32.羞恥




 マモルがヒナタに対し白旗を上げているころ、タガウはナルトと激しい戦いを繰り広げていた。

 尾獣の力を操ったナルトの優勢に思われたが、相手もただ手をこまねいているだけではないようで、ナルトから距離をとりながらもトラップを張り、尚且つ未だ操られている木ノ葉の忍を使った卑怯な手で戦いを挑んでくる。

 ナルトの苛立ちは最高潮になっているのだが、そこにすかさずヒナタの声が飛んでくる。

【ナルトくん、気をつけて……怪我しないでね】

【お、おうっ……って、見計らったみてーに声かけてくんな】

【ん……何となく、わかっちゃう……かな】

 ぐはっ

 戦闘中でありながら、何故か前につんのめったナルトは、必死に体勢をを整えて、足に力を入れて踏ん張った。

 天然恐るべし。

 ナルトが内心悶えているとは露知らず、ヒナタは心配そうに声をかける。

 いまだ刻印の影響下にあるのだが、タガウの力を一度退けたヒナタは、どうやらコツを掴んだようで、経絡系の流れの中で遮断したほうがいいと判断した部分を自らの点穴を突いて呪の進行を阻止していた。

 ヒナタならではの方法である。

「刻印の進行……兄さんほどうまくはいかないけど、進めないように……できるよ」

 マモルはそろりとヒナタの足に手を伸ばして、少しチャクラを練って印を結ぶと、するりと撫でる。

 ナルトとは違う手の感触に、ぞわりと肌を粟立てたヒナタの反応を見て、マモルはクスリと笑うと面白そうに呟いた。

「うずまきナルトが触れるのは平気なのにね」

「そ、それ、はっ」

 真っ赤になってオロオロしはじめるヒナタを、まるで玩具のように楽しんでいたマモルは、漸く動けるようになった綱手とシズネとサクラの手によって、医療忍術を受け立ち上がれるほど回復はするが、やはりナルトのためらいナシの螺旋丸の威力は凄まじいものだったのだろう、まともに歩けはしない。

「兄さんを止めないとね……意味が無い……だって、キミの心も、うずまきナルトも決して……手には入らないんだから」

 ふわりと笑うと、マモルは口寄せで大きな蝙蝠を呼び寄せるといまだぶつかり合う二人へ向けて飛ばす。

「待ってください」

 それを止めたのは他でもない、ヒナタであった。

「……どうして止めるの?」

「ナルトくんがソレを望んでいません。それに……きっと帰ってきますから」

 ふわりと笑うヒナタを見つめ、マモルは毒気を抜かれたようにその場に座り込んだ。

「全く、キミって……本当にうすまきナルトを信じているんだね」

「はい」

 その笑顔でもう何もいえなくなったマモルは、仕方が無いと刻印に縛られた木ノ葉の忍たちを解放する術式を書き上げ、綱手に渡す。

「コレで木ノ葉の忍たちは解放されるよ。ヒナタほど強い刻印は誰にも刻まれていないからね」

「わ、私の……強いんですか?」

「命すら脅かすものだよ……まぁ、強いチャクラをコンスタントに供給されるなんて、こっちも想定外だったけどね」

「え、あ……そ、その……」

 真っ赤になってオロオロしはじめたヒナタを、事情を知ってる面々は何とも言えず視線を逸らす。

 わずかにみんな頬を赤らめているのは気のせいではないはずである。

「それくらい弱まったら、今の彼のチャクラ供給だけで刻印自体を解呪できるよ」

「そ、そうです……か……え……ええええっ!?」

 一度ホッと安堵の吐息をつこうとしたヒナタは、『チャクラ供給』という単語を理解し、それに伴う行為を認識した後、大きな叫び声を上げてしまった。

「え、えと……あ、あの……そ、それは……急いだ方が……いい……とか……」

「そりゃ、急いだ方がいいよ。キミの体力はどんどん削られているだろ」

 当然だよとでも言いたげなその口調に、ヒナタは頬を赤くして慌てる。

 それはもう見事なくらいの慌てっぷりである。

「……あ、あう……で、でも……そ、その……ここではっ!」

「そういえば、どういう方法でチャクラ供給してたの?後学の為に聞かせてよ」

 マモルは完全に興味を引かれたようにヒナタの顔を覗き込んで尋ねれば、ヒナタは真っ赤になって数歩下がった。

 ヒナタの性格を考えれば口に出来る事柄ではない。

「あ、あの……そ、その……や、やっぱり言えませんっ」

「もったいぶらなくても……」

「いや、それは方法が方法なだけに口に出来ないんだと思うよ」

 カカシがフォローに回って言うと、マモルはキョトンとした顔をしてカカシを見上げる。

 不思議そうに見上げられたカカシは、苦笑を浮かべつつも真っ赤になってオロオロしているヒナタを見て苦笑した。

(うん、いつものヒナタの反応だね……少し元気になったか)

 ホツと安堵すると共に、嬉しく思う。

 ナルトとヒナタが乗り越えてきたこの数日を、一番近くで目の当たりにしていたカカシにしてみれば、自然なことであったかもしれない。

「そういえば、方法ってなんだ、カカシ」

 サスケも不思議に思ったようで、何気なく尋ねてみたが、シカマルが顔を手で覆って「あちゃー」と呟き、サクラは頬を赤らめ「えーっと」と呟いた後は、止める気配も無くただ静観している。

「ヒナタ、どういう方法なんだ」

 埒があかないと思ったサスケは、直接ヒナタに尋ねた。

 ヒナタはこれ以上とないほど真っ赤になって首を左右にぷるぷる振ったかと思うと、目じりにじわりと羞恥に耐えかねた涙を滲ませる。

 さすがにへろへろになり、意識朦朧としているときならいざ知らず、今のようにシッカリとしているヒナタでは、その行為自体思い出すだけでも卒倒ものであった。

「あ、あの……ゆ、許して……い、いえない……わ、私の口からは言えませんーーっ」

 ふえぇっと泣きそうになりながらそう叫ぶヒナタに、サスケもマモルも首を傾げてしまう。

 何をそこまで恥ずかしがる必要があるのかと、疑問に思うのは当たり前だ。

 まさか、あんな方法でチャクラ供給しているとは誰も思うまい。

「……あー、ヒナタ、代わりに言おうか」

 流石に見ていられなくなったキバがそう言ってくれるのだが、この場合知られたくないというのが一番正しい。

 ぷるぷると涙目で首を振るヒナタを見ながら、キバも苦笑を浮かべるしかなかった。

「何を恥ずかしがる必要がある!二人の行為は愛がなせる業!これぞ青春!!」

「はいっ!ガイ先生!!」

「あー、熱血二人は黙ってねー」

 と、テンテンとネジに口をふさがれたガイとリーはズルズルと引きずられていき、居た堪れないヒナタは冷や汗をかきながら途方に暮れる。

(ど、どうしよう……)

 ジーと見つめてくる二人は言うまで解放してくれそうにないし、他の面々は口にしていいものかどうか迷っているし、木ノ葉の忍でもその方法を後学の為に知りたいという者もちらほら見える。

(こんな、こんな公衆の面前では……む、無理だよぉ……)

 推し量ってくれればいいのに……とも思うが、ソレこそ無理な話であるだろう。

 ヒナタは本当にどうしていいかわからず、天を仰ぐ。

 空はヒナタの苦悩を知らぬように青く澄んでいた。

 そして、その青い空から問題解決の使者が舞い降りるのは、このすぐ後のことであった。









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