意味の意味 11




 ヒナタの様子を伺いながら、自らの懐の中にある秘薬を数種類取り出し、その中のひとつを手に取ると、叫ぶように声を上げた。

「遅効性の毒が練りこんであったんですっ!厄介なのは、発症してからでないと秘薬が効かないこと……この薬を使ってくださいっ!ただ、この秘薬には膨大なチャクラが……」

 特殊な薬草を使うといっていた彼女の指先は緑色に染まっており、沢山の薬草を数日で指先が染まってしまうほど摘み、そして煎じてきたのだろうと伺える。

 そんな彼女が迷うことなく差し出した秘薬が、効くかどうかなどの躊躇いはなかった。

 秘薬の入った小瓶を見た瞬間、ナルトはキッとその小瓶を睨み付けるように見てから腕を伸ばす。

「貸せっ!!!」

 カオリ言い終わる前に彼女からひったくるようにして、ナルトが小瓶を奪い取る。

 その迫力とスピードに驚き声が一瞬出せなかったカオリは、慌てて言葉を繋げた。

「それはチャクラの消費が半端ではありません!数人で数回にわけないと!!一人のチャクラでは我々でも使いこなせるかどうかっ」

「オレ以上にチャクラがあるヤツなんて、この世にはいねー!複数なんてやってらんねーってばよ!これの使い方、昨日使った秘薬と同じ方法でいいのかっ!」

「え、ええ」

 ナルトの迫力に押されて、ただコクリと頷くことだけしか出来ず、カオリは成り行きを見守る。

 その返事だけ聴くと、ナルトは騒然となる執務室の中、小瓶の蓋をとるのももどかしげに指で栓を飛ばすと、3粒の薬の結晶を躊躇う事無くあおり口の中で丹念に溶かす。

(早く……早く溶けろってばよ!)

 昨日のものより質がいいのか難なく溶けたのを確認して、最大量のチャクラを練り上げていく。

『ナルト、ワシのチャクラも使え』

(サンキュークラマっ!)

『必ず……助けるのだろう』

(ああ、絶対に、死なせねェ!誰が死神なんぞにくれてやるかってばよ!コイツはオレのもんだっ!)

 青と赤のチャクラが入り混じり、黄金のチャクラへと姿を変え、そのチャクラが惜しみなくその秘薬へと注がれる。

 ただ、ヒナタを救いたいという気持ちと共に……

「な、何と言うチャクラ量をしているの……」

 カオリが驚き目を見開き、目の前のナルトとヒナタを見つめ続ける。

 濃密なチャクラが渦巻きながら、執務室を震わせ、一同はそのチャクラの暴走とも捉えることが出来る質量に言葉も出ず、ただナルトを見守った。

「アイツほどチャクラ量多いヤツはいないからねぇ……それに、複数人なんて、アイツが許すわけもない」

 綱手は一同と共に成り行きを見守りつつも、溜息をつく。

 ナルトが自分以外の男が彼女に触れることを許すはずがない。

 それが女だとしても、嫌がるだろうということは、昨日の様子から伺えた。

 今朝など、自分のものだと威嚇しているような、そんな気配すら醸し出すようになったナルトである、複数など考えもしないだろう。

「しかし、せっかく隠してやったのに……意味なかったねぇ」

「師匠?」

 サクラの戸惑いの声を聞きながらも、この先起こるだろうことがわかっているだけに、綱手は苦笑を禁じえない。

 恥ずかしいだろうからという心遣いさえも、毒のせいでパーである。

(まぁ、ナルトが傍にいる間に、ヒナタが死ぬなんてことはこの先、絶対に起こるはずがないのさ……こいつの執念深さはピカイチだからね)

 苦笑しつつ見守る綱手の目の前で、ナルトは必死にチャクラを練り合わせた秘薬を昨夜と同じように舌で探り、全て溶けたかを調べる。

 この状態で溶けていないものなどあるならば、彼女に与えても意味がない。

 舌の上に固形物が残っていないのと、口内で昨夜と同じくとろみのある甘い匂いを確認し、ナルトはヒナタを横抱きにして後頭部を自分の上腕部に乗せると、空いているほうの手で彼女の頬に触れ少し上を向かせる。

 流れるような動作で親指を顎に添え、少し力を加え僅かに唇を開かせると、躊躇う事無くナルトは慣れた動作でも行うかのような自然さを持って、ヒナタの唇に己のソレを重ねた。

「な、な、ナルトーーーーーッ!!???」

 複数人の絶叫が響き、固まったり顔を赤くしたり、反応は様々の中、ナルトは必死にヒナタに薬を注ぎ続ける。

(死なせるかってばよっ……オレの、やっと出来たオレの大切なぬくもりなんだ!)

 皆が見守る中で秘薬を徐々に彼女の口内へ注ぎこんでいく。

 ナルトはヒナタの喉元がコクリと動くのを感じ、それからまた少しと秘薬を注ぎ、飲み込むのを促すように頬を撫でる。

 すると、彼女もそれを理解してか、撫でられた頬を感じ、促されるままにこくりと喉を鳴らして、口内に流れ込んでくる甘いとろみのある液体を飲み込む。

(甘い……溶けそう……冷えた体が、ナルトくんの熱で……溶けちゃうみたいに……熱い……よ)

 無意識に背に腕を回し、上着を時折ぎゅぅっと掴むその力加減に色気を感じ、更に一同が顔を赤くするのを二人は知らずに、ただ唇を重ねて秘薬を与え、与えられ飲み込むことに集中する。

 逸る気持ちを抑えながら全てヒナタの口内へ注ぎ終え、唇を離してからホッと一息つき、それから訝しげな顔をしたまま、カオリにベーっと舌を見せて尋ねた。

「あのさ……昨日もこうなったんだけど、コレってなんかマズかったりするのかってばよ」

「っ!!」

 驚いた顔をしてその舌に絡み付いている赤い結晶になりかけている秘薬を見て、彼女は漸く納得したような顔をするとクスリと笑う。

 何故笑われたのかわからず、ナルトは一瞬キョトンとするが、カオリは微笑みながら優しい声で告げる。

「いいえ、それもちゃんと彼女にあげてね。それが一番大事だから」

 そう言われ、素直に頷くと、真っ赤な顔をして呼吸を整えているヒナタを見下ろし、苦笑してヒナタの鼻先を指でつつく。

 赤い顔をして呼吸を乱している姿は……どちらかといえば、目の毒だな……と、思いながらも口を開いた。

「だから、昨日も言ったろ?鼻で息しろってば」

「と、突然だったから……そ、その……あの……」

 やっと息が整いはじめたヒナタは顔を赤くして上目遣いで見上げてくる。

 確かに言われた……と、思い出して恥ずかしくなったのだろう。

 上目遣いに見上げてきて少しだけ首を竦める仕草が可愛らしい。

 そんなヒナタが可愛らしいと心の中で悶えながらも、舌をべーと出して彼女に見せて困ったように笑いながら、昨夜と同じようにお願いした。

「ヒナタごめん、コレまた溶けねェんだ、昨日みたいに舐め溶かしてくれねェか?あー、そうだ、舌は入れといたほうが舐めやすいか?」

 真剣な顔をしてそう提案してくるナルトを見て昨夜舌を出したまま舐めたのは大変だったかも……と思い出し『そうだね』と返事をしようとしたが、彼の肩越しに仲間全員が真っ赤な顔をして固まっているのを視野にいれたヒナタは、ここがどこだったかを思い出し、ボンッと音が出るほど真っ赤になり意識を失いそうになる。

 だが、ここでナルトを止めなければ、もっと恥ずかしいことを言われるだろうということは容易に想像できたので、必死に叫ぶように言葉を紡いだ。

「なななな、な、ナルトくんっ!あ、あ、あの……そ、そ、その、そのっ……こ、ここでは……そのっ!も、もう……だ、だめぇ」

 真っ赤になって羞恥に耐え切れず顔を覆い涙声になっているヒナタを見て、ナルトは暢気に『可愛いなぁもー、喰っちまいてェぜ』なんて思いながらもその様子に『何故?』と首を傾げる。

 昨日は一生懸命舐めてくれたのに……と、口を尖らせて小さな声で呟けば、声をかけるタイミングを見計らっていた綱手の声が響いた。

「ナルト、お前、ここがどこだか忘れてるんじゃないだろうね。お前の部屋じゃないんだよ?ちょっとは周りのこと考えて動きな。お前の唾液じゃもう溶けないんだったら、暫くそのままでも大丈夫だろう」

「う、うん、ナルトくん……私、もう痛くないから……」

 真っ赤な顔をしながら腕の中でコクコクと、綱手の助け舟に縋りつつ頷くヒナタを見て、ハタとここがどこであるかとか、何をやってしまったのかを思い出し、ナルトは見る見る赤くなりながら口元を押さえ呟く。

「…………………………オレってば……やっちまった……ってば……よ」

「う……うん……で、でも、あ、ありがとう」

 はにかむように笑って礼を言うヒナタに、顔を下半分片手で覆って真っ赤になっているナルトはコクコク頷く。

 一気に襲ってきた羞恥心というものに翻弄されながら、ナルトはヒナタの唇に視線を向けて、やっぱり柔らかくて甘いのな……と、再認識し、むず痒い気持ちと共に笑えば、ゆらりと背後に立った3つの影。

 その気配に気づき、何?と顔だけ振り向けば、思い切り首元を掴まれ、息苦しくなり蛙がつぶれたような声を出してしまう。

「ナ〜ル〜ト〜っ!!!」

 そんなナルトにお構いなしでキバが首元を絞めながら、前後に揺らして吼える。

 ガクガク揺さぶられるナルトに、同じように腕の中で収まっていたヒナタも揺れ「ひゃぁぁ」とか細い声を上げた。

「お前!ヒナタに何やってんだっ!」

「ナルト……いくらお前でもやっていいことと悪いことがあるぞ。ヒナタ様に何と言うことをするのだ」

 怒鳴るキバに、顔を引きつらせているネジ。

「あんたねぇ……乙女の唇をなんだと思ってんのよ!!」

 サクラの怒号。

 最早カオスだ……と、ナルトは冷や汗を流しながらもチラリとヒナタを見ると、彼女は頬を赤らめて伏せ目がちに口元を押さえている。

(か、可愛い……あー、オレもう重症だってばよ……)

 どんな状況であっても、どんな姿を見ても『可愛い』と思ってしまう自分に戸惑いながらも、心から湧き起こる幸福感が嬉しくてたまらない。

 重症だと自分でわかっているのに、改善する気など全くないのだからタチが悪いと言えよう。

「めんどくせーなぁ……お前ら、ここは火影執務室だからやめろって」

 さすがにこれ以上騒ぎが大きくなるのは困るとシカマルが止めるが、キバはさらにヒートアップする。

「だけどよ!」

「いいんじゃねぇの?なぁ、ナルト。良かったな、相思相愛で」

「うん、良かったよね。ヒナタも長年の想いが通じたんだね、二人が結ばれてボクも自分の事のように嬉しいよ」

 シカマルに続いてチョウジもそう言うと、ニッコリと笑う。

「おう、サンキュ」

 二人に笑顔で応えると、ヒナタは何と応えていいのか判らず、両手で顔を覆ってしまった。

「やはり恋人同士なのですね」

 カオリが納得した顔をして、ナルトとヒナタを見る。

「先ほどの赤い結晶。ソレは我々一族でもそうそうお目にかかれるものではありませんが……ヒナタさん、秘薬は無味無臭でしたか?」

「……い、いえ、少しとろっとしていて……甘くて……」

 ヒナタが思い出し言うその言葉に、カオリは嬉しそうに笑った。

「愛されているのですね」

「ふぇ!?」

 真っ赤になってカオリを見るヒナタに、彼女は微笑みながら告げる。

「ナルトくんの舌にはりついているモノは『心結晶』といって、どんな秘薬よりも効能がある神薬なのです。秘薬に過剰なチャクラを練り合わせて作り、その作っている本人が相手を深く想っていれば想っているほど、とろみや甘みが出てくるのです。再結晶化するほど深く想われている方を実際見るのは初めてですが……」

「じゃ……じゃぁ、これ……って……」

「ええ、貴方の心そのもの、赤く甘い彼女への想いそのものですね」

 さすがのナルトも耐え切れなくなって、顔を両手で覆い呻く。

 恥ずかしすぎる……

 ヒナタはいつ気を失ってもおかしくないほど全身を赤く染め上げ、ナルトの胸板に顔を隠してしまった。

 それがまた可愛い……とか思ってしまっているナルトは、もう自分はどうしようもないなと天を仰ぎ途方に暮れる。

「ちなみに、それは彼女が受け入れていなければ、溶けることは無かったはずです。昨日の心結晶は、ちゃんと溶けたのでしょう?」

 無言で頷くナルトは、もうここまで言われたら何を隠して何を話して良いかわからず、ただ言われたことに素直に頷き返す。

 ヘタに隠せば余計に恥ずかしい気がして、言葉や声すらも出てこない。

「本来、昨日の秘薬で毒が消えることは無かったのです。でも、貴方の想いがその毒を打ち消し彼女を護ったのですよ。素晴らしいことです」

 床に座り込み、胡坐をかいて、顔を覆い、もうこれ以上と無いほど照れたナルト。

 その腕の中で、同じように真っ赤になり縮こまっているヒナタ。

 初々しい恋人同士は、蛇香一族の長に説明を受けながらも、自分たちの気持ちを暴露されまくって居た堪れない。

「相思相愛とは、こういうことをいうのですね」

 爽やかな笑顔で止めをさされた気がして、ナルトとヒナタは、互いの体温だけを感じながら、悪意のない蛇香一族の長の言葉に全身を染め上げるしかなかった──







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