02.小鳥




 それからナルトは暇があれば、その森へ足を運び、ヒナタの子守歌で眠るということを繰り返していた。


 つまり、声をかけるに至っていないのである。

 彼女の歌声には、安眠作用があるのだろうか?と、本気で悩み始めた頃、数週間里の外の任務が入り帰って来れずにいたが、帰ればあの歌を聴けるのだからと自らを奮い立たせて任務をこなす。

 そんな己の変化に違和感すら認識することなく、ナルトは長期任務を終えて綱手に報告のため執務室へ訪れていた。

「綱手のばあちゃん、今戻ったってばよ」

「うむ、任務ご苦労、シカマル報告を頼む」

 綱手は、ナルトたちの無事な姿を見て微笑み安堵した表情を見せてから、続いて火影としての役割を果たすべく、シカマルに声をかけた。

 シカマルが今回の長期任務で提出しなくてはらない書類と共に、簡単な報告を伝えると、報告書を眺めながら綱手は一つ一つ頷き返す。

「ま、今回はナルトに多大なる負荷をかけちまったんで、正直申し訳ねーって思ったッスけど」

「そうだね、チャクラ消費もハンパな状況ではなかっただろう。ナルト、お前はちゃんと帰って休むんだよ」

「ウッス」

 少し疲れの見えるナルトの様子に、さすがのナルトも今回ばかりはキツかったかと、綱手もシカマルも苦笑する。

「しかし、それでもやってくれるのがナルトくんですっ!さすがです!」

「へへ……やっぱ、帰ったら思いっきり休めるって思うと張り合いがあるってばよ」

「ん?私はお前に長期休みを与えると約束したか?」

 綱手は記憶を辿りつつも、ナルトに尋ねると、ハッとした顔をしてから、ナルトは慌てて首を左右に振る。

「あ、い、いや、そういう意味じゃなくってさ……あー、い、癒し?オレの癒しスポット?」

「ふむ、そういう場所は確かに必要だな。しかし、お前がそういう繊細なことを言うと、違和感があるねぇ」

 クククッと笑われて、ナルトは面白くない顔をして口を尖らせるが、興味を引かれたのか綱手は首を傾げつつ尋ねた。

「で?綺麗な景色でも見つけたかい」

 その綱手の言葉と同時に浮かんだのは、小鳥に餌を与えながら優しく微笑み、桃色の唇から零れ落ちる優しい旋律。

「あー……いや、すっげー綺麗な小鳥を見つけたんだってばよ」

 さすがにヒナタだと言えず、ナルトは思いついたままを口にする。

 そう、あの姿はさながら小鳥。

 自分だけが知っている小鳥なのだと思ったら、とても嬉しくて誰にも教えたくない。

「ほう?」

「人がいねー時に、柔らかくて綺麗な声で歌うんだぜ」

 ナルトの瞳がとても優しく、愛しげなものへと変化するのを見て、一同は驚いた顔をする。

 その表情でピンッときた綱手は、唇の端を上げて笑い、簡単に「そうか」と呟くと、ナルトに再び問いかけた。

「ナルト、お前はその小鳥が好きなんだね」

 意味ありげに言われた言葉に、ナルトはピクリと反応を返すと、目を大きく開いて驚いた様子で綱手を見返す。

「あ……ああ、嫌いじゃねーよ」

 上着の胸のところをぎゅっと掴んでそういうナルトに、綱手は笑みを深めた。

 そう、それだけで十分だとでも言うように。

「報告ご苦労。ここ数日はそれほど立て込んではいないから、ゆっくりと休め。以上、解散」

「ウッス」

 返事を返して、軽く会話をしながら出て行く一同を見送った綱手は、堪えきれないとばかりに笑う。

「どうなされたのですか?綱手様」

「いや、シズネ……お前はさっきの小鳥の話、どう思った?」

「え?ナルトくんが鳥に興味があるなんて意外でしたが……」

 シズネがそう言うと、綱手は口元を隠しつつも笑い声を上げる。

 それこそ、楽しい事でも見つけたかのように。

「クククッ、お前もまだまだだねぇ」

「え?」

「小鳥ね……うまいこと言うじゃないか」

 テーブルの上に両肘をついて手を組んでその上に顎を乗せながらも、ニヤニヤとしている綱手の姿を体ごと向き直り尋ねてみる。

 お茶でも煎れて来ようかと思っていたシズネだったが、綱手の楽しげな様子に興味を引かれたのだ。

「と、言いますと?」

「男は蝶だとか鳥だとか花だとか月だとか……意中の者であればあるほど揶揄する生き物さ」

 予想外な綱手の言葉に、シズネは目を丸くして目を瞬かせてから恐る恐る口を開く。

 俄かには信じられないとでも言うかのように。

「……え?じゃ、じゃぁ、ナルトくんの言っていた『小鳥』って……えっと……女の子ですか!?」

「ああ、あれは十中八九間違いない」

「な……何だか、ナルトくんのイメージではないですね……」

 そういう男としての隠語を使うとは到底思えない、男女の仲というものをとても遠くへ感じさせるナルトである。

 想像できない、寧ろそちらのほうへの発想が無かった。

 何より、キザな台詞が似合うような感じもしなかったのだが、『小鳥』が『女』であると認識して先ほどの言葉を思い返せば、艶のある話である。

 彼が言う『小鳥』はとても綺麗で、優しく綺麗な声で歌ってくれるのだから。

「そうかい?アイツの騒がしいところは、自分を見て欲しいというアピールでしかない。それが必要ない相手の前では、あんな感じに落ち着くだろうと思うよ」

「そんな相手がいるんでしょうか」

「1人心当たりはあるがね」

「え?」

 奇妙なほど確信したような声に、シズネはキョトンとしたまま視線を返すと、綱手は再び笑う。

「まぁ、小鳥な……うむ、確かにそうかもしれん。臆病だが心優しく芯がシッカリしていて……何より綺麗な声で歌うだろう。そして、誰よりもアイツの味方でいて、
誰よりもアイツを見ている」

「えっと……ヒナタさんですか」

「さてね、私の予想はそうだが」

 綱手が楽しそうに笑うのを見ながら、シズネは苦笑を浮かべる。

 ナルトの事を我が事のように喜ぶ綱手の姿を見ながら、シズネは思う。

 こうやって幸せの連鎖も繋がっていくといいと……。






 長期任務終了報告を問題なく終え、今回長期任務に一緒に赴いていた、サイ、リー、シカマル、チョウジの4名と共に執務室を後にし、食事を軽く済ませそれぞれ待ち合わせであったり、休息であったり、修行であったりと予定がバラバラなのもあって解散すると、ナルトは自然といつものように森の方へと足を向けた。

 もう座り慣れた大樹の枝に腰をかけ、いつも彼女が居るであろう場所を見つめるが、本日はまだ来ていないらしい。

 不眠不休の長期任務であったために、体はクタクタに疲れているのだが、睡魔は一向に訪れる気配すら見せてはくれない。

(そういや……最近熟睡できてねェな……)

 頭の後ろで腕を組み、空を見上げて何故だか心待ちにしている優しい時間を想い、口元に柔らかな笑みを浮かべ、ナルトはゆっくりと身を休める。

 睡魔は訪れないが、心は穏やかであった。

 普段煩いくらいに話をする口も、ヒナタを前にするとそんな必要もない気がして、沈黙していることも多い。

 自分の存在をアピールする為に動く口、だけど、彼女はそんな無理をしなくても己を見ていてくれる安堵感。

 その安堵感ゆえに、無駄でオーバーな話をしなくても良く、自然体でいられる。

(そうか、ここにいると、オレたちってばどっちも自然体なんだな……)

 今更ながらにそう気づき、ナルトは苦笑を浮かべた。

 いつもなら来るはずの時間に差し掛かっても、彼女の気配すら感じない。

(……任務……だったのか?それとも、オレがいるのバレたとか?)

 不安にかられた心は留まる事無く悪い方向へと転がりを見せ、小さく溜息をつくと共に自然エネルギーを練りこみ仙人モードへと移行する。

 独特の瞳と縁取りが現れたナルトは、スッと目を閉じ、感覚を研ぎ澄ませはじめた。

 ゆっくりと自然に溶け込んでいくような感覚の中、それぞれのチャクラを感じることが出来るが、どうやらヒナタは里にはいないようであった。

(何だ、やっぱり任務だったのか)

 落胆しつつその場に座り込むと、彼女がいないのにこの場にいる意味はないと、勢いよく立ち上がって枝を蹴り己のアパートを目指す。

 枝の上より、ベッドのほうが体は休まる。

 そう、それでも森へ向かったのは、ただ彼女の声を聴きたかったからに他ならない。

 それがどういう意味なのかと、ナルトは考えることもなく岐路へ着くのであった。






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