50.衷心





 限界を超えて倒れたヒナタを影分身のナルトが抱きとめ愛しげに髪を撫でる。

 その一連の動作に色気を感じたサクラといのは、驚きつつも頬を少しだけ赤らめ、二人の様子を黙って見守った。

「サクラちゃん、すまねーけど、ヒナタの治療、頼むってばよ」

「え、ええ……でもアンタ、ここにいていいの?」

「本体がやってる。オレは、こっちの見張りっていうか……何かあったら対応できなかったってことにならねーように、保険だって、シカマルがさ」

「あの甲斐性なし、そういうところだけは抜け目ないんだから」

「甲斐性なしって……それは酷ェーってばよ。シカマルも結構必死なんだってばよ。今回はオレたちもキツかった」

「そういえば、いいタイミングで出てきたわね。アンタたち……もしかして、最初から着いてきてたの!?」

 サクラの言葉に肯定も否定もせずに、ナルトは視線をヒナタへと落とすと、ほぅと溜息をつく。

 試されたとヒナタは感じただろうと心の中で呟く。

 しかし、本当に試されたのは誰であったのだろうかと、ナルトは思わずにはいられない。

 きっと……

(試されたのは、オレたち全員。大切な存在が出来た、オレたち全員が試されたんだ……)

 綱手の意味深な笑み。

 それは、忍としてのナルトたちの成長を見ると共に、精神的な成長をも図ろうとしたのだろうと今ならわかる。

 心のままに、気持ちのままに動いて結果を潰すことがないように……

 まさに、今回がソレだ。

 ヒナタがピンチだと飛び出していれば確かにこんな状況になるまで追い詰め、傷を負わせずにいたかもしれない。

 しかし、忍としてのヒナタは成長せず、ナルトに依存する可能性だって出てくる。

 ずっとナルトが付きっ切りで守れる存在でもないのだ。

 死と隣り合わせの忍という世界。

(ヒナタを失ったら正気でいられねェ……だけど、だからといって傷つくのを恐れたら、オレたちは前に進めねーんだ)

 唇を噛みしめ言葉をなくしヒナタを見つめるナルトの様子に、今回色々とあったのだろうと判断したサクラは、無言でヒナタの手をとって治療をはじめる。

 細かいヒビ、骨折、筋肉組織の断裂、数え上げればキリがない症状。

 それ全てを丁寧にひとつひとつ治療を施していくが、ナルトの表情は晴れない。

「そんな顔するもんじゃないわ。ヒナタが頑張ったの、アンタが一番褒めてやんないと!ヒナタはナルトに認めてもらえるのが一番嬉しいんだから」

 サクラの言葉にナルトは、ハッと顔を上げてから泣きそうに顔を歪めて頷く。

「本当は、こんな怪我させたくなかった。傷つくの見てて辛かった……苦しい思いしてんの……わかってたのに動けねェ」

 ぽつりぽつりと零れるナルトの言葉に耳を傾けながら、サクラはコクリと頷く。

 知っているというように……

 誰よりも守りたい人を守ろうとしているナルトの姿勢。

「大事で……大事でっ……失ったら正気でいられねェ」

 ナルトの独白にサクラは胸中で『知ってるわよ』と思わず呟かずにいられなかった。

「なのに、守ってやれねーんだ……オレは……何でっ……くそっ!守りてェのに、傷つけてばっかりじゃねェかっ」

 握り締めている拳が色がなくなるくらいの強い思い。

 だけど、ヒナタを抱きしめている腕の優しさ。

 その相反する左右の手の違い。

 それが全てを表している。

「忍であれ、何であれ、大切な人を守りたいっていう気持ちに、違いはないはずですよ」

 ふんわりと聞こえた声にナルトは視線を向ければ、百鬼の国の奥方が場違いなくらい柔らかい笑みを浮かべてナルトとヒナタを見つめていた。

「だから、その気持ちを大事にしていたらいいと思うの。そして、それをこの子に伝えてあげればいいんじゃないかしら。飾らない言葉でいい、まっすぐな気持ちを……」

「伝える……」

「守りたいっていう気持ちを大事にして、伝えてあげればいい。そして、心の内にずっと変わらず思っていると……それだけでいいのよ」

「それだけで……」

「その想いが、きっと色々なことを伝えてくれるから。この子なら、それだけで様々ことを理解してくれると思うから」

 ふふっと笑って言う奥方にナルトは小さく頷いて苦笑を浮かべた。

「何か……しまらねェな、オレ」

「その素直な気持ちは、とても素敵だと思うわ。うちの息子もそうだから」

「アイツは姫さんに甘いだけだってばよ」

「アナタもうちの息子をご存知?」

「アイツはなんつーか……オレからかって遊ぶっつーか」

「随分と気に入られているのね」

 くすくす笑う奥方に、ナルトは溜息をつく。

 目の前の奥方に少しでも似ていたらもっと素直な性格になったろうに……と、胸中で呟かずにいられない。

「でもあの子も色々悩んでいたのよ。お義父と氷雪の国の女王様は仲があまりよろしくないから」

「それなのに押し通したのかってばよ」

「ええ、だって……止められないでしょう?止められたって、反対されたって、恋する気持ちは、止めようがないじゃない」

「……止められるワケ……ねェよな」

 苦笑を浮かべたナルトはヤレヤレとばかりに腕の中のヒナタを見つめる。

 きっと日向一族に、里の全ての者に反対されたとしても、諦めることなんて出来ない女性。

 誰よりも傍にいて欲しくて、誰よりも大切で、ずっとぬくもりを感じていたい。

 世界で一番自分を愛してくれている人。

 自分のために、全てを捧げてくれた人。

 惜しみなく愛情を注いでくれる人。

「この世界の誰よりも、オレを愛してくれる人……」

「ええ、だから一瞬一瞬を大事にして生きてあげなさい。そうすれば……もし死というものが別ったとしても、記憶にずっと留まり、その優しい気持ちを残してくれるから」

「…………」

 ナルトは言葉無く奥方を見て思い出す。

 確か、若は幼い頃に父を亡くしたと言っていた。

 つまり、目の前の奥方は最愛の伴侶に先立たれたということになる。

「私は幸せだって、あの人に言えるもの。そして、いつの日か胸を張って言うの、私はアナタの分まで幸せに生きました。愛してくれてありがとう……って」

 ナルトはその言葉に万感の想いを感じ、知らずと滲む涙をグッと堪える。

 その気持ち、その心、それがどれだけ深く、どれだけあたたかいかナルトは知った気がして何も言えずにただ胸に痞えた焼けた鉄のような塊を飲み下す。

 きっと奥方の言う気持ちに、そこまでになるのに自分たちは未熟だろう。

 しかし、いつかきっと、その気持ちを実感として感じ、手を取り合って生きていくのだろうと思え、口元に笑みを浮かべた。

「オレも、そうなりてェ……いつかきっと……」

「なれますよ。でも死が別つのは、ずーーーーっと先のほうがいいわ、正直少し寂しいって思うから」

 茶目っ気タップリにそういう奥方に、ナルトもサクラもいのも思わず笑みを浮かべてしまう。

 強いな……と正直に思い感じる。

 だからこそ、この目の前の人を素直に守りたいと願うのだろうと知らずと3人は顔を見合わせ頷くのだった。






 昂ぶる感情を抑えながら洞窟の外へ出た3人は、沢山の異様な爆弾を仕込まれた人に囲まれたナルトたちは、瞬時にシカマルが影真似の術を発動させたのを確認するとシカマルに声をかけた。

「シカマル」

 丁度爆発したとしても被害を被らない程度の距離ギリギリの位置。

 それを言葉にせずとも理解していたナルトとサスケは、シカマルの前に出ることも無くシカマルの指示を待つ。

「ああ、コイツら全員動けねぇ。術者を探してくれ、きっとこの状況が見える位置にいるはずだ。起爆しねーのが何よりもの証拠ってワケだ」

「生きてる人間を爆弾扱いか……面白くねぇことしやがる」

 サスケの言葉を聞きながら九尾のチャクラを纏おうかと考えたナルトは、躊躇してゆっくりと自然エネルギーを己の中へと取り込みはじめる。

「九尾のチャクラじゃねぇのか」

「影分身を出してるからな……あっちも心配だからだろう」

 シカマルの言葉にサスケは小さく呟けば、ナルホドとばかりに頷く。

 ナルトの心は今激しく荒れているだろうと理解できるだけに、二人は溜息が出てしまう。

 怒りのままに暴れるかと思っていたサスケたちは、意外と冷静に対処しているナルトに違和感を覚えるが、その目を見て理解した。

「ヒナタがあれだけ頑張ったのに、暴れるだけじゃ……ま、確かに芸はねぇな」

「胸張って言えることじゃない……ってことか」

「ナルトらしく暴れるだろうって判断で立ててたプランだっていうのに、ここで計算が狂っちまう」

「新たなプランを立てろよ」

「簡単に言ってくれる……めんどくせーんだよ」

「だからいのに、甲斐性なしって言われるんだテメーは」

 痛いところをサスケに衝かれて、シカマルは思いっきり顔を顰めると頭をガリガリ掻いてからチラリと洞窟の方へと視線をやってから、ガックリと頭を垂れて大きな溜息をつく。

 面倒だけど諦めた。

 反論する方が面倒だと言いたげな顔。

「……はぁ……ったく、しょーがねぇな……サスケはとりあえず、ナルトが感知した敵の位置に罠などないか見てやってくれ。アイツならモノともしねーだろうけどな」

「わかった」

 真剣な表情で探りをいれていたナルトは、とある一点を見つめて口元に冷たい笑みを浮かべる。

 ニヤリ……と、普段のナルトからは考えられないような笑みに、ゾクリと背筋に冷たいものを感じながらサスケは小さく溜息をついた。

(ったく……あの怪我でコレか……瀕死の重症だったらって考えたら怖いものがあるな)

 考えるまでも無く、この辺り一体が焼け野原になるか、もしくは草木一本生えることの無い荒野になるか……

(どっちにしろ、タダでは済まない)

 瞳の奥にたぎるマグマのような怒りと悲しみを揺らめかせ、ナルトは小さく、しかし鋭く声を発する。

「いたぜ」

「……さっさと片付けて帰るか」

「めんどくせー奴らはとっとと片付け……いや、捕虜にできりゃ一番だ。きっと後続隊が来てるはずだからな」

 サスケの呟きに同意したシカマルは、一瞬考えてから返答した。

 今回の件、情報が全くないというのは流石にマズイ。

 それに、女3人が頑張った後で、自分たちが腹立ち紛れにやっちまいました。では、お話にもならないのだ。

「さっきの二人じゃ、足んねーか」

「こういう時、強いヤツのほうが情報を持っているのが定石だ」

 ナルトの言葉にシカマルが苦笑してそう言えば、何となく納得した顔をしたナルトはサスケと顔を見合わせて、1つ頷くとその場から二人が掻き消える。

「うまくやってくれよ……アイツらの努力を無駄にしねーようにな……でねーと、またいのに『甲斐性なし』って言われちまう。流石にオレでも何回も言われりゃ傷つくんだぜ」

 シカマルが苦笑しつつ呟いた言葉は、蠢く人間爆弾を縛り付けながらも震える空気の中へととけていった。









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