いつでもキミを想う 10




 耳が痛くなるほど辺りが静まり返っていた。

 澄んだ空気とともに闇の気配を霧散させた、もう一人のナルト……

 この場を意識することなく支配している彼は、優しい眼差しを腕の中にいるヒナタに向け、安堵の表情で微笑んでいた。

 ヒナタに向ける滲み出るような優しさと気遣いは、誰も介入できないようなそんな空気をはらんで、他の誰かが声をかけることすら躊躇われてしまう。

 まるで一枚の絵のように完成された何かを感じ、それが心の奥底にあるドロッとしたものを呼び起こし、無意識に胸のあたりの上着をきつく握りしめる。

 のどの奥に何かつまったような、腹の底に熱い何かを飲み込んでしまったような違和感と、言い知れぬ感情が渦巻くのを感じていても、それをどう発散していいのかわからない。

 たまらず逃げるように視線を逸らせ、らしくもなく地面に視線を落としてしまう。

 こんなことははじめてであった───

(なんだ……コレ……)

 自らの身体に起きている不可思議な現象の原因がわからず、もしかしたら目の前の自らが関係しているのかもしれないと地面を睨み付けた。

 最初は偽物かと思った黒い羽織の自身の姿ではあったが、二つとないチャクラを持ち得る存在であると相棒であるクラマと意見は一致し、自分自身以外の何者でもないのだと理解する。

 だからといって影分身ではないのに自分が二人といるという、あり得ない現象であるのも、また事実であった。

 とにかく現状を把握するために声をかけようとして、再度黒い羽織を着た自身へと視線を動かす。

 しかし、そうすると自然とヒナタの姿が視野に入り、今まで自分にしか見せたことのない安堵を彩る彼女に……いや、今まで見たことのないような美しさを纏った彼女が心を許している状況に、苛立ちを隠しきれず、ナルトは穏便に話を進めるという考えを放り投げて、大きく吼えた。

「テメーは誰だっ!!」

 その場に響く鋭いナルトの声に、ハッと我に返ったヤマトたちは、自分たちと行動を共にしてきたナルトと、黒い羽織を着ているナルトを見比べる。

 羽織の違いだけで、寸分変わらない姿をしているナルトが二人。

「ナルトの影分身じゃないのかい」

 サイの言葉にナルトは静かに首を振ると、黒い羽織のナルトを睨み付ける。

 影分身ではないのは、本人が一番理解できているし、何より自らの影分身にあれだけの戦闘ができるはずもない。

 本人を大きく上回る戦闘が影分身に出来るわけがないのである。

 やったことは単なる踵落としかもしれないが、それを実行するまでの行動は、明らかにこの時代のナルトに出来る範疇ではなかった。

 首を振ったナルトの様子から、どうもおかしいと気付いた一同は、ヒナタを抱える黒い羽織のナルトに視線を集め、それぞれの反応で彼の行動を待つ。

 もし敵だというのならば、ヒナタが捕らわれている事実は変わらなかったからである。

「オレはうずまきナルトだってばよ」

「真似すんじゃねェ!ヒナタを離しやがれっ!!」

「ったく、冷静になれってばよ。お前だってオレの中にいるクラマを感じてるはずだぜ」

 呆れたような口調で言ってはいるが、彼の瞳は笑っていなかった。

 鋭い瞳は暗に『騒ぐな』と言っているようで、それがわかってしまう自分に不愉快になるのだが、何よりも自らを苛立たせるのは、腕の中に抱かれているヒナタが『ナルトくん』と言ったという事実。

 そして、自らにしか向けられないあの色を宿した瞳で、目の前の『うずまきナルト』と名乗る者を見つめている。

 あまり向けられた覚えのない安堵と信頼の色を宿したその瞳の色が、やけに癪に障った。

「うずまき殿っ!」

 渦巻く感情のはけ口がわからぬまま、ただ目の前の自分自身だという男が気に食わなくて、その思いのままに声を荒げようとしたナルトは、第三者の介入を経て、言いたかった言葉を飲み込むしか選択肢がなくなってしまい、ぐっと呻くだけに留まる。

 気分が収まるどころか、どんどん悪くなる一方であるのを自覚しつつも、その原因となるところから視線をそむけることができないでいるのだ。

 まるでわが物のようにヒナタを腕の中に閉じ込めている、そんな姿が……彼の指一本の動きだって気になり苛立ちが募る。

 何やら異様な雰囲気に包まれている一同の中で、殺気立ったナルトに気付き、村長が驚き目を丸くしたのだが、黒い羽織のナルトのほうは、気さくに声をかけて現状を軽く説明するために体の向きを変えた。

「ああ、村長すまねーってばよ。どうやらあぶねー忍が1人迷いこんだみてーだ。ちゃんと終わったから安心してくれってばよ」

「ヒナタ様は大丈夫なのですか?怪我をなされたりは……」

「ああ、大丈夫だ。でも今晩泊る予定だったけどこのまま木ノ葉に連れて帰るってばよ」

 振り向いた黒い羽織の先ほどから知っていたナルトの腕に抱かれているヒナタが、ぐったりしているのを見て顔色を変えた村長を、安心させるように柔らかな笑みを浮かべた彼の様子に、村長の方も少しばかり安堵したように、頷く。

「そうですな。ヒナタ様の身に何かあってはうずまき殿も心休まりますまい。先ほど頼まれたモノをお持ちしたのですが……」

「ああ、ちょっと待ってくれってばよ」

 ヒナタを器用に自らの懐に抱きつつ印を素早く結ぶと、影分身を出して村長が持っている荷物を受け取ると、自らが何をするのかわかっているだけに、すぐさま木へと駆け上がってしまった。

「んじゃ、コレは先に届けておくぜ」

「ああ、ヒアシのおっちゃんにも説明しておいてくれってばよ」

「了解っ!」

 風を切る音が聞こえたと同時に姿が消えてしまう影分身を見送ったナルトは、腕に抱いているヒナタを抱え上げると村長に別れの挨拶をして、まだ祭りの最中である村長は神社の方へと戻っていき、その後ろ姿をナルトとヒナタは柔らかな笑みを浮かべ見送る。

 最後はどうにもしまらなかったが、豊穣祭の代理はできたな……と、安堵の吐息をついた黒い羽織を着たナルトは、今度はこっちだとばかりに、後方で言葉を挟むことなく情報の整理をしていたヤマトたちへと振り返った。

「ここでは話せねェことだ。ヒナタを綱手のばあちゃんにも診せねーといけねェから、詳細は火影執務室で話す。そこの地面に埋まってるヤツ、ちゃんと連れてきてくれ。チャクラを直接吸収するなら封印術、忘れんなってばよ」

「な、なら……私が……点穴を……」

 ふらりとした状態でありながらも何とか行動を起こそうとするヒナタの拘束を強めたナルトは、少しだけ視線を強めて『動くな』というように睨みつけると、彼女は困ったように眉尻を下げてなおも言い募ろうとするので、黒い羽織のナルトはムッと口を尖らせてしまう。

「そんなもん、ヒナタがしねェでも、ヤマト隊長やハナビやコウがいる。フラフラのお前がやるこっちゃねーだろ。オレから今離れるのはナシだ。ぶっ倒れるぞ」

「で、でも……」

「頼れるときは誰かに頼れ。コレはお前がこれから覚えていかなきゃなんねーことだ、覚えてろ」

 ジッと見つめられ言われた言葉は厳しい響きを宿しているというのに、彼の瞳はあたたかくあるのにも関わらず切なげであった。

(きっと優しいナルトくんのことだもの……私が無理するたびに、心を痛めていたのかもしれない……)

 眉尻を下げて次の言葉が出てこなかったヒナタは、もうクセのようになってしまっている言葉を反射的に呟く。

「迷惑かけてごめんなさ……痛っ」

 無言でぺしっとヒナタの額を軽く叩いたナルトは、ムッと口をへの字にして不機嫌ですというような顔をしながら、軽く睨み付けて今まで何度も口にしてきたが、この彼女にはこれから何度もこうして言わなければならないのだろうなと、黒い羽織のナルトは内心大きなため息をこぼす。

「お前のソレ、もうクセなのは知ってるけど、『ごめんなさい』って言われるたびに、関係ねェって言われてるみてーで好きじゃねェな」

「そ、そんなつもりは……」

「ごめんなさいって言ったら、相手はそれ以上踏み込めねェだろ。まー、オレは踏み込むけど……それと、こういうムチャは心臓がいくつあっても足りねェからヤメテくれってばよ。……あー、あとな」

 両手で赤くなった額を押さえつつ、ヒナタは黒い羽織のナルトを上目づかいで見やると、彼は困ったようなしょうがないなというような、ちょっと複雑な表情をしたあと苦笑を浮かべる。

「お前がオレにかけるもんに、何一つ迷惑なんてもんはねェ。迷惑だって決めるのはオレであって、お前じゃねーよ」

「で、でも……」

「迷惑じゃねェ」

「……ナルトくん」

「わかったな」

「うん、あ、ありがとう……」

「オシ、上出来だってばよ」

 優しくあたたかな笑みを浮かべて、腕の中のヒナタの頭を撫でると、目を細めて艶やかに笑う。

 何故かドキリとさせられる光景であり、その言い回しは、とても親しい者たちの会話以外の何物でもない。

 近くにいる額あてをしたナルトがギリリッと奥歯を噛みしめる音を聞いたヤマトは、これはまた困ったことになったと小さくため息をついた。

「というワケだから、ハナビは点穴ついてソイツのチャクラの流れを半日くれー止めてくれ。目は覚まさねーと思うけど念のためにサイとヤマト隊長もサポート頼む。オレの影分身も出すからさ」

 そうテキパキ指示を出す黒い羽織のナルトの言葉に従って、作業に取り掛かっていく仲間を確認して自らの影分身を出したあとホッと息をついたナルトは、腕の中に視線を落とす。

 先ほど抜き去りはしたが、針が刺さっていた右側面より少し後ろの首筋に指を滑らせ顔を傾け覗き込む。

 白い彼女の肌に不釣り合いな青紫色を見ると、眉根を寄せて忌々しげに睨み付けた。

 先ほどからの一連のナルトの行動に疑問を持ったサクラは、思わずといったように口を開く。

 あまりにも自らが知るナルトとはかけ離れた様子であったからである。

「ナルト……アンタ、本当にナルトなの?」

 サクラのいぶかしむ声に、この時代のナルトはというと幾分冷静になったのか、自らに間違いはないと説明しようとするが、それより早くヒナタが口を開く。

「……ナルトくんだよ」

「ヒナタ……」

 羽織を着ているナルトが目を細め、腕の中のヒナタを見ると、彼女は柔らかく微笑む。

 彼女が向ける視線や言葉や声……

 それすべてが、いつものナルトに向けられるもので、彼女がそういうのならばと、一同は顔を見合わせ疑いようもないのだろうと苦笑を浮かべたのだが、黒い羽織のナルトが本物であると一番理解できるはずの本人が納得できていないのである。

 いや、納得できていないのではなく、納得したくないのかもしれない。

(何で……何だよ……ヒナタのヤツ、何で……)

 その先の言葉は続かなかったが、ただ裏切られた気分でもあり、大切なものを目の前の自身に奪われたような気がして苛立ちが募る。

(偽物じゃねーのは、クラマの存在を感じるからわかってる……だけど……だけど、何か違うってばよ。だって、ヒナタのあの視線はオレだけに……)

 そこまで考えて、ナルトは唇を強く噛みしめた。

 目の前の同じ姿の人物が己と同じ者であるというのなら、その視線を向けられるのも納得がいくはずなのに、納得できない自身の心に苛立ち黒い羽織のナルトを睨み付ける。

 その視線に気付いている大人のナルトは、ヤレヤレとばかりにため息をつき、腕の中のヒナタに苦笑を浮かべてから、落とさぬように抱え直した。

「急激にチャクラを奪われたみてーだな。すげー冷てェ……チャクラ補給しながら里を目指すから、お前は安心して眠ってろってばよ」

「で、でも……」

「言ったよな?甘えろってさ。子供が知らせにきてくれた……お前が大変だって、子供を守る為に頑張ったんだろ。だったら、少しはお前をオレにも守らせろ」

 彼女にだけ聞こえる程度の声で囁き言うと、ヒナタは困ったように笑ってから頷き、静かに眼を閉じる。

 ヒナタの全身から力が抜けていくのに、そう時間はかからなかった。

 意識が闇に呑まれていく感覚に包まれ、きっと次目を覚ますときは木ノ葉なのだろうとわかっていたからこそなのか、それとも、また別の理由からなのか、ヒナタは言葉にはならない呟きを漏らす。


 ごめんなさい……と───


 彼女が何に対して謝ったのか、それを明確に理解した黒い羽織を着たナルトは、チラリとこの時代の自分自身と義妹のハナビに視線を流したあと再度ヒナタに視線を戻した。

(謝んじゃねーよ。お前の気持ちも、お前の想いもわかってる。何ていったってオレってば、お前の旦那だからな)

 そんなヒナタを、優しさと切なさの入り混じった視線で見つめていた黒い羽織のナルトは、ほんのりと金色のチャクラを纏い、それをヒナタにも注ぎ込むようにしながら移動を開始した。

 誰もが木々の間を渡る中、漆黒の夜に浮かぶ月の光を眩しく感じながらも無言で木ノ葉の里を目指す。

 いつもは賑やかなくらいうるさいナルトが、黒い羽織のナルトの背を睨み付けたまま無言でいるし、黒い羽織のナルトの方も、腕の中のヒナタに集中していて言葉を発することがない。

 ただ静かに時が流れ、風を切る音と、木々を渡るときに揺らめく枝や葉の音が聞こえるのみ。

 拘束した男を影分身のナルトが運んでいるのだが、こちらも終始無言であった。

 そんな中、ヒナタへのチャクラ譲渡がある程度終わったのだろうか、黒い羽織のナルトから金色のチャクラのうす膜が消失し、粒子となって霧散する。

「ヒナタは……」

「大丈夫だ。チャクラはほぼ渡し終えた。少し体が冷えちまってるのが気になるところだけどな……麻痺毒はちょっと厄介だが、綱手のばあちゃんなら問題ねーだろ」

 ナルトの問いに、黒い羽織のナルトはそう答え返すと、チラリと向けられた視線にピクリと反応した。

 何か怒りのようなものを感じたのである。

「お前、ちっと考えて動け。あのままだったらヒナタに怪我させるだけだろうが……」

「はっ?何いって……」

「むやみやたらと力使って突っ込めばいいってワケじゃねェ……力も使いどころを間違えれば傷つけるだけだ。まだ九尾チャクラの力を完全に把握できてねーからそういうことになるんだってばよ」

「な……んだとっ!」

 聞き捨てならないとばかりにナルトが眉を吊り上げ声を荒げようとした瞬間、目の前を走っていたはずの黒い羽織のナルトが消えた。

「相手の動きを読むくらい、当たり前にやれるようになりやがれ」

 耳元で聞こえた低い声にゾッとして慌てて横を向けば、いつの間にか黒い羽織を着たナルトが底の見えない瞳で見つめてきていて、己の力との違いに愕然とする。

 今まで色々な敵と戦ってきたし、その相手を怖いと思ったことはない。

 だがしかし、いまはじめて目の前の己自身を怖いと感じた。

 本能的な恐怖に近いものであると悟った時には、すでに黒い羽織のナルトは距離を少しとってはいたが併走するように速度を調整している。

 つまりは、もっと速く走れるということであった。

(どんだけコイツは実力持ってんだってばよ……)

 同じ存在であるはずなのに、同じではない。

 実力が違いすぎる……と、黒い羽織のナルトを油断なく見ながら、ヒナタに少しでも変なことをする動きが見えたら、それでも戦うだろうと、己の大事な部分がブレていないという事実だけが心を落ち着かせてくれた。

「我武者羅にやるだけが戦いじゃねーのは、第四次忍界大戦で学んだはずだぜ」

「テメーは……本当にナニモンだ」

 第四次忍界大戦で思ったそのままの言葉を聞いて、苦い顔をしたナルトは、黒い羽織のナルトが腕の中のヒナタではなく、苦笑しつつも自らを見ているのに気付き眉根を寄せる。

「うずまきナルトに違いはねーよ。そうじゃなきゃ、ヒナタがこんな大人しくしてるかよ。オレの偽物なんてモンが現れたら、コイツが一番最初にわかっちまうのは、オレもお前も知るところだってばよ」

 並び走る黒い羽織の己自身の言葉に思い当たる節がいくつもあって、確かにそうだ……とは思う。

 しかし、それを認めるには、何故か悔しい想いを抱えてしかたない。

(何でこんなイライラすんだ……影分身と変わんねーじゃねェかよ)

 そう、変わらないはずなのに、整理のつかない感情が胸いっぱいに渦巻き、険しい顔を作ってしまうのは致し方ないと言えた。

「まあ、お前の疑問とかはさ、ここでは解決できねーから、とりあえず……いま解決しておかねーといけねェことしねーとな」

「あん?なんかあんのか?」

「ああ、ヒナタが眠っている内に話しておかなきゃなんねーって思ってな」

 そう言った黒い羽織を着たナルトは、他の仲間たちが追い付いてくるのを待つように速度を落とす。

 そんな黒い羽織を着たナルトの行動で、ようやく自分たち二人が仲間を置き去りにするようなスピードで走っていたことに気づき、同じく速度を落とし待つ。

 暫くして追い付いてきた仲間たちに手を上げて謝ると、サクラの殺気立った視線を受け、この時代のナルトはひくりと頬を引きつらせた。

「すまねーな。オレがちっとばっかし挑発しちまった……あと、ヒナタがこんなんだから、焦っちまったのもあるんだってばよ」

「……もー、しょうがないわね。二人して突っ走るんじゃないわよ?」

「ああ、気を付ける」

 何だか落ち着きのある対応をされてしまったサクラのほうは、調子が崩れるとばかりに振り上げた拳をしぶしぶおろすようにため息をつき、怒りを収め、ナルトはこうなったときのサクラを止めてしまったもう一人の自分に感心の眼差しを送る。

 ここで騒がれても困るというのが本心だったナルトは、ハナビとコウが追い付いてきているのも確認してから声をかけた。

「ハナビとコウはヒアシのおっちゃんが所用で出向いてるっていってたけど、任務だったのかってばよ」

「いえ、7班の方とは偶然出会っただけです。我々は父上の代理で隼の村へ……その帰りに襲撃されたのですが、その者が7班の方々の追いかけている人物であったらしく、共に行動することとなり帰りが遅れた次第です。……うずまき殿はどうして姉上とこちらへ」

「ヒアシのおっちゃんの名代で、稲穂の村の豊穣祭に参加してたんだってばよ。日向の人が普段世話になってる村だろ?ないがしろにはできねーからな」

「それは日向にとってはそうですが……」

 日向に大事であっても、うずまきナルト自身に全く関係がないだろうというのがハナビの意見であったが、未来のナルトにとって『日向の大事=ヒナタの大事』とインプットされているだけに、何事も彼女中心に動いてる故に、それが不自然だとは思っていない。

 ハナビが首を傾げるのだが、ナルトは気にした様子もなく、苦笑を浮かべた。

「稲穂の村の米も酒も美味いからなー、あーいうところで育つなら納得だってばよ」

 何気なく言われた言葉にヤマトはヤレヤレと軽く頭を振ってナルトに苦言を呈する。

「ナルト、お酒は成人してからにしたほうが良いよ」

「今日はお神酒しか飲んでねーよ。盃にちびっとだけだし、オレとヒナタが舐めた程度の残りの分だけだっつーの。普段も別に飲んでるワケじゃねーし、昨日ヒアシのおっちゃんとひと瓶……あっ」

 と、そこまで言ってからシマッタという顔をして黒い羽織のナルトは自分がいらないことを言ったと認識し、天を仰ぐ。

 ヒアシとの酒盛りの件と、ヒナタの舐めただけの残ったお神酒をぶんどり飲んだ件。

 さすがに間接キスを狙ってやりましたとは言っていないが……しかし、これはこの時代の自分の前ではまずかったと眉間に皺を寄せた。

 チラリと視線をやれば、案の定、この時代のナルトが顔を月明かりの下でもわかるくらい真っ赤にして出てこない言葉を必死に探しているようであったし、ハナビは目を丸くして驚いている。

 コウはそんなバカなという顔をしたあと、ヤマト、サイ、サクラと同じく目を瞬かせていた。

「お、お、お前なにやってんだーーーーーっ!な、なめ……おおおおっ!!?」

「落ち着けって、別にやましいことしたワケじゃ……」

「十分やましいことだろうがっ!!同じ杯で飲んだんだろう!?」

「ま、まぁ……」

「そ、それって……」

「別に直接口づけしたワケじゃ……」

「あ、当たりめーだろうがっ!!んなことしてみろ、本気でブッ飛ばすぞっ!!!」

 真っ赤になって怒鳴ってくる過去の自分を生暖かい目で見ていたナルトは、ああ、こんな時代もあったな……と、懐かしさすら覚えてしまう。

 口づけどころか、彼女の体の隅々まで知ってますなんて言った日には、きっとこの時代のナルトの感情が振りきれて九尾チャクラモードで襲いかかってきてもおかしくない。

「だいたい、同じ器で飲んだらそれだけで!……か、間接……じゃ……ねーかよ……」

 視線を思いっきりそらしてぶっきらぼうに言うこの時代のナルトに、『おう、まさしくソレが狙いだったんだってばよ☆』なんて言えるわけもなく、黒い羽織のナルトは苦笑を浮かべるのみ。

「ま、まさか……ヒナタが口づけたところ狙ってやってねーだろうな……」

 何かピンッときたのだろうか、まさか……という顔をして頬を引きつらせ睨んでくる過去の自分を見ながら、どう答えていいものか思案して否定しようと心に決めた。

「……やってねーよ?」

「その間はなんだってばよっ!」

 すかさず突っ込んでくる過去の自分に内心チッと舌打ちしつつ、それをおくびにも出さずに、黒い羽織のナルトは悠然と笑う。

 やはり年の功なのだろうか、どういう状況でもある程度の対応はしてくる。

 この発端は自ら招いたミスの結果だが、ある意味それをリカバリー出来るだけの能力は過去のナルトよりは身についている様子であった。

「いや、お前からかってると楽しいなーってな」

「ふざけんじゃねーぞっ!」

 テンポの良い掛け合いを聞きながら、その間でよくこの状況で眠っていられると、ハナビは自らの姉を盗み見て、小さくため息をつく。

 月光の下、普段より青白く見える顔は、唇に引いた紅のおかげか、生気を感じさせてくれる。

(あんなこと、言いたいワケじゃなかったのに……)

 日向の羽織の下に見える、母の形見の浴衣はとても姉に似合っていた。

 その綺麗な色合いも好きであったし、姉が着ているのも好きなのに……

 言い放ってしまった言葉の後悔を、またしてしまったのだとため息をつくと、食い入るように日増しに美しくなっていく姉を、ただ静かに見つめるのであった。






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