ふたたびアナタに恋をする 8 綺麗な薄紫色の花畑の中、女が一人座り込んで花を愛でていた。 そんな中で一際目を引く真紅の花を愛しげに見つめながら、その花が枯れることも無く輝くのに笑みを深める。 「これほどまでに……強い想いは見たことが無い。綺麗な花……欠片でコレなのだから、全部貰ったらどれほどの美しさでしょうね」 うっとりと微笑み呟かれた言葉。 まるで夢を見るように、ただ己の考えがとても最良のもののように感じられたのか、すっくと立ち上がると女は赤い唇に綺麗な弧を描き、ゆっくりと歩みを進める。 歩くたびに花びらが舞う中、その真紅の花だけは揺らぐこともなく、ただ美しく輝くばかり。 「大抵はもう枯れてしまうというのにね」 「枯れてもらっちゃ困るんだよ!」 ザッと人の気配がし、数人がその花畑に降り立つ。 「ソレ……ヒナタの大事な想い。返してもらうぜ。それはオレにとっても大事なものなんだってばよ!」 「あら、そう簡単に返すわけにはいかないわ」 女は微笑みながら指をスイッと横に滑らせ、それと同時に綺麗な花の中から、ゆらりとのっぺらぼうの女たちが現れる。 「この花たちも最初はこの花のように綺麗な赤だったのよ?でもね、どんどん色あせていくの……どうしてなのかしらね。つまり永遠の想いなんてこの世にはありえないということなのね」 クスクス笑いながら言う女に憤りを感じたナルトはそのまま突っ込もうかと考え、一歩前へ踏み出そうとしたが、カカシによってとどめられる。 「やめろ、ナルト。相手のペースに巻き込まれるな」 「オレと……記憶がなくなったからって諦めちまうような奴らを一緒にすんじゃねェっ!!オレは諦めねェぞっ!お前がどれだけヒナタの記憶を奪っても、オレは絶対に諦めたりなんかしねェっ!」 ナルトの言葉に、一瞬カカシもサクラもサイも言葉を失ったが、ナルトの目は真剣で、その言葉に嘘がないことが理解できた。 つまりは、それだけ本気なのだということ。 「何だ、覚悟したんだね」 「うるせーよ。無理矢理気づかされちまったカンジはしねーでもねェけど……失うって言われて、はいそうですかって納得出来るほど、甘いもんじゃねーって……わかっちまったからな」 ナルトは憮然とそう言うと、目の前の女を睨みつけ、腹の底からわきあがってくるチャクラを制御しながら、相手の出方を待つ。 異様ともいえる花の数。 それだけこの女が、ヒナタのような犠牲者を出してきた証。 文献に記されていた花畑は、ここまで広いものではなかった。 しかし、近年になり奇妙な事件といわれる案件を調べてみたところ、ヒナタに似た症状を記されているものが多く、それは火の国というよりは、水の国周辺に多いこともわかっている。 今回水影の許可が下りるのに時間がかかったのだが、漸く現地へ足を運べたのだ。 「ねぇ、欠片でコレだということは……魂そのものだと、どれほどなんでしょうね」 「な……に」 ザワリと相手の考えていることが理解でき、ナルトは背筋を走りぬけるいい知れぬ不安を感じた。 うっとりとどこか夢見がちな女の言葉。 目の前の女が人だとは到底思えない。 人ではない、チャクラの集合体が意思を持った……そう思えてならないモノ。 「綺麗な花を咲かせたいだけなのに、どうして邪魔をするのかしら。女の胸に咲く花はいずれも散っていくのよ?それをこうして保存しているというのに……どうしてなのかしらね」 「そこに本人の意思はどこにあるのよ」 カカシは呆れたように呟き、ジッと女を見つめる。 流れる薄紫色の髪。 真っ赤な唇。 紫色の瞳。 どれをとっても、美人といえる容姿であった。 「意思?関係ないわ……だって、花はそれでも咲き誇るのですもの」 「ソイツの心があるから、花は咲くんじゃねェのかよ……ヒナタのソレがずっと赤く咲き誇ってるのは、アイツが記憶を失っても……それでも優しく微笑んでくれるから、だから……皆が信じられる結果だってばよ。アイツが……消えてしまわないって、ヒナタが待っていてくれるって思えるから、オレは頑張れるんだってばよ!」 「心や気持ちは移りゆくもの。留まりはしないもの、変化するもの、変わるもの」 「そうかもしんねー。変わらない心なんてねェよな、オレだってこの件で変わったって言える」 ほらごらんなさいという顔をする女に対し、ナルトは胸を張ってニカッと笑った。 「もっと惚れた」 一瞬シーンとその場が静寂に包まれ、我が耳を疑った一同は、えっ?という顔をしてナルトを見つめる。 しかし、ナルトは大真面目。 真剣な目と口調で言いきる。 「オレは、ヒナタにまた惚れた?惚れ直した?……あー、なんかいい言葉がみつかんねェな」 ブツブツ言っているナルトに対し、どうツッコミを入れていいかわからず、カカシは思わず頬を引きつらせれば、サイが本をパラパラめくって、ナルトと同じようにうーんと唸る。 「心底惚れた……とか」 「心底……うーん、毎回そう思うんだけどさ、また惚れる自信がある」 「それじゃ、コレではないね。惚れ過ぎて辛い」 「あー、ソレ近い!これ以上オレをどうしようってんだっ!てカンジだってばよ」 「なるほど、そういう心境のときに使うんだね。ボクも勉強になったよ」 ボケのボケ倒しのような二人に、もうツッコミ役のカカシもサクラも言葉が出ず項垂れる。 女のほうも、こういう返答が返って来るとは思わなかったのだろう、目を瞬かせてナルトとサイのやり取りを聞き、暫くしてクスクス笑い始めた。 「そう、だから枯れないのね。アナタのような明るい太陽が傍にいれば、花は枯れることなく咲き誇れるでしょうね」 「太陽だけじゃ、花は枯れちまう。潤いの水もねーとな。その水は、一人じゃできねーもんだ……互いがいて、想いあってるからこそ、注ぎ注がれる……ソレがなくなったから、ここの花は色をなくしたんじゃねーのかよ」 自分の心を癒し満たしてくれるヒナタの優しい心遣いと笑みを思い出し、ナルトは自分の上着の胸の辺りをぎゅっと掴んだ。 別れ際に見た、驚いた顔と、優しく微笑む愛しい表情。 誰がなんと言おうとも諦めることなど出来ない、愛しい人だと、再認識するには十分で── 「だから、その花を返してくれ。ヒナタにとって、大事なものなんだ」 「……彼女、まだ生きているのね」 「死なせねェ。オレがそれをさせねェよ」 「そう……」 ニヤリと唇の端を上げて笑った女は、ゆっくりと歩みを進め、ヒナタ魂の一部である真紅の花を懐に仕舞った。 「1つ確認したいことが出来たわ。……そうね、もし、もしもソレが見れたなら……返してあげてもいいわよ」 「本当かっ!?」 「ええ……だから、ちょっと失礼するわね」 そう言うや否や、女はフッと一瞬消えたかと思うと、ナルトたちの遥か後方へと現れる。 どうやら花を伝って移動しているようであった。 「神出鬼没のワケがコレなのねっ!」 サクラが花を見てギリッと奥歯を噛みしめると、カカシを見た。 「今は追うよっ!」 急ぎ後を追うように走り出す一行の後ろで花が揺れる。 何かを伝えたいかのように…… それを一瞬だけ振り返り見たナルトは、あるものに気づき首を傾げ、それから、まるで導かれるかのようにそれをソッと懐に入れた。 (何を見て確かめてェっていうんだってばよ……) ナルトはすぐさまカカシたちに追いつき、女を見失わない速度で走る。 胸に広がる疑問を抱えながら、ナルトはただその女が泣くのを必死に堪えているような気がして眉根を寄せた。 (ヒナタと似た表情されると……キツイってばよ) 困ったような、泣きそうな顔のヒナタを思い出し、ナルトは小さく首を振る。 今は赤い花を奪取することに専念したいと決意も新たに、ナルトは拳を握り締めるのであった。 |