36.決着 「何故……」 タガウは信じられない者でも見るような目でナルトを見つめる。 それはそうだろう、今その口で罪は消えぬと肯定した本人が、何故憎むべき敵であり、己の一番大事な者を傷つけた敵を許すというのか…… 「憎いからといって憎しみをぶつけたら、それは新たな憎しみを生むだけだってばよ。罪を消すことはできねェ、だけど、償うことは出来るっ!」 「うずまき……ナルト……」 「お前は、これから罪を償っていかなきゃなんねー。死ぬよりもっと辛ェことをしなきゃなんねーんだ。それでも、お前は生きていけるか?弟と一緒に」 真っ直ぐ目を見つめ、そしてニカッと笑みを浮かべ、ナルトは嘘偽り無い言葉でタガウに差し伸べた手をそのままに問いかけた。 その強い瞳、そして、これからしなくてはならないだろうこと、辛く厳しい道のりになるだろうと理解はしているが、タガウはまるで導かれるようにナルトの手を取る。 『頑張りなさい』 『お前たちは、自慢の息子たちなのだから』 声が聞こえた気がして、タガウは言葉を失い、一粒の涙を零す。 そう、ずっと見守っていてくれたのだと、今更ながらに感じ、そしてソレを言葉にすることなくただ涙に思いを篭めた。 ナルトに導かれ立ち上がったタガウは、離す前にきゅっと強く握ってからぎこちない笑みを浮かべ、頭を深々と下げる。 そして、バババッと目にも留まらぬ速さで印を結んだ。 「刻印誓約解除」 マモルだけでは解除できなかった刻印も、次々に解除され、まるで夢から覚めたように木ノ葉の忍たちが目を瞬かせあたりを見渡す。 その様子に、声をあげ喜ぶ人々を遠目で見たタガウは、大きな息を吐いた。 (そうか……心を縛るとはこういう事なのか……心を本人の意思ではなく縛りつけ操るという所業は、まるで悪魔のような行為なのだな……ならば、父のようにお人好しがこの血を誰よりも恐れ、そして誰よりも誠実であろうとした理由も……今なら理解できる) 「……うずまきナルト。お前のような男が、オレのこの力を持っていれば、世界はもっと住み易くなったろうに……」 「買いかぶり過ぎだってばよ。オレはそんな出来た人間じゃねェ……現に、ヒナタに術かけられて憎くてしょうがなかった。でも……お前の目がどんどん変わっていくのに気づいたんだってばよ。最初は恋敵ってカンジだったのにさ、なんつーか……助けを求めてるんじゃねェかって、そう思えた」 「……助け……」 「ああ、お前の目が、昔の我愛羅……オレの友達みてーだって思ったんだ」 へへっと笑ったナルトは、ゆっくり右手を差し出して笑う。 「だから、お前とも今から友達だ」 その言葉に大きく目を見開いたタガウは、口元を戦慄かせ、そしてその手を恐る恐る掴み、ぎゅっと力を入れて握った。 零れ落ちる涙は、次々と地面にシミを作り、乾いた大地に染み込んで行く。 ずっと心を凍らせて、刻印の力を使ってきたタガウ。 そして、その凍った心を溶かしたのは、父親を彷彿とさせる恋敵であったはずのナルトであった。 その奇跡に、タガウは知らず知らずに笑みを浮かべ、そしてヒナタが惚れるワケだと心の中で完全に敗北宣言をしたのである。 すでに、ヒナタへの想いは恋と言うには何かが違い過ぎてしまったが、それでも焦がれる想いはそのまま。 (この二人の行く末を、オレは見たい……のかもしれない……) ナルトとタガウが握手をしたのを見ながら、これはこれで困ったと綱手は眉根を寄せる。 火影として罰することが大前提となっている今、あまり酷い仕打ちをすれば、ナルトが暴れだすのは目に見えていた。 それに、今回の日向一族への多大なる被害も、ヒナタへの集中砲火を何とか回避しようと思うのならば、必ずしなくては里の者にも示しがつかない。 (さて……どうしたもんかねェ) マモルを支えながらナルトの元へと歩いていくヒナタの後姿を見つめ、綱手はほとほと困ったように溜息をつく。 「どうやら困っておるようじゃな」 「っ!」 気配のない場所から声がかかり、思わず飛びのいた綱手はその相手を見てガックリと肩を落とす。 「アンタは……」 一癖も二癖もありそうな翁が、綱手に笑いかけた後、ナルトたちのほうを見てニヤリと怪しげな笑みを浮かべた。 「ふーん、ケリはついたみてぇじゃねぇか」 「だが、話はそんな簡単なもんじゃなくってねぇ」 「だったら、簡単にしちまえばいい」 「は?」 「百万両」 「……何の金額だい」 綱手は昔の記憶を掘り起こし、百鬼の国で踏み倒した借金の金額にしては大きいな……と思いつつ尋ねれば、翁はニヤリと笑う。 「お前さんがワシの国で踏み倒した借金も帳消しってのもつけといてやろう」 「な、な、なん、何の話だいっ」 「綱手様、声が震えてます……」 シズネが頭を押さえて綱手をジトリと見やれば、冷や汗をダラダラ流しつつ、綱手は視線を明後日の方へとやった。 覚えがありまくりますと、言外に言っているその態度に、さすがのカカシも呆れ顔である。 「大名のアナタがここへ1人で来ていいのですか?」 「誰が1人だって?オレもいる、アンタの目は節穴かい」 そう言って現れたのは百鬼の国の若と、氷雪の国の姫、そして従者が数名。 「総大将、あまり勝手に動かれては困ります!」 「あまりカタイこと言うでないわい。ワシは孫の嫁の恩人に礼を言いに遊びに来ただけじゃ」 「後者がメインですよね?そうですよね!?」 マジメそうな黒い年配の山伏姿の男が、己の国の大名をいさめ様と必死になっているが、ぬらりくらりとはぐらかし、綱手に向かって提案をする。 「慰謝料……つまり、ウチの忍が迷惑かけた慰謝料ってことにすりゃ、話は丸く収まんねぇか」 「……だ、だがしかし」 「氷雪の国の大名からの礼状もホレ、この通りじゃわい。そのうち謝礼も届くじゃろうよ」 「何故そこまで……」 綱手は眉根を寄せて百鬼の国の大名を見ると、翁はひょひょひょっと独特の笑い声を上げてヒナタのほうを見つめた。 「我が孫の嫁の命の恩人と、そうじゃな……我が孫の友人の為かのぅ」 「私、ヒナタさんに命を救われましたっ、その恩返しが出来るのならっ!」 「ジジイとコイツが言ってきかねぇんだ。アンタが折れてくれるとありがてぇ」 大名と未来の大名、そしてその妻候補にそこまで言われてNOと言えば火の国との国交問題にも支障が出る可能性がある。 ソレを盾にして押し通せといっている目の前の翁に、綱手は深々と頭を下げ、その懐の大きさに感服すると、大きく頷いた。 「こちらとしては願っても無い……感謝するよ」 「昔の賭場仲間じゃ、礼はいらん」 (大名が賭場って……賭場仲間って……) カカシが何か言いかけて止め、とりあえず、これもナルトの人を惹きつける力の一旦なのだろうと苦笑を浮かべナルトを見る。 どうやらタガウとマモルのほうも話がついたようで、二人で手を取り合って笑っていた。 いつもの不気味な笑いではなく、優しくあたたかい兄弟の絆をカンジさせる笑み。 それを優しい眼差しで見守るナルトとヒナタ。 二人の後ろにサスケとサクラとサイ、そしてヤマトやいのやシカマルといったいつもの面々が集まり、ワイワイと言葉を交わしているようであった。 「わ、私、ヒナタさんにご挨拶をっ!」 「オレも行くぜ」 「ワシも行こうかのう」 ゾロゾロと綱手を筆頭に歩き出すが、我慢しきれず氷雪の国の姫が走り出し、慌ててその後を百鬼の国の若が追いかける。 「ヒナタさーーんっ!!」 「ひゃあああぁぁっ!!??」 がばあぁっ!!と、勢い良く抱きつく相手に驚き悲鳴を上げたヒナタは、勢いそのまま倒れそうになり、その体をナルトがすかさず己の体で押し留めた。 「おひさしゅうございますっ!怪我は大丈夫ですか?熱は下がったみたいですねっ、もう氷嚢必要ありませんか?ここに色々準備してまいりましたっ!あ、他にもお土産と、母からの礼状や、あっ!そうそう!この前渡したアレ、ちゃんと使えました!?」 と、一気に息継ぎなどどこへやらの勢いで話し始めた氷雪の姫に、目を白黒させてヒナタはあわあわと驚きを隠せない様子で見ながら、口をぱくぱくさせていれば、氷雪の姫の後ろから腕が伸びてきて、ヒナタの頭をわしゃわしゃ撫でてからニッと笑う美丈夫が1人。 「よう、元気になったみてぇじゃねーか」 「あ、こ、こんにち……ひゃあっ」 挨拶を交わそうとしたヒナタの体をナルトが抱きかかえ、一歩下がると、威嚇するように百鬼の国の若を睨み付ける。 「テメーは姫さんいるのに、ヒナタにスキンシップ多いんだよ!」 「ちっちぇこと気にすんな。ジジイみてぇにハゲるぞ」 「オマエの家系だろ、ソレは!」 「……人が気にしてることを……母方に似りゃ平気だと思うぜ」 「父方に似たらアウトってことじゃねェかよ」 と、軽口の応酬をしているナルトと百鬼の国の若に、ヒナタと氷雪の国の姫はくすくす笑い、お久しぶりと互いに言葉を交わした。 呆気にとられたのは事情を知らない者たちで、百鬼の国の次期大名とその妻候補とのやり取りにしては砕けすぎていると注意しようとすれば、百鬼の国の大名たる翁にひと睨みされ黙らざるを得ない。 「カタついたみてぇだな」 「おう」 「てめーにしちゃ上出来じゃねぇかい」 百鬼の国の若にそういわれたナルトは、ヘヘッと照れ笑いを浮かべつつ振り返りタガウとマモルを見ると、二人の視線はヒナタと氷雪の国の姫に向いたまま。 綺麗どころが揃っていればそうなるのも致し方ないのだが、ここで問題なのは、その綺麗どころの二人の彼氏であるナルトと百鬼の国の若は、お姫様たちのことに関してだけやたらめったらと心が狭いことではないだろうか。 「タガウ、マモル、ダチだけど……ヒナタはやんねーからな」 「それはオレも言っておくぜ?コイツに手を出そうとするんじゃねぇよ」 それに気づいた二人は、キョトンとして己のパートナーを見つめるが、ナルトと百鬼の国の若は同じような拗ねた顔をしてタガウとマモルを見ている。 タガウとマモルもこれには少々困ったような顔をしてから、小さく頷く。 ここで二人を敵に回したくはないのと、後々面倒になると本能で悟ったからかもしれない。 「こんな嫉妬深い男二人は放っておいて、ほら、ワシと『かふぇ』でお茶でもせんか、お二人さんや」 「え?ええ?」 「えっと、あのっ、そ、そのっ」 氷雪の国の姫の手と、ヒナタの手を取って、グイグイ引っ張りながら木ノ葉のほうへ歩いていく百鬼の国の大名。 その姿に呆気にとられた一同は顔を引きつらせつつも呆然と見送ってしまうが、ハタッと気づいた約二名が猛然と走り出し怒鳴り声を上げた。 「コラ!待てクソジジイっ!!!」 「じっちゃん!ヒナタは置いけってばよ!!!」 「てめー!アイツはいいってのか!」 「そっちは今後家族になんだろうが!オレの知ったこっちゃねーってば!」 「クソ!ジジイ!待ちやがれ!!ナルト!オレが許す!本気であのクソジジイぶっ飛ばせ!!」 「年寄りは大事にしろって昔っから言われてんだ!んなことできっかっ!!出来るならもうやってるってばよっ!!じっちゃん、だから早ェってば!!」 仲良く怒鳴りあいをしながらも木ノ葉に駆けていく二人を見て、我に返った一同は、ふっと笑みを漏らし、何気にナルトについていくタガウとマモルの様子も親鴨に子鴨がついていく様子に見えて苦笑を浮かべるしかない。 「全く……なるようになるもんだねぇ」 綱手の呟きに、全くその通りだと思いつつも、一同は漸く平穏が戻った木ノ葉の里へと歩みを進めるのであった。 |