いつでもキミを想う 9




「な……ナルトくん?」

 目を丸くして背後の彼に、今しがたの行為の意味を問いかけるように声をかければ、彼はただ微笑んでいるだけで何も語らない。

 行き交う人たちが興味深げに流れに逆らい立ち止まっている二人に目を向けるが、やじ馬よろしく立ち止まるようなこともなかった。

「さ、そろそろ時間だってばよ。行くぞ」

 何事もなかったように左手を握られ、手を握り歩くのがごく自然の行為のように境内への道を目指すナルトの横顔を並び歩きながら見上げ、ヒナタは今しがたの行為が単なる気のせいではないのかと思いだし、きっとそうなのだろうと結論付ける。

 そうでなくては、騒ぎ出して落ち着かない心臓が持ちそうにないと深く息を吐く。

 顔の火照りはおさまらず、まだ心臓は激しく脈打っているが、ナルトのほうは至って冷静な様子で屋台へ視線を走らせていた。

「腹減ってないか」

「ナルトくん、さっきから色んな物食べてばかりだよ?」

「なんつーか、ガタイがデカくなった分、ハラ減るんだよな。んー、ラーメンがねェのが残念だってばよ」

「さ、さすがにお祭りの屋台でラーメンは……ないかなぁ」

 忘れがちだが、彼の身長が180cmくらいあることを思いだし、ヒナタは何となく納得してしまうのだが、よく考えてみれば、この時代のナルトよりも少しばかり身長が高い気がする。

(そういえば……少し……高いかなぁ)

 いつもと目線が違う気が……と、ヒナタがジーッと見ていると、その視線に気づいたのだろう。

 ナルトは少しだけ小首を傾げてから、さほど疑問に持たなかったようで、いつもの流れとでもいうように会話を運んでいく。

「今日は泊りだし、明日一楽行こうぜ」

「そ、そうだね」

 泊りという言葉に一瞬赤くなるヒナタの初々しさに抱きしめたい衝動を堪えたナルトは、何か違うことを考えなくてはと慌てて言葉を探す。

 夫婦での時の宿泊とは意味が違うな……と、困ったように繋いでいない方の手で鼻の頭をコリコリ掻いた後、良いことを思いついたとばかりにニヤリと悪戯を思いついた時の彼独特の笑みを見せる。

「ヒアシのおっちゃんも連れて行くか」

「ち、父上……行くかな?」

「ああ、案外ああいうのも好きみたいだぜ」

 クククッと笑うナルトは、何かを思いだしているらしく、悪戯っぽい目をして前を見ていたが、どうやら父と何やらあったようだと察したヒナタは聞きたいような聞きたくないような……楽しみにとっておきたい気がして苦笑をもらした。

 きっと語れること、語れないこと、今の彼には沢山あるのだろうと、ヒナタは柔らかく笑うナルトの笑顔の奥で、自分が考えるより様々なことに気をつけているのだろう彼を思うと、今はただ素直にそんな気を遣わせることなく楽しんで欲しいと願う。

(私がある程度見なかったこと、聞かなかったことにすれば良いんだから……)

 この時代にいるからこそ気が休まることがないのかもしれないと思うと、正直に辛いと思うし、少しは頼ってほしいとも思えた。

(きっと、本当に大事なことはちゃんと言ってくれるから……だから、少しの疑問は見なかったことにしよう。それでナルトくんの気が休まるなら、そっちがいい)

 ふわりと笑うヒナタの笑みに安堵したような笑みを浮かべるナルトを見ていたヒナタは、今しがた下した自らの判断が間違いではないのだと知る。

 安心していいよという想いを乗せて握る手に力を少しばかりこめれば、驚いたような顔をして覗き込んでくる空色の瞳が、ヒナタの考えを探るようにジッと見つめたあと、何かを悟ったように苦笑したあと小さく『あんがとな』と照れくさそうに笑い、更に横並びに歩く二人の距離が縮まった。

 彼にとってのこの距離の意味がなんであるか、気にならないわけじゃない。

 しかし、これがナルトとヒナタの距離なのだと、彼が安心できる距離なのだと知り、ヒナタは胸にたまった少しだけ甘く苦しい息を吐き、嬉しさをにじませる彼に寄り添うように歩き出す。

 この距離の意味を聞けば、ナルトは困ってしまうのだろう。

 それがわかっていたから、ヒナタはそれに目を瞑る。

 きっといつか、わかる日が来ると信じて───




 日が完全に落ち、あたりを漆黒の闇が包み込む中、境内に威勢の良い声と共に男たちが入ってくると、お焚火をするために担いで持ってきた木材を手際よく積み上げていく。

 あっという間に木枠が組まれ、あとは火を投入するだけとなり、その様子をジッと見ていたヒナタはソッと空を見上げ、風向きを見る。

 白眼を発動させて広範囲の草木の動きを見ながら、強い風が吹かないかどうか確かめているらしかった。

 ヒナタの行動を横目でチラリと確認したナルトは、そろそろ火がくべられるだろうと判断し、村長と村長の周りの若者たちが神主から渡された火種を大切そうに受け取る。

 太陽の光のみで灯された火は、神聖なものとして昔から扱われてきたと聞いた覚えのあったナルトは、その火種が消えぬように彼女が気遣っているのだろうと口元に笑みを浮かべ、未来でも過去でもやはりヒナタはヒナタなのだと安堵の吐息をつく。

 ジャリッと村長の草履が土を踏みしめる音が聞こえ、ヒナタはゆっくりと白眼を解き、いまならば大丈夫だと告げるようにひとつ静かに頷いた。

 稲穂の里の若者たちと村長の手によって火種が投下され、しばらく変化は見られなかったが、少しずつ火は大きくなり、あっという間に大きな炎へと変わっていく。

 もともと燃えやすい木であるのと、よく乾燥させていたからなのだろうか、火の勢いはとどまることなく一帯を赤く照らした。

 パチパチと爆ぜる音と共に火の粉が舞い、ナルトは自らの体をヒナタの前へ移動させ、それから守るように動く。

 ナルトの心遣いに少しだけ頬を染めたヒナタは、彼の背に寄り添い、感謝を告げるように少しだけ額をこすり付けた。

 彼女のそんな反応に、火で照らされただけではない熱を持ったナルトは、ごくりと息を呑んで顔だけ後方に向けると、自らの影に隠れてしまっていてもわかるほど赤くなっている彼女の耳が見えて、口元を柔らかく緩めてしまう。

 ソッと後方に差し出された手を見たヒナタは、その手の意味を理解して、更に赤くなりながらも、恐る恐る手を伸ばし、少し触れたと思った瞬間、骨ばった大きな手は彼女の手を包み込み、冷えた指先を優しくあたためた。

 村人たちのにぎわう声と、火の爆ぜる音の中、二人は静かに心を重ね、このひとときに感謝する。

 平和そのものの光景……

「お二人とも、どうもお付き合いいただきありがとうございました」

 大役を終えたという高揚した気持ちがあったのだろうか、村長は満面の笑みを浮かべて、ナルトとヒナタの方へと歩いてくるとともに頭を下げた。

「いや、なーんもしてねーってばよ」

「私たちはただこちらに招いていただいただけですから」

「お二人がいるだけでなんというか、この村が華やいで見えましてな」

「大げさだってばよ」

 苦笑するナルトとヒナタの手が仲睦まじく繋がれているのを見ると、微笑ましそうに見守り、そして邪魔になってはいけないかと思ったのか、村長の後ろに控えていた巫女が持つ盃を二人に渡すと、その中に少しだけ酒を注ぐ。

「お神酒です。我が村で作った、ヒアシ様もお気に入りの酒から造ったものです。どうぞ」

「ありがたくいただくってばよ」

「あ、ありがとうございます」

 村長はそれだけ言うと、次の人へお神酒を渡すために移動を開始し、ナルトとヒナタは手に持っていた杯の中のお神酒を見て苦笑する。

「ヒナタは大丈夫かよ」

「だ、大丈夫です。これくらい飲めます」

「ふーん?じゃあさ、ヒアシのおっちゃんに頼まれた酒を買って飲むとき、ヒナタも少し飲んでみるか?」

「え?」

「酌してもらうだけじゃあな」

「で……でも……」

「少しだけ……な?」

 悪戯っぽく提案してくるナルトの目を見ていると、何だか子供だからとからかわれているのかしらと、少しだけ面白くない気持ちになり、何事も挑戦だよねと思ったヒナタはコクリと頷いた。

 そうなるだろうと、そう返答するように仕向けたナルトのほうはしてやったりという顔を覆い隠し、嬉しそうに笑うのだが、何かナルトの思惑通りになったらしいと察したヒナタは少しだけ唇を尖らせる。

「や、やっぱり大人のナルトくんは……ズルイです」

「そうわかってて引っかかってくれるお前が可愛いぜ」

「もうっ」

 やっぱり!と言うようにナルトを見上げたヒナタは、彼がニヤニヤ笑っているという普段あまり見れない顔を見ては高鳴る鼓動をどうにも出来ずに、再び小さく『もぅ……』と呟いた。

(なんつー可愛らしいヤツなんだってばよ!知ってるけど……知ってるんだけどさ!可愛すぎるだろ!!)

 くーっと叫びたい気持ちを抑えつつ、ナルトは手の中の盃に口をつけ、お神酒を煽るのを見て、それに倣うかのようにヒナタも盃に唇を寄せる。

 その瑞々しい赤い唇が盃に触れる瞬間の、なんと艶めかしいことか……

 己の唇を寄せて奪い去りたいと願う反面、ダメだろうと押しとどめる己自身の葛藤。

 ナルトはほぅと吐息をつくことでその衝動を逃し、彼女が少しずつ呑む杯の中身が一向に減らないのを見て苦笑した。

 少しは口に含んだのだろうと判断したナルトは、大事そうに抱えながらお神酒と格闘しているヒナタの細い指から盃を華麗に奪うと、ぐいっと傾け、残っているお神酒を流し込む。

「あっ……」

「ヒナタには少し早ェか?」

「そ、そんなこと……っ!」

 片目を瞑って笑って見せるナルトの大人びた表情に反抗したくて声を出すが、彼が口づけた杯の位置を知り固まってしまった。

 白い磁器の杯の中で赤く色づく場所……そこに口づけたのだと知り、ヒナタは真っ赤になってナルトを見上げると、彼は意味深に目を細めて笑う。

(直接ちゅーできねーんだから、これくらいはいいだろ?でねーと、オレが持たねーってばよ。さっきのかんざしへの口づけなんてカウントにはいんねェし)

 間接的な口づけと笑顔ひとつで真っ赤になり硬直しているヒナタの様子を苦笑しつつ、ナルトは左手に杯を二つ重ねて持ち、右手で彼女の頭をぽんっと軽く撫でると、意識がこちらに向いたのを確認してから口を開く。

「さーて、これ返却してくるから、ここを動くなってばよ」

「う、うん」

 するりと人の間をすり抜け、あっという間に見えなくなったナルトの後姿を追うように見ていたヒナタは、自らの唇に手をあて、コクリと息を呑みこんだ。

「私が……口づけた場所……なのに……」

 まさか、それを意識してやったワケじゃないよね?

 思い過ごしだよね?

 そんな思いを頭に浮かべて、見えない背中に問いかける。

 胸がドクドク高鳴り、早い鼓動は酒だけのせいではないとわかっているが、どうにもならない鼓動は、治まることを知らないように脈打つ。

(ナルトくん……)

 愛しい気持ちが胸いっぱいに広がり、切ない吐息をつたその瞬間であった。

 喧騒に紛れて聞こえた小さな子供の悲鳴に意識が向き、寸分たがわず声の主の方へと視線を向ける。

 一般の人が見ればそこは暗闇しか見えなかっただろうし、その子供の声も聞き取ることはかなわなかっただろう。

 幸か不幸か小さな子供の声はヒナタに届き、彼女は迷うことなくそちらへ意識を飛ばしたのだ。

 彼女が視野に捉えたのは、にぎわっている一団から少し離れた木々の間に倒れこむ女の子の姿。

 動くなと言われたが、小さな子供が倒れているのを見過ごせず、ヒナタは人ごみから外れ、子供のもとへと移動し、その子の体を抱えて立たせると、擦りむいたのだろう手のひらを見て、まずは泥を落とさなくては……と視線を巡らせる。

 その次の瞬間、チクリとした痛みを首筋に感じ、同時に子供が何故こけてしまったのかを理解した。

 この稲穂の里に不釣り合いな目をした男が、獲物を見つけたかのごとく目を細め、舌なめずりをしている。

 子供が泣きながら縋り付いてくるのを感じたヒナタは、そのこを抱きしめ男を睨み付けた。

「この子に何か用ですか……」

「ガキというよりは……チャクラに用があってな」

「チャクラ……?」

 眉根を寄せたヒナタの腕を掴んで子供を奪い取ろうとした男は、ヒナタの手を掴んだ瞬間驚いた顔をすると、これはたまらないとばかりに笑いだす。

「ガキの少量のチャクラより、上物じゃないか。お前」

(チャクラが……奪い取られて……吸われて……る……)

 捕まれた腕から力が抜けていくのを感じながら、ヒナタは腕の中の子供だけは逃がさなくてはと、縋り付く子に言葉をかける。

「逃げて……この人は私が何とかする……あっちの大人のいっぱいいるところへ……行きなさいっ!」

 優しくあたたかい声が凛とした響きを宿した瞬間、子供は弾かれたようにヒナタの腕の中からすり抜け、駆け出していく。

 それだけ確認できれば良いとばかりに、ヒナタは片膝を折って地面に手をついた。

 掴れている手はそのままに、どんどん抜けていく力とチャクラを感じ、さきほどまでナルトのぬくもりの傍であたためられていた体が急速に冷えていくのを止めることも出来ず、意識を保つことさえ難しくなってくる。

「……ったく、アイツらめ……あのバカみてぇに強いガキがいなけりゃどうとでもなったってのによ。これでチャクラ補給はできたから、アイツをブッ飛ばすだけだ」

 朦朧とする意識の中、ヒナタは唇を噛みしめ視線を上げようとするのにそれもかなわず、腕を振りほどくだけの力も入らない。

(せめて……クナイを……)

 起爆札はダメだと自らの懐に護身用として小さな印と共に忍ばせてあったクナイを取り出そうとするのを見た男は、それを阻止すべく背後に回り込むとヒナタの首に腕を回し締め上げ、クナイを突きつける。

 子供に気をとられたとしても大失態だと、ヒナタは固く瞳を閉じ思考を巡らせる。

 このままチャクラをこの男の餌食にするのならば、自らの中にあるチャクラの流れを点穴を突くことで一瞬にして断ち切りたいのだが、体が思うように動かない。

(コレはチャクラを吸収されているからだけじゃない……何か、別の……)

「動けねぇだろ?子供に気をとられてる間に、アンタには騒がれちゃ困るんで、針を刺しておいたんだ。麻痺針だ……普通なら全く動けなくなるってのにな。木ノ葉の忍たちもソレで動けなくなってたのに、1人だけ動けたガキがいて思わぬ反撃を喰らっちまったぜ」

 そういうと男は耳障りな声で笑い、ぐったりと力が抜けていくヒナタの体を離すまいと抱きかかえた。

 その時であった、月を背に、数人の忍が舞い降りる。

 どうやらその男を追ってきた、先ほど言っていた忍なのだろうと判断したヒナタはその中から鋭い声が上がったのを聴き、息を呑んだ。

「まさか……姉上!!!」

(ハナ……ビ……?)

「いけませんハナビ様!……し、しかし……ヒナタ様……なのですか?」

「私が姉上を間違えるわけがなかろう!あの浴衣……見間違えるはずがない。母上の形見……それにあの上着は日向の羽織だっ!」

「え……ヒナタ?」

 呟かれた言葉の声の主を、ヒナタはぼんやりする目を開いて見ようと顔を上げる。

 月明かりの下でもわかるほど妖艶で美しい、普段からは考えられないような彼女の姿に、声の主は言葉を失う。

「よう、ガキんちょ……テメーの知り合いだったのか。上玉のチャクラと……へぇ、改めてみると美人じゃねーか。んー?」

 ヒナタの細い顎を掴み捻るように後方を向かせた男は、月明かりの下見えたヒナタの姿にいやらしい笑いを浮かべた。

 その視線を睨み返すことで抵抗を示すヒナタに、男は苦笑するしかない。

「ったく、お前らと同じ麻痺薬つかってたのに、この女まだ動けるのか」

「貴様……姉上にもあの薬をっ!」

「小さいガキ守る為に、テメーが犠牲になってたら意味ねぇよなぁ」

「テメェ……ヒナタを離しやがれ!!」

 月明かりが3人の姿を煌々と照らしだした瞬間、自らの聞き違いではなかったのだとヒナタは落胆にも似た思いを抱く。

 そこにいたのは紛れもなく、この時代に生きているナルトと、妹であるハナビ、そして従者として付き従って里の外に出ていたコウであった。

(こんな情けないところ……見せたくはないのに……)

 ヒナタの願いは空しく、拘束されている事実は変わらず、現状足手まといでしかない。

 それが悔しくもあり、そろそろ戻ってきただろう大人のナルトも心配しているかもしれないと思えば余計に居た堪れなかった。

「おっと動くなよ?お前らもまだ思うように動けねーんだろ?このクナイがこの娘の首を掻っ切るのにさほど時間はいらねぇ……どうする、テメーらがオレから奪い取ったモノを返してくれりゃあ、この娘は解放してやるぜ?」

「それは出来ない相談だ」

 新たに3人の影が降り立ち、合計6人。

 どの影も見覚えがあるもので、声にも聞き覚えがあった。

 ヤマト、サイ、サクラの3人が地面に降り立つと同時に、ヒナタは自らのうかつさを呪う。

 しかし、自らが追ってきた者がヒナタを捕らえている事実に驚く前に、一同は彼女の纏う美しさに息を呑んだ。

 一瞬、本当に日向ヒナタなのかと疑ってしまうほど、今の彼女は彼らの知りえぬ顔を持って、月明かりの下、苦悶の色を宿している。

 そう、苦悶の色を宿しているというのに、それすら美しく妖しい……

 完全にその光景に呑まれていたナルトに、いち早く意識を取り戻したヤマトが声をかけた。

「ナルト……何故ヒナタさんがここに……」

「知らねェよ!だけど、んなこと言ってる場合かってばよ!」

 ヤマトの言葉に苛立ちを隠せず声を荒げたナルトは、男の腕の中でぐったりとしているヒナタの様子から麻痺だけではなくチャクラも奪われているのだと察し、何かいつもとは違う沸々とした怒りのようなものが腹の底から沸きあがってくるのを感じる。

(……くそっ、何だってばよコレってば!冷静になれ……なれってばよ、オレ!)

 ギリリと音がするほど強く歯を噛みしめるナルトの隣りで、姉の身を案じながらも苦悶の表情でいたハナビが声を荒げてしまう。

「姉上……何故……何故そんなものを着てしまったのですか……だから、だからこんなことになっているんでしょう!母上の形見でもそれだけは着ないで欲しいと、そういったはずです!」

「はな……び……」

「どうして……」

「……ごめ……ん……ね」

 弱々しい姉の声が、倒れる寸前の母の声と重なり聞こえ、ハナビは絶望的な思いで姉を見つめる。

 何故なのだろうと、何故大好きな人を己は助けられないのだろうと……

 本当はこんなことも言いたくはないのに……と、ハナビは言葉をうまく伝えられない自らに歯噛みした。

(どうして私は姉上を傷つけることしか言えぬのだっ!)

 苛立ちにも似た感情を抱え、ハナビはクナイを引き抜くと、ギリッと奥歯を噛みしめる。

「お嬢ちゃん、動くなって……お前の姉さんのおかげでチャクラ補充はあらかた出来た。まー、もっと欲しいところだな……」

 月明かりの下でも赤く色づく赤い唇に自然と視線が動く。

 真っ赤な果実のようなその色合いに、思わず舌なめずりをしてしまった男の意図を感じ取ったナルトは、ぞわりと全身が総毛立つのを感じてクナイを反射的に引き抜いた。

「テメェ……殺すぞ……」

 地の底から響くような低い感情がこもらぬ声が辺りに響くとともに周囲の空気がビリビリと震え、木々が大きく揺らめき、地面が細かく振動する。

 味方であるサクラたちでさえ底冷えするような殺気を感じ、完全にソレに充てられたハナビは我知らず両膝を地につけてしまった。

「ヒナタに手ェ出してみろ……タダじゃ済まさねェ」

 鋭く射抜くような瞳と、いきなり膨れ上がった金色の光がナルトの体を包み込み、ギリギリと牙をむき出した獣のように怒りをあらわにする。

 一瞬息を呑んだ男のヒナタを拘束する手が緩み、それを見逃さなかったヒナタは懐の印を発動させ取り出したクナイを迷うことなく男の肩に突き立てた。

「ぐあっ!……この……小娘っ!!」

 ヒナタの動きに合わせて金色のナルトが飛び出す前に、音もなく漆黒の闇が舞い降りる。

 あまりにも静かに、気配もなく舞い降りたその闇に誰もが言葉を失い、そして、動けなくなってしまった。

 静かな殺意を秘めた青い瞳は月光の下で、氷を思わせるような光を宿して煌めき、ヒナタに振りおろそうとしたクナイを動かせずに凍りつく。

 悟ったのは、このクナイを一ミリでも動かせば、即、己の命が刈り取られるだろうという事実のみ。

 その場にいた誰もが魅入られたように、その闇を凝視し、その闇が口元に笑みを浮かべたと思った瞬間、見失う。

 その闇が消えたと誰もがゾクリとしたモノを感じていたが、次にその姿を捉えられたときには全てが終わっていた。

 目にもとまらぬ速度で男の頭上から鋭いかかと落としを叩き込むと共に、倒れこむヒナタの体を抱え、首筋に刺さっている針を痛みを感じないように抜き去ると、困ったように腕の中の彼女に妖しく笑いかける。





「動くなって言ったはずだぜ。ヒナタ」

「……ご……めんなさい……ナルトく……ん」

 ここしばらく傍にあり続けたあたたかいぬくもりに包まれ、ヒナタは安堵の吐息をつき、自らを抱える黒い羽織を着たナルトに微笑みかけた。

「無事で良かったってばよ」

 低く耳に心地よい声が月明かりの下に響き、静かにとけていく。

 頬にかかる髪を優しく手で撫でて流すと、怪我がないか確認してホッと安堵の息をこぼす。

 闇が殺気を霧散させたことにより、ようやくかの者を認識できたように、一同はヒナタを大事そうに抱える彼を改めて見つめた。

 ヒナタとそろいの黒い羽織の漆黒の闇は、闇だと思ったのが不思議なほど鮮やかな色彩を持っていたのに、誰もが漆黒と認識するほど忍らしい忍───

 そして、その彼と同じ色彩を持つナルトは、驚き言葉も出ないまま、ヒナタを抱える己自身を見つめる。

 金色の髪、青い瞳……己と同じ色彩の男は少しばかり雰囲気が違うようにも感じられるが、この世に二つとない同じチャクラを感じ、紛うことなく同じ存在であるのだと知った。





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