49.加勢




 左腕に感じる鈍い痛みと、右手首に感じる激しい痛み。

「ヒナタ!無茶してっ!!」

 男二人を手早く縛り上げたサクラといのが慌てて寄って来て同時に医療忍術を使い始めるのを、どこか遠くで感じながら、ヒナタは痛みで鈍くなっている意識をシッカリさせようと奥歯を噛みしめる。

 何より、格好悪いところをナルトに見せられない。

「大丈夫ですか」

 心配そうに冷や汗が流れるヒナタの額を手に持っていたのだろうハンカチで拭って優しく微笑む、妙齢の女性。

 チラリと見たときは同じくらいの歳だと思ったのに、ここまでシッカリと隠されていたのかとヒナタはゆっくりと息を吐く。

 暫く右腕は使い物になりそうにないと判断できるほどではあるが、左腕の螺旋丸の高密度チャクラに焼かれた手は、コツさえ掴めばこれほど酷いことにはならないだろうと理解でき、より一層の鍛錬が必要で、きっと使いこなしてみせると心に固く誓った。

 きっとどこからか見ているナルトのためにも、ヒナタは口元にうっすらと笑みを浮かべるに留まる。

「……あら?アナタ……もしかして、私の息子の知り合いなのかしら」

「え?」

 ソッとヒナタの左腕の腕輪を見つめつつ、柔和な顔をしてそう言う女性に対しヒナタは首を傾げ、彼女の息子ということはまだ幼い子供なのだろうか……と思い知る顔を思い浮かべるが、どれも該当しないようで再び首を捻った。

「え、えっと……どうして……」

「その腕輪。お揃いだから」

 え……と、ヒナタは声を出そうとした瞬間、洞窟の入り口に異様な気配を感じて治療中だということを忘れたようにその女性を庇い前へ出ると油断無く構える。

 ヒナタと同時にいの、サクラも構えを取るが、その入り口にいる者の気配が異様で思わず息を呑んだ。

「あら……困ったわね。まだ追ってこられたのですか……私は何度おっしゃられてもそちらへ行こうと思いませんよ」

 柔らかい声と口調だが、シッカリ言いたい事を言っている女性に対し、随分肝の据わった人物だと溜息をつきたい気分で3人は目の前の男を睨みつけた。

 肥え太った体、目だけがギョロリと大きく、大きな口からはみ出した大きな舌からは唾液が滴り落ちていた。

 とても普通とは思えないその様子に、ゾクリと肌を粟立てればソッとヒナタの左手に女性の手が添えられる。

「無理をしないで。この腕輪を渡すほど、あの子が大事だと思う人なのだから、こんなところで傷ついたと知れば、悲しむわ」

「その件でしたら、あとでお話します……百鬼の国の若の母上だと思いませんでした」

「ふふ、あらそう?」

「とてもそんな息子さんがいらっしゃるとは思えず……」

 目の前の男を無視した二人の柔らかい口調の会話に、サクラもいのも顔を引きつらせ、そしてその中で出てきた言葉の中に聞き捨てならない物があったのを認識して、思わず叫ぶ。

「ええええええぇぇぇっ!?あの若のお母さんっ!!?」

「うそぉぉーーーーーーっ!!わ、若い、若過ぎるわーっ!!」

 え、そっち?といのの言葉に思わずツッコミを入れそうになったヒナタは、グッと堪えて目の前の男を見据えながら一歩前へ出る。

 これ以上の戦闘は正直厳しいが、そうは言っていられない。

(敵の増援は予想していなかったけど……でも、やらなくちゃっ!!)

 折れた右手首は、サクラの見立てではヒビが細かいところに入り、動かせるものではないという。

 だったら、左腕と両足があると、戦う姿勢のヒナタにサクラはストップをかけようとするが、相手の異様さが相まって、それすら躊躇われる。

「ヒナタ……その腕ではっ」

「左腕と両足があります」

 いのの言葉にヒナタがそう返せば、サクラは溜息をついてその背を見つめた。

(ナルトと同じ……どんなに傷ついても諦めない……その気持ち、その心。ナルトが強いって言うワケよね)

 3人からは見えない瞳の強い光は、どうやら目の前の男を威圧するには十分であったようで、ジリジリと後退していくのをヒナタは見逃すことなく一歩詰める。

 しかし、それ以上踏み込むことはなく、発動させていた白眼から見えた異様なチャクラの膨れ上がり方を見て息を呑む。

(これ……はっ!片手でどれだけ出来るかわからないけどっ!)

「いのちゃん、サクラちゃん!その方を庇って伏せてっ!爆発しますっ!!」

「えええっ!?さ、サクラっ!」

「ヒナタ、アンタはっ!」

「アレを吹き飛ばしますっ!!」

 全身でチャクラを急速に練り上げ、そのチャクラを左の掌底に集め、白眼で相手の急所を確実に透視し、勢いをつけて真空の衝撃波を放った。

「八卦空掌!!」

 威力は半減していると理解できたが、吹き飛ばすには十分であった。

 不気味な男の体は吹き飛ばされ、その体が異様に膨張したのを視覚で捉えたヒナタは、3人の上に覆いかぶさるように伏せる。

 次の瞬間訪れた、轟音と爆風。

 暫くして静かになったのを見計らいながら、サクラがポツリと呟いた。

「……人間爆弾だって言うの」

「チャクラが異様に膨張して、体が持たなかったみたい……体の中に何かの術式を仕込まれていたと見ていいと思う」

「……ねぇ、嫌な予感がするんだけど、言っていいかなー」

 いのが青ざめながら一同の顔を見渡す。

 言いたいことはわかる……わかっているだけに言葉にして欲しくは無かったが、誰かが言葉にしなければ、護衛対象が理解出来るとは思えなかった。

「あの男だけで済むと……思う?」

「……数で来られたら、さすがに……」

 青ざめるサクラといのの言葉を肯定したくは無かったが、洞窟を取り囲むように次から次へと現れる異様な集団が見えたヒナタは小さく息を呑んで、洞窟の奥を見る。

 奥は行き止まり。

 表は敵。

 万事休す。

 ヒナタの表情から状況を読んだのだろう、サクラもいのも息を呑み、絶望的状況を理解すると、悔しそうに奥歯を噛みしめる。

 何が何でもこの人だけは……という、共通の思いだけがある中、ヒナタはソッと腕輪を撫でた。

(考えて、私……ここで諦めてしまうのは簡単だけど、考えなさい)

 ヒナタは焦る気持ちを抑えてジックリと思考を巡らせる。


 何かを見落としているような気がして……

「相手の増援って、本当に想定外……嫌になっちゃうわね」

「全くねー」

 クスリと非常事態だからこそ、笑みを忘れないでいようと、サクラといのの様子を見ながら、ヒナタはハッとした顔をした。

(そう、相手の増援……私は、この窮地を打破できる手を知ってるじゃない。……きっと試されたのは私なんだ……)

 胸を熱くする思い。

【ごめんねナルトくん、黙って見守っていてくれてありがとう】

【……ヒナタ】

 そう、ナルトの声色だけで全てが理解できた。

 ヒナタは立ち上がると、声の限り叫ぶ。

「ナルトくん!サスケくん!シカマルくん!救援をお願いしますっ!!」


 ザッ!と風を切るような音がした。


 ヒナタの声と共に、長らく待ちわびた3つの影が降り立つ。

「ヒナタ……良く頑張った」

「待ちくたびれたぜ」

「相手が増援なら、こっちも増援……何もお前らだけでやる必要はねーよ。めんどくせーが……キッチリ返してやる」

「サスケくん!ナルトっ」

「シカマルっ!」

 サクラといのの声に、微妙な安堵が含まれ、ヒナタ自身も己の中に広がる安堵感に言い知れぬものを感じて、それでも戦おうとするヒナタの前へナルトが出る。

「休んでろ。お前はよくやった……あとは、オレに任せろってばよ」

「ナルトくん……」

「ああ、よくやった。サクラ、お前の腕を信用してる……ヒナタを治療してやってくれ。そうしねぇと、ナルトが暴れるぞ」

「もう暴れるつもりじゃない、アイツ」

「違いねぇ」

 サスケとサクラのやり取りを聞いていて、くくくっと笑ったシカマルは、惚けているいのの顔を見てニヤリと笑う。

「惚れ直したか」

「ばっ、バカ言うんじゃないわよ!遅い!もっと早く来なさいよ!!」

「こっちにも色々あるんだよ。な、ヒナタ」

 ニヤリと笑うシカマルに、ヒナタは苦笑を返して頷けば、いのが唇を尖らせる。

 それを背後で感じながらも、ナルトはゆっくりと息を吐く。

(ヒナタの悩み、痛み、苦しみ……全部オレに伝わっていた。黙って見守る……すっげー辛いけど、信じていたから出来た。助けを求めること、状況判断、戦闘、諦めない心……本当に強ぇーよ、お前はっ!さすが、オレが惚れるだけの女だってばよ!)

 怒りなのか感動なのか、両極端な気持ちの昂ぶりを感じながらも、ナルトは目の前の敵を見据えた。

「行くぜ、サスケ、シカマル」

「ああ」

「めんどくせーが……やるか」

 瞬時に消える男たちの背中を見送ったヒナタは、すでに限界を超えていた体と意識を維持することが出来ずゆらりと揺らめく。

(だめ……まだ……私……)

【もう限界だろ、寝てろ……そして、一緒に帰ろうな】

 意識が途切れる瞬間、優しい優しい声を聞いた気がして、ヒナタは微笑みながら返答を返し、そして地へと倒れ伏せる。

 寸前に抱きとめられたあたたかなぬくもりを感じ、大いなる安堵の中、ゆっくりと深い闇へ呑まれていくのであった。







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