惹かれあう魂 3




「ナルトくんを返して」



 告げられた言葉に、彼が固まり、周囲が混乱して私の言葉の真意を探るように見つめる。

 目の前のナルトくんは、目を見開き、私をジッと凝視してかすかに震える唇で、私の名を呼んだ。

「ヒナ……タ?」

「どんなに姿を変えても、どんなにチャクラを変えても、どんなににおいを変えても、わかるの……ナルトくんだっていうだけで、私には、わかるの」

「……何を?」

「アナタがナルトくんじゃないってわかるの」

 ちゃりっと音を立てて揺れる鎖に動きを戒められたナルトくんの姿をした、別人。

 わかってしまう、全体にまとうものの違い……というか、彼の魂じゃないと、私の魂が感じるかのように、彼という存在を、私が感じてしまう。

 どうしてかなんてわからない。

 だけど、わかってしまうのは変えようもない事実。

「ヒナタ、冗談は……」

「冗談じゃないよ」

「ワケわかんねーこと言ってくれるなってばよ。任務で疲れてんのか?つーか、変な言いがかりでこういうことするヒナタは……オレ、嫌いだぜ?」

 ズキリと心が音を立てて軋み傷つく。

 偽者だとわかっていても、それでも嫌いだと、同じ声で言われたら、流石に私だって耐えるのが辛い。

 ナルトくんじゃない、この人は違う……わかっているのに、傷つく必要なんて無いのに……

 それでも重く圧し掛かってくる言葉は、確かに心を揺さぶり、ぐっと掴んで離さない。

「ったく、何でこんなことされなきゃなんねーんだよ。いくらお前でも、笑って許せることと許せねぇことがあるってわかるだろ?」

 苦しい……辛いけど、傷ついてる場合じゃないもの。

 もしかしたら、本物のナルトくんはもっと大変な事になっているかもしれない。

 そう自分を奮い立たせて、目の前のナルトくんを睨みつける。

 私の瞳に彼はたじろぎ、少し焦りを滲ませて手の鎖を見つめてから、助けを求めるようにサスケくんの方を見た。

「サスケ、どーにかしてくれってばよ!」

 ナルトくんの声にサスケくんは少し考えるように目を閉じてから、小さく吐息をついて私を見てから再びナルトくんへと視線を戻す。

 黒曜石のような瞳が、何かを探るようにナルトくんを見つめた。

「ヒナタがお前を偽者だと言うのなら、その可能性は高いんだろうな」

「げっ、何でそーなるわけだってばよ!」

「あー、偽者かもな……」

 次に声を出したのはキバくんだった。

 そして、キバくんの隣でシノくんも頷く。

「ナルト、お前が言ったんだぜ?『目を見りゃわかる』って……お前ら、目を見たらわかるんだろ?偽者か本物かってな」

「んじゃあ、このヒナタが偽者かもしんねーじゃねぇかよ!」

「ソレは無い。そして、お前がヒナタにそういうことを言うことも無い事は、我々が一番良く知っている」

「だよな。ましてや、ヒナタに向かって『嫌い』なんて、アイツ口が裂けても言わねぇよ」

 ケケケッと笑ったキバくんは、鋭い視線でナルトくんを見つめ、シノくんの蟲たちもざわめき出す気配を感じられた。

 ナルトくんが本当に言うか言わないかはわからないけれども、その言葉で幾分心が救われた気がする。

 最近……時々見せてくれるようになった、少し照れたような笑顔を思い出す。

 うん、そうだよね。

 ナルトくんは、とても優しい人だから、人を傷つける言葉に凄く鋭敏だもの。

 そういう言葉をつかう事を避けている。

 そんな心優しい彼だからこそ、私は安心して傍にいれるのかな?

「ナルト、お前がヒナタを偽者かどうか瞬時に判別できるのを、オレたちは知っている」

「はあぁ!?」

「何故なら、ナルト……お前は『におい』でヒナタだとわかるそうだからな」

「に、におい!?」

 その言葉に私はナルトくんの言動を思い出して、真っ赤になってしまうのだけど、やっぱり……そ、その……においというのは……困ったものだと思うワケで……

 首筋をすんっと鼻を鳴らして嗅ぐナルトくんに、真っ赤になったのを思い出してしまい、全身が燃えるように熱い。

 や、やっぱり、アレは恥かしい……よね?

「そういえば、そういうことがありましたね」

 あの場所にいたサイくんまで頷き、カカシ先生とサクラちゃんまで、『あー』という声を出して納得したように頷いてくれたのは良いんだけど……な、何だか恥かし過ぎて居た堪れないような気がする。

 そんな居た堪れなさを吹き飛ばすように、私は声を上げた。

「本物のナルトくんは、どこかな?」

「ヒナタ、あのさ……」

「どこですか?」

「…………」

 もう何を言っても無駄かという風に私を見たナルトくんは、ふぅと溜息をついてから、再び切なそうに私を見つめる。

 本物であるナルトくんがその目で見たら、確かに私は真っ赤になってしまったと思う。

 けど……全然違う。

 だって……彼の目に、あの瞳にある強い意志を感じられないのだもの……

「ヒナタ、そのナルトが偽者だと……100%言えるかい」

「はい」

「ふーむ……お前が言うならば、そうなんだろうね」

 どこか呆れたような綱手様の声に、ナルトくんから視線を逸らして綱手様を見れば、次の瞬間鋭い殺気を感じて慌てて視線を戻す。

 そう、鎖は手足の動きを封じるけれども、口の動きは封じていない。

 それは、別口でチャクラを流し込まなければならないし、ナルトくんの行方も聞き出さなければならなかったから……

 口から覗く舌の表面に刻まれているモノを見てハッとする。

 術は発動しないはずだけれども、体に刻んである呪には既に練りこまれたチャクラと発動している呪があって、ある一定条件が満たされれば発動される仕組みになっていたはず。

 つまり、あの鎖に呪縛されない、唯一の攻撃方法。

 私はとっさに身構えるけれども、次の瞬間轟音と共に入ってきた強い風に身を竦めてしまう。

 目の前の偽者から放たれる仕込み暗器のようなものから身を守ろうとしていた私の体を、凄まじい風の威力にも負けずに誰かが包み込み、ナルトくんの偽者を大きく吹き飛ばした。

 背後から包み込まれるぬくもり……力強い腕の感触。

「ふざけんのも大概にしやがれ」

 地から響いてくるような低くて怒りが篭った声が間近で響き、私はその相手が誰だかわかっているのに確認しようと視線を動かす。

 視線を動かしただけで見えたのは、オレンジ色と黒の上着。

 何よりも、自分シッカリと抱え込む大きな手が誰であるかを告げていた。

「テメーのおかげで、とんでもねー目にあったってばよ」

「な、ナルト……くん?」

 首を捻り見上げれば、怒りに燃えた青い双眸を湛え前を見据えるナルトくんを見ることが出来て、私はホッと息をつく。

 見間違えるはずがない。

 この熱い魂が放つぬくもりと、気配、心、鼓動、呼吸……ほかにも言葉に出来ないような漠然としたもの全てが彼だと告げていた。

 本物……だ。

「ヒナタ、大丈夫か?」

「う、うん……」

「へへっ、お前ならぜってーオレと偽者を見分けてくれるって思ってたぜっ!さすがだってばよ!ヒナタに任せておけば、大丈夫だって思ってたけど、やっぱ心配でさ。無事で……良かったってばよ」

「え……と……」

「ヒナタは強ェけど、時々抜けてるところあるからな」

「そ、そう……かな?」

「おう、ま、そこが可愛いっていえば、そうなんだけどさ」

 うん?な、何か……とんでもない言葉を聞いた気がして、私は言葉を発することも出来ずに、真っ赤になって頭上のナルトくんを見上げると、彼はホッとしたように私の体を腕の中に収めて、不敵に笑う。

「さーて、お前の目論見通りにはいかなかったな。相手が悪ィーぜ?ヒナタ相手に、そんな小細工通じるかってばよ」

「き、貴様っ!」

「里中に撒き散らした起爆札、全部回収し終わったし、一楽のおっちゃんとアヤメ姉ちゃんと木の葉丸たちの救出も完了!……最後はヒナタの命まで狙ってくれるとは……どうも死にてェらしいな」

 私の体をぎゅぅっと強く抱きしめたナルトくんは、射すくめるような鋭い瞳で、吹き飛ばしたナルトくんにソックリな偽者をねめつける。

 その鋭い眼光にドキリと心臓が音を立ててしまうけれども、ナルトくん自身も私の視線に気づいたようにチラリと視線をくれてから、淡く微笑む。

「ケガはねーか」

「ご、ごめんなさい。つ、ツメが、あ、甘くて……そ、その……」

「少しはお前を守らせてくれってばよ。でねーと、格好つかねーだろ?」

 甘い声で囁くように言うナルトくんと、吹き飛ばされても身動きすらできないナルトくんソックリに化けた偽者。

 その偽者を取り押さえている、ナルトくんの影分身たちが、ニッと笑って私にグッ!と親指を立てて見せてくれた。

「あ、あり……がとう」

「ソレはこっちのセリフだってばよ。長期任務お疲れさん……あー、疲れてる時にワリーな」

「ううん……で、でも、ナルトくん。どうして私が帰ってきたって知ってたの?だって、今しがた帰ったところだよ?」

「あ?そりゃ簡単だろ?仙人モードになりゃ、どこまで帰って来ているかくらい……」

 ナルトくんはそこまで言ってから『あっ』という顔をして視線をプイッと逸らせてしまう。

 え……と……?

 と、いうことは……わ、私が帰ってくるのを……気にかけて、待っててくれたって……こと?

 ま、まさか……だよね。

 もしかしたら、何か急用があったのかもしれない。

「え、えと……何か、用事だった?」

「え?」

「何か急ぎの用事があったから、調べて……?」

「あ、いや、そーじゃ……っ!いやいや、うん、ま、そ、そうだってばよ、うん、そうなんだってばよっ!」

 何故か真っ赤になって狼狽しているナルトくんに、赤丸君がくぅんと鳴いて、キバくんが赤丸くんの尻尾を引っ張った。

 どうしたんだろう?

 周囲も何だか呆れたような困ったような……そんな気配。

 もしかしたら、皆の前で言いづらい頼みごとだったり、他のみんなも知っているようなお願いだったりするのかな?

 みんなに断られたから、私に回ってきた……うん、十分にあり得る話しだよね。

「お待たせしちゃってごめんなさい。あとで、ちゃんと聞くね」

「お、おう……あー、うん、た、頼んだ……」

 私でもナルトくんに頼られることがあるんだ……

 えへへっと笑った私の横で、キバくんが呆れた顔をしてナルトくんを見ると、呟くように言う。

「お前、いつまでヒナタ抱きしめてんだよ」

「いいじゃねーかよ。三週間も姿見れねーと、どーも落ちつかなくてさ、なんつーか……エネルギー補給?」

「無自覚なのもいい加減にしろよお前ら……」

 何故かガックリしているキバくんを慰めるように赤丸君が控えめに鳴き、シノくんが肩をポンッと叩いた。

 それから、カカシ先生が嬉しそうに笑いながら、私たちを見ていて……

 少し……恥かしいかな、って思ってしまった。






 index