08.寂しい彼と優しい彼女





 シャワーに入った後、ナルトは乱暴に髪をワシワシとバスタオルで拭きながら机の上のパソコンを立ち上げ、毎日の日課となっているメールをチェックすると、父と母から愛情溢れすぎるメールが届いていて苦笑する。

 1人暮らしは正直言うと寂しいと感じるが、忘れられているワケではない。

 それがわかるだけに頑張らなくてはと思うし、実際学生生活をしっかり謳歌している。

 夕飯は近くのコンビに弁当で済ませたが、本日は野菜スープもつけてみた。

 ヒナタの言葉を思い出し、ついつい手を伸ばしたというのが正しい。

 あとは、何気なく目についたマフィンも購入して食べてみたが、何となくパサパサしていて途中で牛乳と一緒に流し込むように食べた。

「ヒナタのマフィンはシットリしてたってばよ……商売してるヤツがこんなん出していいのかってば」

 思わず呟いた言葉に自分で溜息をつく、そう、彼女と別れ帰って来てから何となくヒナタのことばかり考えているような気がしてならない。

 何気なく携帯を見て手にとりアドレス画面を開いては行にカーソルを合わせると、『日向ヒナタ』という項目が目に入った。

「…………」

 アドレス更新の項目を選択して、ネーム編集で『日向』を削除し、『ヒナタ』だけを残す。同様に読みも編集すると、『ヒナタ』という項目が表示され、何となく嬉しくなった。

「ん?」

 几帳面に住所と誕生日までちゃんと項目が入力されているのを見て、ナルトは困ったような顔をする。

「これってば……他のヤツに知られてもいい内容だってば?」

 サクラやいのは知っているだろうが、幼馴染のキバやシノも教えなくても知っているのだろう。つまり態々住所や誕生日を教えるような間柄の人にはアドレスを教えていないという裏づけでもある。

「……オレに教えて良かったのかよ、ヒナタ」

 多分、クラスメイトで知っているのは、親友、幼馴染を抜けば、ナルトしかいないような気はする。

 アドレスを教えあって、弁当まで作ってくる約束をして、帰りは一緒に帰る。

「うわ……彼女みてェ……」

 心拍数が一気に上がり、真っ赤な顔をして片手で顔を覆うと父のメールを見て噴出す。



 『そろそろ、彼女の1人でも出来た頃かな?』



「う、うっせーってばよ、父ちゃんタイミング良過ぎっ」

 呻きながらそう言うと、携帯を見つめ思わず呟く。

「声……聴きてェな」

 誰の?ともう1人の自分が呟くのが聴こえた気がして、頭に浮かんだのはクラスメイトの彼女。

 思い出すのは涙を流しながら腕の中に収まっていた柔らかいが震える肢体、髪の何ともいえない手触り、望んだ言葉をくれる桃色の唇、何ともいえない甘い匂い。

「あー……あー……ヤバイ……」

 思考がマズイ方向へ行き、身体が熱くなる。

「マズイってばよ、変態か、オレっ!」

 それと同時に思い出すのは、教室でヒナタを待っている間、ウトウトとしていた中で聴いた、ヒナタの彼女らしからぬ強い声。

 男子生徒の卑猥な内容の言葉に、彼女は震えながらも最後まで諦めず、立ち向かおうとしていた。

 その気高き後姿を見て、驚き……そして、彼女を拘束している男たちに異様な怒りを覚えた。

 細く白い手首が真っ赤に腫れている痛々しい姿は、心をギュッと締め付けてくる。

 今まであまり気に留めなかった、幼馴染のサクラの親友の1人。

 大人しくて、控えめで、目立たないのだが男子生徒に異様に人気があり、告白しようとしている男はサッカー部にも確かにいる。

 彼女も言っていたが、その理由が『胸が大きいから』というのは、どうも失礼極まりない事だと思う。

「だってさ、だってさ。ヒナタ、あんなに可愛いじゃん。普通に胸とか関係なく可愛いってばよ。バカだな、あいつら」

 噂をしていたサッカー部のメンツを思い出し、吐き捨てるように言うと、今日沢山見せてくれた彼女の柔らかい笑顔を思い出す。

 今まで恥ずかしがって、近づいてもくれなかったが、きっとあの騒動で心を許してくれたのだろうと納得する。

「小動物みてェ」

 クッと笑うと、だいたい乾いた髪を触り確認してから、バスタオルを洗濯機に放り込む為に洗面所へ行きポイッと投げ込んでからキッチンへ移動し、冷蔵庫からスポーツドリンクを出すと一気に煽った。

 1人で住むには大きなマンションの一室だが、父と母の荷物もあるし、年に数回戻ってくるのだから、完全な1人暮らしとは言えない。

 だが、時々無性にこの広い空間が寂しく感じる。

 父と母がいる時には感じない、ガランとした空間。

 そんな空間を何となく見つめていた時だった、携帯電話が静かな空間を切り裂くように大きな音を立てて鳴り響いた。

 一瞬驚き、それからポケットに突っ込んでいた携帯電話を取り出し、ディスプレイを確認して再度驚く。

「ヒナ……タ?」

 急いで出ると、彼女の声が電話越しに聞こえてくる。

『あ、あの、ごめんね、夜分遅くに……』

「ん……どうしたってば?」

 出した自分の声の静かで低く甘い声に、内心驚きながらも仕方ないかと納得してしまう。

 聴きたかった声。

 本当に恋しいと思ったのだ、今この携帯電話が鳴る前に。

『いま……大丈夫?迷惑じゃ……』

「いや、大丈夫だってばよ。オレ1人だって言ってたろ?」

『な、何だか……ナルトくんが少し……違うっていうか……その……寂し……かったの?』

「ニシシ、何でわかっちまうのかな。今さ……すっげぇヒナタの声聴きてェなーって思ったとこでさ、電話かかってきたから、すっげェ嬉しくて、声聴いていたくてさ……感動してるところ。ありがとうな」

『そういう時は、遠慮しないで……わ、私で良ければ何時でも話し相手になるからね?』

 労わりに満ちた彼女の声に、心が一気に浮上する。

 寂しいより苦しい、痛いより甘い。

 何故こんな気持ちになるかわからないが、彼女の声はとても安心できた。

「あ、でも、ヒナタは何か用事あったんだろ?でなきゃ、かけてこねーよな」

『う、うんっ、あの……ナルトくんの、苦手な食べ物聞いてなかったなって思ったの。お弁当作るときどうしても食べられないものは避けたいから』

「野菜」

『ナルトくん……それ、食べられないのじゃなくて、食べたくないんだよね?』

「う……お見通しだってばよ」

『そっちは何とか美味しく食べられるようにアレンジするから、挑戦してみてくれると嬉しいな』

「おう、ヒナタの料理は全部うまそーだから、頑張るってばよ」

『期待に応えられるように、私も頑張るね。あ、それと……量なんだけど……どれくらい必要かな。いつもパンは、どれくらい食べていたの?』

 クスリと鈴を転がすような笑い声を聴いて、ナルトは目を細める。

 嬉しいと正直に思ったのだ。

 己の事を真剣に考えてくれている彼女の存在に、心底感謝した。

「強いて食べられないものは無いとは思うんだけど、何でもチャレンジだってばよ。あと、パンはいっつも惣菜パン3つ、菓子パン3つくらいかな」

『やっぱり男の子って結構食べるんだね。聴いておいて良かった……』

 ヒナタはメモをとりながら電話しているのか、時々シャシャッと紙をペンで擦るような音が聴こえる。

 電話越しの声はとても落ち着いていて、すごく耳に心地良い。

 このまま眠れたら最高だと思うほどリラックスした様相で、ナルトはベッドへ潜り込む。

「へへ……このままヒナタの声聴きながら眠れたら幸せだろうな」

『ん……じゃぁ、ナルトくんが眠るまで、何かお話してる?』

「いいのか?」

『うん、私もあともう寝るだけだから』

「あー……そうだ、ヒナタ。今日の宿題わかんねェところあるからさ、明日の朝頼むってばよ」

『うんっ』

 他愛ない話をしながら受話器越しに聴こえる彼女の声は、とても眠りを誘ってくれたようで、いつもなら眠るのに多少時間のかかるナルトだったが、大きな欠伸を噛み殺すのに必死になるほどであった。

『ナルトくん?……寝ちゃった?』

「ん……ヒナ……タ……」

『今日はありがとう、ナルトくん……おやすみなさい』

 柔らかい声がそう告げているのを聴きながら、幸せを噛み締めるようにナルトはゆっくりと眠りに落ちていった。

 彼女の声をいつか傍で聴きながら、そのぬくもりを感じながら眠りたいな……と、頭の片隅で思いながら……







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