夢かうつつか 私はひたすら走っていた。 雨の降る中、必死に足を動かし、一刻でも、一秒でも早くたどり着きたくて、心ばかり急き走る。 心は遠く離れたあの人に向かって…… 地面のぬかるんだ感触。 周りの仲間たちが走る気配。 遠くから感じる凄まじいチャクラのぶつかり合い。 それと、あまたの敵意。 土煙と地面を揺るがす轟音。 それがどんどん大きくなるにつれ、きっと近づいているのだと信じて、どれほどの状況になっていようとも、きっと辿りつこう。 きっと、この手を、この想いを、シッカリと目を見て……今度は背中越しではなく届けるために、心から叫ぶように、願うように走る。 たどり着いた先に見た光景は、この世のものとは思えないくらい悲壮で、血まみれのナルトくんの姿。 違う…… 心が叫ぶ。 違う……コレは違う。 何が違うの? だって、こんなことはなかった。 なかった? コレは夢。 夢? 目の前がいきなり真っ暗になり、目を凝らして見れば、もう見慣れてしまった天井。 月光が差し込む部屋。 窓辺にはナルトくんの月紫石が煌く。 ああ……夢……でも、どちらが夢? 隣で……己の体を大事だというように抱え込み寝息を立てているナルトくんの顔。 無防備で、とても幸せそう。 コレが夢? もしかしたら、私はまだ走っているのかもしれない。 あの忍界大戦は、まだ続いていて、幻術か何かにかけられているのかもしれない。 嫌な汗が伝い、心臓が激しく音を立てた。 怖いと思った。 コレが夢だというのなら、何て甘美な夢なのだろう。 そして、現実に戻れば、自分は一体どうなってしまうのかと思えば、恐ろしくて仕方なかった。 本物……だよね? 恐る恐る手を動かし、ナルトくんの胸に手を当てる。 トクリ、トクリと心臓が穏やかなリズムを刻み、確かなぬくもりを伝えてくれる、命の鼓動。 「……本物……だよね」 「何が」 えっとビックリして視線を上げれば、いつの間に起きたのか青い瞳が真っ直ぐ私を見ていて、その瞳に感情は伺えない。 シッカリ意識が覚醒しているのではなく、どこか寝ぼけているのだろうナルトくんの瞳。 「何が、本物なんだってばよ」 静かに低く掠れた声で呟かれる言葉は、優しくあたたかい。 「夢は……どっちかなって」 「ん?」 「忍界大戦はまだ続いていて、私はまだ……ナルトくんに追いつけず走っているのかな。こうして、ナルトくんに包まれて眠っているのは……都合のいい夢なのかな」 我知らず震えた唇がそう呟けば、ソッと頬を撫でる大きな骨ばった手が顎に添えられ、問答無用とばかりに唇を重ねられた。 もうクセになったように瞼を知らず知らずのうちに閉じれば、唇を割って入ってくる熱くて柔らかな舌の感触に体は自然と反応を返す。 だって、こんな甘くて優しい口付け……あの頃の私には考えられるハズもなくて、こんな優しく抱きしめてくれるなんて、あり得もしないことであったはずなのに。 今は当たり前のように与えられている。 「夢なワケねーだろ。オレのこの想いまで、夢にしてくれんなよ……こんなにお前を求めて苦しんでるってのにさ」 「苦しい……の?」 「ああ、苦しい。こんな思い今まで知らなかった。求めても求めても、後から後から足りねェって……貪欲に求めちまう」 「ナルトくん……」 「お前は知らなさ過ぎだってばよ。……オレがどれだけ日向ヒナタって存在を求めてるかってな」 ニッと笑われて、きつく抱きしめられ耳元で囁かれる言葉。 それ自体が夢だといわれた方がシックリ来るのに、抱きしめられる熱と、何よりも彼の息遣いがそうではないと雄弁に物語る。 「安心して眠れってばよ。オレは変わらずここにいる……今更離してくれって言われてもぜってー離さねェ、ずっと傍にいてやる」 瞼に感じる柔らかな感触に誘われるように、意識が闇へと沈んでいく。 目が覚めたら、いなくなっていたりしないで…… 「ばっか、離すかよ。お前こそ、いなくならないでくれ……夢だなんていわないでくれ。今更コレが夢だって言われたら、オレ……生き方すらわかんねェ」 どうやら思っていたことは、言葉として呟いていたらしく、ナルトくんが即座に反応してくれる。 甘く切ない声。 こんな声、他の誰も知らない。 抱きしめる腕の強さ、ぬくもり、そして、安心できるナルトくんの匂い。 「でもさ、コレが夢だったとしたら……オレは、お前と再びこうして生きていけるように諦めず努力する。絶対に、お前を諦めたりなんてしねーよ。今度こそシッカリと捕まえて離さねェ」 心に染み込んでくる言葉は、やはり熱くて…… その熱が伝染したように、私も眠りの淵から言葉を届ける。 「私も……諦めない……ナルトくんと一緒にいたい……傍に……ずっと……」 「ああ、一緒にいような」 とても嬉しそうな声が耳朶を打つ。 緩やかに抱きしめられ、そのぬくもりに守るように包まれて、私は先ほどの闇とは違う、安堵の眠りへと落ちていく。 きっと今度見る夢は、ナルトくんと一緒だと思う。 そんな確信を持ちながら、私は口元に笑みを浮かべ、ナルトくんに頬をすり寄せ、ほぅと吐息をひとつついた。 もう、怖くない…… 「おやすみ、ヒナタ。大好きだぜ」 聞こえた言葉は、果たして夢か、現か── |