露草の咲く夜に 8 木遁忍術で今回の騒ぎを企てていた首謀者に加担していた忍たちを再度丁寧に縛り上げたヤマトは、サイと共に何とか情報を聞きだせないかと様々な手段を講じたのだが、どうやら、本当に詳細を知らなかったようで、挙句の果てには契約料の違いから仲間内での諍いが起こるというお粗末な結果となってしまった。 流石にこれには溜息しか出てこず、ヤマトもサイもこれ以上は無理だと判断し、木ノ葉に連行する手はずを整えていた頃である。 新たに二人の忍を抱えて戻ってきた影分身のナルトが、軽く説明を聞いて呆れたように雁字搦めの球状になっている忍の塊を見やり、肩を竦めた。 「忍の風上にもおけねーってばよ」 「全くだよ」 「本当ですね」 ヤマトもサイもナルトの言葉に同意し、彼が降ろした忍を見やる。 まだ気を失っている内に……と、サイが武器らしきもの全てを押収し、ヤマトがその後、木遁で縛り上げた。 こうなれば、動くこともままならないだろう。 動かせるとすれば、口のみである。 「で、ヒナタさんのほうはどうだい」 「ああ、本体が傍についてるから大丈夫だってばよ。傷もそう深くはねーけど、ここ数日まともに眠ってねーのと、心労が祟って疲れが溜まり過ぎ。今頃本体が休ませてるはずだぜ」 「なら良かった」 ヤマトはフッと笑みを零して頷くと、ナルトの顔を見て更に笑みを深めた。 ここ数日は見れなかったナルトらしい笑顔が戻ってきているのがひと目でわかる。 何とも現金な話ではあるが、こうでなくてはこちらも調子が出ないとばかりに、ヤマトはサイと顔を見合わせ笑い合う。 ずっと眉間に刻まれていた皺は無くなり、愛しげに細められる目は、誰を思い出しているかなど一目瞭然で…… 本当に良かったと、内心安堵の吐息をついたヤマトは、ナルトが新たに連れて来た忍をチラリと見やり苦笑した。 確実にナルトにこっぴどくやられたとわかる二人。 実は、ヤマトもサイもヒナタとナルトの会話が聞こえていたのだ。 つまりは、この二人がヒナタに向けて放った言葉も記憶している。 珍しくサイが殺気だったのも、十分すぎるほど理解できた。 (日向宗家嫡子として生まれた者のサガ……か) 彼女が望む望まざるを関係なく、背負い続けなければならないモノ……いや、血継限界と言うモノをその身に持つ者の宿命とでも言うべきものかもしれない。 そして、それは、ヤマトとて人事ではなかった。 柱間細胞を持っているからこそ、狙われてしまう。 しかし、彼女の瞳は移植という形をとれば、誰だって使えるようになるという代物である。 喉から手が出るほど欲しいという者は後を絶たないだろう。 それを背負い、ナルトの隣に立ちたいと努力する彼女の健気な姿は、知る人ぞ知る強さであって、彼女の上辺だけを見ている者には理解できないモノであった。 ヤマトとて最初からソレを知っていたワケではない。 (しかし……今回は彼女にしてみても苦しい時間だっただろうね) ナルトの気持ちが誰より理解出来てしまうだけに、人の心を過敏に感じ取ってしまうだけに、彼女は傷つくとわかっていてもナルトを説得したのだ。 自分を守りたいという彼の気持ちが嬉しくなかったハズがない。 だけど、他の女性を守れといった彼女の気持ちを慮れば、忍という職業のなんと因果なことか…… そして、傷つきながらも彼女を信じると心を決めたナルトのなんと切ないことか…… 今は、サイと平気で会話をして、笑みさえ浮かべているが、ここを出る前の彼の悲壮な瞳に篭められた熱く滾る想いは、とても心を揺さぶるモノであった。 全身全霊で彼女が大事なのだと叫んでいるナルトを行かせないなんて選択肢は、そこで消えていたのだから不思議なものだと苦笑が浮かぶ。 きっと、朝になり帰って来る頃には、彼女も優しい笑みを浮かべて微笑んでくれるのではないかと思えば、心は軽く……そして、優しくなる。 (ナルトほどではないけど、彼女の笑顔……ボクも好きなんだって思うよ) ナルトの隣で木漏れ日のような柔らかさを持つ彼女の笑顔。 それがどれほど優しくあたたかいか、誰よりもナルトが知っている。 だからこそ、二人を離してはならないような気持ちになるのだ。 (サイじゃないけど、ナルトの心に潤いを齎すのが彼女なら、彼女の心に潤いを齎すのはナルトなんだろうね) 野に咲く白百合のごとく凜として強い意志の篭った瞳…… 轟と吹き抜ける風のごとく雄々しく力強さを感じさせる瞳…… どちらも、根底にあるものは同じで、男女の違いでしかない二人が手を取り見据える先── (それが……見てみたいのかもしれないね) 柔らかく目を細めたヤマトは、小さな呻き声に気づいてそちらへと視線をやれば、ナルトが連れて来た忍の男女が目を覚ましたようであった。 「ったく、テメーらのせいで余計な仕事が増えちまったじゃねーかよ」 「折角、露草の雫と白眼を手に入れるチャンスだったていうのにさー。邪魔してくれたのはそっちじゃないーっ」 「うっせーよ、ヒナタの目を何でテメーらにやんなきゃなんねーんだっつーの!ヒナタの目はヒナタのモンで、誰のモンでもねーんだってばよっ」 ナルトが女の忍の言葉に反応して言葉を返す様は、いつもどおり過ぎてヤマトは笑ってしまう。 「本当にいつもどおりだね」 「え?何か言ったかってばよ、ヤマト隊長」 「いいや。ところで、キミたちは誰に雇われたのか言ってくれるとありがたいんだけどね。そうじゃないと、色々と困ったことになるんだよ」 「そうですね。ボクたちみんな、ここに長居はしたくないんですよ」 「本当に大変なんだっつーの。ここへ来てからロクなことねーからな」 口々に不満を述べるのを見やりながら、男の忍の方は溜息をついてナルトを見ると呆れたように呟く。 「その割には、いい思いしてたんじゃないのかイ」 「へ?……オレ?どこがっ!」 「白眼の彼女、襲っ……がふっ」 目にも留まらぬ速さでナルトは右足を振り上げると、彼が完全に言葉を紡ぎ出す前に男の頭上に向かって振り下ろす。 轟音と共に地面にめり込む男は、暫く痙攣を繰り返してから静かになった。 その見事すぎる踵落としに、一同は言葉もなく固まっていれば、彼は低い声で呟く。 「何か……あったかってばよ。なあ?」 チラリと再び完全に意識を飛ばしてしまった男の隣で拘束されている女へ視線をやれば、彼女は涙目でプルプルと必死に首を横に振り、何も知らない聞いてない見ていないと必死にナルトに向かって叫ぶ。 ああ、これは何かあったな……と、ヤマトとサイが肩を竦めるのだが、ナルトとしてはあのヒナタの艶姿を見ただろうこの二人の記憶と口を封じたくて仕方が無い。 「ナルト……」 「何だってばよ、ヤマト隊長」 「……ヒナタさん、大丈夫だよね?」 「本体に聞いてくれ」 ジロリと視線を返され、ヤマトは深い溜息をつくと山頂の方へ視線をやってから、自分の判断は少しばかり甘かったか?と、ほんのちょっぴり後悔するのだが、ヒナタに甘いナルトのことである、無理強いだけはしないだろうと、そこだけは信じても大丈夫ではないかと考え直して、影分身のナルトへと視線を戻した。 「まあ、その辺りは信じてるよ」 「一瞬疑ったクセに……」 半眼で睨まれたヤマトは、思わず苦笑を浮かべてしまうが、不貞腐れた顔からして、そういう類ではないのだと知る。 「アイツが怪我してたから、手当てしてただけだってば……すっげー我慢したけどなっ!」 「ナルトも立派な男ですね」 「お前に言われると何だか卑猥なことに聞こえてならねェ……」 「童貞卒業ですか」 やっぱりそういう意味合いだったかー!と、ナルトとヤマトは長いといえるようになった付き合いでわかってしまう自分がどことなく悲しく感じたが、コレもまたサイであると思えば、溜息が零れ落ちた。 しかし、ヤレヤレと溜息をつくヤマトと違い、ナルトは必死である。 何せ、本当にギリギリいっぱい必死に我慢したのだろう。 その努力を無にするような言葉に、過剰なほど反応してしまった。 「今、そういうことじゃねーって言ったばっかだってばよ!!テメーは人の話ちゃんと聞いてんのかっ!?」 ナルトが怒鳴ると、サイはニコニコ笑顔のまま言葉を重ねる。 「何も隠さなくても……あ、お赤飯用意しますね。あと、認知はしてあげないとヒナタさんが可哀想ですよ」 「だーかーらーっ!やってねーっつーのっ!!」 どんどん声が大きくなるナルトに対し、サイは懐から本を取り出してそれをナルトに向かって見えるように差し出す。 タイトルは暗くてよく見えないが、あまり良い系の本ではないことは、その表紙のド派手なピンク色から想像するに容易い。 「暗くてよく見えないかもしれませんが、この本に書いてました。男が勝手に欲情して手をだしたはいいけれど、そんなつもりはなかったって言い逃れを……」 「ろくな本読んでねーな、テメーは……つーか!そんなろくでもねー男と一緒にすんじゃねーよっ!オレだって……そ、その……そういうことする時は、か、覚悟決めて……するってばよ」 「そういうものですか?」 「そういうもんだってばよ」 「……そういう会話をここでするのもどうかと思うけど、まあ、ナルトがそういうところまともで良かったってボクは思うよ」 ヤレヤレ……と肩を竦めてしまったヤマトは、出会ってからこの方、あまりそういう会話に成長が見えない二人に苦笑を漏らすのだが、多少は変わったところもあるなと考え直した。 お年頃の男同士の話である、時折こういうこともあって不思議ではないだろう。 そして、そんな会話を通して、サイも色々と学んでいるようで、ナルトの言葉を否定せずに受けいれ、それを自分なりに検証しているといったところ…… ナルトだけではなく、他の人たちと積極的に会話することによって知っていくことが多いと知った彼は、本当に成長が早いと思えた。 特にナルトとヒナタと共にいると、彼は素直に思ったことを言葉にし、彼らの嘘偽り無い心からの言葉に疑うことをしない。 ある意味、強固な信頼関係すら伺える。 きっと、サイはナルトとヒナタが自分に対して嘘をつくとは思っていない……いや、考えてもいないのだろうと思えた。 「さて、ヤマト隊長、オレはそろそろ情報を本体に渡してーんだけど、何かあるかってばよ」 「いや……キミたち二人は朝になってから下山……あー、そうだ。迂回しながら残党がいないか探索しつつ戻ってきて欲しいかな。ヒナタさんの怪我が酷いなら、ナルトが何とかフォロー入れてくれたら良いよ。昼前までには戻ってきてくれたらありがたい」 「了解だってばよ」 「あと、露草の原の被害状況も確認したあと、祠の被害状況も頼むね」 「へーへー、しょーがねェな」 「デートだと思って気楽にしてくれば良いよ」 「で、で、でででっ、デートっ!?」 真っ赤になって狼狽し、右拳で口元を隠したナルトの様子に、あー、こりゃ手を出すにもかなり時間がかかりそうだな……と、感じたヤマトはくくくっと笑い声を上げ、サイも口元に自然な笑みを浮かべる。 「デートだけでそれじゃ、先が思いやられるよ。ま、相談ならいつでも乗るよナルト」 「……う、ウッス……て……あれ?何でオレがヒナタ好きって……ヤマト隊長知ってんのっ!?あれ?さ、サイもっ!?」 まさしく今更ながらの問いに、ヤマトとサイは顔を見合わせ目を数回瞬かせると、吹き出すように笑い出し、この二人にしては珍しい激しい笑い方に、ナルトの方が驚き固まってしまう。 「ぷっ……くくっ……ま、まさか……あ、あんなに……ストレートに表現してて……くくくっ……バレないと思ってたのかいっ!?あはははははっ」 「くくっ、ナルトらしいですね。あはははっ」 「そ、そんなに笑わなくても良いじゃねーかよっ!お、オレだって必死だったんだっつーのっ!」 涙を浮かべて笑うヤマトとサイの二人に不貞腐れた顔をしたナルトは、口を尖らせて完全に拗ねてしまっているが、それもまたナルトらしくて、更に笑いを誘うのを彼は気づいていない。 数日振りに晴れやかな気持ちになった二人は、やっと軽くなった気持ちを胸に、堪えきれない笑みを浮かべて声を上げて楽しげに笑うのであった。 |