46.駕籠





 その日、任務の召集がかかり、ヒナタ、サクラ、いのは火影執務室へと赴いていた。

 女性限定と言われた任務は、どうやら商人の娘の警護らしく、行程は隣町までという短いもの。

 その商人がまた酷く過保護のようで、お嬢さんつきの従者といわれる者が二人同席しており、男性を絶対に近づけてはならないと厳しく言われ、三人は首を傾げてしまう。

「あのー、男性アレルギーとかそういったことでしょうか」

 サクラが首を傾げて尋ねれば、すんなり従者はそうだと頷いて見せた。

 どうやら男性から隔離されたような生活をしていたために、完全な男性アレルギーになってしまったらしい。

 3人は呆れつつも任務ゆえに拒否権も無く、そのお嬢さんが乗った駕籠とともに隣町までの道のりを歩き始めた。

 護衛といわれても、同期メンバー女ばかり。

 気心知れた三人であったが故に、意外とすんなり任務を遂行することができた。

 寧ろ、そのお嬢さんという方は、一回だけ顔を見せただけで他は出てくる気配すらない。

「すみません、うちのお嬢さんは男性が傍にいるとダメで、オレたちですらダメなんですよ」

「そ、そうなんですか……」

 それは大変だなとヒナタは溜息混じりに件のお嬢さんが乗っている駕籠を見るが、彼女は会話も聞こえているだろうに顔すら見せる気配がなかった。

 違和感を覚えヒナタはサクラやいのを見るが、彼女たちは周辺を気にしているようなカンジが見受けられた。

 外部……とは思えず、ヒナタはそれとなく従者二人を伺い見る。

 筋肉のつき方は、どうみても一般人というカンジがしない。

 そう、ダボッとした服で隠してはいるが、しなやかな鋼を思わせる肉体。

 そして何よりも、時折見せる視線の配り方……

(忍……だよね)

 気楽に声をかけて、女3人がのほほんと護衛をしているように見えるのだろう、薄ら笑いを浮かべている。

 ああ、やっぱり厄介ごとだったんだ……と、出てくる前の綱手の意味深な笑みを思い出したヒナタは、内心泣き言を言いたい気分であった。

(私……確かに休日明けだけど、休日……休んでた……気分じゃないんです、綱手様……)

 ヤレヤレと内心溜息をついたヒナタは、だるい体を摩って気を紛らわす。

「ヒナタ、調子悪そうね」

 サクラが心配そうに額に手を当ててみれば、ヒナタは苦笑を返し、それからなんでもないと首を振って見せた。

 調子が悪いワケではない。

 ただ疲れているだけなのだ。

(……ナルトくんの体力、甘く見てた……かも)

 体がだるい……というか、腰がだるい……と、ヒナタは心の中で呟いたあと、少し頬を赤らめた。

(お、思い出しちゃダメよっ、わ、私!に、任務中っ!任務中なんだからっ!!)

 ブンブンと首を勢い良く左右に振るヒナタの行動に、いのとサクラが顔を見合わせ首を傾げれば、ザザッと風を切る音と共に聞こえる声。

【ヒナタ】

(え……?ナルトくん?)

【へへっ、その護衛、どうやら胡散臭ェみてーだな】

(……やっぱり……)

【今、サスケとシカマルと一緒にそっちに気づかれねェように尾行してる。何かあったら、その駕籠の子任せたぜ】

(はいっ)

【いい返事だ、頼りにしてるってばよ!】

 ナルトの元気の良い声に胸をいっぱいにしたヒナタは、うふふっと思わず笑ってしまい、その笑みを見たいのがニヤリと笑う。

「なぁに?思い出し笑いしちゃってー、何かいいことあったワケ?」

「え、あ、そのっ、な、なんでもないよっ」

 わたわたと焦った様子で返せば、いのはニヤニヤしながら耳元で一言呟く。

「その首筋、角度によったら見えるから、もうちょっと締めといた方がいいわよ」

「……え?」

「ヒナタも女ねぇ」

「っ!!?」

 それだけで意味がわかったヒナタは、思わず額宛の紐を締めなおし、上着のジッパーをいつもより上へ上げる。

 真っ赤な顔をしながらいのに伺えば、OKと指で示し返してくれた。

 どうやら首筋にナルトのつけた印が残っていたようだ……と、思いブンブンっと首を振る。

(く、首筋だけじゃない……ど、どうしよう……い、いっぱいあるんだよね。み、見られないようにしなくっちゃ)

 真っ赤になりながらヒナタは唇を噛みしめると、どうやらそんなやり取りが相手の警戒心を余計に解いたようで、男二人はヒナタが伺っていることも知らずにニヤニヤと笑いつつヒナタやサクラたち三人を観察していた。

(嫌な視線……気持ち悪い……)

 ヒナタは顔が見えない角度に持っていってから、顔を顰めて溜息をつくと、ぞわりとする悪寒をどうにかしたくて気を紛らわすように駕籠を見つめるが、中のお嬢様は本当にいるのかわからないほど存在が希薄である。

(……クスリ……それとも、幻術……)

 そう考えているヒナタの死角から手が伸びてくるのを感知し、ヒナタは大きく上半身を逸らせてその手を避けると、目を瞬かせた。

「何か……御用ですか?」

「あ、いえ、葉っぱがついていたものですから」

「ありがとうございます」

 ペコリと頭を下げて何事も無かったように歩き出せば、相手も悟られなかったかと暫くは緊張した様子であったが、再び警戒を解いたようである。

(……ぞわっとしちゃった……)

 長い袖の下には粟立った肌。

 薄着でなくて助かった……と安堵の吐息をつけば、苛立ったナルトの波長が腕輪を通して伝わる。

 今のを見ていたのだと直感的に感じて、ヒナタは腕輪に何気なく触れて微笑む。

【大丈夫だよ】

【……ヤベーな、オレもうちょっとで飛び出して殴り倒すところだった】

【ダメだよ、ナルトくん。私は大丈夫だから……ね?】

【……おう】

 不満です

 そう言いたげなナルトの声にヒナタは内心苦笑を浮かべつつ、一緒に行動しているであろうサスケとシカマルが止めてくれたのだろうと感謝する。

 ここでバレては仕方が無いのだし、この忍たちがどこの者かも掴みたい。

(……長くなりそう……)

 短くて楽なはずの隣町までの警護は、どうやら厄介ごとを引き連れてやってきてくれたようで、心が重くなるが、何より重いのは腰かな……と、ヒナタはちょっとだけ赤くなり、それも決して嫌ではないと思う自分に呆れつつ、油断無くいつでも戦えるように相手を泳がせながらも近くで感じるナルトの気配に安堵の吐息をつくのであった。







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