04.冷めない熱はキミがいるから




 ナルトが眠ったのを確認したあとも、ヒナタは暫く動けずにいた。

 零れ落ちた本音を聞かれたかと思ったが、どうやらすでに眠っていたようで、ホッと安堵の溜息をつく。

 言うつもりなど無かったのに、零れ出た言葉は、まるでそれだけが意思を持っているかのようで、時々知らず知らずに溢れ出てくる。

 愛しさを滲ませながら頭を撫で、その熱さを感じながら、絡んだ指を外せずに思案する。

(ど、どうしよう……熱冷ますのに洗面器とタオルと氷……で、でも、指……結構キツク絡んで……)

 ソッと外そうとしても、ナルトは眉根を寄せて、それを阻止する。

 骨ばった手は、ヒナタの指を絡めとり、絶対に離すまいとするかのようであった。

「あ、あの……ナルトくん、熱冷ますのに……準備がいるの……す、少し離れてもいい?」

 眠っている相手に断りを入れるのも変な話ではあるが、どうしてかそうしたほうがいい気がして話しかけると、先ほどまでの抵抗がウソのように指は離れていく。

(ね……眠って……いるんだよね?)

 思わず起きているのではないだろうかと思うほどのタイミングの良さで離れるナルトに、ヒナタは目を瞬かせたが、そういうものなのかもしれないと洗面器に水と氷を入れて、タオルを浸し固く搾ってナルトの額に乗せる。

 するとまた指が絡んできて、思わずヒナタは口元に笑みを浮かべた。

「離れないって言っているのに……」

 傍にいるのを無意識で確認しているのだろうと判断し、ヒナタはされるがままになることを決めた。

 すると不思議なほど落ち着いた気持ちになり、ほんのり染まった頬も柔らかな笑みを浮かべる。

 きっと、風邪をひいて苦しいときも、こうして独りで耐えてきたのだろう。

 誰もいない1人の部屋で、苦しく悲しかっただろうと思うと、胸が締め付けられた。

「大丈夫だよ、これからはずっと、ナルトくんが望む限り私がこうしているから」

 小さな小さな声だったにも関わらず、ナルトの口元に笑みが浮かぶ。

 それが愛しくてどうしようもなくて、ヒナタは心の奥にある想いが溢れそうで、苦しくて喘ぐように息を吸うと、それを全て飲み込むように目を閉じた。

「私は、ナルトくんの幸せを一番に願っているよ」

 それが例えその相手が私じゃなくても、幸せで居てくれるならばと、吐息より小さな声で目を閉じたままヒナタは呟く。

 だから気がつかなかった、ナルト表情が一瞬苦悶に満ちたのを……。



(頭痛ェ……)

 寝覚めは決して良くなかった。

 しかし、何度もおぼろげながらに、自分の額に濡れたタオルを乗せ、頬を触って「大丈夫」と呟くヒナタの姿があったのを思い出す。

 辺りは既に暗くなり、夜も遅いのだろうと判断できた。

 こんな時間に、男の部屋に彼女がいるはずもないと溜息をつき重い体を起こそうとして、見事に失敗する。

 左腕に感じる重みに、ナルトは思わず視線をやり、そして硬直した。

(な、なんでいるんだってばよ!?お、お前、家大丈夫なのかっ)

 声を出そうにも腫れているし、唾液を飲み込むのさえ辛い。

「ひ……な……」

 出せた声はかすれて小さく、これでは気づかないだろう。

 左腕に頭を預け眠っているヒナタの姿に、ナルトは熱のせいではない眩暈を感じた。

(仲間……だからって、ここまですんのか?キバやシノやネジに、こんなに献身的に看病してたのかよ……何か面白くねーな。オレははじめてだってのに……)

 体を捻り横を向くと、それにも気づいた様子もなく、ヒナタはぐっすりと眠っている。

 頬にかかる髪の毛を指でどけてやると、口元に柔らかな笑みが浮かんだ。

(……こんな無防備だとさ、襲われるぜ)

 ゆるりと唇を指でなぞり、その柔らかさに目を細めると、熱い吐息をつく。

 絡めた左腕の手はそのままに、彼女は何を想ったのだろうか……離れる事無く、ここにいたのだ。

 他の男の前でも、こんな無防備な姿を晒すのか?と、一瞬浮かんだ疑問に、胸の内を何かが焦がす。

(オレ以外の誰かが、こうやって……触れるのか?)

 それが同期の誰であっても、何故か許せそうにない。

 例え、親友のサスケであったとしてもだ。

 それは無いとわかっていても、考えるだけで身を焦がす何かに苛まれる。

「……ん……ナルトくん……」

 そんな考えは、その一言で霧散した。

 綺麗サッパリ消えたソレに、目を瞬かせて、目の前のヒナタを見つめる。

 緩やかに笑みを浮かべる唇、柔らかな安心しきった表情。

「ヒナタ」

 ヒナタの不可思議な瞳の色が見たくて、身を乗り出し顔を近づける。

 瞼の奥に隠された目は、いまだ眠りの中のようで、開く気配はない。

「ヒナタ……」

 かすれた声で呼べど、彼女は反応を返してくれない。

 夢の中にいる自分と語らっているのかと思うと、どことなく気恥ずかしい半分、何となく面白くない半分といったところである。

「ヒナタ……起きてくれってばよ……ヒナタ、オレはここにいるってば」

 夢の中のオレじゃなくて、オレを見てくれと切に願いながら、肩を揺する。

「ん、あ……ナルトくん?」

「おう、おはよう」

「ふふ……かすれた声……ごめんね、寝ちゃって」

「いや、いい……けど、お前大丈夫か?家……」

「任務だって言ってきたから平気」

「……男の部屋に任務で泊まるって?」

「に、任務だから帰らないって……」

「前にもこういうことあったりするワケ」

「え?こ、こんな看病、ナルトくんがはじめて……だけど……どうか……した?看病で変に感じるところがあったとか……かな?」

 一気に夢から覚め、不安そうにナルトを見つめるヒナタに、ナルトのほうが呆然としてヒナタを見つめる。

「え?……は、はじめて……」

「う、うん」

「ネジや、シノや、キバは?」

「え?だ、だって、三人とも家族がいるし、私がするべきことでもないもの」

「それって……さ……オレはいいワケ?」

「な、ナルトくんが望んでくれるなら……」

「望む!ぜってーに望む!だから、他のヤツにしちゃダメだってばよ!」

「え?う、うん。そ、そうするつもりだけど……えっと……い、いいの?」

「勿論!」

「ふふ……ナルトくんの声、凄くガラガラになっちゃってるね、何か飲み物持ってくるから……あ、あの……」

「ん?」

「あ、あの……その……て……手を……」

「は?……え?うわっ!」

 ぎゅぅっと握ったままであった手を、慌てて離すと、ナルトは真っ赤な顔をしてヒナタを見つめる。

「え、えっと、オレ……ずっと?」

「う、うん……で、でも、用事するときには離してくれたから大丈夫」

「あー……なんつーか、ご、ごめんってばよ」

「気にしないで?私も嬉しかったから……じゃぁ、とってくるね」

 そう言い赤い顔を隠すようにキッチンへ行ってしまったヒナタを見つめながら、ナルトは思わず口元を手で押さえて呻く。

「う、嬉しかったって……な、なんだってばよ……オレの方が嬉しいっつーの」

 前のめりに突っ伏し、ナルトは「あー」「うー」と奇妙な呻き声を上げると、先ほどの言葉を思い出す。

(オレだけしか看病したことねーんだな……へへ、何かやっぱり嬉しいってばよ)

 緩む口元を必死に隠しながら、ナルトは嬉しそうに笑う。

 ワケもわからず、ただ嬉しかったのだ。

 頭は痛いし、喉はヒリヒリするし、何だか食欲もない。

 だけど、ずっとヒナタがいてくれた事実が嬉しい。

(風邪って……ひいてみるもんだな。ヒナタがこうやって居てくれるって……すっげー嬉しい)

「ナルトくん、コレ飲めるかな」

 ガラスコップを手に戻ってきたヒナタは、ナルトの前におずおずとそれを差し出す。

 透明な液体に満たされた、一見ただの水のように見える。

「ん?」

「レモンとハチミツと塩を少々……濃くないとは思うんだけど……」

「塩?」

「うん、汗いっぱいかいてるから、塩分も必要だし……水分補給にいいの」

「ヒナタ特製ドリンクだってばよ」

「う、うん、そうなる……かな」

 はにかみ笑うヒナタからそれを受け取り、口をつけゆっくりと飲む。

 甘みも塩気もなにも感じず、するりと胃に収まっていく飲み物に、ナルトは不思議そうにヒナタを見つめた。

「すげーな、何かしみこむように入っていった……」

「味はどうだった?」

「あ、なにも感じねー……」

「そっか、体に不足していると水みたいに感じるの。ナルトくんの体、色々足りないんだね」

「そ、そうなのか」

「うん、あ……アレもそろそろいいかな」

 と言うや否や、またキッチンのほうへ行ってしまう。

 ドリンクを飲みつつ、ヒナタの帰りを待つと、彼女は茶碗に何かを入れて持ってきたのだが、ナルトは困ったような顔をする。

「食欲ねーんだけどな」

「食べないと薬飲めないから……これなら、多分大丈夫だと思うの」

「コレ……なんだ?」

「すりおろしリンゴにハチミツと細かくした氷を混ぜてあるの、冷たくて喉の通りもいいはずだから、騙されたと思って食べてみて」

 笑顔とともに渡されれば、返す事などできずに、ナルトはゆっくりとその擦りおろしリンゴをスプーンですくって口に運んだ。

「つめてー……あ、本当だ、すっげー、これならするする入るってばよ」

「良かった……」

「今度風邪ひいた時も、これがいいな」

「うん、ナルトくんがそう望んでくれるなら、いつだって作るよ」

「ああ、頼むってばよ」

 二人で何気なく笑い、そして何気なく約束した。

 その深い意味をわからず、その気持ちがどこから来るのかも知らずに……

 まだ熱は冷めそうもない、だけど不安はなく、傍に誰かいる幸せを感じながら、ナルトは優しく微笑む。

「ヒナタ、ありがとうな」

「ううん、気にしないで……はい、もう一口食べてね」

 休んでいた手からスプーンを取り上げ、ひと匙すくってナルトの口へと運ぶヒナタ。

 それをパクリと食べて、至福の一時だなと心で呟いたナルトは、口の中の甘さに負けないような、心に浮かんだ甘い熱に酔いしれ、そして目の前の優しいヒナタに心からの感謝をする。

 誰もいなくて寂しくて辛くて苦しい

 もう、布団の中で独り丸まって耐えなくても良いんだと、ナルトは胸を満たすものを感じた。

 不意に浮かんだ涙を誤魔化し、ヒナタに笑いかける。

 何よりも優しい彼女の存在に感謝しつつ、ナルトは彼女特製のすりおろしリンゴを食べるのだった。





 風邪の熱に負けない キミがくれた熱は 冷める気配すらない……










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