あの頃からきっと 19




 とうとう見合い当日。

 正装した日向ヒアシと、そのお供にガイとテンテンとリー。

 ナルトの代わりに行ってくれた仲間たちに感謝しつつ、ナルトたちは表で待機である。

 正直ナルトも一緒についていってヒナタのその姿を見ながらコダマに一言いってやりたいのは山々であったが、それでは今後の動きに支障があったのだ。

 四方の結界はサスケ、シカマル、ネジ、カカシの四名がそれぞれの配置へと向かう。

 コダマの館のある小島へは見つからぬように水面を移動して渡り、島の木々に囲まれた要石へ到着すると、それぞれが辺りを見渡し気配がないかを探って見る。

 どうやらシカマルの考えは的中したようで、相手の忍は誰も来ない。

 コダマの資金を持ち運ぶのに精を出しているようであった。

 館の中では見合いがはじまったのだろう、使用人たちがパタパタと忙しそうに動きながらも、誰も他の誰かの動きに気を止めてはいない。

 大きな屋敷だが、使用人の多さが反対に邪魔になっているのではないかと思える様子である。

 まずは朝新たに敷かれたのだろう結界を解くために、四方向に分かれたサスケ、シカマル、ネジ、カカシは同時に配置に着くと、ほぼ同時のタイミングで複雑な印をきり始めた。

 その印が完成すると同時に、流れ込んだチャクラが現在ある結界を霧散させる。

 まるで、蜘蛛の糸が断ち切られるように散り散りになり、宙へと溶けていく様を確認した四人は、すぐさまナルトたちと合流すべく走り出した。

 未だ他の忍の気配はしない。

 途中、サスケとカカシは合流し、相手の忍たちが資金を運び出しているのを発見した。

 人数は20名ほどだろうか、結界が解けたのを気づいた気配も無いことから、それほど腕の立つ忍ではないと伺える。

 つまりは、この結界を張った忍はここにいないということになる。

「こいつらにプラス4……か……」

「そのようだ……」

 サスケの言葉にカカシは同意すると、遠目ではあるが商人風の男が見えた。

 どうやらナルトの言うようにカネシロの手のものらしい。

 商人風の男たちの中に、ヤマトとサイの姿が見える。

 どうやら、カネシロの商人の中にうまく紛れ込んでいるようだと確認を取れただけでも十分だとカカシはサスケを促し合流地点を目指す。

 屋敷より少し離れた場所。

 港に近い船着場に程近い茂みの中。

 ジッと茂みに身を潜めタイミングを待っているナルトたちは、誰も言葉が無くただジッと前だけ見据えていた。

 木々の揺らめきでさえ彼らを脅かすものではなく、ただ風が行過ぎるように時だけが流れていく。

(頑張れ、ヒナタ……お前を信じてるってばよ)

 ナルトの心の声を届けるかのように、風が舞い上がり木の葉を撒き散らす。

 天高く舞う木の葉はまるで二人の行く先を案じるかのように、ゆらりゆらりと揺れながら空を舞うのであった。






 朝から湯浴みをし、綺麗な衣装を用意されそれに着替えようとしたヒナタは、その衣装を見て一瞬目を丸くする。

 てっきり着物かと思っていたのだがコダマの趣味なのかこちらの風習なのか、薄いシフォン生地が重ねられた白いロングドレスのようであった。

(まるでウェディングドレスみたい……)

 複雑な心境でそれを広げて見れば、襟元はワンショルダーになっていて、大きめなシフォンの花とレースの花が彩られ、ウエスト位置が少し上、胸の真下。そこをギュッと着物で言うところの帯みたいなもので締めるような仕組みになっていた。
 全てがふわふわした生地でできていて着れば動き辛いことこの上ないだろう。

 コレしかないのだからと諦めて着てから後悔した。

 ワンショルダーなのだから、もう片方は肩になにもかかっていない。

 つまりは胸が目立つのだ。

 それに、裾に行けは行くほど、花びらを思わせるシフォンの生地が多く足にまとわりついた。

(コレでは自由に動くこともままらならない……)

 ふわりふわりと生地が風をはらんで動くのを見ながら、気持ちはそれとは反比例に重くなっていく。

 全くドレスの軽さなど意味があったものではない。

 いや、見た目ほどこのドレス軽くもないかと胸中で呟きながら、ヒナタはもうひとつ自分に残された作業があるのを思い出し、ヤレヤレと鏡の前に座る。

 鏡台の引き出しの中には、白粉やら化粧道具が入っており、真新しいソレを手にとって溜息をつく。

 未だかつてそんな化粧などしたことがないヒナタである。

 一応紅から教わってはいるのだが、体術メインのヒナタにそんな必要など無く、どちらかといえば目立ったことを嫌った故に、今まで手入れなど基本のものしかしたことがないのだ。

 化粧水と乳液の下地を済ませたはいいが、白粉か……と溜息混じりに呟けば、様子を見に来た女中の1人がまだ支度の出来ていないヒナタに驚き、慌てて手伝うハメになってしまった。

「す、すみません……お化粧……したことなくて……」

「いいえ、すみません。こちらも気づきませんで……あ、あの……お化粧しますので、こちら向いていただけますか」

「は、はい、手を煩わせてしまってすみません」

 再度ヒナタに頭を下げられた同世代くらいの女中は、フフッと笑ってから『いいんですよ』と言って丁寧に白粉をヒナタの肌に乗せていく。

「あの……お伺いしても良いですか?」

「え?」

 女中が興味津々と言う顔をしながら、ヒナタの前髪を上げてピンで留めてしまってから声をかければ、ヒナタは不思議に思い目を開いた。

「巷で噂になっているのですけど……あの……恋人が……いらっしゃるとか」

 ぽふんっ

 そういわれた瞬間、真っ赤になったヒナタの顔を見て女中は一瞬ビックリしたようだったが、しどろもどろに言葉にならない声を出しているヒナタを見て、その噂は本当だったのだと知る。

「じゃ……じゃぁ、このお見合いは……」

「……本意じゃありません。私には、彼以外ありえませんから……」

 赤い顔をしながらもふわりと笑うヒナタの笑みを見て、女中は眉根を寄せるとグッと唇を噛んで泣きそうになりながら、必死にヒナタの顔に白粉をきれいに乗せて眉を整え、そして彼女によく似合いそうな色を選んで紅を引いた。

 髪をアップにしてからショールを手渡し、女中は笑う。

「綺麗ですよ。噂ですけど、きっとその彼も見てると思います。彼の為にオシャレしたんですから、胸を張ってくださいね」

「……彼のため?」

「ええっ!絶対に噂の彼なら、近くに来てるでしょうし、きっと連れ出してくださいますって!これは内緒ですが、大旦那様のところでお世話している方がそうじゃないかっていう噂ですよ」

 ヒナタは驚いたように目を見開けば、彼女はクスリと笑ってからヒナタを部屋の外へと押し出した。

 あまり部屋の外へ出ることの無かったヒナタは、その女中だけでなく他の使用人たちも心配そうな顔をしつつ見送りに着てくれたのを見て首を傾げるしかない。

 まるで、今日でお別れとでも言いたげな彼らの様子。

 作戦がバレているワケではないだろうに、どうして……と、ヒナタは目を瞬かせるしかない。

「きっとお迎えが来ますよ」

「我々も、今日で大旦那様のところへ戻りますが……きっと大丈夫」

「この数日よく頑張ってくださいました」

 口々にそう言ってくれる人たちの心遣いに涙が出そうになりながら、ヒナタはやはり知らず知らずに守られているのだと知り深く感謝し頭を下げた。

 そんなヒナタの様子を、微笑ましげに見つめながら先へと促す。

 決戦は目の前。

 歩き辛いドレスだって、したことのない化粧だって、コダマの為にしたワケではない。

 その先、必ず迎えに来てくれるだろう彼のため。

 そう思えば、心は軽く、そして晴れ晴れとしたものへと変わっていく。

「ありがとうございます。みなさんのお心遣いに、深く感謝いたします」

 最後に振り返り、深々と頭を下げるヒナタ。

 そして、その姿が見えなくなるまで見送った使用人たちは、それぞれもう己のやることは終わったとばかりに荷物を纏めて大旦那様、ヤマビコの許へと帰るのであった。








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