10.キメる彼とはにかむ彼女







 サッカー部の部活に参加出来ないが、顔だけ出して挨拶すると、部員たちに「勉強頑張れよ!」と声援を送られ、苦笑しつつ手を振って別れ教室へと向かう。

 誰もいない教室の自分の席に鞄を置いて、先ほどのメールを確認すると、ナルトは顔を綻ばせた。

「会いたいって……嬉しいこと言ってくれるってばよ」

 珍しくストレートな彼女のメールに、驚きはしたが、それよりも心を占めるのは嬉しさ。

 むず痒いようなそんな感覚。

 携帯電話のメールなど、サスケと時々サクラ以外あまりしたことがない。

 友達は沢山いるが、男友達同士でメールをこまめに連絡のやりとりなんてしない。

 男友達にメールする時は、何かあった時の業務連絡に使うくらいだと思う。

 それなのに、昨夜の柔らかい声での『おやすみなさい』や、朝からのこのメールは正直に言うと嬉しすぎてたまらない。

 誰かが必ず気にかけてくれているという事実がとても嬉しいし、気恥ずかしい。

(オレってば、今まですっげェ損した気分だってばよ……)

 昨年は違うクラスだったが、中学の時は3年間同じクラスだった。

 サクラの親友だし、接点が全く無かったワケではないのに、何故繋がったのが今なのだろうと残念に思う。

 もっと早かったら……と、思う反面、今だからなのかもしれないとも思った。

 荷物を整理しながら、数学のノートと教科書を出して宿題で出ていた課題のプリントを出す。

 自力で頑張って多少は出来たが、全く持って自信はない。

 課題のプリントを眺めながら、もう一度チャレンジしてみるが、チンプンカンプンだったので大きく溜息をつく。

「なーんでヒナタが説明してくれるとわかるのに、自力じゃできねーんだよ」

 ガックリと肩を落とし黄昏ていると、教室の扉が開いた。

 何やら大きな荷物を持ったヒナタが、頬を紅潮させ息を切らせて走ってきたようだ。

「おはよう、ヒナタ」

「お、おは、よ、ナルト……くんっ」

 息を整えながらそれだけ言うと、ヒナタは自分の机に荷物を置いて、弁当の袋と水筒が入った鞄を持ってナルトの席まで歩いてくる。

「こ、これ、お弁当と水筒」

「結構大荷物だな……オレ、朝ヒナタを迎えに行くってばよ」

「え、ええっ!?」

「だってさ、コレはさすがに毎朝大変だってばよ。オレの家からヒナタの家、そう言うほど距離無いし、朝走ってるついでだと思えば全然問題ないし」

「つ……疲れない?」

「オレを誰だと思ってるんだってばよ。校内一のスタミナを誇ってるんだぜ」

「そ、そうだね……で、でも……」

「オレがヒナタに朝から会いたい。それじゃダメか?」

 これ以上の殺し文句があるなら聴いてみたいとヒナタは硬直して、壊れた人形のように首だけコクコクと動かし頷く。

 その様子を見て、ナルトは「よし」と言い同じように頷いて納得した。

 それからナルトはヒナタ特製の弁当と水筒の入った鞄を大事そうに抱え、満面の笑みを浮かべ机の横に引っ掛けるとヒナタに座るよう促す。

 すでに出ているプリントを前に、ヒナタはナルトが自力でしてきた問題の方からチェックし、間違いがあった場合は簡単に説明を付け加えたが、殆どといって良いほど大きなミスも無く、その飲み込みの速さに大いに驚いた。

「ナルトくん……凄い、致命的なミスはないよ」

「そうか?ヒナタの教え方が良いんだってばよ!それにさ、やる気が違うってばよ」

「え、やる……気?」

「ああ、ヒナタはオレをバカにしねーし、信じてくれる。だから頑張れるんだってばよ」

「私もナルトくんが信じてくれるから、頑張れるの」

「そっか、オレたち同じだってばよ!」

「うんっ」

 2人で微笑みあって、また新たな問題へと移っていく。

 プリントが終盤に差し掛かった頃、教室に他の生徒たちが登校しはじめ、教室内の様子に誰もが足を止め凝視する。



「ナルトが朝から勉強してる!!!!!」

「うるせェ!邪魔すんじゃねェ!!!」



 キバの絶叫に、ナルトが怒鳴り返す。

 まぁ、今までなら信じられない光景なのだろうが、そんな怒鳴りあいをクスクス笑いながら見ているヒナタの様子にもキバは驚いた。

 今までナルトと話すらまともに出来なかった幼馴染が、向かい合って勉強しているのだ。

(な……何があった?何があったんだ?)

「おはよー、あ、ナルト今日の課題やってるんだね」

「ヒナタも大変だな、昨日の放課後から今日の朝もかよ」

「おう、チョウジ、シカマル、おはようだってばよ」

「おはよう。ナルトくんから教えて欲しいって言ってきたから」

「へぇ……やるじゃん」

 シカマルがニヤっと笑ってナルトを見ると、彼は嬉しそうに笑う。

「だってよ、ヒナタはオレをバカにしねーし、オレを信じてくれてるんだってばよ」

「そりゃ、ヒナタ以上にお前を信じてくれるヤツはいねーだろ」

 意味深な言葉にナルトは首を傾げるが、ヒナタは頬を赤くしながら「シカマルくんっ」と彼の言葉を止めようと声を出す。

「なぁに、朝から楽しそうね」

「あ、いのちゃん、おはよう」

「おはよーヒナタ……って、朝からナルトの勉強?槍降らない?」

「い……いのちゃん……」

 いのの言葉に、ヒナタは苦笑を浮かべるが、ナルトは先ほどヒナタに説明してもらった問題を解くのに必死である。

 最後の問題なのだ、俄然やる気が違ってくる。

「っしゃー!解けたぜ、ヒナタ!」

「うん、ご苦労様。チェックするから、ちょっと待っててね」

「おうっ」

「あ、それ数学の課題だろ?見せてくれよ」

 漸く最後の問題が解けたナルトはキバを見て、ムッとした顔をする。

「オレってば、頑張って問題解いたんだぜ?それをタダで見ようって言うのかってばよ」

「だーれーがー、お前のを見るっつったよ。ヒナタ、見せてくれよ」

「……キバくん……ナルトくんが頑張っているんだよ?キバくんも頑張ってみようって思わないのかな……赤点スレスレだったんでしょ?この前の試験」

「でも、ナルトみてぇに赤点はとってねーよ」

 フンッと鼻を鳴らすキバに文句を言おうと席を立ったナルトの手に、ヒナタは手を添えて微笑む。

「全問正解、ご苦労様。ナルトくん」

「ま、マジ?」

「うん」

「ヒナタ先生、ありがとうだってばよーーーーっ!!!」

 喜びの声を上げ、思いっきりヒナタを抱きしめる。

「ひゃぁっ!!な、ナル……ナルトく……っ」

「やっぱ、やれば出来るってばよ!すっげェ!ヒナタありがとうってばよ!!」

 呆気にとられている一同を意に介すことも無く、ヒナタに頬擦りしそうな勢いのまま全身で喜びを表現するナルトの後頭部を容赦ない一撃が見舞った。

「ぐはっ」

「ウスラトンカチ」

「何やってんのよ、アンタ」

「さ、サスケ、サクラちゃん……おはようだってばよぅ……痛ってェってば……」

 後頭部を押さえながらしゃがみ込んだナルトを見下ろしながら、大きな溜息をついてからサスケはヒナタに視線を向けた。

「災難だったな」

「そ、そんなことないよ?」

 熱烈な抱擁から解放されたヒナタは真っ赤な顔で苦笑を浮かべながら、サスケとサクラに挨拶をすると、未だしゃがみ込んだままのナルトの後頭部をよしよしと撫でてやる。

「で?ウスラトンカチは問題解けたのか」

「うん、全問ちゃんと頑張って出来たよ」

「この飽き性のナルトが、よくやれたわね」

 サクラはナルトが解いた課題プリントを見ながら全部チェックして、何度もやり直した跡を見つけ感心した声を出した。

「そりゃ、先生が良かったんだってばよ……」

「何ですって!」

 拳を握り締めてナルトの胸倉を掴むサクラを、慣れた様子で止めながらサスケはヤレヤレと溜息をつく。

「だが、ナルトの言うことにも一理ある。ナルトがやる気になるように、ヒナタがうまいことやってくれている事に間違いないだろう」

 サスケは「助かる」と、小さく礼を言うと自分の席へと歩いていく。

「ま、確かにそうよね。ありがとう、ヒナタ」

「ううん、ナルトくんの努力の結果だよ。まだ一日だから、これからも頑張ろうね、ナルトくん」

「おう!今日もよろしくお願いしますってばよ」

「うんっ」

 2人が微笑み合うのを見ながら、漸く動植物の世話が終わって教室に来たシノがクラスメイト一同の疑問を代表するように小さく呟く。

「あの二人は、いつ付き合いはじめたんだ」

「いや、めんどくせーことに、まだみてーだ」

 事情を知ってるシカマルが、さも面倒くさそうに呟くと、呆気にとられていたクラスメイト一同が「ええええええぇぇぇぇぇっっ!!!?」と絶叫する。

「あぁ……やっぱりめんどくせーことになりやがった……」

「天然2人だからな……」

 キバが顔を引きつらせシカマルの意見に同意すると、いのがヤレヤレと首を左右に振った。

「ま、案外早いうちに決着つくんじゃない?」

「カカシ先生!!?」

 突然会話に入ってきた担任のカカシを見て、クラス全員が慌てて席に着くと、カカシは楽しそうに笑う。

「ナルト、ヒナタは上手に教えてくれる?」

「おう!これ以上はないってばよっ」

「そう、ま、頑張りなさいな。……で、そんなナルトとヒナタはちょーっと昨日の件でアスマとガイから事情徴収だ。放課後よろしくね」

「……おう」

 先ほどまでの笑顔から一転、厳しい目つきになったナルトは頷くとチラリとヒナタを見る。

 彼女は思い出して真っ青な顔をしているが、かすかに頷いた。

「大丈夫、先生たちいるし、ナルトもいるから」

 安心させるようにヒナタにそう言うと、幾分和らいだように緊張を解き、笑顔を見せる。

 そうとう怖い思いをしたんだなとカカシは内心やりきれない思いを抱えつつ、心配そうにヒナタを見つめるナルトを見てから目を細めて微笑む。

「ま、ナルトお手柄だよ。先生もちょーっと聴いて焦ったから」

 正直な話、ガイとアスマから話を聞いたときはギョッとしたカカシである。

 ただ、その件があった後から、ナルトとヒナタの距離が近くなったのも事実。

「大丈夫だってばよ、勉強教えてもらう代わりに、オレが護衛してやるんだってば」

「なるほど、ならそのまま継続よろしく」

「任されたってばよ!」

 何の話かわからない一同を置いておいて、担任と問題児がどんどん話を進めていく。

 その内容に、ヒナタがオロオロしはじめるころ、ナルトがビシッ!とキメてくれた。

「大丈夫だヒナタ!お前はオレが守ってやるってばよ!」



(ソレで付き合ってないんですか!?本当にっ!!?)



 クラスメイトの心の叫びは他所に、ヒナタは頬を赤くしながらはにかむようにコクリと頷き柔らかな笑みを返した。



(あ、可愛い……)



 思わず再びクラス一同の心がリンクしてしまう。

「いやー、可愛いねー」

 ニヤニヤするカカシに、クラス一同が危険なものを感じ、手当たりしだいに物を投げつつも罵声を浴びせる。

「変態!」

「お前ら、酷くない!?」

 投げられる物を器用に全て避けつつ、HRを終え出て行くカカシに、何であたらないんだよ……と全員が呟いたのはしょうがないことであったと言えよう。

 いつも大きめなマスクで顔を覆うように隠している担任の七不思議は、こうして増えていくのかもしれなかった。








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