02.勘違いするのはアナタが好きだから




 任務が入ったという事を家に告げ、それからナルトの家の冷蔵庫にろくなものが入っていないと、以前ぼやいていたサクラやカカシの言葉を思い出し、卵や葱やミンチなど、栄養になりそうで、尚且つ食べやすそうなものを選び、任務の金子で購入すると、袋をさげナルトのアパートへと向かう。

 階段を上がって扉の前まで来てから、ヒナタはハタと気づく。

(わ、私で……よ、良かったのかな……迷惑じゃないかな……)

 綱手に頼まれたときは、風邪引きのナルトの容態が心配で、その一心で来たのだが、いざ彼を目の前にするだろう瞬間になって感情が引き戻される。

 迷惑になるなら、帰ろうか……と、一瞬考えが浮かんだが、ソレすら綱手は見通していたのだろう。

 故に、任務という言葉を使い、ヒナタをここへやったのだ。

(……綱手様は、私を信じてくれて託してくれた……だったら、その期待に応えないと)

 ぎゅっと拳を握り締め、ありったけの勇気を己の心に詰め込み、震える手でナルトの家のベルを鳴らす。

 その音がやけに大きく聞こえたヒナタは、目をぎゅっと閉じ、唇を結ぶ。

 ……が、音がしないどころか、気配すらしない。

(あ……れ?ナルトくん……どうしたのかな……)

 もう一度ベルを鳴らそうか悩んでいる間に、漸く人の気配がして扉が開き、その中から平素より赤い顔をしているナルトが姿を現した。

「あ、サクラちゃんごめ……あれ?ヒナタ、どうした?もしかして、薬……持ってきてくれたのか?」

「う、うん……だ、大丈夫?顔……赤いよ」

 心配そうに手を伸ばし頬に触れれば、やはり高めの体温を確認することが出来た。

「つめてー……気持ちいいな……ヒナタの手……」

 うっとりと告げられ、ナルトの手が己の頬に触れているヒナタの手を包み込む。

「な、ナルト……く……ん……あ、あの……な、中に入っても……いいかな」

「ん?ああ、良いけど……どうしたんだ」

 扉の中へ導きながら、ナルトがそう訊ねると、ヒナタは慌てたようにとりあえず当たり障り無く、綱手からの計らいであると告げる。

「え、えっと、綱手様がナルトくんの看病の任務を……」

「……任務ね」

 パタンと閉じた扉とナルトの間に挟まれたような位置で、ヒナタはナルトの声のトーンが1つ低くなったのを感じ、ドキリと視線を上げる。

 その瞳が、何故か翳っているのを見て、驚き言葉を失う。

「任務でも迷惑かけらんねーってばよ。ヒナタにうつっちまったらしょーがねーだろ?」

「なる……」

「だから、そんな任務気にしねーで帰っていいってばよ。ばあちゃんにはオレから言っておくから」

「ナルトくん」

 一向に話を聞こうとせず、どこか人を寄せ付けない、寧ろ何かをそれで守っているようなナルトの態度に、ヒナタは胸を抉られるような痛みを感じ、声をかける。

 しかし、それすら聞く耳を持たず、ナルトは言葉を繋げた。

「ほら、男の部屋に不用意に来るもんじゃねーってばよ」

 明確なる拒絶だと理解した瞬間、ヒナタは自分の気持ちを明確に伝えていないという事実がナルトを傷つけた事に気づいた。

 任務だから来たのだと、それが無ければ来なかったのだと、そうナルトに伝わったのだと知り、その誤解を解きたくて必死に言葉を探す。

「違うのっ!わ、私がナルトくんの看病をしたかったの!だから、嬉しくてお受けしたのっ、拒否権ならあったものっ、ここに居るのは、私が望んで……」

 一気に思うままに言葉にしたヒナタは、目を見開きこちらを見ているナルトに耐え切れず、唇を噛み締め俯く。

 先ほどナルトの言葉から伺い知れるように、サクラが持ってくるはずだったらしい風邪薬を、もしかしたら待ちわびていたのかもしれないと思うと、居たたまれなくなる。

「さ、サクラちゃんのほうが……良かったよね。ご、ごめんね……や、やっぱり代わって貰って……」

 踵を返し扉に手をかけたが、それより先にスッと腕が伸び、扉を押えると反対の手で鍵をかけてしまう。

「え……」

 すぐ傍で感じる高い体温と、熱い吐息。

「ヒナタが看てくれんだろ」

 耳朶にかかった熱い息に、ぞくりと体を震わせ、ヒナタは辛うじて頷く事に成功した。

「任務じゃなく、ヒナタがオレを心配してくれたんだよな」

「う……うん……」

「へへ……嬉しいってばよ」

 照れくさそうな声と共に、伸びていた手がヒナタの左腕に絡むように下りて、荷物を受け取るべく手に指と指が絡んだ。

 その熱さに、こちらのほうが発熱するのではないかとヒナタは喘ぐように口を開き、振り向こうとして失敗する。

 振り向こうとした瞬間、肩に重いものが圧し掛かり、耳や首筋に触れるその熱や髪の感触で、ナルトの頭なのだと理解し、意識を失うんじゃないかと思う程の衝撃を受け、ヒナタは体を硬直させた。

「……な、ナルト……くん?」

「すっげー……ダルイ」

「ね、寝てないと、だ、ダメだよ」

「勿体ねェ気がする」

 少し震える声がそう告げるのを聞きながら、ヒナタはゆるりと視線だけをナルトへやると、あまりにも近くてうかがい知る事が出来ない距離に、思わず息を呑む。

 絡んだ左腕と、左肩に感じるナルトの頭の重み。

「なんかさ……純粋に心配してくれて、傍にいてくれる人がいるっていいよな」

「う、うん……そうだね」

 一段と低いかすれた声が、妙に耳に響き、何かに耐えるようにヒナタは唇を噛んだ。

「いつまでも玄関にいるもんじゃねーな……ほら、入れって」

「お、お邪魔します」

 肩と腕から離れる熱を名残惜しく感じながらも、どことなくホッとして振り返れば、間近にいたナルトの目と目がぶつかった。

 離れたといっても、ただ触れ合っていた体が離れただけ。

 位置は変わっていなかったのだと認識するには遅すぎて、その瞳の奥の寂しそうな色を見取り、ヒナタは考えるより早くナルトの頬に手を伸ばしていた。

「だ、大丈夫……治るまでいるから。独りじゃないよ」

 柔らかい声にそう言われ、ナルトはハッとした顔をしてから目を瞬かせ、それから切ない色を宿しながらも嬉しそうに微笑む。

「サンキュー……ヒナタ」

 そう言うと、いつの間にかヒナタの手から奪い取った荷物を持ってキッチンへと向かうナルトの後を追って、ヒナタも同じようにキッチンへと向かった。

「病人はちゃんと着替えて寝てください」

 何か手伝おうとしているナルトを制してそう言うと、彼は驚いたような顔をしてから慌てたように口を開き、それから閉じ、また開く。

「あ、あのさ、あのさ、オレ……こういうのはじめてで、どうしていいのかわかんねーんだってばよ」

 紅潮した頬もそのままに、ナルトは必死に嬉しさと困惑を滲ませた顔をヒナタに見せる。

 その様子からヒナタは喜んで貰えたのだと感じ、先ほどより緊張の解けた面持ちで柔らかな声を出した。

「ナルトくん、汗かいてるでしょ?全部着替えてきてくれるかな。出来ないなら手伝うけど……」

「い、いやっ、で、できるってばよっ!そ、それくらい、出きる出来る!」

 顔を真っ赤にして飛んでいくナルトを不思議そうに見送ったヒナタは、一瞬首を傾げたが、己がしなければならない事を思い出し、荷物からエプロンを出すと手早く着用して、長い髪が邪魔にならないように髪留めでとめた。

 手を洗い、冷蔵庫の中を覗き込んで、サクラとカカシが言っていた通り、殆ど何もない状況であるのに溜息をつき、買い込んできた野菜やら肉やらを入れてしまう。

 見た感じ元気そうなのだが、体温が異様に高い。

(熱のせいでテンションが高いだけかもしれない……)

 最初に扉から出てきたナルトは、どこか気だるそうで、病人のようであったというのに、今はどこか楽しげでとても嬉そうであった。

 まさか、ヒナタがナルトの為に心配だと言って治るまで傍にいると言ったことが起因だとは思ってもいないようで、心配そうに心を曇らせる。

 少しでも元気になってもらおうと、ヒナタは病人食の定番である、お粥を準備することにした。

 米と水と塩のシンプルなものではあるが、ソレが以外と難しい。

 塩の加減が命なのだ。

 時間から考えて昼を大分過ぎてはいるが、食べ物を食べた気配はない。

 急ぎ準備するために、一度屋敷へ戻って良かったと思った。

 任務が入った託と共に、昼間に残った白飯を持ち出したのだ。

(同時にお米も炊かないと……ナルトくん一人分はコレで足りるけど、夜はどうなるかわからないし)

 くつくつ煮込んでいる粥を見ながらヒナタは卵を出してから、食器棚らしきものを見て、思わず言葉を失う。

(……1人分……だよね、やっぱり……)

 ナルトの茶碗を取り出し、その中に卵を割りいれて菜ばしでときほぐすと、それを粥の中へ流し込み、手早く混ぜてから火を止め、蓋をして蒸らす。

 使ってしまった茶碗を手早く洗い、布巾で軽く拭くと、そろそろ良い頃合いかと思い、土鍋の蓋を開き中を覗き込んだ。

 水気を吸ってふっくらとしつつも、少々とろりとした感じのご飯に、ふわふわの卵。

 そこに刻んだネギを入れて、終了。

 粥の出来映えに、ほっとヒナタは安堵のため息を漏らした。





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