あの頃からきっと 24 そろそろ日付が変わろうという頃、母屋のあちらこちらで雑魚寝をしている人々を見ながら庭を抜け、ナルトは縁側に腰をかけるとヒナタを手招きして呼んで隣に座らせる。 彼女は手に飲み物だけ持って、ナルトの隣に落ち着くと、ソッとナルトの分の飲み物を渡した。 庭のほうではなく、中庭側の縁側は静かで人通りも少なく、二人で話をするにはうってつけの場所だと思えたのだ。 話をしようと呼んだはずなのに言葉は出ることも無く、ただ静かな時間が流れていく。 それがちっとも苦痛ではなく、ただ隣に存在を感じるだけで心が満たされていく、そんな気分を味わい、自然と唇が笑みのカタチを作っていった。 それは互いに同じようで、チラリと視線を向ければ、同じように視線を投げかけてくるが、何も語らない唇は柔らかく弧を描いている。 縁側の床板の上に無造作に投げ出されていた手は、最初に指が絡まったかと思うと、ゆっくりと手を重ねていき、互いの手を緩やかに握り締めていた。 「こういうのいいよな」 「うん」 ソッと肩に乗せられた重みにナルトの笑みは一層深まる。 握っていた方の手を解き、肩を抱くと、開いてしまった手は追いかけるように肩を抱く手に添えられた。 (可愛いよな……) 胸いっぱいの愛しさで息をするのも辛いように、ナルトは大きくたまった息を吐きながらゆっくりとヒナタを見つめて、もっと傍へと引き寄せる。 ピッタリと隙間無く詰められた体と体に、ヒナタは驚いたような顔をしたが、何だかそれも嬉しくてソッと目を伏せて力を抜きナルトに体を預けた。 月明かりの下で見えるヒナタの白さに魅せられたように、ナルトは飲み物を縁側に置くと無防備なヒナタの顎を空いている手で掴み引き寄せ軽く口付けた。 誰が見ているともわからない場所で口付けされ、ビックリしたように目を開いたヒナタは暫く放心したようにナルトを見ていたが、再度軽く重ねあわされた唇の感触に驚きビクリと体を震わせ現実に引き戻される。 「な、ナルトくんっ」 「へへ……軽くだけな」 「も、もう、だ、誰が見てるかわからないのに……」 「見たけりゃ見ればいいってばよ。ヒナタはオレのものなんだしさ」 「そ、そういう意味じゃ……だ、だから、ダメ……ですっ」 頬に添えられた手を何とか回避しようとするが、肩はしっかり掴まれているし、頬に添えられた手はあたたかく大きく優しいので、どうも抗い難い。 「か、帰ってからっ、も、もうこれ以上は帰ってからですっ」 「これ以上は……ね。ふーん、これ以上ねぇ」 ヒナタはナルトがうすら笑いをしたので、あっと慌てて訂正しようと口を開くが、その前にナルトが先手を打ってしまう。 「了解だってばよ。これ以上は、帰ってからな」 「あ、あああっ、そ、そういう意味じゃないのっ、ち、違うのっ」 「ん?どういう意味?」 「え……あ……えっと……そ、その……な、ナルトくん、わ、わかってるよ……ね?」 「何が?」 ニヤニヤと完全に悪戯小僧の顔つきでヒナタをからかっているナルトに、ヒナタは全身真っ赤に染めながら心底困ったような顔をしてどうしたものかと思案していると、ナルトはさすがにこれ以上は可哀想かと思ったのか、ヒナタの額にチュッと口付けてから優しく微笑む。 「帰ってから……まずはデートな」 「え……あ……う、うんっ」 「どこがいいかな」 うーんと唸っているナルトに、ヒナタはくすくす笑いながら1つ提案をする。 「一楽のラーメンが食べたいなぁ……長い間食べてないから」 「お、ソレは賛成!オレも食ってねーな……一緒に行くかってばよ」 「うんっ」 デートがラーメン屋さんというのはどうかということは置いておいて、これが二人らしいのかもしれない。 ナルトとてヒナタが気を遣ってくれての一言だとはわかっている。 だから、素直にそれに甘えつつも、ヒナタの喜ぶようなことを探してやろうと心に誓うのだ。 きっとこれから色々目にするものを、ヒナタだったらどう感じるだろう、どう思うだろう、喜んでくれるだろうかと、様々な思いと共に彼女へ繋げていくだろうと感じずにはいられない。 今だって思いを通じ合わせてから見る景色の、なんと違うことかと実感していたところなのだ。 (誰かが傍にいる……そして、オレを一番に想ってくれる。それってすげーことだよな) 虫の音さえも昨日まではこうして聞こえていただろうかと、ナルトは首を傾げたいくらいである。 きっと昨日も鳴いていたはずなのに、まったくと言っていいほど全ての音や景色に関しての記憶がないのだ。 (今は、すっげー感じる……五感全て感じてる。真夏の空気より少し涼しく感じる風も、虫の音も、月の輝きも、ヒナタの息遣いも、匂いも……全部感じてる。感じられる……すげーな。それだけで幸せだって思えるんだ) ふわりふわりと花の馨しさを、ヒナタから感じてどこからその香りがするのかを調べてみたくなる。 きっとヒナタの全身からなのだろうとわかっていながらも、確かめずにはいられなくなる日が来るだろう。 (唇だって、あんなに甘いんだ、全部甘くても不思議じゃないよな) と、思いつつ、思わず耳をパクリと食んでみれば、やっぱり甘いと笑った。 「な、な、なる、ナルトくん!?」」 こうなればビックリするのはヒナタのほうで、食まれた耳を押さえつつ涙目でナルトを見上げれば、悪戯小僧の顔ではなく、とても愛しげに見つめてくる彼の目にドキリと胸を高鳴らせ、何を言っていいのかわからずに口ごもった。 「ヒナタって……甘いのな」 「え?甘い?」 「ああ、唇も甘いから、全身甘いんじゃないかって……耳も甘い。他も甘いんだろうな」 熱をはらんだ目に見据えられ、ヒナタは本能的に危険を感じてはいるのだが、まさかこんなところでは事に及ぶまいと考え、少しだけ安堵の溜息をついた。 ナルトがこうも自分を求めてくるという事実に、まだ心が追いつかないのだ。 まさか……という思いのほうが強いらしい。 しかし、そのうちそれも変わるのだろうと感じながらも、唇をジッと見つめるナルトの耳にソッと唇を寄せて呟く。 「か、帰ってからって……約束……だよ?」 「ん……我慢する」 どちらとも無くクスクス笑い、おでこをコツンと触れ合わせれば、やはり笑いがこみ上げてきて、うっすらと笑った。 「んじゃ、そろそろ寝るか」 「うん」 「ヒナタはハルナやモミジたちが使ってる部屋があるから……」 「あ、あのっ」 「ん?」 珍しく切羽詰ったような声を出して何か言いかけているヒナタを見て、ナルトは静かに次の言葉を待つ。 優しい目で言葉を待ってくれていることに気づいたヒナタは、少しだけ恥ずかしそうに上目遣いでナルトを見ながら呟いた。 「ナルトくんの傍がいい……」 潤んだ瞳で見上げてくるヒナタに、ナルトは目を数回瞬かせると、それもいいかもしれないと思いつつ笑い、手招きして部屋へと案内する。 みんなが雑魚寝をしている隅っこのほう、壁にもたれたナルトは立てひざで座るとヒナタを自分の膝の間に横抱きになるように座らせ、己の立てひざをしている足を背もたれ代わりにしてやりながら寝やすいように包み込んでやる。 「こうやって寝ようぜ。へへ……なんか幸せだってばよ」 「うん……わ、私も……」 ナルトの胸に手を添え、首筋に額を摺り寄せて丁度いい角度を探すと、落ち着いた場所を見つけたのかそのまま動かなくなった。 互いのぬくもりに包まれながら、ナルトもヒナタも己の体が既に限界に近いほど疲労困憊していたことに気づく。 漸く戻った確かなぬくもりは、言いようのない安堵感と共に、優しい眠りの淵へと二人を招きいれ、それからゆっくりと同じタイミングで二人は瞼を閉じていく。 「おやすみ……ヒナタ」 「ん……おやすみ……ナルトくん……」 かろうじて交わされた眠る前の挨拶は、どんどん音を弱め、最後は寝息へと変わっていく。 二人がまるで子供のような顔をしながら、それでいてぐったりと体を休める様に、遠くからそれに気づいたヒアシが苦笑をし、体を冷やさぬよう毛布をかけ頭を優しく撫でてから離れていく。 頭を優しく撫でられた二人の口元に、柔らかな笑みが浮かぶのを驚きの表情で今一度見たヒアシは小さく呟いた。 「よく頑張った。いまはゆるりと休むが良い」 厳しくも優しい父の声。 それは眠りの中にいる二人に果たして聞こえたかはわからないが、それでも穏やかな寝息を立てる二人がこれから穏やかでいられるよう願わずにいられないヒアシであった。 |