37.花 木ノ葉の国境近く、百鬼の国の一行を見送りに来たナルトとヒナタは、一行と他愛ない会話をしながら別れを惜しんでいた。 タガウとマモルは百鬼の国の忍として、今後の生活を約束され、タガウはやはりヒナタと離れるのが辛いのかぎゅっと拳を握り締めている。 しかし、それも恋愛の感情というにはもうほど遠く、どこか思慕の念に似ていて、ナルトとしては複雑だ。 「タガウ、マモル、あんま無茶すんじゃねーぞ。時々二人で遊びに行くからさ」 「約束……だぞ」 「ああ、約束だってばよ」 ニッとナルトが笑って拳を出せば、その拳にコツンッと己の拳を当てて、少し不貞腐れたような顔をしながらも、ナルトとヒナタを見つめる。 「泣かすなよ」 「当たり前だっつーの」 ニシシシッと笑いながらタガウの頭をぐしゃぐしゃ撫でれば、はにかんだように照れる様は、弟が出来た気分だと感じることが出来て不思議な感覚だ。 マモルも「オレもオレもっ!」と、頭を出してくるのだから、兄というよりは父親に近いかもしれない。 二人の頭を撫で回したナルトは、デカクなっても子供みてーだなと思いつつ、コレが彼らの止まった時間の現れたのかもしれないと思う。 力を求めてきた彼らにとって、心の成長は著しく低下したといって良いだろう。 怨念から解放された二人は実に子供っぽく、それでいて妙なところが素直であった。 「あまり無理しないでね。何かあったら遠慮なく言ってね」 どこか母親のような言葉を発しながら二人を心配しているヒナタは、術の被害者だということを忘れさせるほどだ。 そんなぬくもりに、双子は顔を見合わせ照れたように笑うと、『大丈夫だよ』と安心させるように笑い、それからヒナタを反転させて、ナルトへと押し付ける。 「ほら、ちゃんと見てないと、危なっかしいよ」 「……本当に、攫われたら……意味ないぞ」 「オレが傍にいて、そんなヘマするかよ」 ニッと笑いながらヒナタを受け取り笑いかけ、双子との別れはもういいだろうと、今度は百鬼の国の若が言葉を投げかけてきた。 「オレとコイツの結婚式。お前ら二人出席頼むぜ」 「是非ともきてくださいねっ」 「は、はいっ」 「おう、ぜってー行くからなっ!」 「それじゃ、そろそろ行こうかのぅ。別れは名残惜しいが、このままじゃと次の宿へ着く前に日が暮れてしまうわい」 「ジジイは野宿でも平気だろうけどな」 「ナルトのように、年寄りを大事にせんかい」 軽口の応酬をしている二人を見ながら、コレで仲がいいんだよなと思いつつ、ナルトは目を細めた。 どことなく自来也や三代目火影を思い出し、そのやりとりが懐かしく、そして羨ましいと感じる。 「大事にしろよ……失ってからじゃ遅ェーんだからさ」 ナルトの何気なく発された言葉に、ヒナタはハッとした顔をして、誰を思い出しているのかを知り、その腕にソッと手を添えた。 もう声を出しても届かない相手たち。 「……ああ、わかった」 若も何かを感じたみたいに、神妙な顔をして頷くと今度こそ踵を返して歩き出す。 「じゃぁ、達者でな」 「そっちこそなーっ!また遊びに行くから、元気でいろよーーーーっ!!」 ナルトは声の限り叫び、一同が振り返って手を振るのを見て手を振り返しながら、見えなくなるまで手を振り見送った。 「……なんか、一気に寂しくなるってばよ」 「うん、そうだね……ナルトくん、この後まだ時間あるかな」 「ん?」 「慰霊碑とナルトくんのご両親にね、御花持って行こう」 「……サンキュ、ヒナタ」 何も言わなくても察してくれるヒナタの優しさに、今日だけは甘えようとナルトはその手を優しく包み込むと、ぎゅっと握って今確かに傍にあるぬくもりを感じながら、このぬくもりに到達するまでの道のりを作ってくれた人々に感謝しつつ、木ノ葉に向かって歩き始めるのだった。 「こんにちは」 「いのいちのおっちゃんいるー?」 元気の良い声が山中花店に響き、それを聞いた店主、いのいちが奥から大量の花を抱えながら出てくる。 どうやら、花の搬入をしていたようである。 「やぁ、ナルトとヒナタじゃないか、どうしたんだい」 「あー、ちっと墓参りに花をって思ってさ」 「ナルホド」 少し照れたようなナルトに対し、花を見ていたヒナタが唇に指を当てて考え事をしている。 「墓参りの花だから、白がいいのかってば」 「うーん、それぞれだね。墓参り用っていうのもあるけど、故人の好きな花ということもあるし……それこそ、持って行く人の気持ちじゃないかな」 「そう言われると、結構難しいってばよ」 「あ、あの……向日葵を……ください」 「え?」 いのいちとナルトが迷っている中、ヒナタがジッと見つめていた花を指差しいのいちにお願いする。 「こ、コレかい?」 「はい、ナルトくんのご両親のお墓……ナルトくんみたいなお花がいいんじゃないかなって……」 「オレみたい?」 「うん、大きくって、元気良くって、太陽みたいだから」 ふわんっと笑うヒナタの微笑みに、一瞬我を忘れて魅入っていたナルトは、真っ赤になった頬を拳で隠し、視線を思いっきりバッと逸らせると『そ、そか』と小さく呟く。 今までヒナタの微笑みだけでこんなに衝撃を受けただろうかと思いながら、ナルトはやっぱり今までとは違うんだなと認識し、赤くなった頬をペチペチ叩いて何とかほてりを冷ます。 そんなナルトの様子に驚いたのはいのいちの方で、あれ?といった具合でナルトとヒナタを見つめる。 (この二人……付き合って……いるのか?) 実のところ、違う任務で里の外にいたいのいちは、先の戦いに参加していなかったのだ。 二人がそんな関係だということを知らない。 だが、今のナルトの反応はどう見ても好いた女に対する男のそれで…… (いつの間に……) サクラからヒナタになったのだろうと首を傾げていたいのいちの後ろから、娘のいのが姿を現す。 「何、アンタたち見送り終わったの?」 「うん、国境までちゃんと見送ってきたよ」 「へー、で、今からデートって?」 「え、ち、違うの、あの……墓参りしようと思って……」 「ああ、ナルトの両親の?花はどれにするの」 「えっと、ナルトくんっぽい……」 「ああ、向日葵ねOKっ」 えっ……と、皆まで言っていないのに様々な種類の向日葵を見繕って花束にしようとしているいのを、ヒナタたちは不思議そうに見つめる。 「あ、あの……」 「違った?」 「え、ううん、そ、それであってるんだけど……ど、どうして」 「ヤダ、ヒナタ気づいてなかったの!?」 「え?」 クスクスと本当に楽しげに笑ういのに対し、ヒナタは首を傾げる。 全く覚えが無いことだとでも言いたげな顔をするヒナタに対し、いのはニヤリと笑った。 この顔をするいのは、ろくなことを言わないと身に染み付いていたヒナタは慌てていのを止めようとするが、少しばかり遅かったようである。 「だって、ヒナタって向日葵見て、いっつも嬉しそうに誰かさん思い出して笑ってるんだもん、すぐわかるわよ」 「ひゃあっ、い、いのちゃんっ!」 それを聞いたナルトはやっと赤みが引いてくれた頬が、再び赤くなるのを感じて正直『勘弁してくれ』と呻きたい心境でくるりと体を後ろへ向けてしまうと顔を手で覆った。 (だ、ダメだ……すっげー……なんつーか嬉しいんだけど恥ずかしい……っていうか、何だこの口元がにやけて……あああっ、どーすりゃいいんだってばっ) にやける口元を必死に押さえながら、隠し切れない耳の赤さを山中親子にしっかり見られながら、ナルトは困ったような嬉しいようなそんな幸せを噛みしめる。 「だけど、向日葵ってヒナタってイメージだったんだけどねー」 「わ、私?私こんなに元気良くないよ」 どちらかというと真っ白な花が似合いそうだよなと、背後から聞こえてくる会話を聞きながら思い浮かべていたら、再びいのから爆弾が投下された。 「だって、いっつも太陽を見ている花じゃない」 「い、いのちゃんっ!」 「あはははっ!ナルト、アンタ真っ赤よー!あー、おっかしーっ」 真っ赤になってもう言葉も出ない初々しい恋人同士は、顔を見合わせることも出来ずに、互いに視線を逸らして赤くなっている頬をどうにか冷まそうと必死だ。 「アンタたち、それで付き合ってるっていうんだからー、もっと堂々としなさいよねっ」 「あ、あのなっ!こ、こっちだって、色々と必死なんだってばよっ!緊張するっていうか……な、なんつーか……ほ、ほら……」 段々語尾が弱くなってくるナルトに対し、大笑いするいの。 ヒナタに至っては、もう真っ赤になってオロオロするばかり。 しかしそんな二人を微笑ましげに見つめていたいのいちは、何故かこの二人が付き合い始めたと聞いて嬉しく思う自分がいることに気づいた。 ヒナタがずっとナルトを思っているといのから聞いたからか、ペインとの戦いのときの二人の経緯を聞いたからか、漸く手を取り合った二人を見守る心持で微笑んだ。 いのに散々からかわれながらも墓参りの花を選び、仲良く連れ立って店を出て行く二人を見送り、いのがポツリと呟く。 「漸くなんだから、もっと幸せを噛みしめなさいよね」 ああ、娘はなんと心優しい子に育ってくれたのだろうと、心から感謝しつついのいちは残りの花の搬入を終わらせるべく店の裏へと回るのであった。 |