38.鍾愛 それぞれの墓に花を供えたあと、ナルトは何気なく思い出した場所があり、そちらへ足を向けると、ヒナタも何も言わずについてくる。 サクサクと草を踏み分け入っていった場所。 木々や草が生い茂り、誰も来ないような場所。 「あ、あの……な、ナルトくん……こ、こっちに何か……用が……あるの?」 どこへ向かっているのか理解したのか、ヒナタから焦ったような声が聞こえてきて、ぎゅっとナルトの上着を掴んだ。 しかし、ナルトはその声に答える事も無く、そのままの状態で歩みを進める。 半ば引きずられるように歩き、そして予測していた場所についたヒナタは全身を紅色に染めて首を弱々しく左右に振る。 「ど、どうし……て……」 「見つけたのは偶然だった」 無言で歩いてきたナルトはここで始めて言葉を発した。 まだ振り向きはしない。 だけど、その声は確かにヒナタに向かって投げかけられていて、ヒナタはその背中を見つめながら震える手を握り締めた。 見慣れた場所。 誰も知らない場所。 自分だけの……秘密の場所。 そう、ヒナタ以外の誰もいない、その場所だったハズなのに、今はナルトがそこにいる事実。 ヒナタは胸が苦しくて張り裂けるのではないかというほどの息苦しさと、心臓の高鳴りを覚えながらへたり込みそうになる足を叱咤し立ち続ける。 「里の連中の態度を受け入れたハズなのに、こう……こびりついたようなもんがあってさ、オレ自身どうしていいか分からなくて一人になりたくて森に入ったんだ」 当時のことを鮮明に思い出しながらナルトはただ淡々と語る。 脳裏に鮮明に残る、神々しいまでに美しい光景と歌声。 「この一番デカイ樹の、あそこに太い枝あるだろ」 ナルトの見上げた方向を見上げたヒナタは、その枝を見つめて小さく頷く。 それを気配だけで察したナルトは、言葉を続けた。 「そこに寝そべって昼寝しようって思ったんだ。鳥の囀りも耳に気持ちよくってさ……そしたら、ヒナタの声が聞こえた」 「っ!」 息を呑むヒナタの様子は、振り向かずとも手に取るように理解できる。 だけど、まだ振り向けない。 振り向けば、きっと抑えが利かない。 そう理解していたからこそ、ナルトは手を握って耐える。 「小鳥に餌やりながらさ、すっげーいい顔で笑って……オレにはそんな笑顔見せてくれたことねーのにって思いながらも目が離せなくて正直戸惑った。誰もいねー時、ヒナタはこんないい笑顔を見せて、こんなに屈託無く伸びやかで……綺麗だって思ったんだ」 少し震えるナルトの声は、何かを堪えるようでそれでいて何かを抑えながらも伝えたいことがあるかのように、感情の昂ぶりをその音に乗せて響かせた。 すでに暑いというより涼しく感じる風が森を吹きぬけ、いつもは姿を見ただけで飛んでくる小鳥たちも何かを察したように息を潜めている。 「ヒナタの歌声が子守唄みてーでさ、オレの内側にある何かが解けていって……すげー気持ちよくて満ち足りたみてーで……いつも包まれたみたいに眠っちまった」 一旦そこで言葉を切って、ナルトはふぅと息をつく。 思いのほか緊張したように力の入っていた体から余分な力が抜け、いつのまにか俯いていた顔を上げる。 「ヒナタと話がしてェ、声が聞きてェ、傍にいてェ……オレに……あの綺麗な笑顔を向けて欲しいって……思うようになったんだ」 「……ナルトくん」 「最初はわからなかった。どうしてそう感じ、そう思うのかなんてさ……でも、今回の件で痛いほど解った」 遠くで風が舞う音が聞こえ、それでも必死にナルトの言葉を一言一句聞き漏らすまいと、記憶に留めておきたいとヒナタは息をするのも忘れたかのようにナルトの背を見つめた。 広く大きな背中。 今日は一段と大きく見えるその背中に、ヒナタは知らず知らずに己の手を握り、胸の前で祈るように抱え込む。 「お前が元気になったら言おうと思ってた。ちゃんと言葉にして、意識朦朧としたお前じゃなく、シッカリオレを見据えているお前に言いたかった」 そこではじめてナルトはソッと振り返り、まるで挑むかのような厳しい顔つきでヒナタを見つめ、眉間に寄った皺は言い辛い言葉を必死に声に出そうとするかのように深まり、そして意を決したように口を開いた。 「ヒナタ、オレは……心からお前を愛してる。お前と家族を持ちてェって思うくらい、本気でヒナタが欲しい」 吐き出された言葉は魂を震わせるほど強く、そして何よりも熱く、何よりも愛しかった。 「はい……私で良ければ……貰ってください」 知らず知らずに目に溜まった涙をそのままに、柔らかく優しくこの場所で見た笑顔のまま、ヒナタは微笑んでナルトの全てを受け入れる。 それが当たり前のことであるかのように…… 「前にも似たようなこと言ったけどさ、意識が朦朧としていて不安だったからかも知れねェ……とか、ガラにも無く考えちまってさ。オレってば、結構緊張してたんだってばよ」 「う、うん……何となく……わかる」 優しく微笑むヒナタに、ナルトはゆっくりと近づくと、視線を合わせながら目で問う。 それを感じたヒナタは無言のままに目を閉じれば、ソッと顔に影が落ち、優しく唇に自分とは違う熱を感じ、それからすぐに離れる。 いつもなら、ソレだけで済まないナルトが珍しいとばかりに目を開けば、困ったようなナルトの表情。 「これ以上したらさ、オレ……我慢できねェよ」 だから、この触れるか触れないかの距離で留まり、体にも触れてこない。 ここが境界線。 それを踏み越えればどうなるかなんて、ナルトの目の奥の狂おしい熱を見れば理解できる。 だからこそヒナタはソッと微笑んでナルトの首筋に腕を回す。 ビクリと震えるナルトの体を優しく包み込み、ヒナタは耳元で甘く囁いた。 「私は……ナルトくんのものだよって……前にも言ったよ」 「……オレの……もの……」 「うん、全部全部、ナルトくんにあげる……欲しいなら命さえもあげるよ」 ヒクリと動いた腕は、今度こそ躊躇うことなくヒナタを抱きしめ、力加減を忘れたかのように掻き抱く。 「ヒナタ……オレの……オレのヒナタ」 ぎゅぅっと抱きしめ熱っぽく囁き漏れた吐息は果てしなく甘い。 腕の中の確かなぬくもりは、柔らかくて何よりも熱く、そして甘く誘うように香る。 どんな花とてこれほどの馨しさをかもし出せはしないだろうと思いながら、ヒナタの背を手で撫でた。 やんわりと感じる柔らかな肢体。 その中全てに己に対する愛情に溢れているのかと思うと不思議な感覚を覚えるが、己とて同じなのだと思うと、奇妙な安堵感を覚える。 (一人前に人を愛し、愛される……人柱力で化け物って言われたオレが……こうして……確かに愛されている……すげーことだってばよ) 愛してくれた人たちはもう遥か彼方へと旅立ってしまった。 戻ることの無い場所へと…… しかし、こうして腕の中で愛を育み惜しみなく注いでくれる相手がいる。 こんな奇跡はないように思え、ナルトは涙が滲みそうになるのを必死に堪えた。 |