信じているからこそ





「ガイ先生っ!」

「ん?どうしたリーよ」

 相変わらず熱い師弟だな……と、カカシは横目でガイとリーを見ながら小さく溜息をつく。

 大体、何でオレの横でわざわざ師弟会談するワケ?とか、思いながらも口を挟めばもっと煩くなるのは目に見えているので黙って読書……イチャイチャパラダイスを読みながら休憩の為に座っていたベンチの背もたれに深々と凭れた。

「少し……悩んでいることがあるのですが、聞いていただけますか」

「オレ、席はずそうか?」

 と、気遣いの出来る男、カカシは立ち上がろうとするが、リーは慌ててカカシの動きを止めた。

「い、いいえ、カカシ先生の意見も是非お伺いしたくっ!」

「……まぁ、そういうことならいいんだけど……」

 リーはカカシとガイが座るベンチの前に立ち、真剣な顔をしつつ、本日の任務の最中に起こったことを話し出した。

「実はですね、本日の任務はナルトくんとサクラさんとヒナタさんと一緒だったのですけれども……、敵が地面に起爆札を埋め込んでいる地帯がありまして、そこに敵の攻撃を回避したサクラさんが着地したのです」

「ふむふむ」

「それで?」

 ガイが頷き、カカシが先を促せば、リーは話を続けた。

「しかもその起爆札地帯を白眼で探知したヒナタさんがサクラさんを助けようとしたんですが、一瞬遅く一緒に吹き飛ばされてしまったのです!ヒナタさんの機転で何とかサクラさんは崖に落ちることなく地面の縁にしがみつけたのですが、ヒナタさんは崖のもう一段下まで落ちてしまいました」

「ふむ……」

 リーの言葉を聞きながら、カカシは眉根を寄せる。

 それならば、ヒナタは怪我をしたはず……と、溜息が自然と漏れた。

 知り合いの怪我はやはり心が痛む。

「その時なのですが……どちらもしがみつくので精一杯の状態だったのですけれども、ナルトくんは迷うことなくサクラさんを先に助けたんですよ」

「それのどこが悩むところなのだ」

 ガイにしてみれば、当たり前のことだろうと片眉を上げて見せるが、リーにとっては納得がいかないようでむむっと唸る。

「ナルトくんは……その……やっぱりサクラさんが好きってことなんでしょうか」

 リーの言葉に、ガイとカカシは顔を見合わせ、それから吹き出すように笑い出す。

 最近のナルトとヒナタの仲の良さは、仲間内では有名な話。

 しかし、それなのにサクラをまず助けたナルトの行動がどうしても納得できないとリーは言うのだろう。

「リーよ、まだまだ修業が足りんぞ」

「そうだねぇ、まだまだ人間観察がなってないよ」

「え?」

 キョトンとしたリーの顔を見ながらガイはガバリと立ち上がり、ステキなポーズと取りながら高らかに宣言する。

「オレがナルトの立場で、リーがヒナタ、ネジがサクラの立ち居地にいたとしたら、オレは迷わずネジを先に助ける!」

「が、ガイ先生っ、な、何故ですか!?」

「オレはお前を信じているからだっ!!」

 キラリーンと歯を輝かせて言い切ったガイに、リーは目を見開き、そして今度はダバダバと涙を流して泣き始めた。

 そんな暑苦しい師弟を見ながら、カカシもガイの意見は最もだと苦笑する。

「つまりは、ナルトくんはヒナタさんを信じていたからこそ、サクラさんを先に助けたということなのでしょうか……」

「そういうことだとオレは思うが、カカシはどうだ」

「ま、概ねそうだと思うよ」

「概ね?」

 カカシは苦笑しながら立ち上がると、本を仕舞い込んで歩き出す。

「カカシっ!」

「ヒナタ、怪我して入院でしょ?お見舞い行かない?そこで多分……色々わかるよ」

 そんなカカシの言葉に引かれるように、熱い師弟は顔を見合わせ後ろへとついて歩き出すのであった。







 ヒナタが入院している病室へ、先ほど伺ったばかりだというリーに促されてそちらへ歩いていけば、病室の中に気配を感じてカカシは二人を止めるとシーッとジェスチャーで伝え、中を伺う。

「ったく、無茶すんじゃねーって言ったろうが」

 どうやら声から聞いてヒナタの病室には、ナルトがいるらしいと視線だけで合図をし、病室内の会話を伺う。

 医療忍者たちが訝しげに見ていくのだが、ソレは見なかったことにして、とりあえずは会話に耳を傾けた。

「で、でも……あのままだと、サクラちゃんが谷底に……」

「お前が落ちるとこだったってばよ」

「ご、ごめんなさい……」

「焦って影分身出すのも忘れちまったってば……心臓がいくつあっても足りねェ」

 表情は見えないが、声だけ聞いても切なく掠れていて、ナルトがどれだけ心配したのかが伺える。

「でも……きっと大丈夫だって……そう思ったから」

「何で」

「起爆札の枚数と風圧、一人なら吹き飛ばせても、二人の重量を吹き飛ばすには少し足らなかったし、それに……」

「それに?」

「ナルトくんがすぐ来てくれるって思ったから」

 その言葉が聞こえたあと、少しの間をおいて、衣擦れの音と低く呻くようなくぐもった声が聞こえた。

「それ、どんだけの殺し文句だよ。オレ、コレ以上何も言えねェじゃねーかっ」

「そ、そう……かな」

「そうだってばよ……ったく……オレ、本当に心配したんだぜ」

「う、うん……ご、ごめんね……」

「ヒナタ、こんな怪我してくれんなよ。オレの目の前でも、目の届かない場所でも……お前がするくらいなら、オレがする」

「ダメだよ。それはダメ」

「いいの、オレはすぐ治っちまうってばよ」

「でも……私も心配だもの」

「オレだってそうだっつーのっ……ったく、お前はすぐそうやって仲間を体張って守ろうとするんだからな」

「ナルトくんほどじゃないよ」

「お前は……その、アレだ……ほら……えっと……ちょ、ちょっとは……オレに……頼れよな」

 ポンポンと交わしていた会話が急に止まり、それから、ゆっくりと柔らかい声で紡がれる声は、どことなく甘い。

「え……っと、その……た、頼りにしてる……よ」

「だ、だから、足りねェっていってるのっ!もっと甘えろってば!」

 テレを含んだ声は、どこかやけっぱちのように張り上げられ、その言葉に遠慮がちに返される声。

「う、うん……」

「何かして欲しいことねェの」

「えっと……じゃ、じゃぁ、あの……」

 何か小さな声でヒナタがナルトに言ったようだが、聞き取れず、暫くの間沈黙が続き、何があったのだろうと首を傾げるリーとガイに対し、カカシは視線だけを彷徨わせて気まずそうな顔をする。

「こういう頼みごとなら、いつだっていいぜ?」

「……そ、その……だ、だって……す、少しは……わ、私だって、ヤキモチ、や、妬くんだもの……」

「へ?」

 いま何か、日向ヒナタがおよそいいそうにない言葉を聞いた気がして、ナルトだけではなく、カカシもガイもリーも固まり、え?という表情で顔を見合わせた。

 どうやらその相手の反応から聞き違いではないらしいと気づいた3人は、中がどういう状況になっているのか気になり、だけど覗き見するのもどうかという思いから中々動けない。

「えっと……そ、その、い、今のナシでっ!!」

「いいやっ!聞いちまったもんねっ!くーっ、可愛いってばよっ!!なー、カカシ先生たちもそう思うだろーっ」

 聞こえてきた声は確信を持って尋ねてきていて、ここで知らぬ存ぜぬは通用しないのだと悟ったカカシは諦めて声を出して扉を開く。

「あー、やっぱりバレてたワケね」

「バレバレだっつーの……って、アレ?ヒナタは気づいてなかったの?」

「う、うん……」

 真っ赤になってシーツをかぶってしまったヒナタの様子に苦笑しながらナルトはカカシとガイとリーを迎え入れ、シーツのお化けと化している愛しい人を後ろから抱きしめた。

「多分だけど、オレたちがどういうことになってるか確認しに来たワケだろ?」

「当たりだよ。ま、お前たちがそろそろそうなってもおかしくはないと思っていたけど……お前、随分とオープンだね」

「だってさ、盗られたくねーもん」

「誰を警戒してるんだか……でもま、良かったじゃない。想い通じて」

「あ、ありがとう……ご、ございます……」

 シーツの下で真っ赤になっているだろう彼女を思うと、苦笑は禁じえない。

「な、ナルトくん……ならば、どうしてヒナタさんを先に助けなかったのですか?一歩間違えれば……」

「ヒナタはオレを待っていてくれる」

「え……」

 淀みなく出された力強い声と、力の篭った視線。

 ナルトの青い瞳がまるで炎のように揺らめき、そして、何ものにも揺るがないような声で言葉を紡ぐ。

「ヒナタは絶対にオレが助けに行くまで、どんなことがあろうと待っていてくれる。そういう奴だってばよ」

 ナルトの顔をマジマジ見つめたリーは、どうしてナルトがサクラから助けたのかを理解し、そして男女の仲とは複雑なのだと改めて実感する。

「ゲジマユ、お前はまだまだだってばよ。本当に惚れてるなら、ソイツを信用できねーとだろ」

「……そう……ですね、そうですよねっ!はいっ!ナルトくん、ヒナタさんっ、ありがとうございますっ!!」

 そこで礼を言うの?とカカシは苦笑してしまったが、ガイとリーが熱血指導のもと、里を今から50周走るのだと飛び出していくのをゆっくりと手を振り見送った。

「ま、そんなところだろうとは思ったけどね」

「へへっ、さすがはカカシ先生だってばよ。伊達にイチャパラ読んでねーな」

「あとは……ナルト、あまり無理させるんじゃないよ」

「ああ、勿論だってばよ。入院っていっても念のための検査入院みてーだし、少しは安心だぜ」

「良かったね。最近ヒナタ入院多いから気をつけないとナルトが暴走しちゃうよ?」

「は、はい……す、すみません……」

 そろりとシーツから出てきたヒナタをカカシは笑いながら見つめ、その乱れた髪を優しく手櫛で整えてやるナルトの甲斐甲斐しさからミナトを思い出してしまうが、どちらかといえばミナトはヒナタのほうが性格的に似ているよな……とか考えなおし、男女逆転したらこんなものかと笑う。

「ヒナタ、何か欲しいものはねーの?喉渇かないか?」

「ありがとうナルトくん、そんなに気を遣わなくても大丈夫だよ」

「何かしたくてしょーがねーの」

「じゃ、じゃぁ……そ、そばに……いてください」

 再び以前の日向ヒナタからは聞けなかったような言葉を聞いて、カカシは目を丸くするが、同じく目を丸くしていたナルトのほうが立ち直りは早く、顔を紅潮させてプルプル震えたかと思うと、思いっきりヒナタを抱きしめて叫ぶ。

「もーーーっ!なんだってば、この可愛い生き物はっ!!オレをどうしたいわけだってばよーっ!!」

「そうだね、先生もお前がどうしたいのかが知りたいよ……」

 カカシのツッコミは見事にスルーされ、初々しい恋人たちは仲睦まじく微笑みあう。

 そんな様子を見ながら、この幸せが己の先生たちのように儚いものにならぬよう、空を見つめ祈るカカシであった。











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