あの頃からきっと 20





 見合いの席だと設けられた場所は、真っ黒な大理石の石畳の上に白い大きなテーブルがあり、そこに席が6つ設けられていた。

 壁は白でモノトーンの室内を唯一彩っているのはテーブルの上の花や、壁にかけられた絵などである。

 どことなく人のなりがわかるような部屋は寂しいものであり、心の奥深さを感じさせない。

(我らが4人と、あちらが二人……自らの父を呼ぶつもりもないということか)

 仲違いをしていると聞いていたヒアシは溜息をつきながらも案内された席に座り、その両隣をガイとリーが固め座る。

 テンテンはリーの隣で部屋を見渡し感心したような顔を一瞬はして見せたが、続いて小さく『趣味悪』と呟くところ、ある意味大物であった。

 すぐに反対側の扉が開きコダマに案内され出てきたヒナタは一瞬驚き、それから唇を噛みしめる。

 普段見慣れぬ姿に驚きはしたが、やはり年々妻に似てくるものだとヒアシは違う意味で感慨深く、そして彼女が選んだ男がこの目の前の男ではない事実に心から感謝した。

(度量もなければ実力も無い……そこから己を鍛え得ようとすることもない……ヤマビコ殿の甘さがこの男を育てたか)

 ジッと見据えた男は、不敵に笑いながら己の思惑通りコトが運んでいる事実に酔いしれている様子である。

 ヒアシは数日見てきたナルトの姿を思い出し、腹立たしくて仕方が無いのだ。

(こんな男の為に、あのうずまきナルトがあんなに痛手を受けるというのか……)

 第四次忍大戦での戦いぶり、そしてヒナタと共にあり、強く優しいその人柄を伺える笑み。

 それを真の意味でここ最近見ていないのだ。

(あの、底知れず明るく太陽のような男が……そして、その隣でいつも微笑んでいた娘の笑顔が……こんな男の為に)

 無意識のうちに握り締めていた拳は細かく震え、その手を見たガイは言葉もなく目を細めてヒナタのほうを見た。

 その目にあるのは戦う意思。

(ナイスガッツだ、ヒナタ!我ら木ノ葉の忍は最後まで諦めん!)

「それでは、お話は通っていると思います。アナタはただ、この契約書にサインするだけでいいんです」

「それは見合いとは言わないのではないのかね」

「ああ、元々そのつもりなんてありません。形だけで良いんですよ。木ノ葉に今後定期的に資金援助をする、その見返りがアナタの娘だというだけのお話ですから」

 差し出された契約書に書かれていたのは、毎月500万両の資金援助をする代わりに、日向ヒナタを楔コダマと婚姻させるという旨の事であった。

 人身売買かと思われるような内容の書面に、ヒアシは怒りが静かに吹き上げてくるのを感じる。

 こんな契約書にサインする親がどこにいるのかと……

 確かに昔の自分ならやったのかもしれない、だが、今は違うだと目に怒りを篭めて突き返そうとすれば、コダマがくすくす笑い出す。

「木ノ葉にとって、いい話だと思うんですけどね……それに、資金援助、無いと木ノ葉はこの先困るでしょう?病院設備、里の復興資金、あとはそう、里の人々の住宅やら手当ての支給。他にもありましたっけ?それをたった一人の娘で解決できるんですから安いもんでしょう」

 ぎゅぅっと拳を握り締め小刻みに震えるヒナタの目は悔しそうで、そして、本当ならばそうしたら誰もが幸せになれるのかと以前なら思ったかもしれない自分がいたのだろうと思うと情けなくなる。

(こんな言葉、嘘ばかり……木ノ葉の資金援助だって、この人の一存ではないはずなのに……)

 しかし、統括している事実がある。

 それがなくならぬ限り、この脅しは有効なのだ。

「木ノ葉の資金援助は解消されると言うのだな」

 ヒアシの言葉にコダマはヒアシを小ばかにしたように笑う。

「そういう非人道的なことをさせないでくださいよ」

 怒りの為に怒鳴り出しそうな人が二人いるのに気づいて、テンテンは思わず横を見てからリーを取り押さえる準備だけは万端整え、リーの隣のヒアシを盗み見た。

 完全に怒っているのが知れる顔をしている。

(ど、どーすんのよ!ネジもいなのにっ……人選コレで正解なの!?)

 猪突猛進二人と、娘を馬鹿にされ、木ノ葉を馬鹿にされたような日向ヒアシが大人しくしているワケもない。

 怒り狂って暴れそうな人ばかりの組み合わせ。

(……あれ?ここで契約結ばれたら、あっちも困るんでしょう?ってことは……何か起こるってこと?)

 テンテンはハッとしてヒナタの顔を見ると、ヒナタも訝しげな顔をしつつ辺りを見渡す。

 そう、細かい地響きのような音がするのだ。

 それが近づいてきたかと思った瞬間扉が大きく開かれた。

「コダマくん、コレはどういうことかね!こんな非人道的な行いが許されると、本当に思っているのか!」

「カネシロさん?一体なんの騒ぎですか」

 コダマは驚いたようにカネシロと呼ばれる立派なヒゲを蓄えた大柄で骨格もシッカリした大男に向かって声をかければ、その後ろに続くように海鳥の民がそれぞれ手に何かを持って叫んでいる。

 どうやら巷の熱気をいいように煽って連れて来てしまったらしい。

「キミの行いの非道さは、我らの民としては恥以外の何者でもない、ここに商人連合の書状をかき集めてきた!キミが商人連合統括としてやっていくには問題があると連合メンバーの9割が承認した!今現時刻を持って、キミの商人連合統括の任を解き、追放を申し渡す!」

 カネシロから書状をひったくるように奪い取ると、それを読み、体を小刻みに震わせると書状を床にたたきつけた。

「な……何……そんな馬鹿な!」

「菜の国の菜種油の件も、キミではなく、キミの父上の方が取り仕切っているのではないのかね。君自身が取り仕切り、そしてキミが誰よりも慈善事業に善意的であったが為にキミを推移したというのに……全くもって残念だよ」

 カネシロの言葉に、驚きつつもヒナタは席を立たずに目の前の父と、ガイ、リー、テンテンに視線をやれば、彼らが奇妙に緊張しているのがわかり、ヒナタは眉根を寄せた。

(何?何があるの……)

「馬鹿な……そんな馬鹿な……」

 うわごとのように呟き、そして続いて響いた爆音に誰もがハッと顔を上げた。

「まさか……コダマくん、キミはここまで……我ら諸共全て無かったことにしようというのかね!」

「そ、そんな!ぼ、ボクは知らない!」

「皆の衆、早く逃げるんだ!出口はあちらだ!!」

 カネシロは海鳥の民を率いて扉を開き先導して出て行く。

 それを見ていたヒナタは肩をグッと掴まれたのを感じ、ハッとして視線を上げれば、見たことのない装束を身に纏った忍が4人。

「ヒナタ!」

 それにいち早く気づいたヒアシがテーブルを飛び越え、瞬時に回天を発動させ、二人はそれに巻き込まれ弾き飛ばされるが、二人は見事にそれを避けてしまった。

 そして、その避けたほうの男の腕には、捕らえられたヒナタの姿。

 何か術を施した札なのだろうか、それを首の後ろに貼られ、硬直したように動けない。

「アンタたち、甘く見すぎよ!」

「リー行くぞ!」

「はい!ガイ先生!!」

 ヒアシ、ガイ、リー、テンテンというメンバーをたった二人で相手にしていると、吹き飛ばされていたほうの二人ものっそりと起き上がったかと思えばコチラは傀儡を出してきて毒霧を吐いた。

「ぐっ、毒かっ!」

 ヒアシは急ぎテンテンを掴み後方へ引くと、ガイもリーを掴んで反対側に飛んでいたようである。

 すぐさまヒナタを捕らえた男を追おうと体制を整えたヒアシの行こうとする前方側面が爆発で飛び散る。

 館は既に火に包まれており、中を追う事は出来ない。

 このままでは中にいる者たち全てが焼け死ぬしかないと判断したヒアシとガイは、一旦引くことを余儀なくされ、ヒアシは黙ってコダマを立たせると引きずるように走り出した。

「……な、なぜっ……」

「貴様の父に礼を申せ」

 簡潔に言い放ち、ヒアシは扉の外へと飛び出せば、館は火に覆われところどころ崩れ落ちていっている。

 先ほどの爆発から考えれば、火の回りが速過ぎる。

「ヒアシさんっ!……コダマ……」

 ヤマビコが駆け寄れば、その腕に引きずられるように立っていたコダマを発見し、ヤマビコは拳を握り締めてから思いっきり頬を目掛けて拳を叩き込んだ。

「ぐっ!……あ……お……お……やじ……」

「このっ、馬鹿者!!!」

 それだけで己がどんな大きな過ちを犯したのか知ったのだろうか、コダマは恥も外聞もかなぐり捨てて地に伏せ泣き出し、その息子を同じく泣きそうな顔をしながらヤマビコが見下ろす。

 親子はこれで大丈夫だろうと判断したヒアシは、辺りを見渡してナルトの姿がないのに気づき、上を見上げる。

 屋敷の最上部、まだ火が回っていない棟があることに気づき、そちらに白眼を発動させれば、先ほどの四人組とヒナタの姿。

 そしてその四人を追う、サスケ、シカマル、ネジ、カカシの姿が確認できた。

 先ほどまで一緒に行動していたガイ、リー、テンテンは、シノ、キバ、チョウジと合流したようで、資金を運搬していた忍たちと戦闘にはいったようである。

(私が行くまでもあるまい……)

 ヒアシがそう判断を下したあと、そのどこにもナルトがいないことに気づき首を傾げた。

(てっきり、娘の方へと行ったと思ったのだが……)

「ヤマビコさん、アンタの息子だとはわかっている。しかしだな、今回の件、息子だけの責任とは言えんよ」

 そう言ってヤマビコの傍に寄ってきたのはカネシロであった。

 カネシロは海鳥の民を味方につけ、そして楔一族をこの地から追い出そうと画策していたのだろう。

 しかし、この大根役者……とヒアシは苦笑を浮かべた。

 それはそのはず、その後ろに従者として控えている商人の中に見知った顔を見つけたからである。

「どことも知れぬ忍と結託して、まさか木ノ葉の人々に多大な迷惑をかけ、しかも白眼を奪おうだなんて……娘さんはあの火の海の中なんだろう?可哀想だがもう……この責任、一体どうするんだねっ」

 海鳥の民たちはヤマビコの人となりを知っているだけにコダマの時ほど酷くも言えず、ただ成り行きを見守っている。

 ヤマビコがこれまで必死に海鳥の国のことを考え、必死に活動してきてくれたのを知っているからこそ、民は何もいえないのだ。

「アンタたちがいたら、木ノ葉に睨まれる。つまりは火の国そのものに睨まれることになりかねん!この国を出て行ってくれ!」

 カネシロの言葉に慌てたのは海鳥の民であった。

 コダマは致し方が無いにしろ、ヤマビコはこの海鳥の民を大事に守ってきてくれた人の1人。

 困った人がいれば無償で金を工面してくれ、仕事がなければ仕事を紹介してくれた。

 怪我をしたら見舞いに来てくれたり、小さな港を持つ国だから、力を合わせて仲良くやろうと気さくに声をかけてきてくれたのだ。

「ヤマビコさんは、ワシらに色々よくしてくださった……そこまで言わんでもええんじゃないかの」

「忍と結託してこの地に災厄を招こうとしているのですよっ!コレを許しては置けんっ!」

「ナルホド、じゃあ、アナタはもっと許されないね」

 そう言いつつ商人に化けていたヤマトがニヤリと笑って懐から大事そうに何やら紙のようなものを出すと、海鳥の民に見えるように広げてみせる。

「コレはカネシロが砂の抜け忍と交わした契約書です。本当の災厄を持ち込もうとしているのは誰か、ちゃーんと見てくださいよ」

「さっきの忍は、ぜーんぶ、コイツが雇った奴で、コダマと二重契約やっちゃってたみたいなのよねー」

 人々の避難誘導に当たっていた、いのたちが帰ってきて、すぐさまヤマトの応援に入る。

 事前に貰っていた情報のおかげで、何とか支援できる状況にはなっていたのが救いであった。

「つまり、コダマをそそのかしたのは、砂の抜け忍で、その砂の抜け忍を従えてたのは、アンタだってワケでしょ!」

 サクラが声高々にそう言うと、カネシロの顔色が見る見る変わっていく。

「アナタみたいな嫌な奴を、そうそう野放しにして置けませんよ」

 サイが胡散臭い笑みを貼り付けながらそういうと、カネシロは激怒したように懐から何かを取り出す。

 それが起爆札だと知り、ハッととっさの判断で飛び出す者たちより早く、隣にいた帽子を深く被っていた商人がソレを弾き飛ばし取り上げてしまった。

「ナルト兄ちゃん!」

「へへ、ツメが甘いってばよ。アンタの企みは、ぜーんぶ筒抜けだって。んでもって、ちゃーんと商人連合にも連絡してやったから、沙汰を待つんだな」

 項垂れ地面に這い蹲るカネシロを見下ろし、そのカネシロをヤマトとサイが縛り上げるのを見てホッと安堵の溜息をつくと、ナルトは周辺の確認をして怪我人たちの治療や、雑魚の始末が終わり館の火がこれ以上樹木などに飛び散らないようにするために火を消す作業など、他のメンバーが追われる様子を確認した。

「こっちはもう大丈夫だな。……後は、ヒナタだ」

 キッと館の方を見上げたナルトは意外そうな顔でヒアシやヤマビコが見ているのに気づき、首を傾げて見せれば、彼らは顔を見合わせどちらがたずねるか思案しているようであった。

「な、ナルト兄ちゃん、ヒナタ姉ちゃん助けに行ってなかったの!?恋人なんでしょ!?」

「ば、ばっか!で、デッカイ声で言うんじゃねーってっ!」

 ヒアシとヤマビコが尋ねたいことを言葉にしたモミジに対し、二人も同じように頷いて見せたのだが、コレに驚いたのはナルトであった。

 慌ててモミジの口を塞ぐが、かなり大きな声で言われてしまい、いまや注目の的である。

「……ったく、ヒナタの性格考えたら、こっちを放って自分を助けに来たら後で絶対に自分を責める。だから、オレがアイツのできねーことをここでやっただけだってばよ」

「でも……ヒナタ姉ちゃんが攫われちゃったらっ!」

「大丈夫だ。アイツは最後まで諦めねーで、絶対オレを待ってるから」

 ニッと最高の笑みを浮かべたナルトはヒナタがいるであろう場所を見つめながらナルトはチャクラを練り上げる。

「モミジ、約束したよな……見せてやるって」

「え?」

 瞬時にまばゆい光が辺りを包んだかと思えば、そこにいたのは黄金の光に包まれた、第四次忍界大戦の英雄たるうずまきナルト、その人が立っていた。

 太陽を思わせる、そのまばゆい輝き。

 その力強い光に誰もが言葉を忘れ、ただ魅入られたように見つめ続ける。



「行ってくる」



 簡潔に告げられた言葉は胸の内を熱くし、仲間たちは腕を振り上げ声を上げた。



「行けーーッ!ナルトーーーーーっ!!」



 地をけり宙を舞うその金色の奇跡を、海鳥の民たちはただ見つめ、神々しいその光が全て良い方向へ導いてくれるような気がして我知らず誰とも無く声援を送るのであった。








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