意味の意味 10




「白檀殿、コレがヤツの使った毒だと思われる」

 サクラのハンカチを手渡し、彼女がスンと匂いを嗅いで眉根を寄せる。

「……本当にこの毒なのですか?」

「は、はい、間違いないです」

 サクラといのが頷き、ヒナタも同意する。

「はい、サクラちゃんが拭いてくれたハンカチですから……」

 マジマジとカオリの視線を受けて、ヒナタは小首を傾げる。

 何かマズイことでもあったのだろうかと、不安に思いながら見つめていれば、カオリは視線を綱手へと移し、口を開いた。

「火影殿、薬の説明は……」

「あぁ、ちゃんと説明した。まぁ受け取ったやつがちゃんと理解してたかどうか怪しいがね」

「ちゃんと言われた通りにやったってばよ」

「どうだか」

 綱手のいかにもあやしいという顔を見て、ナルトは憮然とする。

「だいたい、あんな方法他のやり方なんてあるのかってばよ」

「まぁそうだねぇ……」

「ねぇ、何でナルトが秘薬受け取ってるの?」

 サクラが訝しげに尋ねると、綱手がフォローする。

「こいつは報告にきていたからね、その後またヒナタの病室へ寄るっていう話だったから、届けさせたんだよ」

 綱手は用意していた言葉を述べ説明したあと、カオリはサクラといののほうへ視線を向けて尋ねた。

「お二人にも薬が渡っているはずですが、いかがです?」

「私たちはどうやら吸い込んでなかったみたいです。口に含んで溶かして飲んだのですけど、前症状の微熱や倦怠感もありませんでした」

「秘薬が効いたというより、何も影響が無かったというほうが正しいと……」

 サクラといのの言葉を聴きながら、二人の傍により、右手をかざすと淡い黄緑色のチャクラが流れ出す。

「……確かに、何ともないようですね」

 ホッとする二人に踵を返して、多少厳しい顔つきでヒナタの前へ来ると、同じようにチャクラを流す。

「サクラちゃんたちも、秘薬飲んだってば?」

「念のためね」

「不思議よねぇ、あのカケラ、口に入れるとサラサラした液体になって無味無臭なの」

 いのの言葉に、ナルトがギシギシ音がしそうなほど不自然に、綱手を見る。

「綱手のばあちゃん?」

「なんだい?ナルト」

 何故か二人の間に微妙な空気が流れ、次の瞬間、ナルトが轟と吼えた。

「何でそっちの秘薬渡してくれねーんだってばよ!!」

「うるさいねぇ、言ったろう?二人に渡したのは、お前に渡したのより弱いんだよ」

「で、でも!」

「いいじゃないかい、ヒナタはこうして無事なんだから」

「そ、それとこれとは話が別だってばよ!!」

「お前が嫌だって言ったら、別の方法を考えたさ」

「そんなこと、一言も言わなかったじゃねーかっ!」

「うるさいねぇ、お前は承諾しただろう」

「オレがやらねーと、他のヤツにやらせるなんて言うからだってばよ!!」

「最後の判断はお前に任せたんだ、今更グダグダ言うんじゃないよ!男だろっ!」

 二人がぎゃーぎゃー言い合いをはじめたのを、ワケがわからずどう口を挟んで良いのかもわからずに、一同はいつものようなやり取りを見て溜息をつく。

「だいたい、誰のおかげでバレないで済んでると思ってるんだい。朝帰り……」

 急に声を潜めてナルトだけに聴こえるように綱手が言葉を紡ぐと、ナルトは真っ赤になって慌てだす。

「うぐっ……そ、それはっ」

「自来也の弟子だねぇ……まぁ、年頃の男女で合意の上みたいだから何にも言わないけどさ」

 ニヤニヤと笑いながらも、ヒソヒソと二人の口論は続く。

「だ、だいたい、ばあちゃんがけし掛けたんじゃねーか……それにオレはやってねーよ」

 もはや他者に聴こえない音量、口ぱくだけで口論している二人に、他のメンバーは『何やんてんだかね』と呆れ半分で溜息をつくと、ヒナタの診察のほうに視線を向ける。

 触らぬ神に祟りなし……と言った風情だ。

「で?男になった気分はどうだい?えぇ?」

「ば、ばあちゃんっ!だから、やってねーって言ってるってばよっ!」

 元々勝てる喧嘩ではない。

 ついでにいうなら、今回ヒナタに想いが通じたのも、綱手の一言があったからである。

 そこに感謝の念がないわけではないだけに、押しがどうしても弱くなっていた。

 最大の敗因は、朝帰りの原因が己の行動にあり、朝まで彼女をシッカリ抱きかかえて眠っていたのは大失態だ。

 朝起きて慌てて風呂に入り準備をして病室へと帰って来たときには、綱手とシズネがニヤニヤしつつ出迎えてくれたというオチつきである。

 ソレだけに、痛い。

 二人の言い合いが他者に説明できないような内容にまで踏み込んでいるそんな中、カオリが硬い声を出す。

「そのハンカチに付着していた毒を受けたのなら、あの秘薬では効き目が薄かったはずです」

 その言葉に、一同が凍りつく。

 症状は完全になくなったのは、今朝本人確認もしたし、綱手の診察からも確認済みである。

 安堵していたナルトは、カオリの言葉で顔色を変えた。

「ど、どういう事だってばよ」

「先ほどのハンカチに付着していた毒と、普段使われている毒が違うのです。今回そのハンカチに付着しているものは、普段使われているものより高度で純度の高い毒です。あの秘薬では効く筈が……」

 思案気名顔をしながら、カオリはヒナタを見る。

「じゃぁ、まだ残ってるってことかい?」

「いえ、そちらの方は綺麗に消えています。不思議なくらいに跡形もなく……」

「ホッ……ったくビックリさせないでくれってばよ。焦っちまったぜ」

「いえ、焦ってください。そのハンカチに含まれている毒は二種類あったんです」

「え……に、二種類?……んくっ!!」

 そういった瞬間激しい痛みに襲われ、ヒナタは前のめりに倒れそうになる。

 前の毒は熱を感じた。

 しかし、この毒は冷たさを感じる。

 なじみのある感覚に、ヒナタは『ああ、これは命を奪う毒だ』と冷静に判断する自分がいることに内心苦笑を浮かべつつも苦悶の表情で床に手をついた。

「ヒナタっ!!」

 ナルトが横から体を支え、顔を覗き込むめば、真っ青を通り越して真っ白な顔をして冷や汗が死人のように白い肌を伝い落ちていく。

 重ね合わせた思い出も新しい瑞々しい唇は、今や紫色に染まり、全身を細かな震えが支配する。

 尋常ではないその様子にナルトは息が止まりそうになり己の不安を押さえ込むように、彼女の身体を支える腕に力を込めた。

「ヒナタ様!い、一体っ」

 ネジの驚いた声と共に、全員がヒナタの周りに集まってくる。

「毒の症状だね」

 サイが反対側から様子を伺い、そう判断すると顔つきが険しくなっているナルトを見て目を僅かに見開く。

 ナルトの様子は、仲間を思うというには、いささか強い光を宿した目をしている気がして、サイはそれ以上何も言えずにただ、ナルトとヒナタの姿を見つめる。

「しっかりしろってばよっ!ヒナタっ!!」

 わけもわからず、ただ目の前で苦しんでいる愛しい恋人の姿に、ナルトはなす術もなく、ただ支える手に祈るような思いで力を篭めるのであった。










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