いつでもキミを想う 12 黒い羽織のナルトは、眼下のまだ思春期真っ只中のころの自らの反応を見て、遠い目をした後、うん、こんな時もあったよな……と思いだし、あの時代にこの姿をされたらやはり平常心ではいられなかっただろうと結論付けた。 (似合ってんだけど……こう……刺激が強いんだよな。ヒナタの胸とか太ももとか二の腕の破壊力ってハンパねーっていうか) 当時彼女が任務服を変更した時、そのあまりの変わりように言葉を失い、彼女の柔肌が傷つかないか心配したのを覚えている。 何よりも腹がたったのは、いままでヒナタに女を感じていなかった男たちが色めき立ち、こぞって彼女をモノにしようと暗躍していたことだろう。 (まあ、片っ端から叩きのめしたけど……) 衣装ひとつで彼女の何がわかったワケでもないだろうに、外見だけで判断するなというのがナルトの考えであり、そんな輩とこれから対峙するだろう過去の自分を見下ろし、小さくため息をつく。 「衣装ひとつでオロオロすんなってばよ。中身はヒナタ……ん?変化してるのはオレか」 「お、お前の頭ん中どーなってんだってばよ!ヒナタがこんなぴっちりした服着るワケねーだろ!!露出多いっつーの!し、しかもなんか……あ、あれ?このヒナタ……妙に大人っぽくねーか?」 顔立ちが綺麗なのは知っているが、なんというか、美しさに磨きがかかったような、美麗で大人っぽい女性の面立ちをしている気がして、ナルトは更によく見ようと顔を近づけ彼女を覗き込む。 柔らかな唇が優しげな笑みを描き、艶やかな赤い唇は紅をつけているワケでもないだろうに濡れたように輝き、色素の薄い瞳がすぅっと細められ笑われると、心拍数がどんどん上がっていく。 大人の女性の魅力あふれるヒナタの姿に、魂が奪われてしまったかのごとく動かなくなる過去の己の姿を見下ろしていた黒い羽織のナルトは、自らの妻を間近で凝視されているという事実に、この時代のヒナタを抱えているのを高い棚の上に放り投げて頬を引きつらせた。 (勝手に人の奥さんの顔に顔寄せてんじゃねーよ) イラッと鋭い殺気に近い剣呑な雰囲気を出した黒い羽織のナルトは、いくら過去の自分だとは言えど気に食わず、ボソリと呟いた。 「……解」 「ああああああっ!!テメーなにしやがる!折角っ」 「折角?何だってばよ。消せって言ったのはお前だろ」 「うぐっ……て、テメーの中のヒナタってのがどうなってんのかいまいちわかんねェってばよ!」 「お前にわかってたまるか」 「は?」 「……チッ」 何故か機嫌の悪くなった黒い羽織の己に首を傾げつつ、とりあえず消えたことにホッとしていいのか、残念だと思ったらいいのかわからず、複雑な表情で木の上へあがってきたナルトは、再び移動を開始する。 月明かりの下で見た、いままで見たこともないような妖艶な彼女の姿。 それがこの隣りの黒い羽織の己自身が知る『日向ヒナタ』だというのなら…… (オレの知ってるヒナタとは違う、まったく違うヒナタ……か……) わが物顔で己が知っているヒナタを腕の中に閉じ込め運ぶ男を改めて見たナルトは、彼女が倒れる前に見せた安堵の表情と、寄せられる信頼の視線を思い出し、再び締め付ける胸の痛みを抱え、切なげにため息をつく。 その想いの根底に何があるのか、いまだわからないままに─── 一行が木ノ葉の里についたのは、もうあと数刻で日付が変わろうとしている頃。 飲食店通りは別として、ほとんどの者が眠りについた里を、一行は静かに走り抜ける。 夜が更けるにつれ寒さを増す風に彼女がさらされぬよう気を配りながら走る黒い羽織のナルトは、火影執務室にヒアシと綱手がいるのを感知すると、ホッと一息ついて更に速度を上げた。 この時間でも働いている忍びたちが好奇の目で一行を見送ってはいたが、火影執務室の周辺は異様に静まり返り、部屋の中以外は人の気配すら感じられない。 執務室の扉の前で声をかけてから黒い羽織のナルトは足早に室内に入ると、綱手の顔を鋭い視線で見る。 「すまねーが綱手のばあちゃん、ヒナタを診てやってくんねーか」 「詳細は聞いた。麻痺毒だったね」 「コイツがこんだけ症状みせる麻痺毒は、多分水の国の彩音草の根の毒だってばよ」 「詳しいね……麻痺からくる昏倒、そして、チャクラの乱れ。この症状から見てもそのようだ。任せておきな、コレだけ耐性があればすぐ動けるようになる」 「ああ。結構濃度高いの使われたみてーだ」 「そうだね、普通のヤツだったら動けないどころか、命すら危うかったろうさ」 流れるような動作で、火影執務室に備え付けてあったソファーにヒナタを寝かせると、ナルトは慣れたように胸元を少しだけ寛がせ、綱手が診やすいように態勢をうつ伏せにかえて首筋の一点を指し示す。 「青黒くなってるところに針が刺さってた。嫌な色だな……」 「お前がちゃんと応急処置しててくれたおかげで、こっちは短時間で済みそうだ。あとは……そうだね、ヒナタから少し離れてやってくれ」 「なんで?」 「騒動に巻き込むなと言っている」 「は?何が……って、おわっ!!」 不意に感じたさっき二つと拳の軌道に慌てて飛びのけば、怒りに顔を引きつらせた額あてをしたナルトとサクラの両名が拳を握りしめ『チッ』と舌打ちをしているところであった。 「な、なんだってばよ」 「アンタね!ナチュラルに乙女の胸元無断でくつろがせてんじゃないわよ!」 「ヒナタに何やってくれてんだってばよ!」 「はあ?別に脱がせたワケじゃねー……あっぶねーな!」 二人そろって繰り出してくる攻撃をスイスイ避けながら、黒い羽織のナルトは困ったようにため息をつき、諜報部が先ほど新7班が捕えた男を連れて行くのを確認してから、しょうがないとばかりにチャクラで作ったクナイを二人の足元へと投げた。 「む……その術は……」 自らを縛り上げた、禁術書を持っていた男が使用していた術だと覚えていたヒアシが思わず呻くように呟けば、黒い羽織のナルトもコクリと頷く。 「コレは【暗晦縛りの術】って言って、禁術のひとつで使用するチャクラ量が多いのが特徴なんだけどさ。ヒアシのおっちゃんは実際食らったからわかってるだろうけど、アイツが使ったのは未完成バージョンで、本来は闇のクナイから蔓みてーなのが伸びてきて、相手の動きだけでなく声も術も発動できなくなる代物なんだってばよ」 「なるほど……完成された術であったのなら、私でも解除は難しかったようだな」 「ヒアシのおっちゃんの対処法はさすがだって思ったぜ。日向一族にしかできないやり方だけど、完成されちまってたら無理だったかもしんねーな。アイツにそんだけの力はねーけど……まー、チャクラを喰らって育つ性質だから、人質いるときには使えねーのが難点だ」 「ナルト。そんな術をナルトとサクラにかけて大丈夫なのかい」 さすがに心配になったのか、サイが声をかければ、黒い羽織のナルトはニッと笑ってひとつ頷いた。 「チャクラを喰らわせるにも術の発動印が必要でさ、それは声と動きを封じてるだけだってばよ。あー、あとはチャクラの流れを乱すことで封じてるから幻術はきかねーけど、本人も練れねェ。基本、乱されている中、術者より強いチャクラをぶつけて相殺するしかねーけど、オレより強いチャクラ持ってるヤツなんて早々いねーからな。大人しく話を聞くには持って来いだろ」 ぐぐぐぐっと力を入れて何とかチャクラを練ろうとしているナルトと、目の前のナルトより強いチャクラなんてあるワケがないと早々に諦めたサクラの両名は、悔しげに黒い羽織のナルトを睨み付けるしかなくなってしまう。 「ったく……ちっとは大人しくしてろってばよ。あまり騒ぐとヒナタの体に障る」 ヒナタのことを出され、ナルトは渋面を作ると大きなため息をついたあと、渋々とチャクラ放出を諦めたように力を抜いた。 同じ者であるはずなのに、全くチャクラの応用力が違う。 それを、この時代のナルトは痛感していたのである。 ただ闇雲に力を解放しているワケでもなかったのだが、ピクリともしないどころか、全く反応がないのは、様々な戦闘を経て積んできた経験や知識が通用しないことでもあり、本当に目の前の男が同じ自らであるのかが不思議になってくる。 何がそれほど違うというのか…… 確実に今の自らに持っていないモノを、目の前の己自身は持っていると確信に近いものを感じたのだ。 (禁術とかの数じゃねェ!何だ?根底にある、なにものにも揺るがねェような強さは……) 過去のナルトの表情から、何を考えているのか手に取るように理解できた黒い羽織のナルトは、ふぅとひとつため息をつき、これ以上いじめるようなのもヒナタに怒られそうだと苦笑を浮かべ、カカシへと視線を投げる。 「さて、ここなら種明かししても大丈夫みてーだから、カカシ先生、術解くぜ」 「ついでに説明も任せるね」 「仕事しろよな」 「何いってんの、詳細はお前にしかわからないでしょ」 「……まあ、しょうがねーか」 これ以上の口論は無駄だと諦めたようにため息をついた黒い羽織のナルトは、印を結び、自らの変化を解くと、首を軽く回し体をならすように肩を回すなどして柔軟したあと、言葉を失い硬直しているメンバーに振り返った。 「だから言ったろ。オレも『うずまきナルト』だって。まあ、この時代の……じゃなく、これから5年後に存在する『うずまきナルト』だけどな」 ニッと笑い言う黒い羽織のナルトは、ぐっと身長が伸び、顔立ちは大人びて精悍そのもの。 多くの経験を積んだのか、外見とその眼差し、今まで覚えていた違和感が急激に薄れ、存在そのものが噛みあった結果、揺るぎない自信と落ち着きを内包した風体を嫌でも感じることとなった。 短くなった髪をガリガリ掻いて、とりあえずはこの時代のナルトとサクラにかけた術を解き、この先の反応はわかっているのだろう、失笑したあとおもむろに両手で耳を塞ぐ。 そして、その動作が終わったと同時に、火影執務室に絶叫が迸ったのであった。 「つまりは、ソイツを追いかけてきたら、時空を越えちまったって話かよ」 「そういうこと。まー、あっちでシカマルとサスケが何とか手を打ってくれてるとは思うし、この術自体は2週間で効果を失う代物だってばよ。2週間穴をあけちまうワケにもいかねーから、多分数日の間に誰か迎えに来るだろ」 これまでの経緯を簡単に説明していた大人のナルトは、この時代のナルトがジロジロと前へ行ったり後ろへ行ったりと忙しそうにしながら値踏みするように見る視線に辟易し、癒しを求めるがごとく治療中のヒナタへそっと視線を走らせた。 綱手の治療の進み具合からそれほど深刻な状態ではないのだと理解できただけでも、平常心を保つことが出来る。 (これでヒナタになにかあったら……後遺症何て残ったら……オレ平気でいられねーってばよ) 「んじゃあ、さっき未来のオレが変化したヒナタって……未来のヒナタ?」 「……おう」 「うへェ……マジかよ」 あまり答えたくなかった疑問に答えなくてはならない現状に、自らが取った軽率な行為であったとため息をつく。 確かにそれをジッと見たのは過去の自分だったかもしれないが、他のメンバーにもチラリとは見られているのだ。 美しく成長したヒナタの姿─── 誰が変化するよりも完璧に彼女になれていたとは思うが、それが良くない。 「胸の成長著しかったみたいだよね」 「サイ……」 ビクンッと狼狽して言葉を失ったこの時代のナルトに代わり、大人のナルトが頬を引きつらせてサイを睨み付けると、彼は彼なりに何かを考えている様子で、黒い羽織のナルトを見る。 「妄想?現実?願望?」 「事実!現実!」 「ふーん……よく見てるんだね」 「ナルト、アンタないわー。胸のサイズ間違いないみたいな言い方」 サクラからも軽く引かれたような反応に、大人のナルトは頬をひくりと引きつらせるに留まった。 知らないはずもないし、わからないはずもないのだ。 誰よりも近くにいるわけだし、むしろ柔らかさすら知ってますなんて言えるわけもないが…… 「な、な、なっ、何考えてんだってばよーーーっ!大人になってすげーオレかと思ったら、残念すぎだろ!!」 「うっせーな、お前だって5年経ったらわかるってばよ!」 「5年の間に何があるんだってばよ」 「そのうちわかる……」 ガックリと肩を落とす大人のナルトに対し、胸倉を掴んで前後に激しく揺すり抗議していたこの時代のナルトは、どこか遠い目をしている己に対し、疑問しか浮かんでこない。 だけど、嫌なカンジではなく、少し困ったような嬉しそうな……幸せを噛みしめているような、何とも形容しがたい、己が多分わからない感情を持った数年後の自分の姿。 何故かそんな表情を出来る未来の自分が羨ましくて、ナルトはムッと唇を尖らせると、少しだけ乱暴に胸倉を解放する。 (なんだよその表情……幸せそうにしやがって) きっと何かを彼は手にいれて、それを守りたいのだろう。 だから、未来を守る為に色々と知恵をフル回転させて、ヘタなことをしないように気を遣っている。 (そういうのはシカマルの方が得意だと思ったんだけどな……) 誰かを守る為に、苦手なことだって厭わない。 そんな未来の自分の姿に、うらやましさすら感じてしまった。 そして、それを素直に認めたくなくて、ナルトは話題を変えようと思いついたことを口にする。 「そういえば、泊るところとかどーしたんだってばよ。オレのアパート使ったのかってば」 「いや、オレは今、日向家で世話になってる」 「……は?なんで??」 「オレはアパートの鍵持ってねーし……」 自分のアパートの鍵を持っていないというのはナルトにとって想定外で、だったらどこで生活してるんだ?という疑問を持ち、その疑問を口にしようとした瞬間、何かを感じたのか、ヒアシが言葉を挟む。 「ヒナタの料理につられたのだったな」 「ヒアシのおっちゃんっ!!!」 大人のナルトは慌ててヒアシの言葉を止めようとするのだが、彼は楽しそうに肩を揺らすだけで、どうにも効果があるとは思えない。 しかも事実なだけに何も言えなくなってしまったのだ。 「な……何?お前……ヒナタの料理食ってんの!?」 「え、あ、おう……」 明後日の方向を見て頷く未来の自分に対し、先程思い浮かべた疑問は些細なことであったかのように霧散し、ナルトは半眼で呆れたような顔をして『へー、ほー』と感情のこもらない声で返答する。 視線を合わせないようにしている大人のナルトの方はというと、何か後ろめたい思いがするのか何だか言葉に窮してしまう。 後ろめたい気がするのは、やはり昨夜一緒に寝たのが原因だろうとは思うが、やめる気はない。 そんな未来の自分に対し、ちょっとした苛立ちを覚えたナルトは、右目を軽くしかめて口を尖らせながら低い声で呟くように提案する。 「オレが帰ってきたんだから、別に日向に世話にならなくったって良いだろ。迷惑かけてねーで、オレと一緒にアパート行こうぜ」 「は?」 「なんだよ、何か日向の屋敷に世話にならなきゃならねー理由でもあんのかってばよ」 実はあります、約束が……とも言えず、黒い羽織のナルトは低く呻く。 今晩だって一緒に眠る予定だし、こればかりは譲る気もないし、過去の自分と寝て何が楽しいと言われたらそれまでである。 それに気になることもあった…… 渋っている未来の自分に対し、ナルトがなおも言いつのろうとした瞬間、いつもからは考えられないほどヒアシが気軽に口を開き言葉をこぼす。 「ナルト、未来から来たナルトは一応私が後見人ということになっている。日向で世話を見るのは至極当然のことだ」 「え……ヒアシのおっちゃんが?」 「うむ。もし偽物であっても、何か危害が加えられたとしても、私の責任ということで、そこのナルトは里にいることを許されているのだ」 ヒアシの言葉にナルトは目を丸くして、何故そこまでヒアシがしてくれるのだろうという疑問を持ちつつも、未来から来た己自身を見つめた。 わけあり…… それは理解できたのだが、それがなんなのかが理解できず、困惑の色を濃くしたナルトは、眉根を寄せて口をへの字に曲げてしまう。 どうにも何か引っかかりを覚えてならない。 「ついでに言っておくけど、未来のことに関しての受け答えはできねーからな」 「へっ!?なんで!!」 「オレは未来を変えたくねーんだよ。オレの生きている時代を守りてェ……だから、答えられねェんだ」 真剣みを帯びた未来の己自身の言葉に、ナルトは言葉を詰まらせ、それからひとつ頷く。 「そっか……お前にとって未来は大事な場所なんだな」 「ああ、何よりも大事で……守りてェ……オレの帰るべき場所なんだ」 とても優しい目をして、何かを慈しむように、目の前に誰かがいるような、そんな眼差しを虚空へ投げかける未来のナルトを見たこの時代のナルトは、それならば仕方がないと苦笑を浮かべる。 それが誰に向けられたものであるか知っているヒアシは、優しさをにじませた瞳で黒い羽織のナルトを見た後、ソファーに寝かされている娘を見つめた。 愛しさ、慈しみ、優しさ、この世にあるすべての愛情を持ち合わせる感情を内包した視線の先に誰がいるのか気付いてしまったカカシとヤマトの両名も、思わず顔を見合わせ苦笑する。 優しくあたたかな眼差しの向こうで、確かに彼に守れらているヒナタが、治療を終えたのだろうか、静かにその瞼を持ち上げ、小さな吐息を漏らす。 意識を戻した彼女にホッとした顔をする、二人のナルトに、事情がわかっている大人たちは苦笑を禁じえず、どうにもヒナタが絡むと平常心を失う傾向は変わっていないのだと安堵にも似た思いを抱くのだった。 |