31.白旗 腕の中のヒナタを漸く取り戻したと実感したナルトは、タガウを見る。 「お前の刻印、オレが刻まれてるのに気づかねェわけねーだろ。クラマと一緒にわざと発動させるように調整して、テメーの油断を誘っただけだってばよ」 そういうと、ナルトは首筋に刻印を手でなぞっていくと、綺麗に跡形もなくなってしまう。 「オレのほうが、テメーよりチャクラ量も質も上だ。確かに、本当にヒナタを殺しちまったらどうなったかはわかんねー。だけど、クラマがオレの中にいるのに、テメーの力がオレのメンタル面まで支配することはできねェよ」 「何故……」 「この体は、オレだけじゃねェ。相棒も一緒にいるんだ」 そういうと、ナルトは一度言葉を区切り、目を閉じる。 「貴様のような下っ端が、ワシを操ろうというか。これ以上とない笑い話だな」 放たれた声はナルトとは全く違う声。 その声が九喇嘛の声であることに気づいたヒナタは、自分を抱きしめる相手をジッと見つめた。 「刻印に抵抗する力は未だ戻ってはおるまい。あまり無理はするな」 「は、はいっ」 「ナルトがお前のことになると見境がないのだ。ちょっとは自重してもらわんと困る。ミナトの事となると大暴れしていたクシナと同じではないか……全く、似た者親子め」 チッと舌打ちしながら何か聞いてはならないようなことまでカミングアウトされた気分で、ヒナタは苦笑を浮かべると、九喇嘛は大真面目な顔をしてヒナタの顔を見る。 「お前が死ねば、ナルトもワシも道連れだと思え」 「……え」 「それくらい自分を大事にするがいい。お前もナルトも、己を大事にするということに欠ける。これからの課題だ。お前らはお前らでそのことを見つけてゆかねばならん」 静かに語る九喇嘛の言葉に耳を傾け、ヒナタはその真紅の瞳を見つめた。 「己を大事にせぬと相手が傷つくと知れ。そして、相手を大事にしたいのであれば、己を大事するがいい。己を大事にすることは罪ではない。生き物の本能……だが、大事だと思う者をないがしろにし、傷つけ、それが当たり前だとのたまえば、必ず己に返ってくる」 そういいながら、タガウのほうへと視線を向ける。 「貴様は人間でもやってはならん域へと足を踏み入れたな……そんな男が、コレを欲するか」 グイッとヒナタを抱き込みニヤリと口元に笑みを浮かべる。 「いや、そんな男だからこそコレがまばゆく見え、欲しいのだろう。だがな、コレはナルトとワシのモノだ。欲しければ、アレを倒し、それからワシをも倒して見せよ。早々簡単にこやつをやるつもりはない」 高らかに宣言する九喇嘛に、ヒナタは目をむいて何度も目を瞬かせると、真意を探るように九喇嘛を見つめる。 「ナルトの嫁になるということは、そういうことだ」 「……えっと……あ……は、はい」 そっかそういうことか……と、何となく納得してしまい頷くヒナタに対し、九喇嘛は目を細め笑うと目を閉じた。 「ったく、勝手なことばっか言いやがって。ヒナタはオレのもんだっつーの」 「あ、ナルトくん、お帰りなさい」 「おう、ただいまだってばよ」 ニッと笑って返事を返した後、まだぶつぶつ文句を言っていたナルトは、悔しそうに歯軋りをしているタガウを見てへへんっと笑う。 「お前はオレたちに勝てねーよ。諦めろ」 「うずまきナルト……お前はそう言われて素直に頷けるのか」 「お前とオレとじゃ、立場が違う」 「なに」 「オレはヒナタと心を通わせている。お前は横恋慕のお邪魔虫だってばよ」 そう言いながら、タガウが諦める気など更々ないのが理解できたナルトは、ヒナタを後方へと下がらせ、クナイを構えてタガウと向かい合う。 「お前は大事な者を、その時の状況で迷うことなく切り捨てる。そんな奴にヒナタはやれねーし、やるつもりもねェ。そして、オレの力も貸してやれねェな!」 その言葉を皮切りに、二人は同時に高速で動きだす。 目で追うのも難しいと感じさせる速度を持って、クナイとクナイのぶつかり合う音だけが響き、時々火花が飛び散る。 (凄い……早過ぎて白眼でも捉え切るのが難しいなんて……) 二人の戦いに巻き込まれないように、己に変化したままのマモルを引きずるように下がらせたヒナタは、経絡系の途切れている場所だけを何とか繋げていく。 「何を……」 「喋らないで。私は医療忍術ができるワケではないですから……経絡だけ繋げるなら何とかできます」 「敵に……情け……を……」 「氷雪の国の姫様……綺麗ですよね」 「…………」 「好きなのならば、正面切って告白すべきです……どんなに怖くても、苦しくても、辛くても……」 ヒナタは経絡を繋げながら、静かに語る。 覚えがないワケではない。 それよりも、痛いくらいタガウの気持ちもマモルの気持ちも理解できた。 「通じ合えた者の余裕……てね」 「違います」 ヒナタは苦笑を浮かべて目を閉じる。 そして、淡く微笑んだ。 「私は最初からナルトくんとこういう関係になったワケではありませんから……ずっと、ずーっと片想いだったんです」 驚いたようなマモルの顔を見ながらヒナタは笑った。 「それこそ、幼い頃からずっと……10年以上は片想いのままでしたよ」 信じられないとばかりに目を瞬かせるマモルに、ヒナタは鮮やかな笑みを浮かべつつ、チラリと後方を見る。 「同期ならご存知の方……多いと思います」 隠せていませんでしたし……と、苦笑を浮かべるヒナタはとても優しくあたたかいとマモルは感じた。 「それに、ナルトくん、違う人を好きでしたし」 「それでも……」 「はい……これだけは、自分に嘘をつきたくなかったから。認めてもらいたかった……見て欲しかった……だから、努力したんです。頑張れたんです……力で手に入れる心なんて、きっと……寂しいです」 マモルの手を握り、ヒナタは優しく諭すように言葉を綴る。 そのあたたかさに、母を思い出しながらマモルは涙が出そうになるのを必死に堪えた。 「自分の望む言葉でなくても、心が本当にその人のモノであるならば、きっと時間がかかっても受け入れられます。でも、偽りで望む言葉を言わせたとしたら、ずっと疑念とむなしさが残るだけです」 緩やかに入ってくる言葉の旋律は、マモルの心に頑なだった壁のようなものを壊し、ゆるりと染み込んでくる。 それがとても優しくて、まるでいままで何故頑なになっていたのかがわからず、ただヒナタを見つめて言葉に聞き入った。 「本当の気持ちを伝えるのは、勇気のいることだって知っています。死を覚悟しないと言えなかった私もいるくらいですから」 くすくす笑うヒナタを見ながらマモルは不思議でならなかった。 どうして笑えるのだろうと、辛かったはずなのに……と。 「言えて良かったって、そう心から思えるから、だから笑っていられるんです」 「……アンタ、強いね」 「いいえ、そんな強くないですよ」 けほっと呼吸が難しい中で会話をしてでも、ヒナタの言葉を心に留めて置きたいと思ったマモルは、ヤレヤレと内心溜息をつく。 (兄さんとうずまきナルトが奪い合うワケだ……) これほどの女、そうそういない。 「……あー、もー、ボクは降参。日向ヒナタ、アンタに負けてあげるよ。白旗、全面的に降参……煮るなり焼くなり好きにしなよ」 色々と降参だとマモルは心の中でそう呟き、目を丸くした後嬉しそうに微笑むヒナタの笑顔を、少し顔を赤らめ見つめるのであった。 |