03.定番だけどやってみたかったこと 「へー、美味そうだってばよ」 「ひゃっ」 真剣に料理をしていたヒナタは、着替えを済ませて後ろに立っているナルトに全く気づかなかったのか、驚いたように振り返り、ナルトの顔を見上げた。 「オレってば、こうやって誰かが部屋で何かを作ってくれるって、はじめてだ」 「そ、そう……なの?」 「おう」 嬉しそうに笑うナルトの姿に、頬を僅かに赤らめつつも見返す。 すると、もっと深く優しい笑みを浮かべられて、ヒナタはどうしていいかわからず俯いてしまう。 それでも、このまま病人が立っているのは体に悪いと注意すべく口だけは動かした。 「そ、そうなんだ……ほ、ほら、ナルトくんは座っていて」 「ん?ここで見てたらダメか?」 「え……」 「見ていてーんだ」 目を細めて言うナルトに、ヒナタは言葉を返す事が出来なくなって、無理はしないことを約束させてから、その状況を許す。 壁にもたれながらヒナタを見つめるナルト。 ヒナタはその視線をずっと背中に感じながら、どうしていいかわからず緊張した面持ちで食事の準備を終えると、慎重にちゃぶ台まで粥を運ぶ。 「な、ナルトくん、出来た……よ」 「ああ」 ナルトはゆっくりとした足取りで自分の席に座ると、向かいに座るヒナタに手招きをする。 「な、なに?」 「あーん」 「え……?」 「だから、こういう時って、食べさせてくれるんだろ?一度してみたかったんだってばよっ」 ナルトが何を要求しているのかわかって、ヒナタは思わず目をまん丸にしてナルトを見るが、彼が冗談で言っているのではないということがわかり、視線を彷徨わせてから、意を決したようにナルトの横に移動した。 震える手でレンゲに粥をよそい、熱くないよう息を吹きかけ冷ますと、ナルトの口元へと運ぶ。 「は……はい……」 「あーん……」 粥をぱくりと食べてもぐもぐと口を動かし、心配そうに見つめるヒナタの前で、ナルトは満面の笑みを浮かべた。 「んめーっ!」 目を輝かせてそういうナルトに、ヒナタは安堵しつつも、もう一口と催促されて再び息を吹きかけ口元へ運んでやると、面白いほどぱくりっと無警戒に食べてくれる。 「へへ……夢だったんだよな。こうやってさ、誰かが看病してくれんの」 「ナルトくん……」 「ありがとうな、ヒナタ」 「ううん……良いよ、もっと甘えても。体辛いでしょう?」 優しい優しい声色に、ナルトは涙が出そうなほど嬉しくなって、震える胸の内を知られないように必死に堪えるように微笑む。 「じゃあさ、全部食べさせてくれってばよ」 「う、うん」 必死に息をふきかけ冷ます様子を真横で見つめながら、ナルトは言いようのない胸苦しさと共に、傍に誰かが居る安堵感を感じる。 「熱くない?」 「ああ、丁度いいってばよ」 体のダルさを見なかったことにして、この時間をずっと楽しめたら良いのになと、ナルトは内心苦笑を浮かべるが、それが無理だということは重々承知していた。 食べ物を口にして、腹を満たしているのに、体から力が抜けていく。 そんな状態をヒナタが見逃すワケもなく、カラになった食器を下げると薬を飲ませてから、ナルトの体を横から支え立たせる。 「ヒナタ……」 「無理しちゃダメだよ。寝よう……ね?」 「……でも」 「私はずっといるから……傍にいるよ」 病気は人の心を弱くするし、誰かのぬくもりを感じていたいと求めることが多い。 ヒナタはソレをよく知っていた。 どちらかというと家族の中で熱を出して寝込むことが多かった彼女は、使用人が面倒を見てくれることはあっても、父や妹や幼い日に亡くなった母が診てくれた事は無い。 寂しくて悲しくて、だけど心配してくれる年配の使用人がいつも傍にいてくれて、とても嬉しかった覚えがある。 多分、同じなのだと思ったのだ。 ナルトもきっと寂しくて、誰かに傍にいて欲しいのだと。 「起きるまで……?」 ベッドに横になり、その傍にイスを引っ張ってきて座ったヒナタは、もう殆ど力の入らない体を横たえ、顔だけこちらに向けて話しかけてくるナルトに柔らかな笑みを見せる。 「ちゃんと風邪が治るまで……」 「任務だから?」 「私が心配なの」 「オレが心配?」 「うん、心配だよ……だから、頼って」 汗で張り付いた髪を撫でると、それが気持ちいいのか目を細めほぅと溜息をつくナルト。 先ほどまでのテンションの高さもなく、少しずつ落ち着いた、それでいて弱々しい声になっていく。 「オレいつもヒナタに頼ってばっかりだってばよ」 「もっと……もっと頼っていいの。そうしてくれたら、私は嬉しいから」 「でもさ……ヒナタにうつっちまったら……」 「うん、その時はナルトくんが看病してね」 「ああ、約束だってばよ」 くすくす笑うヒナタの声がとても耳に優しく響き、ナルトは堰を切ったように押し寄せてくる眠気に抗うように言葉を紡ごうとしたが、声にならない。 「大丈夫、私はここにいるから。目を覚ましてもいるから……ね?」 ナルトは声にならない分、必死に手を伸ばして指を絡める。 「傍に……いて……くれ……」 漸く言葉に出来たと、満足げに笑うと、ナルトは意識を失うように眠りに落ちていく。 その様子を見ながら、ヒナタは頭を撫でる手を止めず、絡んだ指もそのままに話しかける。 「独りじゃないよ。ここにいるから、早く良くなって……」 柔らかく切ない、そんな声色が耳に入ってくる。 眠りに落ちていきながらも、その僅かの間も惜しいとでも言うように、耳は音を拾い続ける。 「ナルトくん、大好きよ」 そう聞こえたのは夢なのだろうか、自分の願望なのだろうかと、ナルトは確かめたくて必死に意識を繋ぎとめようとして失敗し、そのままゆるりと意識を手放した。 |