48.くノ一 ヒナタの視線がいつもと違うと、いのとサクラは同時に気づく。 瞳の中にある確かな光は、ナルトを髣髴とさせ、瞬時に引き締まった気は、察知した気配を難なく体を捻り捌き切っていた。 「な……何すんのよ!!」 いのが思わず声を上げれば、男二人は驚いたように目を丸くしてから、ククッと口元を醜く歪めて笑う。 「何だ、今の今まで気を抜いていたと思ったら……演技だったってワケか」 (ヒナタのおかげね……ったく、油断も隙もないんだからっ) いのは飛びずさり、サクラと共に距離を取る。 そして、油断無く構えながらヒナタを見れば、ヒナタは駕籠の中からお嬢さんといわれていた女性を助け出しているところであった。 (……一般人……?) 栗色の髪、人当たりの良さそうな顔つき、じっくり見れば全く印象が違って見えるところを見ると、どうやら彼女自身に何らかの術をかけ、姿を屈折させ投影していたらしい。 (術は高度。この人たち、幻術使いっ!) 「いのちゃん、サクラちゃん!幻術に気をつけてっ!!体術もかなりのものだと思うからっ!いのちゃん、出来ればこの人お願いっ」 「わかったわっ!」 この中で一番戦闘に向いているのはヒナタである。 医療忍術使いのサクラやいのには、出来るだけ体力を温存していてもらいたかった。 「木ノ葉の日向一族……柔拳の使い手か、相手にとって不足なしっ!」 案の定、二人揃ってかかってきたのを軽く半身引いてかわすと、一人の背後に回りこみ容赦なく一撃点穴にお見舞いすると、くぐもった声と共に吹き飛び壁に激突してしまった。 (こちらの体術はそれほどではない……この人は幻術。では、こっちが体術っ!) 鋭い上段の蹴りが来たのを感覚で察知してかわしながらも掌底を叩き込み、叩き込んだ勢いのまま半身ひねって腹部目掛けて中断蹴りを繰り出した。 (堅いっ!) ジンッとした痺れを感じ、ヒナタは瞬時に判断したまま後方へと飛び距離を取る。 相手を良く見れば、そこには土の鎧。 サクラの怪力を用いてもその装甲を破ることは出来ず、二人して苦戦を強いられるのは火を見るより明らかであった。 (土遁と体術、幻術と……まさか……この……雨!) ハッとして洞窟の外を見れば、先ほどより強く振る雨。 水はどんどん洞窟へと流れ込もうとし、その勢いは異様という以外に他はない。 「いのちゃんっ!!」 ハッとしたヒナタは、先ほど吹き飛ばされたはずの男が印を結んでいるのに気づき、その目線の先にいたいのに声をかけるが、彼女が気づくのは少し遅かった。 (印が完成してしまうっ!) と、思いカバーすべく走り出すが、それより先に事ははじまった。 大きな雷の音と光。 その瞬間、いのやサクラからの死角、いつの間にか崩されていた洞窟の一角からスルリと雷の光の中を影が走り男を縛り上げる。 (ナルトくん、サスケくん、シカマルくんっ!) 3人の手によって行われたであろうピンチを救う一手。 その三人が作ったチャンスを無駄には出来ないとばかりに、ヒナタは己の持てる全速力で男へ向かって走り、渾身の力を篭めて掌底を相手の顎先に叩きつけると、そのまま白眼を発動させ八卦の領域の中にいる幻術使いの男をシッカリと捉える。 「八卦・六十四掌!!」 64ヵ所の点穴を確実に突いて、完全に相手が沈黙したのを確認してから、サクラの苦戦している相手を見る。 土遁で作った土の鎧は、かなりの強度があり、そんじょそこらの攻撃ではびくともしそうにない。 何せ、サクラの一撃をものともしていないのだ。 (チャクラの流れを止めるにも、あの鎧は邪魔……もう、目以外どこも表皮は出ていない。もっと強い打撃……チャクラの攻撃は通すのかな……やってみようっ!) 掌底からチャクラがたちのもり、真空の力を練り上げていく。 「八卦空掌!」 真空の衝撃波は、サクラの横を通り抜け、土の鎧を纏った男の装甲にぶつかりはするが、大したダメージには見えない。 しかし、白眼でソレを見ていたヒナタはピクリと反応を返す。 (少し……通った!) それを皮切りにすればいいとばかりに、両手に獅子の形に具現化したチャクラの塊を纏わせ、サクラと共に猛攻をかけはじめた。 いのはそんな中、うっすらと目を開く女の人を見て、少し警戒しながら声をかける。 「大丈夫ですか……」 「え、ええ……ここはどこでしょう?」 「えー、えっとー、と、とりあえず、まだ危険なんで、大人しくしていてもらっていいですか」 「はい、わかりました」 ふわんっと笑った顔を見て、どことなく和んでしまったが、いのは次の瞬間聞こえた轟音に驚きそちらを見れば、吹き飛ばされたヒナタとサクラ。 だが、すぐさまヒナタが起き上がり、まだ霧散していないチャクラを纏った拳を相手の鎧目掛けて叩き込み続ける。 一点集中。 (アレ……一点を狙ってるの!?) 「サクラ!ヒナタの狙ってる場所に、アンタの怪力ぶち込みなさいよ!」 「アイツあのなりで、動き速いのよ!ついていけてるヒナタが凄いの!!」 「……ヒナタって、あんなに強かったっけ」 思わず漏れた声に、サクラもグッと奥歯を噛みしめ呻くように言い放つ。 「くノ一で、体術いっつもトップだったわよ!!あの子は与えられたハードル高いだけで、私たちから見たら、とんでもなく強い!だから、ナルトと組手なんて出来んでしょ!!」 「まー、私たちでは無理よね」 「あったり前でしょっ!だからって、諦めたら、女が廃るじゃない、しゃーんなろーーーーっ!!」 ドゴっ!と地面を割り、相手の体勢を崩すと、ヒナタのまるで舞いでも踊っているかのような滑らかでいて素早い動きの掌底が視覚で認識するのが難しいほど叩き込まれる。 しかし、男もそれを黙って受けているワケではなく、素早く結んだ印は落石を起こし、確実にヒナタを狙っていたが、いのの起爆札つきクナイがそれを破砕した。 「あんまり私たちをナメんじゃないわよ!」 いのとサクラが同時に吼え、ヒナタは体を捻って間合いをとると同時に、二人の起爆札つきクナイが飛んできて男の体にぶつかると大きな音と振動を伴い爆破する。 いのはお嬢さんを身で庇いつつ地に伏せ、サクラも身を伏せていたが、ヒナタは身を低くしただけで、目は白眼のまま煙の中の男の動きを見ていた。 そして、その煙が収まりきらぬうちに男が動き出し、狙っているのはいのの庇っている女性だと気づくと、ヒナタはその身を挺して間に割って入り、掌打を叩き込むが、ミシリと嫌な音と共に、右腕に激痛が走る。 (右手がっ……) 「先ほどより強化させていただきましたんでねっ!」 爆発の中むき出しになった岩盤をその身に纏っていたらしいと気づいたときには遅く、右腕は鈍い痛みを返し、ヒナタは顔を顰めながらも、背後のいのと女性に声をかける。 「外へ……雨はやんでます。そのまま外へ!」 背後からサクラが男に右ストレートをお見舞いするが、やはり先ほどよりもダメージが通っている気配がない。 左腕の腕輪から、ナルトの焦ったようなカンジが流れ込んでくるのを認識しつつも、ヒナタはもっと……と、心の中で呟く。 (もっと、高密度のチャクラの攻撃を……もっと……そう、ナルトくんの螺旋丸のような、もっと強い……) 右手は右手首を痛めたため、掌底を入れるだけの力も無い。 ただ、右手でいなし、左手で掌打を叩き込もうとするが、全てその鎧に弾かれてしまう。 「ヒナタ!アンタの右手、もう無理だから一旦下がって!!」 それは百も承知しているとばかりに、ヒナタは強い視線でいのを一度見てから、男を睨み付ける。 ヒナタの強い視線に、男は楽しそうに笑う。 「中々やる……しかし、柔拳は点穴を突かねば意味もなく、後ろの女の剛券は威力が低い。我が鎧は柔剛共に通用するものではないっ!」 (そう、だからチャクラの力が重要……だけどっ) 悔しいかな、チャクラも相手のほうが上なのだ。 (ナルトくんたちがいるからって任せてしまうのは嫌……これは、私たちの任務なんだからっ!) 流れるように攻撃を繰り返していたヒナタは、突然右手に鋭い痛みを感じ、思わず声を上げてしまう。 「あっ……くぅっ!!」 「この右手でよくやったと褒めてあげましょう」 「アナタに……褒めてもらっても……嬉しくないっ!」 痛みに耐えながら、ヒナタはキッと相手を睨みつける。 ヒナタを捕らえられた事で、サクラもいのも一瞬の迷いが生じ、どう動いていいものかわからず息を呑んだ。 「あの……」 そんな中、女性が場違いなほど柔らかい声を放つ。 「私が狙いなんでしょう?そのお嬢さんたちは関係ないのでしたら、お放しください。私なら黙ってついていきますから」 ニッコリと笑う女性に、いのが顔を引きつらせ怒鳴る。 それはそうだろう、ここまでして必死に守っているというのに、彼女が行ってしまっては本末転倒。 意味が全くない。 「な、何考えてるのっ!アナタを守る戦いなんだからっ!」 「ええ、でも……あの方はもう……」 哀しそうな顔でヒナタを見る女性に、いのはニヤリと笑う。 「それこそとんだ誤解だわ。ヒナタがそう簡単に諦めるワケないじゃない。だって、あの子、ナルトの次に諦め悪いんだものっ!」 そんないのの言葉と共に、右手のことなどどうでもいいとでも言うように、宙吊りにされたままであったヒナタは体に反動をつけて男の唯一露出している目の辺りめがけて泥を纏ったつま先で蹴り上げると、怯み解放されたと同時に振り下ろされる豪腕。 (しまったっ!) いつの間にか足元に出現していた砂地に足をとられ、ヒナタは動けずに相手の叩きつけを反射的に右手でいなそうとしたのだが、不意にヒナタの意思に関係なく左腕が動く。 力の差など歴然としていたはずなのに、左腕はその男の力を軽々と受け止め、反対に弾き飛ばした。 (……え?) 俄かには信じられないその力に、ヒナタは左腕を見つめ、手を動かそうとするのだが、全く動かない。 不可思議な現象。 (なに……どうしたというの?) 【ヒナタ!次来るぞっ!!】 【え?ナルトくん!?】 【左腕でいなしたら、背後に回りこめっ!】 己の意思とは関係なく動く左腕の力強さ。 そして、その動きのクセに、ヒナタは覚えがあった。 そう、そんなことあるハズがないのに、その腕の動き、いなし方、タイミング。 ソレ全ては、ナルトのそのものの動きを表していた。 【ナルトくんの……動き?】 【どうやら、オレとリンクしてるみてーだぜ】 【そ、そうなの?】 【ほら、戦いに集中しろってばよ!ヒナタ、ここまで頑張ったお前にプレゼントだ。この感覚、覚えておけ。お前なら絶対に使える!】 えっ そう思いながらもナルトの指示通り背後に回りこんだヒナタは、己の左手に高密度のチャクラの感覚を覚える。 キィィィィンッ 高密度のチャクラの乱回転が、どんどん圧縮されていく、全身のチャクラが暴走するのではないかと思うほどの力の放出。 (こんな技を、ナルトくんはいつも……使って……) しかし、その感覚は、全身の細胞ひとつひとつがチャクラの放出の仕方、放出した力をカタチへと変化させる力、そしてそれを留める力、その全てを覚えていく不可思議だがはじめて知ったような、言うなれば新たな感覚に目覚めたようなものであった。 「え、嘘っ!」 「ヒナタが……螺旋丸!?」 いのとサクラが唖然としている中、ヒナタは左手に完成された高密度の美しい螺旋の力。 螺旋丸を容赦なく男へとたたきつけるのであった。 |