惹かれあう魂 4




 とりあえずは、これで大丈夫……と、安堵の吐息をついていた私は、目の前に物凄い勢いで移動してきた相手をビックリしながら見つめ返す。

 丸くて黒い瞳を熱いくらい輝かせた彼、ネジ兄さんがライバルだと言って笑っていたリーさんがそこのはいた。

「ヒナタさん!どうやって見分けたのか、是非とも教えてくださいっ!!ボクも、ちゃんと見分けられるようになりたいですっ!」

「え、えっと……」

「やはり、白眼の力なのでしょうか」

「い、いえ……その……」

「違うのなら、是非コツなどをっ!!」

 ナルトくんに後ろから包み込まれながらも、その様子に全く動じないで尋ねてくるリーさんに、私はどう答えていいかわからず思案する。

 だって……どうしてわかるのかって言われても、わからないのだもの。

「こ、コツ……ですか」

「はいっ!」

「それは興味深いですね、ボクにも教えてくれると嬉しいです」

 そう言って、サイくんまで参加しちゃって……

 ナルトくんの顎が肩に乗せられたのを感じながら、私はうーんと唸る。

 おなかの上で交差したナルトくんの腕の力強さを感じ、それに赤くなるのは仕方ないよね?

「よ、よく……わからないんです」

「え?」

 リーさんやサイくんだけではなく、ナルトくんや他のメンバーからもそんな声が漏れて、私は困ったようにうぅーんと唸るしかない。

 だって、理由なんて無い。

「な、ナルトくんなら、傍にいればわかっちゃう……というのが一番適切かな?前は目を見ればわかったんですけど、今は……多分目を見なくてもわかってしまうんです」

「目を見なくても……ですか」

「はい」

 自信を持ってそう答えれば、ぐっと力が篭ったのを感じて、ビックリしてナルトくんを見つめれば、何故か耳まで赤い……よね?

 どうしたのかな……

「ダメだ……マジで最近おかしいってばよ。心臓がきゅぅって……する」

 ボソリと聞こえたくぐもった声と言葉に、心臓……が?……も、もしかして、体調が悪いのでは無いかと心配になって問い返そうとしたのだけれども、それより早くナルトくんは私の肩から顔を上げてガバッと私の顔を見つめた。

 はうっ

 そ、そんなに顔が近いと……わ、私……ど、どうしたらっ!?

「ヒナタ。お前、疲れてるよな?」

「え?」

「疲れてるよなっ!」

「え……あ、はいっ」

 何故か強い口調でそう言いきられた私は、思わず反射的に頷いてしまい、その返事を待っていましたとばかりに、彼は綱手様を見つめて声を張り上げた。

 ど、どうしたんだろう?

 いつもと違う……ううん、見たこともないようなナルトくんの様子に、私は戸惑うばかり。

 だって、今まで見てきたナルトくんとは明らかに違うんだもの。

 私が知っているナルトくんとは違うナルトくんなんだけど、偽者とかそういう考えは浮かぶことも無く、ただ、私の知らない一面を垣間見た気がして、心がじんわり熱くなるような感覚に支配されてしまう。

 力強い腕。

 視線をかみ合わせてくれないのだけど、自分を見つめているとわかる彼の目。

 それはまるで……

 そんなはずが無いのに、それはまるで……私のような──

「ばあちゃん、任務報告完了してんだよな?」

「報告は受けた。ああ、そうだ。疲労は溜まっていてるし、どうやら毒も受けたという報告もあることだ。医療等へ運んで検査を受けさせてくれ」

「おうっ!」

「え、え?」

 私がオロオロとナルトくんと綱手様を交互に見ている間に、なにやら話がまとまったようで、私はナルトくんに手を握られると引っ張られてしまう。

 話しは見えないのだけど、辛うじて聞き取った言葉から医療棟で検査を受けなければならないらしいということだけは理解ができた。

「あまり激しい運動をさせてはならないからな。なるべく安静にさせて運ぶのが好ましい。言っている意味がわかるな?」

「お、おう……い、いいのかってばよ」

「別の者に頼んでもいいが、どうする?」

「オレが運ぶ」

「なら、とっとと行きな」

「了解だってばよ!」

 ポンポンとナルトくんと綱手様の間で交わされる会話の合間に、ナルトくんの偽者は駆けつけた尋問部の方々に拘束され、私は鎖を外してその身柄を彼らに渡そうとするのだけど、ナルトくんがいまだ私を離してくれていないのに気付き、私は彼を見上げる。

 そんな私の行動で全てを理解したのか、ナルトくんはイビキさんを見て一言。

「そっちの奴拘束完璧にしてくれ」

「ナルト……」

「口の中に、何か仕込んでたぜ。それがねーと、ヒナタをそっちへはやれねーな」

 ぎゅぅっと抱き込まれた腕の力強さを感じて、真っ赤になってしまうのだけど、ナルトくんの口調は物凄く真剣で、誰もが言葉を失った。

 その重苦しい空気を振り払おうと、私は声を上げる。

 だ、だって、ナルトくんの眼光に、イビキさんが動けなくなっているんだもの。

「だ、大丈夫だよ?」

 私の声で、誰もが呪縛を解かれたように息をハッと吐いたのがわかった。

 そうだよね、私にはあまり感じられないけれども、みんなの気配からかなりの重圧を感じているのは理解できたのだもの。

 だけど、そんな周囲に気付くことなく、ナルトくんは私の耳元で低く呟く。

「ダメ、オレがそれは許さねェ」

 くすぐったいとかそういう問題ではなく、体がじんっとしてしまうような熱に支配されて、甘く痺れてしまう。

 きっと、ナルトくんは気付いていない。

 体全体に響くような、そんな低い声……

 ぐぐっと篭る力に観念してイビキさんを見ると、イビキさんも心得たようにナルトくんに変化していた相手を、手足と口と視覚を全て封じた状態にしてから私に声をかける。

「すまないが、鎖を解いてくれ。この鎖の封印呪、かなり強力だな」

「はい、鉄の国に伝わるものだとか……ミフネさんが私にくださったんです」

「へー、あの侍の総大将だろ?」

「う、うん」

 漸く私の戒めを解いてくれたナルトくんを背後に感じながら、私は歩を進め、器だけソックリに化けている相手の両手に施した鎖を解いた。

 この鎖だけで動きを封じてしまうという秘術を篭められた鎖。

 コレを私に託してくれたミフネさんからの信頼に、心の底から感謝してしまう。

 本来ならば、門外不出の忍具の1つであるのは明白。

 そして、それが秘術と知っていて何も言わない綱手様にも感謝の念が湧き起こる。

 あの第四次忍大戦以後、変わったことといえば、こうして他の里との交流が増え、連携をとることも多くなったこと……

 うちはマダラとの戦いの中、全ての者が仲間だと絆を結び、繋がった心のままに戦った。

 あの熱い気持ちと想いは、失せる事無く、未だに胸の奥に根付いている。

 大切な宝物のようにその鎖をポーチへ仕舞うと、ホッと息をついた。

 長期任務の後のひと騒動。

 さすがに……疲れたかも……

 ほぅと息をついた私の顔色を見たイビキさんが何かを言う前に、ナルトくんが腕を伸ばして私の体を抱き上げた。

「え……」

「ばっか!お前なんつー顔色してんだよ!!無理すんじゃねーってアレほど言ってんのにっ!」

「ん……少し、疲れた……かも?」

「少しって顔色かっ!!綱手のばあちゃん、オレ行ってくるからなっ!」

「ああ、任せた」

 ぐらぐらする意識の中で、ナルトくんの力強い腕を感じながら、必死な顔を見上げてその顔を忘れないよう脳裏に焼き付けるために目を閉じる。

 揺れる体と伝わる熱と空を切り裂く風。

 物凄いスピードで移動しているのはわかる。

 私、限界だったのかな?

 未だに、ミフネさんと長十郎さんの刀の軌道が脳裏をチラリと掠め、神経が休まっていないのだと改めて知った。

 やはり、達人の域の二人に合わせて動くのはかなりの疲労を招いたらしい。

 もしかしたら……

 本物のナルトくんを感じたから、だから、安心して力が抜けちゃったのかな?

「ったく!無理すんなって言ってんのに、お前はっ!」

「ごめんなさい……でも、無理しているつもりはなかったの……」

「その顔色でかよ」

「多分、本物のナルトくんを感じたから……ナルトくんのところに帰ってこれたから、安心したんだと思う」

「な、何だよソレ」

 目を閉じていてもわかる、少し焦ったようなナルトくんの声。

 支えられている腕に少しだけ力が篭った。

「それに、『嫌いだ』って言ったのが、やっぱり偽者のナルトくんだったのにも、ホッとしたんだと思う」

 ぐっと更に力を入れられた私は、不思議に思い眼をゆるりと開けば、真剣なナルトくんの瞳とかち合い、彼はその瞳に何か複雑な感情を滲ませて、シッカリと……ハッキリとした口調で私に言い放つ。

「オレは絶対に、そんなこと言わねェ」

「……うん」

「お前を嫌いだなんて……そんなこと思うのは、絶対に無理だ」

「本当……に?」

「ああ、絶対に無理だ」

 ナルトくんに嫌われない……嫌いだ何て思ってない、思えない……ソレだけで十分。

 その言葉だけで、私の心は幸せで満たされて、涙すら浮かんでしまう。

 こんなに嬉しい言葉は無い。

「泣くなよ……お前に泣かれると、オレどうしていいかわかんねーんだってばよ」

「ご、ごめんなさい……」

「謝って欲しいワケじゃねェんだ……あー、だ、だからさ、オレは……お前をこの先嫌いになることなんてあり得ねェんだから、そこは安心してくれ」

 まるで好きだといわれているようで、そう言ってもらえているようで、私は真っ赤になってしまうのだけれども、ナルトくんも私から視線を逸らし、正面を見据えて再び走り出す。

 いつの間にか立ち止まっていたみたい。

 再び鳴り響く風の音。

 その風に紛れて、ナルトくんの声が聞こえた気がした。



「偽者の言葉に傷つくんじゃねーよ。オレの言葉を信じろ、オレだけを信じてくれ」



 それは都合の良い幻聴だったのか、それとも──



 薄れゆく意識の中、ナルトくんのぬくもりに包まれて、私は漸く帰ってこれた木ノ葉の空気を感じながら安堵の吐息と共に深い闇へと落ちていった。

 きっと、私の魂は、アナタに惹かれている。

 だからこそ、アナタを感じられるのだと自信を持って言えるよ。



 ナルトくん、大好き──



 もう大好きでは足りないような、大きく深くなった気持ちは、じんわりと心と体を満たし、ナルトくんがくれる熱と交じり合い、確かな輝きとなって降り注ぐ。

 そんな夢をもう少し見ていたいと、私は心から願うのであった。






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