意味の意味 9



 件の事件があった次の日の昼過ぎ、関係者であるナルト、ヒナタは勿論の事、サクラやいの、シカマル、チョウジ……そして、何故かカカシ、サイ、ネジ、リー、テンテン、キバ、シノというメンツが火影の執務室に揃っていた。

「カカシ、サイ、それにキバ、シノ、ネジ、リー、テンテン、ご苦労だったな」

「いえいえ、これくらいなんてことなかったですよ」

 カカシがそう応えながら何かの器具を火影の机の上に置いた。

「こんなものを仕掛けていたとはな……被害が出る前でよかった」

「ええ、全くです」

「カカシ先生、一体何の話だってばよ」

「あぁ、お前たちはまだ知らされていなかったな」

 まだ毒の後遺症の為にふらつくヒナタを、シズネが用意してくれた椅子に座らせたナルトが尋ねると、カカシは説明をはじめた。

 どうやら、件の変態三人組の唯一口が利ける一人を尋問していたところ発覚した情報で、木ノ葉のいたるところに仕掛けられた痺れ罠を解除するのに奔走していたようである。

 彼らの常套手段として用いられていた方法は、まずは痺れ罠を張り、その罠にかかった獲物を選別し、不必要なら罠から外して幻術をかけ放置し、好みの相手であれば片っ端から頂く寸法だったらしい。

「じゃぁ、私たちに声をかけてきたのは……」

 サクラが呟くと、サイがサラッと答える。

「好みだったんでしょう」

「そういえば、ヒナタ即効落とそうとしてたもんね、あいつら」

 いのが嫌そうに言うと、それに反応したナルトが剣呑な色を見せ、かなり低い声で物騒なことを呟く。

「あー……もう一発大玉螺旋丸食らわせてくるってばよ」

「やめておけ、お前あれだけやっといて、まだ足りないのか。それでなくとも、残り二人、実行犯のほうは口も利けない状態だというのに……」

 綱手が呆れたような声を出し、このまま退室して本当にやりかねないナルトを静止すると話を続ける。

「それに、お前はある意味感謝しないといけないんじゃないかい?」

 ニヤニヤと笑う綱手に、ナルトは引きつった顔を見せ、プイッと横を向いてしまった。

 こういう言い方が一番いまのナルトには効果があるだろうと思い言って見たはいいのだが、予想以上の反応に、綱手はニンマリと笑ってしまう。

(可愛いヤツめっ)

「し、師匠?」

 照れて横を向いてしまったナルトを、更に笑みを深めてニヤニヤ見ている綱手に、サクラが遠慮がちに声をかけるが、それに対し、綱手もナルトもなんともいえない顔をしてから、マジメな顔つきに戻った。

「感謝……ですか?」

 サクラはワケがわからないというように首を傾げると、ナルトが慌てて首を振る。

「な、なんでもないってばよっ」

「それはさて置き、蛇香一族の者が近くまで調査にきていたのでな、症状が出たのに手付かずで無事だった例はないので、毒がまだ残っているのではないかと心配してここまで来てくれた。ヒナタと一応、サクラ、いの、お前たちも診て貰え」

 三人が「はい」と返事するのを聞いて、綱手が1つ頷くと、シズネが一人の女性を案内して来た。

 真っ白の長い髪の三十代くらいの匂い立つような美女を具現化したような女性は、申し訳なさそうな顔をしながら執務室に入ってくる。

「この度は、我が一族の者がとんだ御迷惑を……本当に申し訳ございません。私は蛇香一族の長、白檀カオリと申します。毒が残存していないか確認いたしますね。本当に御無事でなによりでした」

 柔らかく微笑むカオリにヒナタは笑顔を返すと、ナルトを見る。

「は、はい、ナルトくんたちが助けてくれましたから」

「いや、あの時ヒナタが踏ん張ってくれてたから、オレたちは間に合ったんだってばよ」

 見つめあいお互いに礼を言い合う二人に、妙な違和感を覚えてキバが首を傾げた。

「倒れねぇ……」

「そうだな」

 シノが同意して、八班の二人がジッと違和感を覚えるヒナタを見ていると、彼女の前にカオリが立ち止まり目線を合わせる。

「でも、恐ろしかったでしょう。女性の本能として、恐れを感じたはずですから」

「…………」

 確かにそうだ。

 昨夜、自分が心から愛するナルトが相手でも抱きしめられる時や口付けの時に震えた瞬間があったのだ。

 彼が誰よりも優しくて、自分を傷つけないとわかっていたのに……それを、彼ではなく、全く違う者が身体に触れるのだと考えただけでも嫌悪感と恐れで震えが走る。

 昨夜感じた言い知れぬ熱に浮かされ、正常な判断ではないとナルトが必死に我慢してくれたのは、朝になり、完全に毒の抜けた体で考えれば痛いほど理解でき、そして、彼が言うようにクスリの力を借りて体を重ねていたとしたら、きっと後悔したに違いなかった。

 そこにあるのは肉体的な飢えと渇きであって、心から求める愛情ではない。

 そして、何より、昨夜ナルトがくれた熱が、他の誰かからもたらされたものであったとしたならば、きっと耐え切れなかっただろう。

 事件の被害者の中には自ら命を絶ったものもいると聞く。

 その気持ちも、痛いほど理解できた。

 想いを寄せている相手がいればいるほど、やりきれず、裏切った気持ちになり、絶望したであろうと、見知らぬ女たちの無念を思い涙が滲む。

 そしていくら鍛えたとしても、本能的な嫌悪や恐れは払拭できないものなのだと理解し、ヒナタは唇を噛むと、小さく頷いた。

 その姿を見たナルトは、思い切り抱きしめてやりたい気持ちになり、その衝動を何とか拳を握り締めて耐える。

(ヒナタ……くそっ……)

 抱きしめたい、その心ごと包み込んで、大丈夫なのだと言葉をかけたい気持ちでいるのに、場所が場所だけに躊躇われ、そして何よりも彼女がそれを望んではいないだろうと、ナルトはグッと歯を食いしばり堪えた。

 確かに奪われはしなかったが、心に傷を付けられた事実は変わらないのが悔しくて仕方がない。

 未だに覚えている、ヒナタの本能的な脅えからくる震えの感触。

(オレは……お前を守りたい……ヒナタ)

 握られた拳は色を変え、血が通っていないとわかるほど白くなるが、そんなナルトの悔しさを感じ取ったのか、ヒナタは脅えや悔しさや恐怖などを全て払拭するように柔らかく微笑み、比較的明るい声を出した。

「で、でも……大丈夫です。もう、大丈夫です。サクラちゃんや、いのちゃんも……怖かったと思います」

「私たちはあの変態に舐められなかったから平気!」

「そうそう、蹴り飛ばしてやったものっ」

「な、舐められたぁ!?」

 詳しく知らされていなかった8班とガイ班の声が響き、騒然となる中、ヒナタは思わず下を向いてしまう。

 思い出したくない感触だったのだろう、小刻みに震えた。

(チッ……重大なことを忘れてたぜ。オレが舐めて感触上書きってやってやりゃよかった)

 と、ヒナタが聞いたら涙目で逃げそうなことを内心考えながらも、ナルトは図らずも暴露してしまったサクラへと視線をやり呟く。

「サクラちゃん……」

 ナルトの困ったような顔を見てサクラは慌てて口を覆うが、後の祭りであることに間違いは無い。

「ご、ごめんね。ヒナタ」

「う、ううん……だ、大丈夫、大丈夫だからっ」

 ヒナタはサクラを見て首を左右に振るが、瞳から涙がこぼれそうである。

 さすがに堪えきれなくなったナルトは、ポンッとヒナタの頭の上に手を乗せた。

「だ、大丈夫」

「無理すんなって」

 ポロリと零れ落ちる涙を悔しそうに見ながら、大事に至らなくて良かったと心の中でホッと吐息をつく。

 大切な愛しい彼女が他の男の手にかかるなど、想像するだけで殺したくなると内心呟きながら優しく頭を撫でて優しく微笑んだ。






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