意味の意味 12




「あー……もともと隠すつもりなんて無かったけど……結構恥ずかしいってばよ」

 ナルトは赤くなった顔を手で半分覆い隠しながら呻き、それでもやはり気持ちが通じたんだという実感を持って、仲間たちに祝福された喜びを噛みしめる。

 自分以上に赤くなっている可愛い恋人を見れば、彼女はもう言葉も出ないようで、何気なく目が潤んでいた。

「ま、アンタが隠し事ってのが土台無理なのよね。……ヒナタ、よかったわね」

 呆れたように溜息をついてから、サクラはヒナタに向かって微笑むと心から祝福した。

サクラの言葉に、ヒナタはポロポロ涙を流す。
 
まだサスケのことで心を痛めているだろう彼女に、このことを言っていいのかどうか、正直迷っていたヒナタは、サクラの優しく心の篭った声に涙を零しながらも微笑む。

 その笑顔がまた綺麗だと、サクラは目を細めた。

「サクラちゃん……」

「ほんと、長かったわね……良かった……ヒナタ」

「いのちゃん……二人とも、ありがとう」

 ボロボロ泣き始めたヒナタにギョッとして、ナルトは思わずワタワタと手でヒナタの頬を拭う。

「ちょ、何で泣いてるんだってばよっ、ヒナタぁ!?」

 急に泣き出したヒナタの肩に手を置いて顔を覗き込めば、色々な感情が入り混じった複雑な表情を浮かべながらも、口元には笑みを浮かべていた。

 つまり、悲しくてないているとかいうワケではないのだと感じるが、彼女の泣き顔は正直堪えると、ナルトは眉尻を下げる。

「嬉し涙はいいのだろう?ナルト」

 ネジが笑いながらナルトの肩に手を置く。

「青春です!素晴らしい愛です!!」

「リー……あんた、本当に判ってる?」

 テンテンが呆れたように呟きながらも、ヒナタとナルトを優しく見つめる。

 本当に長かったわよね……と、呟いた彼女に、ネジも静かに頷く。

 傍から見ているほうが見えるものは多いが、コレは最たるものであった。

 一番見えていないのは本人たちで、周りからは見えすぎるほど見えている結果に、随分とヤキモキしたものだと、ネジは苦笑を浮かべ、それから背後からかすかに聞こえる声に、軽く息を吐く。

「祝ってやろう……何故なら、長年の片想いが成就したからだ」

「……おう……」

 シノの言葉にキバは頷き、漸く納まるところに納まった二人を、素直に祝ってやるかと顔を上げるが、やはり、どこか複雑な感情があるのは否めない。

 横で赤丸が『ワン』と励ますように鳴いたのは聴かなかったことにしようと、キバは恥ずかしがりながらも寄り添っている二人を見つめた。

「ま、先生みたいな立派な男になるんだよ、ナルト」

「おう、サンキュ、カカシ先生」

「何だかいい顔してるねナルト。ボクも嬉しいのかもしれない」

「サンキュな、サイ」

 騒然とした雰囲気からはかけ離れて柔らかな空気に包まれた執務室。

 一時はどうなるかと思ったものだが、どうやら全て無事にコトは納まった様子である。

 もう1つ、綱手はニヤニヤしながら今までナルトが邪険にしていた件についてポロリと言葉を零した。

「これでナルト、お前も降ってくるような求婚を断ることが出来るじゃないか」

 他国へ行けば、どこぞの姫が……と、昼食や夕食会へ招待され、必ずその館の主の娘が同席するという事態に陥り、ナルトはそれこそビッタリと綱手たちから離れることも無く、任務中ですと、あのナルトが硬いことを言って一人になろうとはしない。

 今思えば、ヒナタへ対する誠意の見せ方であったのだろうと綱手は思った。

 心に秘めた女がいるからこそ、他の者からの誘いは受けない。

「元々受ける気なんてないってばよ」

 やはりな……と、口元に笑みを浮かべれば、ナルトは拗ねたように口を尖らせてフイッと横を向いてしまった。

 どうやらヒナタにバラされたのがお気に召さなかったようだ。

「ま、日向の大姫に敵うヤツなんて、早々いやしないよ。砂の姫は違うヤツがいいらしいしねぇ」

「それはそうだってばよ」

 二人はニヤニヤしてシカマルの方を見ると、彼は面倒くさそうな顔をして咳払いをする。

 矛先が変わったのを感じ取ったシカマルは、話を変えようと口を開く。

「ったく、めんどくせー……でも、綱手様、どうするんッスか。遅効性の毒なんてもん出てきたら、それこそ面倒ッスよ」

「そうだねぇ……白檀殿、ヒナタの中にあった遅効性のほうはどういう……」

「コレは呼吸器系ではなく、対象の皮膚から取り込まれるタイプのものです。個別対応の毒なので、周りの方々に影響はありません。言いづらくはあるのですが……」

 と、一旦言葉を切り、心苦しそうな表情をしながらヒナタのほうを見ると、ヒナタのほうは気にしていないという意味合いを込めて、ひとつ頷いた。

「多分、相手は忍であると判っていたので、散々弄んだあとは殺そうと思っていたのだと……」

 申し訳なさそうに言うカオリに、ナルトは怒りに拳を震わせるが、その拳にヒナタが遠慮がちに手を重ね、微笑んだ。

「大丈夫」

「…………」

 無言でナルトは頷くと、小さく息を吐く。

 怒りは腹の底に溜まったように渦巻いているが、ヒナタの手のぬくもりが幾分やわらげてくれる。

 心底、あんな男のものにならなくて良かったと、ナルトは安堵の吐息をついた。

「追加調査は必要ないな」

 短く綱手がそう言うと、カオリが頷き目を閉じる。

「今回、沢山の娘が傷つき死んで逝きました。その償いを我ら一族はしていくつもりです。その中で、唯一助かったあなた方に、心からの謝罪と……生きて戻ってきてくれたことへ対するお礼を……」

 そう言いながら頭を深々と下げるカオリに、ヒナタやサクラやいのは慌てて首を振る。

「い、いえっ、私たちは何ともなかったワケですしっ」

「反対に、殴り飛ばしましたしっ」

「う、うん、わ、私も、毒はカオリさんの薬で難を逃れましたしっ」

 いの、サクラ、ヒナタの三人が焦ったように言うと、カオリは柔らかく微笑み綱手を見る。

「本当に木ノ葉は良い人々に恵まれた里ですね」

「あぁ、それだけが自慢でもある」

 綱手の言葉に、執務室にいたみんなが、どことなく誇らしい気持ちになって互いに顔を見合わせ笑った。

「つ、綱手様!!」

 そんな中、何かの知らせが来て話をしていたシズネが、慌てて綱手に声をかける。

「どうした」

「う、うちはサスケの意識が戻りました!」

 一瞬呆然としていた一同は、サクラがいきなり飛び出したのを皮切りに、各々声を上げて喜びを伝える。

 そして、サクラに続くように執務室を後に走り出す。

 先ほどまで狭く感じていた執務室が、みょうにガランとした様子になる中、一番最初に駆けつけると思われたナルトがまだ残っており、彼の隣に心配そうにヒナタが寄り添う。

「サスケ……あのバカ……遅いんだってばよ」

「ナルトくん……」

 グイッと袖で乱暴に目元を拭ったナルトは、ヒョイッとヒナタを抱き上げる。

 突然のナルトの行動にヒナタは驚き目を丸くするが、ナルトにしてみれば至極当然の行動と言えた。

 今さっきの毒のせいで、体力をごっそり奪われたヒナタは、まともに歩くことも出来ず、かなり億劫そうなのは見て取れたし、早くサスケの病室へ駆けつけたい思いもあったからだ。

「カオリのねーちゃん、ヒナタ治してくれてありがとうな。オレにとっちゃ、かけがえのない女なんだ。失ったら生きちゃいらんねーくらい」

 真剣な顔でそう言われ、腕の中のヒナタは言葉を失い、カオリは優しく微笑む。

「ええ、その想いがどれだけ強いものなのかは、私は理解しているつもりです。失わないように……きっと失えば、『うずまきナルト』という個はそこで死ぬでしょう」

 意味はすぐに理解できた。

 だからこそ、ナルトはカオリの目を見つめたまま力強く頷いた。

「ああ」

 力の篭った返事を返してから、ナルトは今度こそ走り出す。

 その先にいるだろう、親友を思い、力の限りの速度で走り出した。

「カオリさんっ、ありがとうございますっ」

 ヒナタのお礼の言葉がどんどん遠ざかるのを聴きながら、綱手とカオリは苦笑を漏らす。

「本当に仲の良い二人ですね」

「ああ、雨降って地固まるとはよく言ったものだ」

 まだまだ若い少年少女の面影を残す忍たちが駆け出した後の執務室は、やけにガランとした印象を持ったが、彼らが駆け抜けていくときに感じた風をカオリは忘れぬように目を伏せて口元に柔らかな笑みを浮かべるのであった。






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