あの頃からきっと 14





 ゆっくりと息を吐き、窓を少し開いて何気なくナルトがくれた文を見つめた。

 乱暴な筆遣いではあるが、おおらかな人柄であるとうかがえる筆遣い。

 ナルトの人柄をそのまま表したようなその文面は、ヒナタの心を確実に軽くしていた。

 白眼で見えるのは敷地内のみ。

 その敷地内も本日は珍しく見張りの数も少ないようで、もしかしたら誰かの手が加わっているのかもしれないと思うとナルトの影響力がどこまで及んでいるのかを窺い知る事が出来て、ヒナタ自身ナルトという人物を再認識しなくてはならないのかもしれないと、改めて考えさせられる日でもあった。

 そんなナルトが会いに来るという喜びと緊張でヒナタの手は小刻みに震え、その時がいつなのかと日が沈んでからずっとこの調子なのである。

 夜が更けるにつれて、心臓はどんどん高まるし、何故か怖くて窓の外を覗くことも出来ない。

 結界があるのだから、ソレに干渉すれば誰かに感知されてしまうかもしれないという不安もある。

(で……でも……それがわからないナルトくんじゃないよね……)

 そんな中、急に屋敷が騒がしくなったのを感じ、訝しげに思いながらヒナタは白眼を発動させると、この部屋に幽閉された時以来、顔を見せにもこなかったはずのコダマが門からこちらへ向かってやってきているのが見え、思わずそのタイミングの良さに眉根を寄せる。

(何だろう……こんな時間に……)

 部屋の中央で座を正し、睨みつけるような視線で出迎えれば、コダマは息を切らせ部屋に入ってきて開口一番。

「アナタがあの第四次忍大戦の英雄の女だというのは本当のことですか」

 コダマの耳にもあの噂が届いたのだろう、それを確かめるためだけに来たようだと知って、ヒナタはくすりと笑みを浮かべる。

「ご存知なかったのですか?」

 珍しく挑発的な言葉を述べれば、カッと頭に血がのぼったのか、したたかに頬を打たれ拍子に指につけていたのだろう指輪のようなものが口の端にあたり、ピリッとした痛みを感じた。

 しまったという顔をして己の手を見てから、コダマは苦々しげに血の滲む唇の端を見つめれば、脅えたような視線がくるであろうと思っていた人物は意外と先ほどより冷たい視線をコダマにくれた。

 その痛みも別段気にする様子もなく、ただ冷たい視線で見据えるヒナタに、コダマは気圧されたように一歩退く。

 接してくれた物腰の柔らかさと、優しい微笑みに忘れてしまいがちだが、彼女も大戦を生き残った忍なのである。

 ただの男に頬を打たれたくらいで挫けるような精神は持ち合わせていない。

「下調べに落ち度があったのはそちらの責任です。私に言っても事実は変わりません……白眼などが欲しいとのたまうのでしたら、もう少し考えてはいかがですか」

 滑り落ちた鋭く冷たい声色は、今まで聴いたことの無いような鋭利な刃を思わせるほどであった。

 コダマは思わずそのヒナタの変わりようにゾクリと背筋を冷たくしながらも、魅入られたように見つめ続ける。

「何を……」

「白眼を手に入れれば、延々と忍に狙われます。時には命を狙うものもいるでしょう……永遠とアナタは忍に付けねらわれる人生を送りたいのですか」

「コチラに契約上の落ち度はない。手に入れた後はちゃんとした忍の守りもつく」

 ヒナタの言葉は、コダマには耳障りなものであったのだろう、反論した後フンッと鼻を鳴らすとヒナタに一時的にでもひるんだ己を隠すかのように、苛立たしげに足を踏み鳴らしながら屋敷を出て行く。

 それを白眼で確認していたヒナタは、完全に外へと出て行ったの見て、ホッと吐息を漏らした。

「契約……そんな契約をする忍が本当にその約定を守るとは思えないんだけど……どこの忍なんだろう」

 備え付けられていた手鏡を見て顔を確認すると、打たれた頬は赤く腫れ、唇の端に血が滲む。

(折角ナルトくんと会えるのに……こんな顔……に、なっちゃった……)

 少し哀しくなって頬の赤みを少しでも取ろうと、洗面所へと向かい、タオルを水に浸してから硬く絞り、ゆっくりと頬に当てた。

 部屋に戻り鏡を見ながら赤みが取れたか確認するが、やはり早々には引いてくれそうにない。

(弱った……)

 何よりも唇の端の切り傷は、明日になれば酷くなるかもしれないと憂鬱になる。

 いつも常備しているはずの傷薬も、今は持ち合わせていない。

 この部屋に入る前にポーチは取り上げられてしまったのだ。

 かろうじて隠し持っていたクナイ一本しか自分手元には残っていない状況だが、元々体術に長けた日向一族である、さして問題でもないが……やはり傷薬はあってもよかったかもしれないと苦笑を浮かべる余裕がヒナタに生まれ、それがどこの誰の影響なのか考えるまでも無くてヒナタは彼の人に思いを馳せる。

 再度、困ったと思ったが、こればかりはどうしようもないと諦め、自分らしくなく短絡的な行動だったなと思いつつも、タオルを頬に当てつつ、少しでもナルトが来る前に腫れも引いてくれればいいと願うばかりであった。






 夜も更け、そろそろ人々も寝静まった頃だろうという頃合を見計らって、ナルトは額宛をギュッと締めると、ヤマビコが目立たぬようにと差し出してくれた黒い羽織に袖を通して礼を言った。

「くれぐれも無理はしないでくださいね」

「ありがとうってば、ヤマビコのおっちゃん」

 ナルトの忍としての実力を知らないヤマビコは、どうも心配でならないようで、それはハルナやモミジたちにも言えた。

 心配そうな視線の中、ナルトは準備を終えて己の確認をしてから1つ頷く。

「よし、後は話して来るってばよ」

「ナルト、花束はいらないのかい」

「サイ、オレ何しに行くかわかってるってば?」

 脱力させられる質問を受けて、ナルトはげんなりしながら問い返せば『夜這い?』と言おうとした口を、再度サクラといのに塞がれている。

 全く懲りない男である。

「ま、適当にやってくれ。お前が見つかるとは思ってねーが、万が一の時は呼べよ」

「おう、その時は任せたぜ、シカマル、サスケ」

「……お前がドジだって知ってても、さすがに今回はないだろう」

 サスケがニヤリと笑うのを見ながら、ナルトも肩を竦めて見せた。

 確かに、今回の気合の入りようはいつもと違う意味合いを持っている。

「最善を尽くすってばよ」

「ナルトくんなら大丈夫です!ねっ、ガイ先生!」

「うむ!青春フルパワーで行けば、間違いない!」

「アンタたち……本当にどこに行ってもソレばっかね」

 呆れたようなテンテンの言葉に、師弟はキョトンとしているが、ネジは困ったように班の亀裂を何とかしようと言葉を挟む。

 本当に苦労人だと思えてならない。

「いや、それは……ま、まぁいい、とにかく、ヒナタ様の状況も少しは仕入れてきてくれ。やはり心配でな」

「ああ、それはオレも同じだってばよ、ネジ。ヒアシの父ちゃんもそうだろうからさ、それはちゃんと見てくるし聞いてくる」

「頼む」

 ネジは笑顔で頷き、その後ろでヒアシも口元に柔らかな笑みを浮かべつつナルトに低く呟けば、ナルトも心得たようにニカッと笑った。

「本当に大丈夫なんでしょうね」

「サクラ、心配いらないよ。今のナルトは放っておいても大丈夫」

 サクラが心配そうに呟けば、カカシがそれを宥め、ヤマトも隣で力強く頷く。

 心配そうなのはモミジも同じであったが、チョウジが何とか言い含め、ナルトに目配せしつつ『大丈夫』と伝えてきてくれたのを最後に、ナルトは天を見上げた。

「んじゃ、行ってくる」

 短くそう告げた瞬間、ナルトの姿は消え、まるで音すらしなかったのを見て、心配していた面々たちはその力の一端に驚き、一同を見渡した。

「大分力量が上がっている……噂には聞いていたが……ここまでとは」

 流石の百合之丞も驚いたように目を丸くし、ヤマビコやモミジたちなど言葉も出ない。

 普段のナルトからは感じられないほどの力。

「ま、いまのアイツとやり合って本気で倒せるのって……いるのかねェ」

「ヒナタくらいじゃない?ナルトを本気で止められるのって」

 サクラがカカシの言葉にニヤニヤ笑いながら返せば、確かにそうかもねと思ったのか、カカシもニヤニヤと笑い返す。

 仲間たちもそれを否定せず、どことなく笑いが起こったのを見て、ハルナが不思議そうに尋ねた。

「ヒナタさんはそんなに強いのですか?」

「いや、泣けば終わる」

 サスケの簡潔なもの言いに一同キョトンとなってからナルホドと納得したのか、その場の雰囲気は和み、どことなく笑みが零れ落ちた。

 天高く月が昇り、その月明かりが時折雲に覆われ光を覆い隠す中、音もなく走り抜けていたナルトは、屋敷のある湖の上を走り抜けようとしてフッと結界の気配を今一度辿る。

 やはり術者に繋がる糸は無い様で、感知される恐れはない。

 しかも、結界の網目は大きく、触れて抜け通るくらい簡単に出来るのは見た目だけで確認できた。

(雑な仕事してんなー)

 そして、そんな中、屋敷から現れた一隻の小船に揺られ男が三人出てくるのを見て、一人がコダマであると確認したナルトは眉根を寄せる。

(こんな時間に?……ヒナタに何もなけりゃいいけど……)

 本人の屋敷なのだから、出入りは自由だろうが、やはりその辺心配になってくるのは致し方ないといえた。

 大事な彼女であるからこそ、変な男の手に落ちて欲しくないし、傷つけられたくも無いと思う。

 小船が岸にたどり着き、小船から降りた男たちは明かりを持った先頭の男に導かれるように、町の中へと消えていく。

 どうやら、まだ何か商談が途中であるらしいというのは、会話の端々に捉え、妙に気になり影分身を出す。

 無言で頷いた影分身のナルトは、商談を確認する方と、その商談が行われているという事実を仲間に知らせる係りに分けてから、二人の影分身が商談の場所をまずは割り出すために走り出したのを見てホッと一息つく。

(念のために結界の方も見張りたてとくか……?余裕だって言ってて失敗しちゃマズイってばよ)

 新たに印を結び影分身を出してから、ナルトは湖の上を走りぬけ、四方に分かれて要石に到着したのを確認してから、仙人モードへと入り大雑把な縫い目にしか見えない場所に手をかけ、するりと中へと滑り込んだ。

 結界自体に振動も何も伝わらなかったのを確認してから、ナルトはゆっくりとした動作で仙人モードを継続したまま最上階を目指し走り出す。

 気持ちばかり急く中、心臓が今にも飛び出さんばかりに高まっていく。

(やっと……やっと会える)

 自覚してから会うのははじめてだから、どういう顔をしていいのかなんてわからない。

 だけど、会えば何か変わるのだろうと心の中で確信めいたものを感じていた。









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