露草の咲く夜に 5




「あ、あの……ナルトくん……き、傷のほうを……み、見て……」

「っ!あ……あー、なんつーか……い、色々と……その……破壊力抜群っつーか」

 恥ずかしげに上着の裾を引っ張り足の付け根のきわどいところを隠したヒナタは、ナルトの視線に耐えかねてそういうと、ナルトの方はあからさまに視線をやってしまった気恥ずかしさと、とんでもなく白い太ももに心臓がでたらめなリズムを刻んで苦しげである。

 薄暗い洞窟の中で入ってくる月光に照らされる白い肌の艶やかさと、恥らうヒナタが余計に煽ってくれている現状は、やはり、健全な青少年であるナルトには色々と苦痛であった。

 その上、今から彼女のその肌に触れるのである。

 拷問にも近い……と、九尾チャクラを制御するより難しいのではないかと思える己の男としての感情をねじ伏せて、ナルトは口を開く。

「えっと……あー、その……き、傷に……触れるから……あ、足……触るけど……」

「う、うん……そのっ、き、傷の手当だものねっ」

「お、おうっ!そ、それ以外はねェっ!……ようにする」

 洞窟の中、二人して真っ赤になりながらそんな確認事項のような会話を交わし、どこか自信無さそうに付け加えられた最後の言葉は不安を煽るのだが、ここは大好きな彼を信じて任せるしかないと、腹を括ってヒナタはソッと右足をナルトのほうへと差し出した。

 その動きすら艶かしく、刺激されない男がいるだろうか……

 いや、ここで反応しないほうがおかしいだろうと内心悪態をつきながらも、ナルトは干上がる喉を鳴らしてからヒナタの柔らかそうな太ももにソッと手を伸ばした。

 柔らかな皮膚の……もちっとした感触に次いで吸い付くようにしっとりとした肌の手触りに、思わずうっとりとしてしまうが、今はそれどころではないと、慌てて意識を切り替える。

 傷は二箇所、右太ももの外側をかすっていたようで、出血の割に傷は浅い。

 ホッと息をつくのだが、その際に見える上着の裾から伸びる白い太もも……少し角度を変えるだけでその奥が見えてしまいそうな状況に、ナルトはピシリと固まってしまう。

(うおおぉぉいっ!!?ちょ、ちょっ、ちょっと……まっ、待てっ!待てよオレっ!!信用してオレに足を任せてくれているヒナタの気持ちを裏切るようなマネは出来ねェだろっ!オレも男だけど、でも……だけどっ)

 ごくりと唾液を飲み込んだ音が妙に大きく響き、ナルトはビクリと体を震わせたあと、そろりとヒナタの表情を伺う。

 彼女とて、視線が太ももと上着の境界線で、止まってしまっていることに気づいているはず……

 その証拠に、足を少し動かしてその視線から逃れようとしている……が、それは逆効果で、更に艶かしく感じてしまう。

 まるで誘っているように見えなくもない。

「く……くそっ!!」

 ナルトは大きな声でそう叫ぶように言うと、自分の上着のジッパーを勢い良く下ろして、無造作に上着を脱ぐと、鎖帷子越しに見える引き締まった肉体が露になり、ヒナタは大きく体を震わせ、ナルトを見つめた。

 少し震える体は、とても魅力的であるし、このまま欲望のままに襲いたい気分にもなる。

 しかし、ナルトはグッと腹の底に力を入れると、掴んでいる上着をヒナタの太ももの上に置いて、歯を食いしばって強張っていた口元を何とか動かし言葉を紡ぐ。

「頼む。しっかり隠しててくれ……見えるか見えねーかっつーのが一番目の毒だってばよ。治療以外のことしちまいそうだ……」

 搾り出すような掠れたナルトの声と言葉に真っ赤になったヒナタは、彼が脱いだばかりの上着を引き寄せ、自分の腰周りと太もも辺りをガードするように被せると、そろりとナルトの方を見る。

「あ、あり……がとう」

「……おう。惜しいことしたって正直思わねーワケじゃねーけどさ。でも、大切にしてェって気持ちも本物だってばよ」

「ナルトくん……」

「へへっ、オレってばいい男だろ?」

 ナルトにしてみれば冗談で言ったのだが、そのナルトのおどけたような言葉にヒナタは嬉しさを滲ませて頷き、そして柔らかく微笑む。

「うん、ナルトくんほどカッコイイ人はいないよ」

 シッカリとした口調で告げられた言葉に面食らったナルトは、目を数回瞬かせたあと喜びを隠せないように口元を震わせ、ヒナタが大好きなあたたかく優しい笑顔を見せた。

 うん……やっぱりカッコイイ……と、ヒナタが目を細めて愛しげな視線で見てくるのを感じ、もうコレは笑い合うだけじゃちょっとばっかり足りないと、ナルトはちょいちょいと手招きし、不思議そうに首をかしげたあと身を乗り出した無防備な彼女に心の中で苦笑を浮かべる。

 自らも少し体を前へ出して、ちゅっと音を立てて彼女の唇に軽いキスを贈ると、ビックリしたようにその場に固まってしまう。

「無防備過ぎ。でも、嬉しかったから……サンキュ……な」

「う……うん……」

 恥ずかしげに口元を両手の指先で隠して、顔を朱に染めている彼女が可愛らしくて、邪な欲望なんてどこかへ消えうせてしまい、ただ目の前の彼女が愛しい。

 ポーチの中から包帯、ポケットの中からハンカチを取り出すと同時に、ポーチの中で指先に触れた、もう慣れ親しんだ感触に口元を緩めた。

 指先に触れたケースも取り出したとき、ヒナタの目が僅かに見開かれ、それから恥ずかしそうに外される。

 彼女にも見覚えがある物……

 傷の治りが早いナルトにとって医療関連のモノを持ち歩くことは少ない……が、ずっと一つだけ持ち歩いているものがあった。

 小さなケースに入れられた傷薬──

 これだけはずっと大切に持ち歩いている。

 その小さな傷薬のケースを差し出してくれたのは、まだ幼い彼女であったが……あの頃から、御守りのようなもので、中身がなくなってくると見計らったように新しい傷薬がポストに入っていて最初は驚いたものだが、その内心待ちにするようになっている自分に気づいた。

 自来也との旅の途中にもなくなりそうになり、少し寂しく思った自分がいたのをその時思い出し、ヒナタに礼を言おうとしたのだが、今更だという感じもして言いそびれていたのだ。

「この傷薬……すっげー効くんだぜ。だから、ヒナタの傷もきっとすぐに良くなるってばよ」

「ナルトくん……」

「ありがとうな。お前の傷薬のおかげで、随分助かったんだ。今更……だけど、ずっと……言いたかった」

「わ、私こそ……ありがとう」

「え……」

「持ち歩いていてくれて……そ、それだけで……嬉しい」

 口元を綻ばせ、まるでそこに白い花が咲き誇ったような、そんな輝くような笑みを見たナルトは、どきりと胸を高鳴らせてしまう。

 彼女は目立たないが、とても綺麗な人であると知っていた。

 本人の自覚はない……が、笑った顔は可愛いし、凛とした顔はとても綺麗。

 だからこそ、無防備な彼女が心配なのだが──

「オレにとっちゃ、もう御守りみてーなもんでさ。時々他の奴にも使ってやるんだけど、効き目に驚いてたぜ。作り方教えてくれって言われたこともあってさ」

「……そ、そう?そんなに効果……あるかな」

「すっげーよく効くってばよ!オレなんか、ひと塗りですぐ傷が消えちまう」

「それはナルトくんだけだよ」

 くすくすと笑い言う彼女に、どれだけこの傷薬が凄いのか説明したくて、ナルトは必死に頭の中で言葉を探すのだが、中々出てきてくれない。

 だけど、本当に楽しそうに笑ってくれているのが嬉しくて、ナルトも自然と笑みになる。

「本当だって!他の傷薬じゃ、そーはならねーからっ!やっぱ、ヒナタの愛情が篭ってるからかも……な、なーんて……」

 そうであれば良いなという希望を篭めながら言ってはみたものの、少し恥ずかしくなって冗談めかして先ほどの言葉を無かったことにする前に、ヒナタが恥じらいながらも視線を合わせたまま、コクリと頷く。

「……って……え?」

「篭ってる……もの。た、沢山気持ち……篭めて作ってるもの……」

「お、おう……だ、だよ……な……」

 もう視線を合わせているのも辛いくらい赤くなった顔がみっともない……と思うのだが、視線を外すのも勿体無い気がして──

 互いに真っ赤な顔をしながら見つめあい、何だか恥ずかしいのに笑いが込み上げてきて、どちらともなく吹き出すように笑い声をあげ、目尻に涙をためて心から笑った。

 一緒にいるだけでこんなに嬉しい……ここ数日の鬱憤なんて吹っ飛ぶくらい、幸せで貴重な時間である。

(こりゃ、ヤマト隊長とサイに感謝だってば)

 気を利かせてわざわざ作ってくれた時間で、互いの心を知ることが出来た。

 そして、手を取り合うことができたのだ。

「じゃあ、コレ塗っちまうから……少し沁みるぞ」

「う、うん。お願いします」

 カパッと開いてその中身が空っぽなのに気づいたナルトは、『あっ』という顔をしてから慌ててポーチの中へそれをしまう。

「あ……もう無かったんだね。ごめんなさい、気づかなくて……わ、私も持ってるから」

「い、いや、ある」

 新たに出してきた小さなケースを見て、ヒナタはきょとんとした顔をしてナルトを見つめる。

 先ほどの空のケースとは別の、全く同じもの……

(空になったのを出し忘れたのかな……?)

 それにしては、先ほどのケースは妙に古ぼけていたような……と、ヒナタは新たに出したケースを開いて半分ほど減ってしまっている傷薬を指にとり丁寧に傷口へ塗っていくナルトの指先の動きを見ていた。

(……?半分くらい減っているってことは、大分……前になくなってるよね?ナルトくんはポーチやホルスターの点検良くしているから、出し忘れって……無い……よね?じゃあ……持ち歩いてるの?空のケースを?)

 疑問だらけの頭の中の言葉を尋ねてしまっても良いのだろうかとナルトを伺い見れば、彼は頬を赤くしながらも視線を合わせてくれない。

 傷口を丁寧に治療している……が、どこかよそよそしいのだ。

 何か、見てはいけないものを見られた……そんな感じである。

「ナルトくん?」

 恐る恐る声をかければ、耐えかねたようにナルトはうーっと唸り出す。

 顔を背けられているので、表情はハッキリと見えないのだが、隠しきれていない耳が赤い……物凄く赤い。

「……あー、もーっ!よりによってヒナタに見られるとかオレ、格好悪過ぎだろっ」

「え?」

 傷口に薬を塗り終えたナルトは、頭を掻き毟ってから叫ぶように言うと、チラリとヒナタを見てからすぐさま視線を外して、口を尖らせながらボソボソ呟くように告白してくれた。

「空でも……さっきのアレだけは捨てらんねーんだよ」

「え……?」

「お前が……オレにはじめてくれた傷薬のケース……あの傷薬くれたあと、ヒナタが何度も立ち上がってすげー頑張ったの見てさ、オレ思ったんだ。ヒナタもこの傷薬使ってあんだけ頑張ったんだから、オレも頑張らねーとって……」

 いったん言葉を区切ったナルトは、何かを懐かしむように目を細めると、口元に柔らかな笑みを浮かべる。

「演習場で偶然会ったとき、お前は落ち込んでたオレを励ましてくれた。すげー嬉しくて、あんな事言ってくれた奴は初めてで……さっきのケース見る度に思い出してさっ!失敗してもヒナタがくれた傷薬のケースを持ってると、すげー励まされてるみてーで……不思議と頑張れたんだってばよ」

「ナルトくん……」

「だから、オレにとってあの空の傷薬のケースが……本当の御守りなんだ」

 あの時勇気を振り絞って渡した傷薬が……それが、ナルトの手にずっとあったことが嬉しくて、空になってもその中になにかが詰まっているというように、大切に持っていてくれたのが嬉しくて……ヒナタは目にうっすら溜まる涙を感じて口元を引き結ぶ。

 しかし、頬を一粒涙が零れ落ち、それを見たナルトはぎょっとした顔をして、再び泣かせてしまったことに対して罪悪感を覚えつつ、身を乗り出してヒナタの肩に手を伸ばして置くと、彼女の顔を覗き込む。

「うぇっ!?ちょ、ちょっと待てっ!な、何で泣くんだよっ!オレなんか変なこと言ったかっ!?」

「ち、違うの……嬉しく……てっ」

「ヒナタ……」

「ま、また作るから。なくなったら遠慮なく言ってね」

「オウ!へへっ……これからはもっと効くようになるかもなー。お前の愛情たーっぷり入るから」

「ふふっ……そうかも」

「おーっ、否定しねーのな。んじゃ、期待してるぜ」

「はいっ」

 そんな会話をしてヒナタが悲しんで流した涙ではないということに安堵したナルトは再び治療に戻り、未だ血を流し続けている傷口にハンカチをあてると、常に持ち歩いている包帯できつめに縛る。

 包帯を持ち歩くということも元々そういう習慣があったワケではなく、医療忍者の綱手やサクラからの助言があったからこそ持ち歩くようになっただけではあるが、こういう風に役に立ってくれたことが嬉しい。

(やっぱ、専門家のいう事は聞くもんだってばよ)

 色んな人の意見を取り入れていけば、もしかしたらいざという時、自分ではなくヒナタの役に立つのかもしれないと思えば、俄然やる気も出てくる。

 綺麗な嬉し涙を零して微笑む彼女の顔をチラリと見ながら、自分の心がとてもあたたかく満たされるのを感じ、乾いた大地が漸く潤いを取り戻した気分でナルトは愛しい彼女に優しく微笑み返すのだった。






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