23.墨色 ヒナタを挟んで睨み合う二人。 ナルトの腕の中にいながら、背後で感じる異様な感覚に、ヒナタは足元から競りあがってくる何とも言えない感触に恐れたようにナルトにしがみついた。 ひゅっと息を吸って、小さく「ナルトくん」と囁くような声を出せば、ナルトはわかっているとでも言うように頷いてみせる。 そう、刻印は封印されているが、相手の力量を感じれば、シズネの施した封印ではすぐに破られてしまうだろうと判断できた。 その場合は問答無用で、ヒナタがナルトを殺そうとするだろう。 彼女が一番恐れていることが、現実として起こりうるのだ。 体をきつく抱きしめ相手を睨み付けるナルトの熱を体に感じつつ、ヒナタは己の中のナルトと九喇嘛がくれたチャクラを必死に感じ自我を保つ。 まるで毒のようだと思いながら、己の身に潜む刻印を押し込める。 「ふむ……ナルホド、日向一族ではなく、お前を殺さないといけないということか」 男はクククッと不気味な声で笑うと、無造作にヒナタの髪に触れようとし、眼を吊り上げたナルトに払い飛ばされる。 「気安くオレの女に触んじゃねェ!!」 ナルトが一声吼え、それと共に、ヒナタをシカマルへと預けると、払い飛ばされた勢いのまま間合いを取った男と距離を詰めた。 瞬くほどの一瞬。 その速度に驚いた真紅の髪の男は、出来うる限りの速度でナルトが繰り出す攻撃をかわしていく。 ただ、その速度が尋常ではなく、まるで光そのもの。 眼で追うことが出来なくなり、男は一歩大きく後ろへ跳躍しようとして失敗した。 いつの間に出したのか、影分身が男の背に回りこみ空を切る鋭い音と共に繰り出された蹴りが背中を捉え、鈍い音を立て前かがみになったところに、正面の本体のナルトから膝蹴りが顔面に入り、勢いのまま上へと跳ね上がった頭目掛けて螺旋丸が叩き込まれる。 だが、攻撃はそれだけでとどまらず、ナルトは地面に激突した男の後頭部目掛けて、鋭い踵落しを決めた。 「ああいう奴を怒らせると怖ぇーんだよ」 シカマルのあきれたような声を聞きながら、ヒナタは戦いの成り行きを見守る。 相手の力量を考えれば、それだけで終わるとは到底思えない。 その証拠に、足の刻印はいまだ体を苛んでいた。 仙人モードがきれたナルトは、そのまま九喇嘛と力を合わせて尾獣モードへと入っていく。 全く容赦する気はないようであった。 ナルトは苛烈な怒りをその身の内に秘め、それを放ちつつも、だが冷静な態度で相手を見下ろしていた。 「テメーがやったこと、オレはぜってー許さねェ……アイツを苦しめたテメーだけは、ぜってー許すワケにはいかねーんだ」 チリチリッとナルトの周囲に、怒りに呼応するかのようにチャクラが漏れ出し、何よりも厳しい視線は冷淡そのもの。 いつもの太陽のような彼が、まるで別人のようである。 だが、憎しみ故の暴走でもない。 冷静さが残っているだけに、薄ら寒いものを感じたシカマルは、ソッと盗み見るようにヒナタを見る。 その横顔はとても静かで、どんなナルトでも受け入れてしまうのだなと、改めて感じたシカマルは苦笑した。 「ったくよ……お前らと来たら……」 「ど、どうしたの?シカマルくん」 「いいや、何でもねーよ。それより、ヒナタ、こんな近くで大丈夫か?少し離れたほうが良くねーか」 「……どこに居ても同じみたい」 その言葉がどんな思いで紡ぎだされたのか分からないシカマルでもなかった。 ただ、「そうか」と小さく呟き頷くと、ナルトと今回の元凶との戦いを見守る。 圧倒的にナルトが強い。 だが、それだけではない、何かをシカマルは感じていた。 「やっぱりヒナタに一直線だったワケね」 そういいつつ現れたカカシは、ヒナタの様子を見ながら苦笑を浮かべる。 ナルトの激怒の原因を知っているこのメンバーは、今更ナルトがどんな状況であったとしても、大して驚きはしないだろう。 「ナルトくん……」 熱のこもったその声に、苦笑を浮かべるカカシとシカマルは、ヒナタと同じようにナルトを見る。 負けるとは到底思えない。 「カカシ先生……あの敵の情報は……」 「ああ、どうやら眼に見えないマントで攻撃を全て防いでいるようだ。ナルトみたいに頭狙いじゃないと意味ないね。それと、変な石で瞬間的に移動するようだよ」 【ナルトくん、聞こえた?】 【ああ、愛してるぜ、ヒナタっ!】 【ふぇ!?】 「へへ……出来た女は違うぜ」 思わず漏れた言葉に、カカシが首を捻るが、ナルトは気にした様子も無くただ男を睨みつけていた。 真っ赤になってしまっているヒナタと、どこか満足そうなナルトの表情。 どこか通じ合っている二人を見て、シカマルは眉根を寄せて問い詰めようとしたが、それより早く男が動いた。 「やくじょうタガウって言ったっけ?アンタ」 カカシの言葉に、男がピクリと反応を返すと、後ろに降り立ったサイがひとつ頷く。 「その自慢のマント、貰うよ」 ボソリと呟いたサイの言葉と共に、超獣戯画によって生み出された獣や鳥が一斉にタガウに襲い掛かる。 その獣や鳥を軽々殲滅してしまい、タガウはギクリと体を震わせた。 見えなかったはずのマントが、今では墨色に染まり、動きに合わせてはためく。 「サイ!サンキュー!!」 「どういたしまして」 墨で染まったマントを掴み握りこむと、ナルトは力任せに引っ張った。 これにはタガウも驚いたようで、体を引くのにワンテンポ遅れる。 それが命取りとなった、完全に勢いで引き寄せられられ、影分身のナルトが顔面に今までの怒りや哀しみなどを篭めた鋭い一撃を、タガウに叩き込んだのであった。 |