09.頑張る彼女と無自覚な彼



 朝も早い時間から、お弁当二つを作り、それを手提げに入れて確認すると、満足げに頷き学校の鞄を持つ。

「では行ってまいります」

「うむ、気をつけてな」

 厳格な父だが、最近は少し丸くなったと思う。

 数年前に、娘に対しての態度について、友人に殴られ説教を食らったらしい。

 今でも忘れられないのは、頬を赤く腫らし、それでも娘2人に謝罪する小さな父の姿。

 母が亡くなってから男手1つで2人の娘を育てている父は、それこそ大変だったのだろうと今では理解できる。

 しかし、当時のヒナタにはそんな父が理解できず、母がいた頃の優しい父に戻って欲しくて、萎縮し怯える日々であった。

 大人しく言うことを聴いていれば父は怒らないだろうと、どんどん内向的になっていき、そんな姉の姿に妹は苛立ちどんどん荒んでいった。

 父、ヒアシの友という人に会うことは無かったが、その人のおかげで父と娘たちの絆は崩壊する事無く漸く家族の縁で結ばれた。

 今では少し過保護過ぎるかな?と、思うくらいである。

 そんな父の見送りを背に、ヒナタは玄関を出た。

 昔は幼馴染たちと登校していたのだが、陸上部のキバは朝練の為に早く出てしまうし、シノの方は生物部でこちらも早朝から動植物の世話だ。

 故に、1人で登校するのが日常になって久しいヒナタは、本日久しぶりに自転車を引っ張り出してきた。

 昨夜ナルトの為に作った問題集や、水筒やお弁当。

 重量がハンパではないのが原因なのだが、それでも嬉しそうに自転車の篭にそれらを入れて颯爽とまだ早い朝の町を走り抜ける。

(ナルトくんに美味しいって言って貰えるかな?)

 はにかむように笑い、お弁当に視線をやってから胸いっぱいに空気を吸い込む。

「頑張らなくっちゃ!」

 と、言った同時に、携帯電話が鳴った。

 メールの着信音

 不思議に思い自転車を止めると、携帯電話を何気なく開く。



【おはよう。今から学校に向かうから、学校に着いたら朝から宿題頼むってばよ】



 というショートメールが届く。

 送信者は『うずまきナルト』であった。

(ナルトくんからのメールっ!!)

 ドキリと心臓が一気に心拍数を上げ、手が震えた。

 昨夜の電話といい、このメールといい、夢みたいである。

 好きな男性から、自分だけに送られてくる言葉。

(嬉しすぎて……胸が痛いよ……ナルトくん……)

 暫しメールを凝視していたヒナタは、慌てて返信を返す。



【おはよう、ナルトくん。今、私も学校へ向かってます。急ぎますから待っててくださいね】



 そう送信して、ふふっと笑みを零す。

(まるで……恋人同士みたい……)

 まるでではなく、全くもって恋人同士みたいなのだが、本人たちはやはり自覚がない。

 幸せ気分で自転車を漕ぎ出そうとして、再びメールの着信。

 覗き込むと、やはりナルトで……



【待ってるのは良いから急ぐなってばよ。昨日の手首もまだ痛いだろ?ゆっくり来いって】



 と、労わりに満ちたメールを貰ったヒナタは、その場で真っ赤になって固まった。

 優しいとは知っていたが、まさかここまで気を遣ってくれるとは思わず、一昨日の自分が知ったら卒倒しそうな勢いで全身を言いようのない何かが駆け巡る。



【ありがとう。でも、ナルトくんに早く会いたいから】



 浮かされる感情のままそう返信してしまい、ヒナタは一瞬にして真っ青になる。

 これでは告白みたいではないかっ!と、送信してしまった画面を見てオロオロと視線を彷徨わせる。

 助けなどないのはわかっているが、居た堪れない。

(ど、ど、ど、どどどどどど、どうしようっ!!!)

 パニックを起こしそうになっているヒナタを他所に、再びメールの着信音。

 恐ろしくて見られない……だけど、見ないわけにはいかない……そんな葛藤をしつつ、メールを開くと、今度こそヒナタは真っ赤になってその場にしばし硬直するのであった。



【オレも会いたい。やっぱ無理しない程度に早く来いってばよ】



 これで恋人同士でないと言うのだから、世の中は不思議なものである。

 メールだけを見ていれば、ただ単なるバカップルだ。

 紛う事なきバカップルなはずなのに、自覚がない天然を含んだ2人。

 ある意味前途多難のような気もするが、本人たちは超真剣なのだ。

「は、早く行かなくっちゃ!」

 漸く硬直が解けたヒナタは短く【うん!頑張るねっ】と返信してから、颯爽と自転車で走り出したのであった。








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