34.孤独




 ナルトが再び戦場に舞い戻った時、タガウは憎々しげにナルトを見やると、口元に皮肉気な笑みを浮かべたまま小さな声で問う。

「まさか弟を懐柔して、刻印を……解かせるとは……」

「ばっか言え、最初に弟を裏切ったのはテメーだろうがっ!ソレにアイツはヒナタに負けたんだとよっ」

 油断無く構えを取りつつ、ヤマトとサイが近くへ降り立った。

 良く見れば、二人とも結構ボロボロになっている。

 傷も多ければ、出血も酷そうだ。

「ヤマト隊長、サイ、ありがとな……おかげで、ヒナタは解放できた」

 ナルトの言葉を聞いた二人は、ホッと胸を撫で下ろすかのように吐息をつくと、苦しい中でも柔らかい笑みを浮かべた。

「それはなによりだよ」

「ええ、コレで心配事はなくなりましたね」

「ああ、これで心配することなく、思いっきり戦えるってばよ!」

 頷いて同意すると、今度は頭を下げて傷ついた二人を労り後ろを指で指し示す。

「二人に感謝だってば……ゆっくり休んでいてくれ、あとはオレがやる」

 後方に下がってくれという意味なのだと分かっていたが、渋る二人にナルトは真剣な目で語りかける。

「コイツとはオレがケリをつけなきゃなんねェんだ……男として」

 キッと目を吊り上げたナルトを横目で見ながら、二人はそれならば仕方が無いと了承したように後方へと下がった。

 そんな二人を待っていたかのように、サクラといのとシズネが医療忍術を施していくが、暫くは動けそうに無い。

 医療忍術を使っている間動けずにいる5人を守るべきかと、影分身を出そうとしたナルトに、サスケの声が飛んだ。

「後ろはオレが守る。気にせずヤレ」

 サクラたちの前に立ち、油断無く構えているサスケを視線だけで確認すると、ナルトはニッと笑って声を上げた。

「サンキュ、サスケ」

 周辺の操られた木ノ葉の忍たちは、カカシやガイ、そして同期メンバーたちによってどんどん動きを封じられ、解呪されていく。

 形勢逆転とはまさにこのことだ。

 一度は優位に立っていたはずのタガウは、己の弟までをも道具として扱ったというのに、何一つ手元に残らないという状況に歯噛みした。

「何故……お前にはソレだけ沢山のものがあるではないか……なのに……たった一人……たった一人いなくなるくらい、さして問題ではないだろう……」

「お前……ソレ本気で言ってんのかよ」

 ナルトはタガウを見ながら、悲しみに満ちた顔をする。

 そう、決してうずまきナルトは孤独を知らない男ではない。

 寧ろ、孤独だけの中にいたのである。

「孤独を知らない……お前が……憎くて仕方ないっ!」

 孤独という言葉に、心がえぐられるような痛みを覚えた。

 蘇ってくるのは幼いときの記憶。

 たった一人でもがき苦しみ、そして求めたぬくもり。

 どんなに求めても、決して手に入ることが無かったぬくもり。

「孤独という闇を知らぬ貴様が!」

 タガウの叫びにも似た声は、サスケたちを苛立たせていく。

 ナルトがどういう人生を歩んできたか知らないワケではない。

 知っているからこそ、この一言は許せなかった。

 だけど、誰よりもその一言を許せない人物がこの場にいたのである。

「アナタが、ナルトくんの何を知ってるって言うんですか」

 その場に響いた凜とした声に誰もが驚き、そちらへと視線を向けた。

 まだまともに歩けないマモルを支えながら、歩いてくる日向ヒナタその人である。

「孤独を知らないなんて言わないでください。誰よりもソレを知っていて、苦しんできた人の前で……そんなこと言わないでください」

 静かに響くその声に篭められた怒りは、彼女の体から揺らめき立つチャクラからうかがい知ることが出来た。

 普段怒るということを知らないかのような彼女が見せる、それは激しい怒りに、タガウですら一瞬たじろぐ。

「今のナルトくんは確かに沢山の人に認められて、沢山の人に見守られています。ですが、それが最初からあったものだと思わないでください」

 その瞳に篭められた怒りは、例えるならば青白い炎。

 揺らめく彼女の、冷たいのか熱いの判別に難しいその炎は、真っ直ぐにタガウに向けられていた。

「彼は最初独りだったんです。それでも諦めないで、ずっとずっと……信じて、努力して、頑張ってきた結果が今なんです。容易く手に入れているみたいに……言わないで」

 誰よりもうずまきナルトという人物を見てきた日向ヒナタだから断言できる言葉であった。

 誰よりも見てきたからこそ、語れる言葉であった。

 だからこその、激しい怒り。

 それを目の当たりにした同期メンバーたちは一様に驚きを隠せずに、ただヒナタを見つめる。

 同じチームだったキバやシノでさえ、その怒りを露にした様子を目の当たりにするのははじめてだとでも言う様子であり、幼い頃から見てきたネジですら、驚き言葉もでない。

 温厚な彼女の中にあった、激しい一面をナルトは知っていたのかニヤリと笑って照れたように頬を掻いた。

「お前、さっき『たった一人いなくなるくらい』って言ったよな」

「ソレがどうした」

「お前は本気でわかってねーのな。そのたった一人が誰よりも大事なんだよ」

 ナルトはタガウと視線を合わせたまま、呟くように言う。

 静かな声。

 だが、そこに篭められた想いは、とても深くて強く大きい。

「大事だからこそ、命かけて守るんじゃねェか!」

 ナルトが吼えるのを聞きながら、タガウは顔を顰める。

 理解しがたいとでも言いたげに……確かにヒナタを欲しているはずなのに、何故理解できないのかと、ナルトは哀しく思う。

「誰にも認められねェ辛さは知ってる……でもさ、そこで『だから世間が悪いんだ!』って言っちまったらソコまでだ。いつかきっと誰かが見てくれる、誰かがこっちを見てくれる、認めて欲しいって思うから、頑張れるんだろ」

 一旦言葉を切ってナルトは、口にするのも辛いとでも言うように顔を顰めて胸元をグッと掴む。

 まだ痛みを覚える言葉。

 だけど、それでも伝えなくてはならない時がある。

 それを知っているからこそ、ナルトはあえてその言葉を口にした。

「……『化け狐』って言われても、こんなオレでもきっと……見てくれるヤツがきっといるんだって信じて今まで頑張ってきたんだ。信じることが出来なかったら、何も……最初から何も始まらねーじゃねェかよ!」

 今だって心の内に、小さな自分が泣いている姿が見える。

 心の傷はまだ塞がっていない。

 だけど、今は手をとってくれる仲間が居る。

 そして、誰よりも愛してくれる人がいる。

 それが、何よりもナルトを強くした。

「サンキュなヒナタ……一番オレを見ていたのはお前だ。最初に認めてくれてたのもお前だ。だから、最後までちゃんと見ていてくれってばよ」

 思い出すのはアカデミー時代、フッとした瞬間、自分を応援していてくれたのか?って思える程小さな思い出。

 今ならそれが勘違いではないのだと理解できる。

 『変なヤツ』ではない、ただ自分が気づかなかっただけで、『見守っていてくれた』のだ。

 誰も見ていてくれなかった事が当たり前になっていたナルトにとって、ソレはとても大切なことで、とても泣きたくなるくらい嬉しいことであった。

 ただ、ソレを認識するのに、かなりの時間がかかってしまったのだが……

「……ナルトくん」

「オレはコイツに負けらんねーからさ。忍としても……男としても」

 だから、絶対に譲れないと、ナルトは心で思う。

【譲れねェよ。ヒナタ……お前は、オレの最も大事で愛すべき人だから】

【ナルトくん……私も、アナタを愛しています】

【ああ、知ってるってばよ!お前の愛情の深さも、そして……あたたかさもなっ】

 そういい終わると、ナルトはフッと鋭く息を吐き、チャクラを練り上げ尾獣モードへと変化する。

「お前はさ、弟がいたじゃねェか……本当に孤独なら、なんで弟切り捨てるようなマネしたんだ……お前のは、タダ単なる甘えだってばよ!!テメーが可哀想なら、何やっても許されるってワケじゃねェだろっ!!」

 ダッと地面を蹴ってタガウと一気に距離を詰めたナルトは、真正面から拳をタガウの顔面へと叩きつけた。

 その拳には、どんな時でも兄を助け誰よりも信じ戦ってきた中で裏切られた弟の哀しみ、そして衰弱しナルトを殺そうとすることへの恐怖と戦い続けたヒナタの苦しみ、ソレ全てに対する怒りが篭められていた──







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