その輝きに敵うものはなし





 今日の美術の授業は綺麗だと思うモノを描けというものだった。

 綺麗と言う概念は人によって違う、だからそこに意味があるのだと言ったリン先生は、オレたちを学校の裏山にある原っぱに野放しにして2時間も使い、文化祭に展示する作品を描かせるためにそう力説した。

 最初は学校から離れて何かをするということに、どこかウキウキしていたオレたちも、自分たちの綺麗を探すために散り散りになる。

 ぺたりと座り込んで描き出している者もいれば、まだ決まらずうろうろする者、他の誰かの作品が気になると覗き込む者、様々の反応がある中、オレはただ空を見上げ、何がいいかを思案し苦笑した。

(オレにとっての綺麗……な)

 視線を彷徨わせてみても、心当たりが無い。

 自然は綺麗……うん、確かに綺麗だとは思うが、本当に感動するほど綺麗ってワケでもないし、描きたいとも思わなかった。

 途方に暮れていたオレは、シカマルを見つけて、単なる樹を描いているその根拠を聞いてみれば、『昼寝に良さそうなあの枝ぶり』……だそうだ。

 サイは野鳥、サスケは池のほとり、チョウジは空に浮かんだ雲……というか、その雲が肉の塊に見えるようだと……いや、ソレはどうなんだってばよ。

 キバはどこから迷い込んだのか、他のクラスの女子に遊んでもらっている子犬。

 てか……野犬?飼い犬?

 一応ハイキングコースにもなっているから、どこかの飼い犬かもしれねェ。

 シノは木の葉の裏側に隠れていた虫。

 綺麗?……というか、心に響くものって認識か?

 オレにはわからねーけど、そこに何かしらの綺麗と感じるものがあるのかもしんねーよな。

 いのは女の子らしく花。

 サクラちゃんは池の水面に浮かぶ小波。

 こうなると、最後の一人、ヒナタが何を描いているか気になる。

 ソッと近づいて覗き込んでみると、そのスケッチブックに描かれていたのは、青い空と太陽。

 眩しそうに手で光を遮りながらも描くその姿……

「ヒナタは、太陽?」

「う、うん……太陽というか……空もなんだけど……一体化したところかな」

「ふーん?」

「太陽と青い空は……綺麗だよ」

 そういって眩しそうに空を見上げ、太陽を見つめて微笑む。

「それに、似ているから……」

「誰に?」

「な、内緒……」

 そこまで言っておいて、ソレはねーよな。

 少しの期待。

 だってさ、金の太陽と青い空って……

 オレの色?って、期待しちまうじゃねーかよ。

「わ、私にとって、とても綺麗なものなの」

 僅かに頬を赤らめて言うと、ヒナタは俯いてしまった。

 見上げてみればその光が眩しくて目を細めてしまうが、確かに綺麗といわれればそうかも知れない。

 だが、自分が綺麗だと思えるモノとは少し違う気がした。

「ナルトくんは……真っ白……?」

「あー、まだ決まんねーの」

「まだ時間あるから、納得いくものを描けばいいんじゃないかな……だって、ナルトくんにも、何か綺麗だなって思うもの、きっとあると思うから」

 そういって、ふわりと優しく微笑んでくれる。

 再び描き始めたヒナタを見つめていれば、風が吹きぬけ、青紫色の髪が靡く。

 真剣な眼差し、太陽の光を受けて煌く瞳。

 太陽よりも、空よりも、風よりも、大地よりも、草よりも、樹よりも、花よりも……

 何ものもそれに敵うものはないだろうと思う。

「綺麗……だよな」

「え?」

「あ、いや、何でもねー。あー、ここで描いてもいいか?」

「うん、そこでいいの?」

「ああ、ここがいい」

 短い会話を交わしたあと、オレはヒナタから少し離れた場所から大まかな線を描く。

 オレが綺麗だと思ったものを描けばいい。

 なら決まった。

 ニッと口元に笑みを浮かべたオレは、心が思うままに鉛筆を走らせるのだった。







 リン先生が回収する中、オレの絵を見て一瞬目を見開き、苦笑を浮かべた後、意味ありげにウィンクをしてくれて、オレは首を傾げて見せれば悪戯っぽく笑ってくれる。

「確かに、綺麗よね」

「だろ?」

 自信ありげに言えば、リン先生はくすくす楽しそうに笑いながら他の生徒の作品を回収していく。

 その後姿を見送ったオレは、目を瞬かせるヒナタが不思議そうに見つめてくるので『なんでもねー』と言って、共に仲間たちのもとへと歩き始める。

 それぞれ何を描いたのかという話に熱を上げている中、オレはぼんやりと先ほどの自分の絵を思い出す。

 多分、今まで描いた中では一番まともで、一番綺麗に描けたような気がした。

 原っぱの中で、一心に空を見上げるヒナタの後姿。

 遠くに見える木々も、何もかもがヒナタを引き立てるものでしかなく、青い空だってそんなもの霞んで見えてしまう。

 太陽すら、その輝きには勝てない。

 そう言ったらヒナタはどんな顔をするだろう。

 どんな反応を返してくれるだろう……

 自然とこみ上げてくる笑みで緩む口元。

 皆が訝しげにオレを見ているが、そんなものも気にならない。

「確かに、人によって綺麗って思うものって、違うのかもしんねーな」

 オレの言葉に、そうだねっと同意してくれたヒナタに笑みを返し、学校へと戻る。

 いつものオレたちの場所。

 だけど、その中でも輝いて見える彼女。

 恥ずかしくて言えはしないけれど、それでも心でいつも思っている。

 きっと、どこにいても視線で追うからかもしれない。

 その笑顔がとても綺麗で優しいから……





 そして、件の絵が文化祭で飾られて、大騒ぎになるのはそれから数週間後のこと──








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