45.勲章





 朝の光が差し込む窓をシンプルなオレンジ色のカーテン越しに感じて目を開けば、緩やかな風が吹き抜けていく。

(あ……窓開けたまま寝ちまったか……)

 うっすらと目を開き、まだ早い時間。

 太陽が顔を出したところなのだろうと判断したナルトは、ゆっくりと身を起こそうとして硬直する。

 動かない左腕。

 何かの重みを感じて動かない腕をいぶかしみながらそちらを見れば、寝ぼけていて記憶がぶっ飛んでいたのだろうと理解し、そして顔に集まる熱をどうにも出来ずに呻く。

「……そう……だった……」

 無防備に身を預け眠っているヒナタ。

 Tシャツは少し大きかったのか肩がむき出しになっていて、ナルトは布団をソッとかけてやると、風で冷えた体はぬくもりを求めていたのか、もぞもぞと動きながらもナルトに擦り寄る。

 先ほどまで隙間なく抱き合い眠っていたのに、ナルトが半身を起こしたために生まれた隙間に寒さを感じたのだろう。

 まるで子猫のようだと思いながら、その腕に抱きしめてから隙間を埋めるように体を密着させた。

 すこしヒンヤリする体は、確実に熱を求めていて彷徨っていたヒナタの手がナルトの背中に回され止り、ふわりと彼女の寝顔に柔らかい笑みが浮かぶ。

(ぐぉ……な、なんつー……くそっ、襲っちまうぞっ)

 昨夜の行為を思い出せば、理性などすぐに手放せるほど密着し、熱を分け合う体勢。

 柔らかな胸の感触に、自然と手が動きそうになって必死に押さえ込みヒナタの背に腕を回せば、小さく漏れる甘い吐息。

 まるで拷問だ……と、思いながらもナルトは苦笑を浮かべてしまう。

 彼女の甘い香りに包まれながらの目覚めは、普段よりもやはり気分も心地も良い。

 まぁ、多少の弊害がないとも言いがたいが、愛しい人と共に目覚め向かえる一日は貴重のもののように感じた。

(こんな幸せをずっと感じていられたら……)

 愛しくてしょうがない気持ちを伝えるように、髪に軽く口付けを落として目を閉じる。

(オレを愛してくれる……化け狐と呼ばれ、人柱力であるオレを受け入れ、愛してくれる……一番優しい存在だっていってくれた……それは、お前のほうだってばよ、ヒナタ。お前ほど優しいヤツはいねェ……愛してる……言葉だけじゃ足らねェ、もっと、もっと……どうやって伝えたらいい?)

 はぁ……と熱い吐息をついて、ナルトはヒナタの柔らかな肢体を抱きしめて誰にも渡すまいとするかのように掻き抱く。

(人は……言葉に出来ないから、こうやって求めるのか?)

 涙を流しながらも必死にナルトを受け入れたヒナタの姿。

 痛みを堪えながら、苦しさに耐えながらも、手を伸ばして必死に縋り付き望んでくれたのを多分生涯忘れることは出来ないだろうと、ナルトは思う。

 いやらしい意味ではなく、それはとてもナルトにとっての奇跡のような感覚であったのだ。

 他人のヒナタの評価は、優しくて甘い、忍としては血継限界を持っているにしてはとても残念な存在だという。

(お前らがヒナタの何を知ってる……コイツは、お前たちの声や言葉を知らないワケじゃねーんだ。お前らがオレをどう呼んでいたかも知ってる……だけどな、コイツだけはお前らみてェな奴らの言葉に惑わされることもなく、オレを真っ直ぐ見て言うんだ。『誰が何と言っても、ナルトくんはナルトくんだから』って……それだどれだけ強えーことか、お前らは知らねェ)

 昨夜は夢中で気づかなかったが、そういえば……とナルトはヒナタの体を解放するとソッとTシャツを捲り上げて、胸の辺りをジッと見つめる。

(この辺りだったはずだ、長門に刺されたの……コレ……か?)

 傷はサクラによって完全に塞がったと聞いてはいたが、傷痕が残ったのではないかと心配していた。

 胸に傷など、女性にとってはとても哀しいことだろうと。

 うっすらとだが皮膚の色が違うのが解る。

(サクラちゃんの医療忍者としての腕に感謝ってところか……)

 本当に目立たない傷。

 体を貫かれ、あれほど地面を血で染めたにしては小さな痕であった。

 ナルトの命を救おうと、あの場面に飛び出してきた証拠の痕。

 どれほどの決意と勇気であったろうと思うと、胸が熱くなってしょうがない。

 愛しい……と思った。

 その傷も全てが愛しいと感じたナルトは無言でその傷痕へ何度も口付ける。

(こんな強い女、他に知らねェ……こんな愛しい女も、こんな……メチャクチャにしてやりたくなる女も……お前だけだってばよ、ヒナタ)

 ソッと舌を這わせれば、皮膚の感触が違うのもわかった。

 きっと、この傷痕がどれほど醜く引きつっていようとも、愛せただろうとナルトは愛しげに撫で微笑む。

(コレがヒナタの強さの証。そして、オレへの愛の証)

 再度口付けた時、ヒクリと体が反応した気がして、ナルトは目を瞬かせると、その肌が赤みを帯びているのを感じて『あ……』と思いつつソロリと視線を上げれば、真っ赤な顔をしつつ涙目でナルトを見つめるヒナタと視線がかち合った。

「あ、おはよ……」

「おはよ……う……ナルトくん……な、なにを……して……」

「あー……えっと……その……」

 凄まじく気まずくてナルトは口元を手で覆ったが、顔を赤くして目を潤ませ困ったような表情をしているヒナタを見ていると、昨夜のことがありありと思い出されてヒクリと喉がなる。

「ず、ずっと気になってたのを、昨日確認してなかったな……ってさ……」

「……気になってた?」

 気まずそうに視線をそらせながらもポツリと呟いたナルトの言葉が気になったのか、ヒナタは首を傾げてナルトを見つめた。

「ああ、ほらあの戦いで刺された傷……血があんだけ広がってたからさ、タダで済んでるワケねーんじゃねェかって……でもさ、女の子の体についてそうそう聞くこともできねーから」

 そういいながら今は着ているものを捲り上げて、素肌を眼前に晒させ確認しているという現実に、ナルトは眩暈を感じる。

 あの頃とそれだけ自分とヒナタの距離が変わったのだと言えばそれだけだが、やはり一言断るべきだったかと、今更ながらに後悔した。

「少しだけ残ってるよ。サクラちゃんの腕が良かったから、気になるほどじゃないけれど……でも、これは私の勲章だから」

「勲章……」

「うん、私が大切な人を命がけで守ろうとした証。あの時の強い思いが、ここに残ってるの」

 てっきり怒られると思っていたナルトは、思いがけないヒナタの言葉に呆然とし、再びその傷を見つめる。

 白い肌に注視しなくてはわからないほどの薄ピンク色の盛り上がった皮膚。

 ソッと指を這わせれば、ヒナタの体がビクリと跳ね上がったが、それすら気にならず、ただ愛しげに撫でた。

「オレも……この傷が愛しい……この傷だけじゃねェ。お前が愛しくてしょうがねェ」

「んっ……あ、あの……う、嬉しい……って思う。で、でも……そ、その……あまり見ないで、恥ずかしいから……」

「何で?恥ずかしがることねェよ、こんな綺麗なのにさ」

「そ、そういう……意味じゃなくて、そ、その……」

 愛する男の前で素肌を晒されて恥ずかしいという意味で言ったのだが、どうやらナルトには傷痕を見られて恥ずかしがっていると取られたようだと認識したヒナタは訂正しようと口を開くが、その唇からはその訂正ではなく甘い声が漏れた。

 口を開いて声を出そうとした瞬間に傷痕に口付けられたからだ。

 思わず互いに言葉を失い、視線だけを絡ませると、ナルトが先ほどと雰囲気が変わったのを感じてヒナタは逃れるように体を起こそうとしたが、一瞬彼のほうが早くニヤリという笑みを浮かべたままヒナタの体を押さえ込み耳元で囁く。

「ヒナタ、オレすっげーヒナタを抱きたい」

「な、ナルトくん……あ、朝……だよ?」

「今日は任務ねーもんな?」

「……そ、それはそうだけど……」

「回数重ねれば、ヒナタもすっげー良くなるらしいぜ。エロ仙人が教えてくれた知識も、時には役にたつもんだな」

(何を教わったの!?)

 ふるふると言葉もなく首を振るヒナタに、ナルトは止めとばかりに甘く囁く。

「オレ、ヒナタが愛しくて仕方ねェんだってば。言葉じゃ伝えきれなくってさ……全身全霊でオレの愛を感じてくれってばよ、ヒナタ」

「っ!!」

 これほどの落とし文句があるだろうかとヒナタは泣きそうになりながら、きっと意地悪な笑みを浮かべているだろうと思われるナルトを見つめれば、思わず息を呑むほどの笑みに体の芯が熱くなるのを感じた。

 そこにあったのは意地悪な笑みではなく、とても言葉に言い表せない程複雑で、切なくて、愛しくて、喘ぐようでいて、切望するような、そんな色んな感情を綯い交ぜにした綺麗でいて求めずにはいられない愛しさを感じさせる、ヒナタにとってこの世で最も愛しい男の表情。

(愛しいっていう気持ちを……言葉に出来ないからこそ、肌に触れて求めて熱を伝え合って溶け合う……のかな。私たちはあまりにも愛情を伝える言葉を知らない……だからこそ求め合うのかな)

 ああ、何て愛しい人なんだろう……と、ヒナタは胸中で呟きソッと目を閉じれば、唇に降りてくる優しい口付け。

 それを合図に再び甘い熱に支配される。

 昨夜の再現。

 いや、昨夜よりも熱くて激しい。

(きっとこうして私はずっとナルトくんに蕩かされる……でも、それがちっとも嫌じゃなくて、私も望んでしまう)

 触れ合う肌と肌の熱さから、感情が流れ込み溶け合うような不思議な感覚。

 早くなる呼吸が同じようなリズムを刻み、感じる一体感。

 かすれた声で呼ばれる己の名前。

 全身全霊で求めてくれるナルトの瞳。

 そして、全身全霊で応えるヒナタ。

「ヒナタの全部貰ってもまだ足りねェ……もっと、もっとだ」

「うん、私も……ナルトくんを……もっと欲しい……」

 ヒナタからそんな言葉が聞けると思ったいなかったナルトは驚き目を覗き込めば、朝日の中綺麗に微笑みながら恥ずかしそうに目を伏せるヒナタの様子にナルトは嬉しそうに笑みを深めた。

 恥ずかしがり屋のヒナタが届けてくれた誰よりもナルトを求めてくれる言葉は、あまりにも不意過ぎて無防備だったナルトの心に甘く響き包み大きく揺さぶり、ナルトは鼻の奥がツンとする感覚を覚えながら微笑む。

「ありがとう……こんなオレを求めてくれて」

「こんな……じゃない、ナルトくんだから欲しいって思うんだよ」

 柔らかい声にそう告げられ、ナルトは綺麗に愛しそうに微笑むヒナタを目に焼き付けたいのに、滲んだ視野は晴れてはくれず零れ落ちた涙を昨夜ナルトがしたように、ヒナタが唇で拭ってくれた。

「誰が何といっても、私にとってナルトくんは、誰よりも愛しい人。だから、恐れないで……ナルトくん……アナタはアナタだから」

 ゆっくりと重ねられる口づけに、ナルトは苦笑する。

「情けねーな。男のオレが泣いちまうなんてよ」

「ううん、素敵なことだよ……そして、私には嬉しいことだよ……心を曝け出してくれている。それはとても嬉しいことだよ、ナルトくん」

「……お前には一生敵わねェな」

 心の強さは、いつも彼女が上を行くと、ナルトは愛しい女を抱きしめながら、この誰よりも綺麗な人が自分を好きでいてくれる、愛してくれるこの世界を、誰よりも守りたいと思った。








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