露草の咲く夜に 7




 少しうさ晴らしが出来たと、ニヤリと笑いもとに戻ったクラマはいつものように昼寝……いや、夜なのだから、普通に寝ることを決め込み、ナルトは九尾チャクラモードを解除してから更に影分身を出して二人を拘束すると、きっと待っているだろうヤマトとサイへの手土産とばかりに担ぎ上げて跳躍する。

 拘束せずとも暫く動くことすらできないくらいダメージを受けている二人の忍を連れて行った影分身のナルトの姿が見えなくなるまで見送った二人は、ホッと息をついて、再び洞窟内へと戻ってしまう。

「ナルトくん……わ、私たちは……?」

 手に持っていたナルトの上着を返しながら尋ねたヒナタは、何かに気づいたように上着を受け取ろうとした彼の手を掻い潜り背後に回りこむと、右袖から腕を通せるようにと上着を広げて待つ。

 彼女の意図を察したナルトは、気恥ずかしいようなくすぐったい気持ちになりながらも何だかそれが嬉しくて、ソッと腕を通した。

 普段着ている上着が、何だか特別なものに思えて、ナルトは口元に笑みを浮かべる。

「朝まで戻ってくんなって言われてるから、良いだろ」

「え?」

「ヤマト隊長が気を利かせてくれたんだってばよ」

 ニシシシッと笑ったナルトに、ヒナタは恥ずかしげに俯くと、指を突き合わせて申し訳無さそうにチラリとナルトを目だけ動かして見上げた。

 そんな彼女が可愛いな……と考えながらも、少し前のヤマトとサイを思い出す。

 以前のヤマトならあり得ない計らいであっただろうが、今はその好意が嬉しい。

 おかげで、わだかまりは消え、互いの気持ちを繋ぎ合うことができた。

 数時間前までの苦しさが嘘のように、今はとても満たされた思いが心に広がっている。

「ヒナタ……来いよ」

 手を引かれ洞窟の中の奥へと導かれ、真っ暗で少しだけ細い道を抜けて行くと、前方がほんのりと明るいことに気づく。

 程なくして出た広い空間は、外と繋がっているワケではないのに、優しい光に満ちていた。

 目を凝らしてみれば、その場所は地面や壁や天井に至るまで、ふかふかした苔が群生しており、ほんのりと金色とも緑色ともつかない不可思議な光を放っている。

「綺麗……こんな苔見たことない……」

 壁でほんのり光を放つ苔に手を伸ばし触れてみると、弾力があってふんわりした感触が伝わってきた。

 ふわふわした毛足のぬいぐるみでも触っているような、さらっとした感触──

「光苔って言うみたいだぜ。前の任務の時にカカシ先生が教えてくれた。ここの光苔はちょっと普通のヤツとは違うみてーだけどな」

「……え?」

「すっげーふっかふかだろ。手触りも良い。ここなら寒くねーし、座ってても痛くねーからな。前のときもこういう洞窟の奥にあったから、多分あるんじゃねーかと思ってさ」

 へへっと笑うナルトに、ヒナタは微笑み返してソッと寄り添う。

 指を絡めて握り合った手に力がこもり、誘われるように顔を寄せ合った。

 いつの間にか少し屈まなくては彼女の唇に触れることもできなくなった自分の成長。

 抱きしめる肢体を片腕で易々と抱けるほどにまでなっていることが嬉しくも感じていた。

 ちゅ……と、軽く音を立てて重なった唇を一度離して離れて見つめあう。

 瞳の奥に揺れる熱──

 ヒナタの瞳が再び閉ざされ、ナルトはゆっくりと顔を寄せて、瑞々しい桃色の唇に唇を重ねてから唇を自らの唇で愛撫し、挟み、吸い、食み……と、繰り返して彼女の唇を堪能する。

(甘ェ……もっと……もっと欲しい)

 食んだ唇だけでなく、密やかに漏れる吐息も甘ければ、口付けに反応して漏れるくぐもった声も甘い。

 響く水音は、口付けをしているが故……

 そろりと伸ばした舌で唇の輪郭をなぞり、許しを請うように丁寧に愛撫を施せば、その願いを聞き入れたのか恥ずかしげに震えながら薄く開かれた。

 恋焦がれたこの瞬間を待っていたといわんばかりに、ナルトは舌をヒナタの口内へと差し入れて、彼女の可愛らしい舌を捜し求める。

 もっと深く……

 もっと深く繋がりたい……

 そんな言葉が聞こえてくるような口付けが続けられ、ヒナタの唇から甘い吐息が零れ落ち、それと同時に力を失った体が崩れ落ちそうになったのに、既にそれも予測済みと、ナルトは両腕でヒナタを強く抱きしめる。

 ナルトに身を任せていると、ゆっくりと地面へと寝かされてしまう。

 どくりと心臓が大きな音を立て、早鐘を打ち始めるが、離れたナルトの表情はとても優しくてあたたかい。

 何を考えているのかが読めず、目を瞬かせるヒナタに、ナルトは優しい笑みを浮かべたまま頭を何度も何度も撫でた。

「大好きだ」

 びくんっと体を震わせ、ナルトの唇から零れ落ちた言葉を受け止めると、ヒナタは首を傾げる。

 しかし、ナルトはそれを気にした様子もなく、再び囁くように告げた。

「ヒナタが大好きだ」

「……な、ナルト……くん?」

「なんだろうな……こう……心から言葉が溢れてくるんだってばよ。好きで……好きでたまらねェって」

 目を細め、愛しさを滲ませ、極上の愛を囁くような声色を持って、ヒナタの心にナルトは言葉を届ける。

 胸がいっぱいで、一杯過ぎて、もうどうして良いのかわからなくなるほどいっぱいの気持ちを抱えて、ヒナタは自らを上で愛しげに目を細めるナルトの首筋に抱きつく。

「私も……私もナルトくんが大好き……大好きなの」

「ん……嬉しいってばよ。お前の告白は随分前に聞いたのに……ごめんな」

「ううん……ナルトくんの偽り無い言葉で、ナルトくんの心が一杯詰まった言葉だから嬉しい」

「ヒナタ……可愛い……オレの恋人。オレだけのヒナタ……オレのモンだ……やっと、オレだけのモンだ」

 引き起こされ、息が詰まるほど強く抱きしめられたヒナタは、胸に溜まった熱を吐き出すような熱い吐息を零し、ナルトも同じような吐息をついた。

 心が満たされ……だけど、溢れ出す感情を制御できず、すれ違う心に苦しんでいたときよりも苦しい。

 だけど、甘くて熱くて仕方が無い……心地良い苦しみ。

 そんな中、ナルトはヒナタの首筋に指を滑らせ、首の後ろにあるヒナタの額宛の紐を解いてしまう。

 ずるりと胸元へ下がるそれをナルトは掴み、自分たちの横へと置いた。

「ナルトくん?」

「オレ以外の前で、額宛……絶対に取るなよ」

「……え?」

「この白い首筋……晒すなってばよ」

 そう言ったと同時に、ナルトは首筋へ口付け、ヒナタは驚き声を上げるが、熱い口付けにそれは甘い吐息へと変わり、唇の這う感触が恥ずかしくて、ぎゅうっと目を瞑る。

 唇は暫くヒナタの首筋を這って満足したのか、それともどこかを捜していたのか、一箇所で留まった。

 右の鎖骨より少し上、いつもしている額宛の金属部分と紐の境目のような場所に留まった彼は唇で数回軽く食んだあと、次いで熱く湿った感触を与える。

「あっ……」

 舐められた……と、ヒナタは薄い皮膚の上を這うナルトの熱い舌に翻弄され、背中を弓なりに反らせ、自らの意思とは別に零れ落ちそうになる声を必死に堪えた。

 きつくナルトの背中の上着を掴み、必死にその甘い衝撃を耐えるのだが、ちくりとした鋭い痛みを感じ、驚いて目を見開いてしまう。

 ちゅ……ちゅぅっ……と音が聞こえてくる。

 それと同時に、もう抑えきれないとばかりに声が漏れ、じわりと生理的な涙も浮かぶ。

「っ……んんっ」

「……はあ……コレで良いか……ヒナタってば、結構敏感なのな──」

 何かを確かめるかのように指を這わせて、唇についた唾液を舌で舐め取り、ニヤリと笑うナルトの壮絶なまでに感じる男の色気に、ヒナタはぞくぞくと体を震わせて身を竦めた。

「な、なにを……」

「知りたい……?」

「……し、知りたいような……し、知りたく……ないような……」

 色気タップリの笑みを向けられては、これ以上聞いたら自分が持たないと思ったのだろう、ヒナタは唇をきゅぅっと噛み、ナルトの反応を待つ。

 くすりと彼らしくない、何かを含んだ笑い声が聞こえた。

「オレの所有の証をつけただけだってばよ。ヒナタはオレのもんだって……な」

 耳朶に触れるか触れないかの位置で這うような唇の動きを持って囁かれた言葉に、ヒナタは体を突き抜ける甘い衝撃に体を震わせることしか出来ず、目の前のナルトが齎す甘い刺激というのは自分をどこまで狂わせば気が済むのだろうかと、取りとめも無いことを考える。

 きっとどこまでも狂わせ、気が済むなんてことはないのかもしれない──

 彼の瞳の中にチラリと見える狂気にも似た、独占欲と愛情の入り混じった色。

 どこまでも貪欲に、きっと求め続けるだろう彼に、ヒナタは己を与え続けるのだと確信していた。

(だって……私はナルトくんに与えているだけじゃない。与えて与えられて……きっと、互いに循環させてもっと深く繋がっていくって知っているから──)

 目尻に浮かんだ涙をちゅっと音を立てて吸い取り、やんわりと抱きしめて甘い抱擁をする腕も……

 優しく髪を撫でてくれる指も、いつもは力強く沢山の人を守っているのを知っている。

 でも……

(こうして、優しく髪を撫でてくれるなんて知っているのは……きっと、私だけ……かな?)

 なんて……ね、と胸中で呟けば、自然と頬が染まり口元が綻ぶ。



 自分だけしか知らないナルトを見てみたい──



 それはヒナタがはじめて覚えた感情であった。

 彼女の心の緩やかな変化に気づいたのか、胸板に頬をすり寄せる彼女の額に、これまた愛しげに頬をすり寄せてしまう。

 洞窟内を満たす不可思議で優しい……だけど、どこか妖しく誘われるような光に視線を向けると、まるでこの光は夜のナルトのようだと苦笑する。

 太陽のように光輝き、周囲を明るくしてくれる彼。

 先ほどのように暗闇すら従え、人を誘うような光を宿し、魂すら縛り付けられたように魅入られることしか許されない、妖艶な輝きを宿す彼。

 どちらも同一人物──

「この……ナルトくんを知ってるのは……私……だけ?」

「ん?」

 胸中で呟いたはずの言葉が、どうやら漏れていたらしいと気づいたヒナタは、ハッと軽く目を見開き、頬を赤く染めて視線を逸らし誤魔化そうとするのだが、それを許さないとばかりに、ナルトは耳朶に口付ける。

「言ってくれよヒナタ。何が私だけなんだってば……言わねェと、もう一つつけちまうかな。今度は見えるところに」

 完全な脅しである。

 冗談だよね?というかすかな希望を胸にチラリとナルトを見上げれば、極上の笑みを浮かべたまま視線が首筋の上へと狙いしましたように留まり、つける場所は既に決まっているらしいことを、その視線だけで感じ取れた。

 どうやら、今しがたつけたところとは反対側の……正面からとってもよく見える喉の半ばより左側の柔らかな部分。

 本気だと悟ったヒナタは観念したのか、言い辛そうにしていたのだが、ぽつりぽつりと語り出す。

「か、勘違い……かも……なのだけど……」

「うん」

「き、気のせいなのかも……なの」

「おう」

「で、でも……そ、そうかなーって……お、思っちゃったり……したの」

「何を」

 指を突き合わせてチラリと上目遣いでナルトを見上げたあと、本当に小さな声で呟くように言葉と何とか紡ぎ出した。

「い、いつも元気で強くて明るいナルトくんじゃなく……さ、さっきみたいな……す、すごく男っぽいというか……い、色気があるナルトくんを知ってるのも、優しく髪を撫でてくれる指先を知ってるのも……わ、私……だけ……かなって」

「そりゃ、お前だけだろ。オレはお前にしかしねーよ」

 キッパリと言い切りヒナタの考えを肯定したナルトは、少しだけ眉根を寄せて、ヒナタの顔を覗き込むと、口の右端だけ吊り上げて笑う。

「でもさ、色気ってのはお前のほうがあるぜ?……色っぽくて妖艶なヒナタを知ってるのって、オレだけ?」

「な、ナルトくんしか……知らないです……で、でも妖艶っていうのはどうかなーって……見間違いじゃないかなって……」

「見間違いなんかじゃねーよ。ったく……自分のこと知らなさ過ぎだってばよ、お前は」

「そ、そう……かな?」

「ああ、だから、こんなに疲れている顔してても、気づきもしねェ……」

 そう言い、ヒナタの頬を撫でてからちゅっと口付けを贈り、優しく熱を分け与えるように包み込んでいる腕に、少しだけ力を加えた。

 力加減が絶妙で、ヒナタはうっとりした心持で甘いと息をつく。

 愛しい人に抱きしめられているという安堵感。

 それと同時に感じる、愛しさ。

 だけど、それを上回る心から満たし満たされる感覚──

「暫くまともに寝てねーんだろ?オレがこうして見ててやるから、少し仮眠とれよ」

「……で、でも……」

「いいから。それとも、オレが信用できねェから眠れねーか?」

「そ、そんなことないっ」

 とんでもない事を言われたというようなヒナタの反応に、ナルトは満足げな笑みを見せて、彼女が眠り易いように壁に背を預けて共に少しだけ後ろへ倒れこむと、彼の脚の間に座っていたヒナタは上半身を完全にナルトに預けたようなカタチになり少し慌てるのだが、彼の腕が逃してくれそうになかった。

「これで眠り易いだろ」

「ナルトくん……」

「遠慮すんなよ。きっと昼には出立ってカタチになんじゃねーかな。あんまり皆長居したくねーみてーだからな」

「……そ、そう……なの?」

「お前が辛い目にあって、喜ぶヤツなんざいねーよ」

 胸板を通して響くナルトの心音と、耳に心地よく響くいつもより低い声。

 それがとても心地よくて、ナルトの話している言葉を聞きたいと思っているのに、どんどん意識は眠りの淵へと誘われ、心労とここ数日は休む間もなく与えられた雑務による疲労の上に出血で体力を大幅に削られてしまった体が、漸く疲れていたのだと自覚できるくらいになった。

 ナルトの心地よい声は、言葉を紡ぎ、優しく頭を撫でてくれる手は、鼓動と同じく一定のリズムを刻んでくれている。

 とくり、とくり

 通常より、少しだけ早い鼓動──

 だけど、この上ない安堵を教えてくれる彼の鼓動……

「無理せず寝ちまえ。オレがお前を守ってやる……お前の眠りを妨げるものはなんもねーよ」

「勿体無くて……ナルトくんと……もっと……いっしょ……に」

「ばーか、これから嫌って言うくらい一緒にいてやる。だから、恐れることなんてなんもねェ。夢でもなんでもねーんだから……起きても傍で大好きだって囁いてやる。だから、おやすみ……オレのヒナタ」

 心に僅かに浮かんだ不安さえも汲み取り払拭してくれる彼の優しさが嬉しくて、もう目を開けることはできないが、口元に笑みを浮かべたヒナタは、ナルトの存在に守られるぬくもりと安堵を抱きながら、ゆるりと眠りの世界へと落ちていくのであった。






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