35.真意 木々をなぎ倒し、地面に伏していたタガウがかろうじて起き上がれば、そこにはすでにナルトが立っていた。 眼前の強敵に思わず身震いをし、タガウは大きく跳躍して距離を取ると、己の動かせそうなコマを探すがすでに解除されているのだろうか、どの刻印も手ごたえがない。 「テメーの負けだ、タガウ」 「…………」 「お前は、弟を捨てた時点で……いや、ヒナタを選んだ時点でもう負けてたんだってばよ」 「何を……」 「お前、ヒナタになにを見た。お前が求めたモノは一体なんだったんだってばよ……復讐も恋心も全部中途半端で……本当は何を求めてたんだってばよ」 タガウはナルトを見て、口元の血を拭いながら言い知れぬ感情が渦巻くのを感じ、そして奥歯を噛みしめた。 何故この男は、敵であるはずの己の心の奥底へ入ってこようとするのだろうという苛立ちと共に。 「タガウ、お前は本当は……」 「言うな!」 叫ぶように言うとタガウは巻物を取り出し印を結ぶと、その中から大きな一匹の獣が姿を現した。 大きなクマのようなモノ。 弟のマモルが蝙蝠ならば、兄はクマを使役しているようであった。 「うえぇぇっ!?デ、デカ過ぎだろおぉっ!!」 ナルトは熊のなぎ払いを大きく跳躍して避けると、しょうがないとばかりに九喇嘛に話しかける。 「クマ相手で大丈夫かよ」 『誰にモノを言っている。デカイだけの獣なんぞにワシがやられるワケなかろう』 「へへっ、頼もしいってばよ!」 バッとナルトは印を結ぶこともなく手を前へ押し出せば、大きな九尾のチャクラが具現化し、クマを容赦なく持ち前のキバと爪で引き裂いた。 『相手にもならんわっ!』 九喇嘛の大きな声が響き、その地鳴りのような声に森の生物全てが恐れおののく。 それは人も同様であった。 しかし、そんな中でも、ヒナタはただ祈るようにナルトと九喇嘛の戦いを見つめる。 マモルはヒナタに支えられながら、そんな様子を見つめて苦笑し、目を閉じた。 (そうか……母さんに似てるよな……) おぼろげな記憶の彼方にいる母、そしてその母を切望している兄をマモルは知っていたのだ。 それが惹かれた理由だというのならば…… (途中でナルトの力を欲したのもわかる。ナルトは父さんに似ているから……ね) お人好しだった父と母が仲間に暗殺されそうになり、それでも必死に子供だけを逃した。 子供だけでもと、必死に守ってくれた両親。 (ああそうか……ヒナタに恋して、でもナルトという人物を見て、両親を思い出した兄さんは……もう、どうしようもなかったのか。父と母を二人に見てしまった兄さんは、それと同時に麻痺した心が戻ってボクたちの罪を再確認してしまったんだ) 「そうか……兄さんは、ボクを殺そうとしたんじゃない。ボクを動けなくして、全ての罪を己でかぶるつもりだったんだ」 「え……」 「あまりにも二人が……ヒナタとナルトが、ボクたちの両親に似ていたから……」 ヒナタはマモルの言葉を聞いて、ハッとした顔をするとナルトを見つめる。 その横顔は厳しいが何かを理解している表情。 「……きっと、ナルトくんもわかっているよ」 「ど、どうしてさ」 「だって、ナルトくん。さっきから問いかけてるもの……何を求めてるんだって」 優しい微笑を浮かべながら二人の戦いの行く末を見守るヒナタに、マモルは言葉をなくし、ただナルトと兄タガウを見つめる。 兄は本当は優しい人だったのだと、漸く思い出した心持でマモルは今まで霞んで見えなかったモノが、二人と接する内に見えてきたのだと認識しながら、ゆっくりと息を吐く。 (兄さん、罪を償うならボクも……一緒だよ) マモルの思いを知ってか知らずか、ナルトは低く呟く。 「お前……本当は弟を殺すつもりなかったんじゃねーのか。オレたちに医療忍者が多いのを知っていたから、ああやれば治療に当たるんじゃねーかって思ったんだろ」 「……何をたわごとを……役立たずは……いらん」 「お前のヒナタを見る目さ、いつからか変わっちまったよな。ソレにオレに何か言いたいことあんじゃねーの?」 「……何が言いたい」 「お前自身、卑怯な手ばかり使うように必死になってねーかって思うってばよ」 既に力が入らず地へ座り込むしかないタガウに、ナルトはクナイを突きつけるのではなく、目の前に同じように腰を下ろすと、ギロリとタガウを睨み付ける。 「こうやってジックリ話つけなきゃなんねーなって思ってたんだってばよ」 「ば……バカか……今がチャンスだろう……」 「殺すのはいつでも出来る」 「……貴様……」 「だけどよ、お前の心の内を知るのは、今しかできねーことだろ」 タガウと向き合い、ニカッと笑ったナルト。 それを見てタガウは泣きそうな顔をしながら脳裏の父の笑顔を描く。 「ふ……本当に似ている……オレたち兄弟は今はもう壊滅してしまった小さな国の出身だ。そこの忍頭の父と優しい母を持ち、日々両親のような忍になるべく努力をしていた……」 何故かナルトを見ていると語りたくなったタガウは、小さく息を吐き、それでもナルトを見つめて言葉を述べる。 敵であるはず、恋敵であるはずのナルト。 しかし、もう恋敵というには、あまりにもその面影を重ねすぎていた。 「ある時、隣の国のいざこざに首を突っ込んだ父をお人好し過ぎると仲間内で口論になる事件が起きたらしい」 思い出すようにタガウは目を閉じる。 小さな頃であったが、その時の大人の言い争いは昨日のことのように鮮明に思い出せた。 「仲の良い国のことであったが故に、人員をさいて収拾を図り、迅速なる対応で被害は少なくて済んだ。だが、我らの一族の被害が甚大であったのも確か……当主として忍頭として、あまりにも横暴だと……人が良過ぎて使われているだけだと……そんなお人好しに忍頭は務まらぬと謀反を起こされた」 タガウはその時の光景を思い出す。 焼ける屋敷、飛び交う怒号、そして、焼ける臭いと血の臭い。 優しい母が子を抱え、必死に隠し通路へと押しやるとその戸を術で隠し、父と共に仲間に殺される様を音だけで聞いた。 倒れてきた柱で頭を打ちつけ弱っている弟を抱えて、必死に命からがら逃げたタガウは、両親に恩義があるという老夫婦の元で生活しながらも、その隠し通路にあった巻物を頼りに独自に一族に伝わる血継限界の力を弟と共に会得し、二人だけで生きてきたのだ。 「元気で豪快で人の良い……本当にお前みたいな笑い方をするいい父だった。ヒナタのように優しくお前を支え、子を大事に慈しむ、いい母だった。オレの自慢の両親だ」 「……仲間に……」 「ああ、だからオレたち一族が滅んだのは自業自得だ。両親の話を知った他国の忍たちが、一斉に攻め入って滅ぼしたらしい。父との協定は破棄されたとな……あの父は意外と曲者だったという話だ」 クククッと笑ったタガウはナルトを見つめ苦笑する。 「だからといって、我らの罪は消えん」 「……ああ、そうだな」 ナルトは目を閉じ、深く頷く。 木ノ葉にしたことを許されるワケではない。 沢山の者達が悲しみに暮れた今回の事件を、無かったことには出来ないのだ。 複雑な思いを抱えながら、ナルトは口を結び頭をフル回転させる。 『愛があるからこそ 犠牲が生まれ 憎しみが生まれ 痛みを知ることが出来る』 『少しは痛みを理解できたか。同じ痛みを知らなければ、他人を本当には理解できない。そして、理解をしたところで、わかりあえるワケでもない』 『憎しみの連鎖がはじまる それが歴史だと知る 人は決して理解しあうことの出来きない生き物だと悟らざるを得ない』 『忍の世界が憎しみに支配されている』 脳裏に蘇る兄弟子の言葉。 それすらもう懐かしいと感じてしまう自分がいることに、ナルトは苦笑を禁じえない。 (タガウとマモルの場合も全く同じだってばよ……憎しみが憎しみを連ねてゆく……この連鎖を断ち切るのがオレの役目だ。そうだろ、エロ仙人、長門) 脳裏に浮かぶ二人のまなざしを思い出しながら、ナルトはゆっくりと立ち上がる。 そして、タガウへ手を差し伸べるのであった。 |