03.憂い




 それから任務がはいることもなく、数日が経過した。

 ヒナタはまだ帰って来る気配もなく、長期任務についているとそれとなく綱手に聴いてはいたが、あの柔らかな歌声が聴けないのはとても寂しいと思ってしまう。

 耳の奥に残る柔らかくも綺麗な歌声は、思い出すだけで胸が熱くなり、言いようの無い衝動をもたらしていた。

 そして、それと共に最近不眠症なのか眠ることが出来ないのだ。

 寝付いたと思ったら、何故か目が覚める。

 すると今度はそこから眠れなくなり、一夜を眠れずぼんやりと過ごす。

 そんな事を数日繰り返していれば、さすがの元気印といわれるナルトであっても、ボンヤリとしてしまうのは仕方のないことだろう。

 よく見れば、うっすらと目の下にクマができている。

 およそ、そんなものとは無関係に見えるナルトがそんな状態になっていることに違和感を覚える者も多かったのか、何気なく声をかけるが、当のナルトはそんなこととは露知らず、いつものように笑って見せる。

 その笑顔に翳りさえなければ全く問題はなかったのだが、誰から見てもわかるような哀愁漂う笑顔は反対に不安を駆り立てた。

「どうしたナルト、目の下にクマなんてつくっちゃって」

 イチャパラを片手に軽く挨拶をしてきたカカシは、振り向いたナルトの顔を見て、一瞬驚くと首を傾げる。

 半信半疑に周りの噂を聞いてはいたが、憔悴するという言葉から一番かけ離れた場所に居そうなナルトが、明らかにその症状を示しているのに驚いたのだ。

「いや……最近、眠れなくってさ」

 力ない言葉に思わず目をパチクリさせ、カカシはイチャパラを仕舞いこむと、ナルトの顔色を見る。

「確かに顔色も良くない、眠れないのはいつからだ」

 心配そのものの声で尋ねてみると、ナルトは少し考える素振を見せてから答える。

「この前の長期任務の後からだってばよ」

「その後、何か変化はあったか」

 何かあったということもないのだが、心当たりはある。

 そう、最近日課となっていた彼女の子守唄が聴けない。

 実のところ、ただそれだけなのだ。

 さすがにそれは言えないと、ナルトは視線をそらせ小さな声で呟くように否定する。

「いや、別に……」

「うーん、そんなことはないでしょ」

 かげりを見せるナルトに、溜息をついてそう言うと、カカシは困った顔をする。

 何に悩んでいるのかは判らないが、どうやら深刻そうなのも確かだと感じたが故。

 普段お喋りなナルトだけに、元気がないナルトは違和感があるのだ。

 現に心配しているのはカカシだけではないようで、遠くからサクラが駆けて来る。

「あんた、ちゃんと眠れてないんだって?ほら、睡眠導入剤だから、これ飲んでちょっと寝てきなさい。師匠も、暫く任務はないはずだからゆっくりしろって言ってたし」

 世話焼きの姉のようにサクラはナルトに錠剤の入った袋を渡すと、小言のようにブツブツと文句を言い始めるが、当のナルトは上の空で、馬の耳に念仏状態である。

(こりゃまぁ、重症だね)

 ナルトの症状を見つつ、カカシはどことなく『恋煩い』に似ているなと思い、即座に否定する。

(まさかな……それらしき相手と数日接触もしていないし、今現在里にいないといえど、任務前に会った痕跡すらない)

 魂ココにあらずのナルトに小言を言い続けているサクラを見つつ、カカシは溜息をついた。

(任務で知り合った……という事でもないな。それだったら、それとなくその相手を探ったりはするだろうし……という事は、知り合い……)

 ナルトの知り合いの女性を頭の中でピックアップしていくと、1人該当しそうな人物を思い浮かべる。

 確かにナルトが信頼していて、誰よりも努力と根性を認めている相手。

 最近特に美しくなり、近隣諸国の男たちから目を付けられていると噂があり、年頃の娘。

(そういえば、彼女……数日里にいないんじゃなかったか?任務だったような……この前の長期任務のあと……ということは、鉢合わせはしていない……いつそんな自覚する暇があった?)

 確かめてみるかと、カカシは内心ニヤリと笑みを浮かべると、とりあえずサクラを黙らせるべく口を開いた。

「サクラ、その辺にしといてやりな。ナルトも疲れているだろうし」

「あ、はい、カカシ先生。ごめんねナルト」

「いや、オレの方こそありがとうってばよ」

 力なく笑うナルトの姿に、思わずカカシとサクラは顔を見合わせ、仲良く肩を竦めた。

(さーて、どう食いつく?ナルト)

 何かに挑むような緊張感を持ちつつも、カカシは何気ない風を装ってナルトに声をかける。

「なぁ、ナルト」

「んー?」

「最近綺麗になったと思わない」

 唐突な会話に、ナルトはボンヤリした顔のままカカシを見つめると、当のカカシはニコニコしつつもボンヤリしたままのナルトに言葉を続けた。

「ヒナタ」

 ぴくり

 見事に肩が震え、小さく反応を返す。

(おやまー、やっぱりヒナタなワケね)

「そ、そう……か?」

「そうね、最近ヒナタって色んな人に告白されて困ってるらしいから」

 サクラが何かを思い出し、それで笑いながらも、カカシの言葉を肯定する。

「は?こ、告白!?」

「ええ、うちの医療の方でも玉砕したーって喚いてた奴いたもの……ま、胸しか見てないような奴だったから、自業自得よね」

 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして呆然としているナルト。

 そんなナルトの様子だけで十分だと、カカシは苦笑を浮かべた。

(あらら、これは確実にヒナタが相手だ……何を悩むことがあるのかね。ヒナタはお前だけしか好きになりやしないのに)

 カカシがそんなことを考えているとは露知らず、ナルトは心の奥に沸き起こるどす黒い感情のようなものを感じて、必死に押さえ込もうとしていた。

(なんだってばよ……なんで、こんな嫌な気分になるんだってば……ヒナタが誰に告白されようと……オレには……)

 それ以上は言葉に出来ず、奥歯を噛み締める。

 森の中、優しく微笑むヒナタの姿を思い出し、あの笑顔が己に向けられたら……と思う反面、違う誰かに向けられたらと思うと、胸がキリキリと信じられないほどの痛みを訴えた。

(あの笑顔が見たい……すぐ傍で……ずっと傍で……声が聴きてェ……)

 眉根を寄せて、瞳に憂いを滲ませるナルトの様子に、カカシは何も言えなくなり目を閉じた。

「ガイじゃないけど、青春だねぇ」

「え?何?カカシ先生、何か言った?」

 サクラがキョトンとした顔をしてカカシの顔を見上げるが、カカシは苦笑を浮かべて首を振る。

「なんでもないよ」

 そんなやりとりの中、サイが火影執務室の窓より飛び出し建物を飛び越え、こちらへ向かってくるのが見え、3人は顔を引き締める。

 急ぎようから見て、緊急事態と理解したからだ。

「どうした、サイ」

 それほど時間もかからずサイが着地すると、淡々と言葉を述べる。

「ヤマト隊長率いる8班が護衛任務にあたっていたのですが、どうやら負傷者が出た模様なんです。要人を護るために怪我をしてしまったようで……7班に救援要請だそうですよ。ナルト、いけるかい?」

「8班に負傷者だって?」

 その時に思い浮かんだのはヒナタの姿、きっとあのメンバーの中で身を挺して護るなんて方法を取るのは彼女しかいないと、ナルトは目を吊り上げ、奥歯を噛み締める。

 傷の具合はどうなのか。

 その傷で無理はしていないか。

 自分が行くまで無事でいてくれ。

 必ず助けに行くから。

 と、胸の内に様々な言葉が浮かんでは消え、心の中は荒れ狂う嵐のようで、気持ちばかりがヒナタへ向かう。

「行けるってばよ」

「本当に大丈夫か?」

 心配そうなカカシの言葉も聴かずに、ナルトは自分の身に着けている忍具の確認をする。

「クナイと起爆札を補給しておいたほうがいいな」

「な、ナルト、アンタ本当に大丈夫なの?」

「早くするってばよ!早く行かないと、アイツすぐ無茶するからなっ!」

 そう言うが早いか、ナルトは詳しく説明を聞くために、火影執務室へと文字通り飛んで行った。

 そのうち、二代目黄色い閃光の名前を引き継ぐのではないかと思える程の速度である。

「アイツ?」

 サイが不思議そうに首を傾げると、カカシは「やっぱりね」と胸中で呟きながら、ニヤニヤ笑い出した。

「カカシ先生?」

「あぁ、ナルトなら大丈夫。もしここで行くなって言った方が、後々面倒だ。ほら、二人とも行くよ」

 カカシの後をワケも分からず、とりあえずいつも通り元気になったナルトを追いかけ、二人も火影執務室へと向かうのであった。



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