビはこの瞳は自らの心の内を本当に理解しているのだと知り、観念したように深くため息をつく。

 本当は言いたいことがあった。

 後悔していることがあった。

 もう一度言いたいことがあった。

「謝るのは……私のほうなのに……」

「ヒナタは優しいからな。特にハナビに甘ェ……甘えるのが悪いとは言わねェが、ちゃんと考えていること思ってることを言わないで、わかってくれってのは違うんじゃねーかな」

 静かなナルトの声が、夜の闇に響き、耳にするりと入ってくる。

 いろんな音があるのにも関わらず、その声が、真剣みを帯びたその言葉が大事なことを言っているのだと知り、ハナビは目をそらさず黒い羽織のナルトを見つめた。

「ハナビの考えてること、思ってることは、言葉にしねェと誰にもわかんねェ。……ヒナタはきっと勘違いしてるってばよ」

「……勘違い?」

「ハナビに嫌われたってな」

「そ、そんなことはあり得ません!私はっ……私は……その……」

 何から言っていいのか、何を言ったらいいのか、抱えている感情が複雑すぎて、ハナビは眉根を寄せて黙り込む。

 本当は言葉にしないといけないとわかっていたのに、それでも言葉にすることなく姉を見ていた。

「ゆっくりでいい、思ってることを感じたままに言えば良いだけだってばよ」

 優しい優しい声が心にしみて、まるで抱えていた重たいモノが罪ではないのだと、全て許すから良いのだと言われている気がして、ハナビはさらに眉根を寄せて唇を噛みしめた。

(この人は姉上に似ている……)

 脳裏に浮かぶ姉の優しい声。

『いいんだよハナビ。私に無理に言えなくても、言える時を待ってるから……大丈夫、私はちゃんと待っているから』

 いつ言われたかも忘れたが、そんな言葉が甦り、我知らず唇から言葉が零れ落ちた。

「姉上がいま着ている浴衣は……母上がご病気で倒れた際に着ていたものです」

 遠い日の記憶であるはずなのに、幼少のころの記憶であるはずなのに、未だに鮮明に思いだされる、力無く倒れる母の姿……

「体調が優れないのに、我が儘を言って母上にあの浴衣を着てお祭りへ行こうと外へ連れ出してしまったんです。その時の無理が祟って、母はその日を境に床に臥し、起き上がれぬようになりました」

 日に日に痩せていく母の姿と、その手の白さと細さを思い出し、ジッと姉の手を見つめる。

 手の形が良く似ていたが、鍛えられた傷だらけの手は全く違うが、思い起こさせるには充分であった。

「大人たちは母に無理をさせた私ではなく、私の面倒をちゃんと見ていなかったと、姉上を酷く責め立てました。子供ながらにその姿が怖かったのを覚えています」

 物陰でヒナタを見てはコソコソと話す分家の者や、父の厳しい目つき、ネジの憎しみのこもった眼差し。

 そんなものにさらされながらも、ジッと耐え忍び、妹のハナビにだけはこんな思いをさせまいと、小さな体で盾となっていた、そんな姿……

「……母のこと父のこと一族のことで傷つき疲れ果てているだろうに、大丈夫だからと、泣く私に付き添ってくれました。ずっと……それが辛かった……私を責めずに姉上だけを責め、傷つけていく人たちが憎かった……私にそんな目が向けられないように、必死に守ってくれていた。なのに私はいつの間にか他の人と同じように姉を避けた……どんなに心に傷を負っても、それでも誰も憎まず責めない姉を見ているのが辛かったから逃げたんです」

 今まで言えなかった自らの心の内にある黒い罪の塊を、ハナビは月光のもと、促されるように言葉にして紡ぐ。

 言えなかった言葉。

 ずっと抱えていた、苦しみと悲しみと怒り。

「姉上がいま着ている浴衣は……私も姉上も大好きだった。母がこの時季になると着てくれて、皆で縁日へ行っていたから。幸せだったひと時でした。母が死に、そんな日が来ることはなくなりました。だから、私にはその浴衣は……とても辛い記憶の証で……」

 一度そこで言葉を切り、ハナビは森の冷たい空気を吸い込む。

 身体がその冷たさにキリリと痛んだが、それよりも今は心が痛かった。

「そんな中、長老の一人にせがまれ、仕方なくといった様子で姉が袖を通したんです。あまりにも綺麗で……そして、母とそっくりで……もしかしたら、姉上も倒れそのまま帰ってこないんじゃないかと怯え……小さなころに酷く言った覚えがあります」

 何を言ったのかは覚えていないが、その時の傷ついた姉の顔が脳裏に浮かぶ。

 とても傷ついた顔をして、それでも『ごめんね』と言う姉の姿。

 それ以来、誰もあの浴衣については何も言わなくなり、母の形見に関しては厳重に保管するも、誰も手を付けることがなくなった。

 時折ヒナタが母の遺品をしまっている部屋の前を通り、切なげに佇む姿を見かけはしたが、それ以上何もいうことはなく、時だけが過ぎ去ったのである。

「本当は……母上のように綺麗だと言いたかった。とてもお似合いですと……でも、似合っていたから、綺麗だったから、母上のように……消えてしまうんじゃないかって!」

 言葉にすることも憚られた、心の内にずっと抱えていた思いであった。

 言霊は呪となり返ると言ったのは誰だったか……その言葉を聞いたからこそ、決して口にしてはならないと、姉がそうなってしまっては、きっと辛くて悲しくて……心が砕けてしまうと思ったからこそ、いままで口にすることがなかったのである。

「そっか……辛かったな……そんな辛い話してくれて、ありがとうな」

 他の誰かが同じことを言ったら、『お前に何がわかる』と声を荒げていたかもしれない。

 だがしかし、ハナビは目の前の黒い羽織のナルトが、とても切なげに悲しげにその言葉をこぼしたので、胸に詰まっているモノが嘘のように消え去っていくのを感じていた。



───ナルトくんは、誰よりも優しい人だから。人の痛みがわかる人だから……



 姉がそんなことを言っていたと思いだしたハナビは、改めて目の前の男を見やる。

 腕の中のヒナタを見つめながら、傷ついたであろう彼女を想い、悲しみを滲ませる視線に胸が痛くなった。

「ハナビはハナビで苦しんでる。それをきっとヒナタはわかってるんだってばよ」

「……そう……でしょうか」

「コイツは誰よりも優しくて、人の痛みがわかるやつだから……」

 ハナビはその言葉を聞いて、ハッと顔を上げると、先ほど思いだした言葉を述べた姉と全く同じ表情をしているナルトを見て次の言葉が出てこなくなってしまう。

 似ているとは思っていた。

 しかし、ここまで似ているのだろうか……と、ここまで相手を理解できるものなのだろうかと、ハナビはもしかしたら、家族である己よりも姉を理解しているのだろうナルトに複雑な思いを抱く。

「ハナビは本当にヒナタも、母ちゃんも、父ちゃんも大好きなんだな」

 ニッと笑い振り向く黒い羽織のナルトに、鼻の奥がつんっとなるほどの感情が押し寄せてくるのを感じ、慌てて下を向くとそれを堪えた。

「母ちゃんに遊んでほしいって思う気持ちが悪いことだなんて誰にも言えねェよ。子供には当たり前にある感情じゃねーのかな……オレにはよくわかんねーけど、でも周りの子供見てたらそうなんだって思えた」

 そういえば、親がいなかったのだと、子供のころから独りだったのだと思いだし、皆が黒い羽織のナルトを見つめる。

 悲しみの色を宿した表情をしているのかもしれないと、そう思ったのに、彼は腕の中のヒナタを見つめながら笑っていた。

 いま彼の心を占めるのは過去ではなく、なんであるのだろうか……そんな疑問が頭に過る。

「だから、ハナビのせいじゃねェ。それは、誰にもどうすることもできねーことだったんだ。それをヒナタが一番知ってる。自分のせいにして責めるハナビをヒナタは守りたかったんだ……それが辛いことだって、誰よりも知っていたからな」

 さらりと流れる髪を優しげに見つめて、口元に優しい笑みを浮かべるその様は、愛しい者を慈しみ守ろうとするようであって、思わずドキリとしてしまう。

 誰もが感じる、愛しい女を守ろうとする男の顔であったから───

「周りを憎めば楽なのに、コイツはそれを良しとはしねェ……全部全部自分で背負っちまって、この細い肩にどんどん乗せていっちまう。それでも折れずに前へ歩こうとする……強ェよな……ハナビはそんな姉ちゃんが大好きだからこそ、怖かったんだよな」

「うずまき殿……」

「その気持ちはよくわかるってばよ。……でもさ、自分を責めるんじゃなくってさ、ハナビが綺麗だって言ってくれたら、ヒナタはすっげー喜ぶってばよ」

「今更……」

「今更でもなんでも、言わないと伝わんねェよ。心にある言葉は伝えてやんねーと、コイツは変に考えて落ち込んで、またこの浴衣着なくなっちまうぞ」

「そ、それはっ」

「浴衣のせいじゃねーだろ?ハナビの母ちゃんが死んじまったのは……浴衣のせいじゃねェ。んで、この浴衣でヒナタがいなくなっちまうことも、絶対にねーよ。大丈夫。ハナビのせいじゃねーんだからな」

 その最後の一言に驚き、ハナビは顔を上げると、黒い羽織のナルトを見つめた。

「ヒアシのおっちゃんも、ヒナタも、ちゃーんとわかってる。わかってて、ハナビを見守ってる。きっと自分の中で色々なことを昇華してくれるって信じてな。もしできなくても、きっと頼って話してくれるって……そういう時の家族だろ?」

 家族がいないはずのナルトが、家族を語る。

 それは一見、何も知らない者が夢物語を語るかのように見えたかもしれない。

 だがしかし、彼には確信に近い強い光を宿す瞳があった。

 家族を知らない者の目ではなかったのである。

 その瞳の強さに一番戸惑ったのは、この時代のナルトであった。

 確かに、父と母の愛情は知っている……が、家族というものがどういうものであるか、どういったものであるか、彼はまだ漠然としか理解していない。

 だからこそ、同じ自分であるのに、ソレを知っている彼に驚く以外なかったのである。

「ヒナタと話をしてみろってばよ。きっと、抱えてるモンごと、コイツは受けとめてくれる」

「……そうかもしれませんね」

 苦笑を浮かべ、幾分楽になった心を感じ、ハナビは月明かりの下、不器用に笑う。

 すれ違っていた家族たちは、こうして少しずつではあるが、前へ向かって新たな絆を結び歩み始めるのだろうと、仲間たちは口元に笑みを浮かべる。

「それとなハナビ」

「はい」

「一つだけ間違ってることがあるから、教えておいてやるってばよ」

 何がだろうと首を傾げ、黒い羽織のナルトを見れば、彼は前方をジッと見つめ、まるでそこに敵でもいるかのように鋭い視線で見据えていた。

 その視線の強さ、眼光の鋭さ、意思のこもる瞳に、誰もが言葉を失う中、彼は静かに言葉を紡ぐ。

「ヒナタは消えねーよ」

 母の死を思い描くときにやってくる、黒く淀んだ思考に一片の光の欠片を投げ込んだごとく言葉が心に広がり、冷たく支配されていた思考がぬくもりを取り戻していく。

 母の死の影が姉を捕えるのではないかと怯えていた心に、木漏れ日のようなあたたかさを感じた。

「そんなことオレがさせねェ」

 力強い意思に溢れた言葉は、暗き思考を打ち砕き、青い瞳は今まで見たことがない色を宿す。

「全力でそれを阻止してやるってばよ。なあ」

「勿論だってばよ」

 隣の全く同じ存在に声をかければ、この時代のナルトも同じように頷き笑う。

 しかし、黒い羽織のナルトが持つモノは、その隣の彼が持つものとは違うのだと漠然と感じることができたのである。

 同じことを考え言ってるように見えるのに、その瞳に宿すモノが全く違っていた。

 そう、額あてをしているほうのナルトが光の意思だけを宿しているのだとすれば、黒い羽織のナルトは光と闇を内包した意思を宿す瞳───

 きっとヒナタを奪おうとする者がいれば阻止すると言うところは変わらないのだろう。

 だが、その想いがどこからきているのかが違うだけではなく、重さが違うのだろうとヤマトは感じていた。

 いつも一緒に行動しているナルトがヒナタに対して持っている想いが仲間としての想い……とも最近は言い難いか……と苦笑を浮かべるが、それでも明らかに黒い羽織を着ているナルトは違うのだ。

(アレは男の目だね……自分の女を奪われないとするような……愛が綺麗なだけじゃないって知ってる目だ)

 それに気づける者がこの中にどれほどいるだろうかとヤマトは考え、首を振る。

 きっと黒い羽織のナルトは、ヒナタを奪われることがあれば、自らの全力を持って……その命すらかけて守ろうとするだろう。

 狂気にも似た想いを抱き、どこまでも追い求めるだろうと容易に想像がつく。

(今のナルトは親の愛情しか理解していない……男女の愛がどんなものであるか、知る由もない……が、あの黒い羽織のナルトはソレを知っている……全く同じとは言えないみたいだね)

 冷静に分析しながら見ていたヤマトは、ナルトはともかく……と、今はまだわからないことが多すぎるのでひとまず置いておき、自らの気持ちにどう整理をつけていいのかわからない様子のハナビの不器用さに苦笑を浮かべた。

 きっと簡単なことであるのに、それを難しくしているのは本人だということに気付いていない。

「ホント、ヒナタとハナビは変なところでソックリだってばよ。変なところ頑固だしさ」

「……姉上が……頑固?」

「頑固だってばよ。今日だって屋台で気に入ったモンあったら遠慮なく言えって言ってんのに、ハナビとヒアシのおっちゃんのお土産ばっか見て、すっげー気に入ったの見つけたのに、言おうともしねーんだからな」

「え、えっと……うずまき殿が……買うのですか?」

「は?オレ以外に誰が買うんだよ」

「……あ、姉上は……なんと?」

「最後まで渋って全然おねだりもしねーから、問答無用で買って押しつけた」

「は……はぁ……そ、そうなのです……か」

 え?どうしてそうなった?という考えが全員の頭の中に浮かんだが、どうやらこの黒い羽織のナルトにとって、それは至極当然のことであり、それが初めての行為では無さげな雰囲気が出てしまっているだけに、この二人の関係性はどうだったろうと首を捻り出す。

「お、お前……え?なんで??」

 額あてをした方のナルトはというと、どうしてそんなことになってるんだ?と頭の中に疑問を張り付け、隣りの己自身を見て何と問うていいかわからないような複雑な表情をする。

「何がだってばよ」

「い、いや……なんで……そこまで……?」

「は?ヒナタがなんか欲しいって言ったら、買ってやりてーって思わねェの?お前は」

「う、うん?ヒナタがそう言ったら……いや、言わねェだろ!」

「もし言ったら?」

「いやいや、想像つかねーよ」

 顔を引きつらせて抗議するナルトに対し、想像できないならさせてやろうと、黒い羽織のナルトはヒナタを抱える手をずらし、器用に素早く印を結ぶと影分身を一体作りだし、ヒナタへと変化した。

「な、ナルトくん……あ、あの……こ……これ……欲しい……かも……です」

 何事だと見ていた額あてをしている方のナルトは、間近にきた黒い羽織のナルトが作り出したヒナタの変化を訝しげに見ていたが、彼女が上目使いで潤んだ瞳で……なおかつ、頬を染めて見上げておねだりしてくるという状況に呼吸も動きも止めてしまう。

 ドゴンッ

 と、すさまじい音と共に木に激突した額あてのナルトは、そのまま重力に逆らうことなく地面に落下する。

「ぐおおおぉぉおおぉうっ」

「おーい、大丈夫かってばよー」

 頭上から聞こえてくる己自身の声に反応して、怒鳴り散らしてやろうかと思ったナルトは、キッと上を見上げた瞬間、その視野いっぱいに長い髪が揺らめき、甘い香りが辺りいっぱいに広がった。

 自分が知り得るヒナタとはどこか違う……そう、露出度が増えている彼女の姿を、ナルトは凝視したあと言葉を失ってしまう。

「だ、大丈夫?ナルトくん」

 ガサガサと低木を揺らし、ナルトの間近まで来たヒナタの変化が心配そうにのぞきこんできたのを感じ、見ているほうが驚くほどの速度で慌てて後退し、距離を開いたが故に木の幹へしたたかに背中をぶつけ、小さく低く呻いたあと、頭上にいる黒い羽織の己に向かって情けない声を上げた。

「こ、このヒナタの変化を消してくれってばよ!!てか、なんで露出度上がってんだ!!!テメーの願望かコラーーーーーッ!!!」

「あ、しまった……いや、そうじゃねーんだけど……まーいっか」

 何がいいんだと声を荒げようとしたナルトは、落ちた際に傷ついたのだろう頬を心配そうに撫でる白い指先に固まり、まるで錆びついたからくり人形のごとき愚鈍な動きで視線を戻す。

 ふわりと漂う甘い香りと、優しげだが熱を持ったように潤んだ色素の薄い瞳、艶やかな唇、柔らかそうな二の腕……視線を下げれば、見たこともない白い太ももが惜しげもなくさらされ、ごくりと生唾を呑んでしまう。

 だぼっとした服装ではなく、体のラインがある程度わかってしまう服装を身に纏った、妖艶かつ美しい彼女の姿に、ナルトは泣きたくなるほど狼狽し、淡く美しく微笑む彼女を見上げ、激しい動悸と真っ赤になった顔をどうすることもできずにいた。





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