47.不協和音




 スンと鼻を鳴らせば、雨の匂いがし、ヒナタは少し思案しつついのに声をかけると、彼女も理解していたようでサクラを視線を合わせた。

 二人の行動はそれから迅速であり、少し雨宿りが出来そうな手ごろな場所を見つけると、そちらへと誘導しはじめる。

 駕籠を押しての強行軍で山越えも考えたのだが、それでは中にいるお嬢さんが風邪をひいてしまっては困るという配慮からの行動であった。

 街道から少しはずれた場所に、小さな洞窟があり、その中は少し広くなっていて奥は広そうだが駕籠が入ればそれほど広いとも感じられないくらいの空間。

 ゴツゴツとした岩肌と、少しコケの香り。

 分厚い雲に覆われた空は、今にも泣き出しそうである。

「すみません、手を煩わせてしまいまして」

 丁寧な物言いなのだが、既に行動に違和感を感じているヒナタにとってはそれも仮面でしかなく、いのやサクラがそれに気づいているかどうか怪しい。

 この二人の違和感。

 それはヒナタの洞察力が優れていたからこそ理解できた域であり、通常気づくことなどできない。

 綱手は流石に長く生きてきたのもあるし、様々な場所で様々な人を見てきた下地があってこその洞察力であるが、ヒナタは元々人の本質を見抜く力があった。

 それは何よりも優れた能力であるのだが、その事実を知る者は少ない。

 雨の匂いが近づき、ナルトたちも風邪をひかなければいいのだけどと心配そうに空を見上げるヒナタは、チラリと三人の姿と捉えた気がしてフッと口元に笑みを浮かべる。

 心配しなくていいように、わざわざ姿を見せてくれたのだろうとヒナタは感謝しつつも、後ろでお嬢さんに気を配っているフリをしている二人がこちらに気づいていないかどうか探り、全く持って疑ってもいない愚鈍さに溜息が出た。

「雨、降りそうね」

 サクラの言葉にヒナタは静かに頷くと、ポツリと地面を染める雨粒を見て、長くなりそうだと目を伏せ思う。

 気配は動かない。

 しかし、きっとこの雨も予測していたのだろうと、どことなく感じていたヒナタは、この雨宿りできるというこの洞窟が不利な状況下であると考える。

 サクラの怪力技は、洞窟自体を壊しかねないし、いのの術は発動にそれなりに時間がかかる。

 狭い洞窟内では、あっという間に間合いを詰められてしまうのだ。

 ヒナタの攻撃範囲は近、中、遠距離のどれにも対応できる。

 しかし、だからといって油断はできない。

 そうなれば、ヒナタに集中攻撃が来るのは火を見るより明らかであり、もしお嬢さんを盾にとられてしまえば、動きようがなくなってしまう。

(相手をするにも、まずはナルトくんが言うように、お嬢さんを助けてあげないと……きっと、ナルトくんたちが見て、彼女は白なんだ)

 ヒナタの目からも彼女は白に見えた。

 黒なのはこの二人。

 油断無く相手の出方を待ちながら雨が上がるのを待つ。

 その時間が長ければ長いほど、ヒナタは疲れを感じてきていた。

【大丈夫か、ヒナタ……顔色良くねーな】

 ふぅと溜息をつきかけた時、ナルトからタイミングよく声がかかり、ヒナタはドキリと胸を高鳴らせる。

 顔色が見える距離にいるつもりはなかったのだが、どうやらヒナタが思っている以上に、彼らは接近しているらしい。

【ん、大丈夫。何だか……気持ち悪くて……】

【相手の出方がわからねーからか……】

【それもあるけど……視線……かな】

【……ヒナタ、オレの声、聞こえてるよな】

【うん、勿論】

 何を言い出すのだろうとヒナタは、表面に出さずにそう思うと、不意打ちのようにナルトが甘い声で囁く。

【ヒナタ、大好きだぜ】

 思わず声を出しそうになったヒナタは、慌てて外を見る。

 その行動に男二人が首を傾げるのが見えて、ヒナタは首を竦めた。

「え、えと……水が跳ねて、ビックリしてしまってすみません……」

「あ……そんな外にいないで、こちらへ……」

「い、いえ、外の様子も気になりますから。お二人はお嬢さんを気にしてあげてください」

「は、はい、すみません」

 当たり障りのない会話をして誤魔化したヒナタは、内心大きな安堵を覚え、内心いきなり何を言い出すのだろうと首を傾げる。

 どうやらその戸惑いと疑問はナルトにも伝わったのだろう、申し訳なさそうな気配が感じられた。

【ナルトくん?】

【あ、すまねー……い、いや……そんなヤツらの視線じゃなくさ、オレが見てるって思ってくれってばよ】

【……え】

【オレもヒナタだけを見てる】

 ドキリと大きく脈打つ鼓動をカンジ、ヒナタは中の人たちにバレないように外に顔を向け唇を噛みしめる。

 こんなに甘く囁かれては、相手の嫌な視線を気にしている余裕すらない。

 嫌悪感は薄らぎ、守られている感覚を覚え、だけど相手の動きはきちんと把握できる余裕が生まれた。

 それは全て、ナルトがもたらしたもの。

【ヒナタの唇が青いのも気になるし、腰……痛そうだなって……ごめんな】

【う、ううん……け、決して……嫌では……ないから】

【あ、う、うん……あ、ありがとう……ってばよ】

 愛しさに心を満たし、どこか自然と溶け込んでいくような感覚。

 視野が広がり、感覚が研ぎ澄まされ、何か大きなうねりの中に輝く波長を感じた。

 それが何なのかはわからないが、ただその自然な美しい力とも言うべき波長は、波があって普通に触れれば消えてしまいそうなほど儚く感じるのに、静かに身を任せれば力強く光り輝く。

【不思議……この世界にとけていくみたい……自然の中に波があってその光に触れようとしたら消えるのに、身を任せれば光輝く……】

【……ん?ソレって……オイ、ヒナタ。お前……まさか……】

 ナルトは驚いたようにヒナタの言葉に反応し、ヒナタは不思議そうにナルトの言葉を待った。

 ヒナタに見えている光のうねり。

 コレをナルトは知っていると、直感的に感じたからである。

【自然エネルギーを視覚化してんのか?お前】

【自然エネルギー?】

【待てよ……視覚化?アレって視覚化出来るもんなのか?白眼ってんなこと出来んのか?てか、サスケも出来んのかな……】

 うーむと唸り出し何か悩み出したナルトに、ヒナタは余計にわからなくなり首を捻る。

 外は雨、なにやら想い人は思考の渦に捕らわれたようであり、こちらとの会話も儘ならなくなった様子。

 暇になったかも……と内心ヒナタは呟き、それとなく天を見上げて溜息をつく。

 厚い雲は青い空を覆い、未だやむ気配を見せない。

 シトシトと振り続け、地面に出来た水溜りは、空から降ってくる雨で様々な波紋を見せ、どんどん大きくなっていく。

 シットリとした草木の様子。

(水の音、草の音、風の音、雨の音、土の音……音が溢れている……)

 耳を澄ませばそんな音の中にある不協和音。

 その音の出所はすぐに理解することができた。

(あの二人から奏でられる音は、不協和音……澄んだ音ではなく、濁り滞った音……)

 何故そんなことがわかるのだろう、何故感じるのだろうと、疑問に思う前にチリリッと左腕に取り付けてある腕輪に熱を感じた気がして、視線をおのずとそちらへ向ければ、腕輪の石に何かの文字が浮かんでいた。

(文字?……なんだろう、見たこともない文字……)

 一字だけ浮かんでいるソレに気づいたヒナタは、ソッとソレに触れてみると、やはり熱いと感じ、手を引っ込める。

(私……だけ?)

【何か一瞬熱くなったな……なんだ?】

【ナルトくんも感じた?腕輪を見て、何か文字が浮かんでるみたい】

【……なんだこりゃ】

【よ、よくわからないの】

【説明書には書いてなかったしな……うーん、あのバカ若に聞かねェと……か】

 そろりとその文字を撫でてヒナタは同意を示すと、ピクリと左手が勝手に動いたような気がしたが気のせいだろうと視線を洞窟の中へと戻す。

 どうやら二人がそろそろ動き出そうとしているようだと肌で感じながら、ヒナタは油断無く柔らかな視線をいのとサクラへ送るのであった。







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