露草の咲く夜に 6 包帯を巻き終え、具合を確認していたところで、ナルトはピクリと反応してヒナタを自らの背後に庇うと、洞窟の出入り口へ鋭い視線を向けた。 月明かりから逆光になるように立つ二つの影。 「チッ……影分身ってヤツ、まだ残ってたのー」 「こっちも無傷ってワケにはいかないけド、そっちもでショ?」 その声に、ナルトの口元が歪む。 良く来てくれたと、心が黒い歓喜に包まれる。 そう……この声の持ち主には、色々と思うところがあったのだ。 そんなナルトの変化に気づかず、一組の男女はナルトとヒナタの様子をじっくりと眺めたあと、いやらしい笑みを浮かべる。 「なーに?お楽しみの途中だったー?」 「随分と余裕だネ」 ナルトの上着からチラリと見えるヒナタの素足に視線が突き刺さり、ヒナタは真っ赤になって自らの足をナルトの上着の中へと完全に隠し、羞恥心の為に浮かぶ涙を見せまいとナルトの背中に隠れてしまう。 その様子を気配だけで感じ取っていたナルトは、更にヒナタを隠すために自らの体を盾にして立ちはだかると、ジロリと二人を睨み付けて不敵に笑った。 「へェ……あの高さから落ちて無事だったのかってばよ」 「それはこっちのセリフー。私たちは鋼糸があるしねー」 「二人で編み出した鋼糸のネットは弾力性に飛んでいるんだヨ」 「なるほど……で、わざわざ逃げずに来てくれたワケか……」 ナルトの声に、挑戦的な響きを感じていたヒナタは、自らも戦闘態勢にはいらなくてはと自分のズボンを探すのだが、ここで穿く時間を与えられるとも考えられず、このままでも戦えると意を決し、前を睨み付ける。 確かに素肌を晒すのは恥ずかしいし、更に下着すらも晒すことになるだろうが、ナルトを助けるためならば躊躇ってはいられない。 そんな決意をして構えようとするヒナタを、ナルトが片手で押し留める。 「お前はここで待ってろ」 「え……で、でも……」 彼女のことだから、こういう行動に出るだろうと予測していたナルトは、本当に思ったとおりに動き出す彼女に苦笑すら浮かんでしまうのだが、今回は譲れないことがあったのだ。 だからこそ、彼女には動かずにいて欲しい。 眼前の敵の暴言に腹を立てているのは、何もナルトだけではなかったということである。 「オレは、アイツらにちーっとばっかし腹が立ってんだ」 ちょっとというにはどす黒いオーラを放ち、ナルトは目を爛々と輝かせてヒナタに肩越しに振り返り見てから優しげに目を細めた。 「お前のその格好を、他のヤツに見られんのも嫌だし、その怪我早く治して欲しいしな。それに……」 一旦言葉を切ったナルトは、視線を前へ戻して底知れぬモノを感じさせるチャクラをゆらゆら揺らめかせながら、一段と低くした声で呟くように言い放つ。 「オレの女の心を傷つけ、蔑み、見下し……手を出そうとしやがったこと、死ぬほど後悔させてやるってばよ」 その声と視線に含まれる言いようのないゾクリとしたものを感じた二人は、思わず息を呑み、先ほどとは比べ物にならないナルトの雰囲気に呑まれる。 影分身とは全く違う、異質なチャクラ…… 「さっきの場所は大きすぎるチャクラを使えなかったからな……ここなら問題ねーだろ」 風など一切無い洞窟の中。 そして、外も風など吹いていない……なのに、ふわり……と、ナルトの髪や額宛の紐が揺れ、彼を中心に風を感じる。 青、赤……二つのチャクラがゆらりと揺れて溶け合い、黄金へと変わっていく様に、自分たちがとんでもない者を相手にしようとしているのではないかとはじめて気づいたように硬直したあと、男のほうが流れる冷や汗を感じつつも声を上げた。 「アンタ……影分身じゃないネ。……名前……教えてくれるかナ」 「オレ?……オレは、うずまきナルト。木ノ葉のうずまきナルトだってばよ」 黄金のチャクラに身を包み、姿すら変わってしまったナルトを凝視していた一組の男女は、その名前を聞いて体に震えが走ったのを感じる。 そう、木ノ葉のうずまきナルト…… 忍をしている者なら、知らないはずがない。 壊滅的ダメージを与えた敵を一人で倒した、里の英雄。 そして、第四次忍界大戦で彼ナシでは勝てなかったと、どの影もが認めたという忍の中の忍と謳われる存在── 「木ノ葉の英雄……こ、こんなヤツがー?う、嘘でしょーっ!」 「このチャクラ量……普通じゃないヨ。九尾の人柱力……って話……本当だったんだネ」 「ああ、まー、今更泣いて許してって言われても……許しはしねーけどな」 ナルトはゆらりと立ち上がり影分身の印を結ぶと、もう一人の同じ姿をしたナルトが現われ、全く同じはずの影分身であるというのに、片方は瞳が獣そのものの瞳になり、口にも鋭い牙が生えていた。 「クラマ、思いっきりぶっ飛ばしてやろうぜ」 「……丁度良い。ここのところ面白くないことが多くてむしゃくしゃしていたところだ」 「でも、殺すなよ。生きて連れて帰らねーとな。情報がいまのままだと少なすぎる。これ以上この国での任務が長引くのは遠慮してェ」 「それは同感だ。ヤマトの連れて来たヤツではたいして役に立ちそうもなかったからな……いたし方あるまい。ナルト、お前はそっちの男のほうをやれ」 「おう。そっちは任せた」 「フン。キンキンした声が耳障りだと思っていたところだ……」 「オレは、あのすかした話し方が気に食わねェって思ってたところだってばよ。だけど、一番気に食わねェのは……」 「あの暴言の数々だな」 「勿論そうだってばよ……」 そう息の合った会話をしながら、二人は右足を少し後ろへ下げて、ぐぐぐっと腰を落とし重心をまずは右半身に乗せる。 右の拳にチャクラが収束し、何をしようとしているのかは一目瞭然。 単なる右の拳によるストレートな打撃でしかない。 しかしその様子は、いっぱいいっぱいに引き絞られた弓の弦のようであり、凄まじい力の蓄積を伺わせる。 「見え見えの攻撃があたるはずないわよー!やっぱ、バカねーっ!」 「それほど、我々も弱くはないヨ」 「英雄っていっても、バカじゃ話しにならないわねーっ」 「相手を見下し過ぎだヨ」 二人で鋼糸を編みこみ、高い谷の上から落ちる衝撃すら吸収してしまうというネットを作り上げ、捕獲すべく持てるチャクラをその鋼糸に流し込む男女の様子を見ながら、ナルトとクラマはニヤリと同時に口の端を上げて笑う。 「見下しておるのは……」 「テメーらのほうだってばよっ」 「ヒナタを貶め傷つけたこと──」 「死ぬほど後悔しやがれっ!!」 右から左へ重心移動させ左足が地面を踏みしめて踏ん張る力を持って前へ飛び出す様は、まるで弓から解き放たれた矢のようでもあり、その動きを捉え切れなかった二人にしてみれば、ナルトとクラマが瞬時にその場から消えたようにしか見えない。 しかし、ヒナタはその動きを確実に捉えていた。 ナルトとクラマが戦闘態勢をとった瞬間発動させたヒナタの白眼がスッと素早く動き、迷うことなく二人の眼前へと移動して口元を綻ばせる。 (やっぱり、速い……やっと白眼で捉えられるようになった──) 彼女の笑みの理由はソレであったが、ナルトとクラマの笑みの理由は違った。 ヒナタを貶めた言葉の数々に、心底怒りを感じていたのである。 自らの手でぶっ飛ばす!と、考えていたことが実行できたという喜びに溢れていた。 全く持って大人気ない話ではあるが、大事な者を侮辱された怒りは生易しいものではない。 男女の忍には、風しか感じられなかったかもしれない……いや、それすら認識できていたか怪しいだろう。 次の瞬間二人が持てる力を集結させて作り上げた耐久性に優れるネットは、くもの糸でも散らすかのごとく易々と霧散し、瞳が驚愕の色に染まり大きく開かれた口が音を発する前に、自らの体へと黄金に輝くチャクラを纏った拳が叩き込まれた。 まるでスローモーションのように鋼糸が散らばり落ちていく中で、ナルトとクラマの不敵な笑みが見えたのと同時に、自らの動体視力では判別できない速度で吹き飛ばされ、強い衝撃とともに意識を飛ばす。 木々をなぎ倒し地面を抉り吹き飛ばされていく敵の忍を見たナルトとクラマは、思ったよりも力が入っていてやり過ぎたか……とばかりにその吹き飛ぶ二人より速く飛んでいく方向へ回り込んで吹き飛ばされてくる体を易々と受け止めた。 谷底のはずなのに、その数メートル先はまた谷底になっているという事実をその時初めて知ったナルトとクラマは顔を見合わせ苦笑を浮かべる。 ここで捕まえておかなくては、あとで余計な手間がかかることになっただろう。 ヤマトが折角くれた、貴重なヒナタとの時間を無駄にはしたくない。 「探しにいくとかいうことにならねーで良かったってばよ」 「そうなれば、面倒だから放置するに決まってるだろう」 「でもさ、ヤマト隊長がうるせーぞ」 「……アレは顔が淡白な割りにしつこいからな」 「しつこいかしつこくないかって、顔……関係あんのか?」 「ガイってヤツは、顔と同じくしつこいがな」 「あー、ゲキマユ先生か……だよな、しつけーよな」 今まで経験してきたことを軽く思い出したナルトは、ウンザリとした顔をしてクラマの言葉に頷くと、うん?と首を傾げてからクラマへと顔を向ける。 「いやいやいや、やっぱ顔関係ねーだろっ」 ナルトのツッコミに、そうか?と返したクラマに、ナルトがそうなんだよと笑う。 クラマは久しぶりに見たナルトの元気そうな笑みに安堵し、そして口の端を少しだけ上げて笑みの形を作る。 (全く、心配かけおって……) 言葉にはしない。 だが、やはり気分の良いものではなかったな……と、改めて思い、ここ数日の鬱々とした空気を晴らしている風にも見える、ぽんぽんとキャッチボールをするような息の合った軽やかさを纏う会話が続いた。 そんな会話を交わしてナルトが男のほうを、クラマが女の方を引きずりながら帰ってくるのを、ヒナタは慌てて出迎える。 「あ、あの……ナルトくん、クラマさん、ありがとう……お、お帰りなさい」 月光の下、少し恥ずかしげに微笑みながらナルトの上着を大事そうに抱えている彼女。 どうやらズボンを穿く時間はあったようだなと、外気に晒されていない脚に少しだけ残念なような気持ちになりながらナルトもクラマも苦笑を浮かべ、輝かんばかりの笑みを見せてくれる彼女に『ただいま』と挨拶をしたのであった。 |