21.狂気 (どうやら食いついてくれたようだね) ヤマトはそう心の中で呟き、目線だけでネジに合図を送る。 ヒナタの姿をしたネジは、コクリと頷きキバとシノの間に位置を取った。 先頭にヤマトとガイ、続いてリーとテンテン、それからシノとネジ、後方にキバとサクラ。 「ヤマト隊長」 キバが後方からの気配にも気づき声をかけると、ひとつ頷く。 「ヤツは死角からの攻撃が得意だ。ヒナタさん、キミの白眼アテにしているよ」 ヤマトの言葉にネジが頷くと、隙の無い陣形で相手の出方を待った。 木ノ葉までは直線距離を突っ走っても15分だろうか、それだけの距離でしかないのだがジワリジワリと包囲網を狭めてくる相手の動きを完全に捉える事が出来ずにいた。 「人数は多いようだ」 シノの蟲がそう伝えた瞬間、ひゅぅっと風を切るような音がしてキバが声を上げるより早くガイが動き、その物体を叩き落す。 「ふむ、いい腕前だ」 「感心している場合じゃないですよ、次きます!」 ヤマトの声にあわせるかのように、無数のクナイが雨のように降り注ぐ。 それをヤマトの木遁忍術で作られた壁が遮り、クナイの匂いから相手の位置を掴んだキバと赤丸が相手に飛び掛る。 飛び掛られた相手は意外と簡単に吹き飛ばされ、キバは拍子抜けするように吹き飛ばした相手を見てギョッとした。 木ノ葉の額宛の下忍のようである。 目は虚ろで、首筋にヒナタと同じ刻印が刻まれていた。 「ひでーことしやがるっ!」 キバはとりあえず、気を失っている下忍をその場に置く事も出来ずに首根っこを掴まえ仲間の下へと戻ろうとしてギクリと体を震わせた。 無数の臭い。 「オイオイ、冗談だろ」 「もうかなりの数なのね……いっくわよーーーっ!しゃーーんなろーーーっ!!」 サクラの叫びと共に、大地が抉れ、その抉れた大地から飛び出した石や岩が四方八方に飛んでいき、キバとサクラを囲もうとしていた者たちを容赦なく吹き飛ばす。 「お、おいおい、アイツら借りにも木ノ葉の連中だぜ」 「あとで治すからいいのよっ!」 「い、いや……そういう問題じゃぁねーような……」 キバが呆れた顔をしてサクラを見れば、サクラは平然とした顔をして呟く。 「大体、ナルトのヤツが見せ付けてくれちゃってるから、ストレスたまってんのよ!私だってサスケくんとイチャイチャしたいのに!!」 「いや、サスケは無理だろ」 幸いキバの声は聞こえなかったようで、サクラは第二段とばかりに地形を変えていく。 その凄まじい破壊力を見ながら、こんなパンチを一時期毎日食らって平然としていたナルトを思い出す。 (アイツ、よく生きてたな……) しみじみそう心の中で賞賛を送るように呟くと、スンッと鼻を鳴らす。 臭い……あの男の臭いはどこだ……。 ヒナタに刻印をつけた男の臭いをキバと赤丸は覚えているハズだったのに、臭いを感じない。 (いない?……いや、違う……臭いを変えやがったんだ!) 「シノ!!ヤツは臭いを変えてやがる!!」 「了解した」 キバの叫びにシノは頷き、自分の蟲たちを解放しはじめる。 探索用の蟲は四方八方に飛び、毒をその身に潜ませる蟲たちはシノの周りで警戒態勢をとり、その様子を近くで見ていたネジは、白眼を発動させて周辺を伺う。 (ヒナタ様から聞いていた通りのフォーメーションのはず……刻印の反応がないのに相手はいらだっているはずだ……さぁ、出て来い!あれほど二人を苦しめたお前を、オレたちは容赦しない!) 元気な素振でみんなに心配をかけまいと健気に頑張る二人を見て、ネジは心を痛めていた。 二人は強い、だが、それだからこそ守りたいと思える二人なのだとネジは考える。 テンテンを守りたいと思う気持ちと違いはあれど、どちらもネジにとっては重要であった。 「白眼……あの時の娘、何故刻印が発動しない」 ぞくり 間近に聞こえた声に、ネジは寒気を感じ本能のままに飛びのいた。 白眼でも捉える事が叶わなかったとは思えない。 真紅の髪の男は、空間を切り裂くようにその場に出現したのだ。 そんなバカなと心で呟き、相手を見据えれば、男は首を傾げる。 「ふむ……まだ動けるのか、術が不発したとは思えん……もう一度刻めばいいこと」 「そうはさせないよ!」 ヤマトの木遁忍術が男に襲い掛かる。 数多の木の根っこが四方八方から襲い掛かり、雁字搦めにしてしまおうと触手を伸ばすが、男はフッと1つ溜息をついて消えてしまった。 「なんだって!?」 急に人間が消えるなんてありえないことである。 瞬身で移動したというワケではなく、本当に瞬間で消えたのだ。 (四代目の飛雷針の術に、似ている。いや、もしくは、そのものかっ) 「知っているか?あるものを媒介にして移動する方法は、色々ある。ただ、この石自体が稀少でそうそう使うのは躊躇われるがな」 ヤマトの背後に現れた男に、今度はガイが飛び膝蹴りを食らわせると、男は驚いたように身を捩って間合いをとった。 「ふむ……中々体術に優れた者もいるようだ……」 「己の手を曝け出すとは潔し!気に入った!!このマイト・ガイ、本気でお相手しよう!」 「ガイ先生!!」 「リーよ!よく見ておけ!体術とはこうやって使うものだっ!」 真紅の髪の男が空間を渡る忍術を使用しているのは明らかであった、そしてその空間を飛ぶ瞬間に一種のブレのようなモノを感じていたガイは、本能の赴くままに拳を繰り出す。 何も無いその空間ではあった、が、真紅の髪の男がまともに吹き飛び、リーは歓声を上げる。 「貴様の術はまだ未完成!それではオレの相手は務まらんぞ!」 ガイの魂の篭った声に、真紅の男は溜息をついて、ヤレヤレと首を揺らした。 ジトリとネジを見ると、やはり口元に笑みを浮かべて小さく呟く。 「刻印を刻み付けたのに動ける……興味深い……綺麗な女はいいな」 その視線は値踏みするかのようで、暗く淀んだ声に、サクラもテンテンも肌を粟立たせてブルリと震える。 「愛しい者を殺して、心を砕かせて、オレのモノにした時の快感は……何ものにも変えられぬ喜び」 「へ、変態!!」 「狂ってるわ……」 テンテンとサクラの叫びに対し、真紅の髪の男は哂った。 「そんな男を最後は愛する……それが、この刻印」 「……アンタ……そんな汚らわしい刻印を……よくもヒナタにっ!!」 カッとしたサクラは拳に最大級の力を篭めて相手を殴りつけようとチャクラを溜めるが、その手をシノが止める。 「女が行くのは得策ではないな」 「で、でも!」 「下がっていた方がいいぜ……オレらも気分よくねーんだよ」 ギリギリと歯軋りするようにキバが男を睨みつけ、シノも無言のまま立つ。 「へっ、ナルトがいなくて正解だぜ。アイツがそんな言葉聞いたら、ブチキレてここで何しでかすかわかんねーよな」 「全くだね……ボクも、あまり気分は良くないよ」 ヤマトもジリッと男から距離をとり、攻撃のチャンスをうかがっている。 「男ならば、正々堂々と告白をすべきだ!それが青春の正しいあり方だ!」 「そうです!男ならば正面から当たって砕けろ精神でなくてどうするんですか!」 「……別に恋愛相談してるワケじゃないんだから……」 少し争点がズレているガイとリーに、テンテンがいつものごとくツッコミを入れて、ヒナタの姿のネジが溜息をつく。 どこへ来てもマイペースな師弟である。 「アナタの名前……教えてくださいませんか」 キッと睨みつけたまま、ネジが尋ねると、男はふむと頷き聞き取りづらいほど小さな声で呟く。 「やくじょう……タガウ」 シズネから聞いていた通りの一族であるのは確かであると一同が確認した時、男はククッと小さく笑った。 「月の光りの下で見たときと、今……随分と雰囲気が違う……」 一瞬の隙をつき、ヤマトとガイが攻撃を仕掛けるが、男はふわりとそれを例の石を使って移動してかわすと、ネジの傍に降り立った。 「……違う……お前、違うな」 「な、にをっ」 「月の光りで燐と輝くあの女と違う……アレは綺麗だった……お前とは違う……」 その瞳の光りを見て、ネジはマズイと思った。 そう、その光りに似た目を、つい最近見たのだ。 狂気にも似た恋狂う熱。 (ナルト……マズイ、こいつはヒナタ様をっ!) 「……あの女はいい……アレは月に栄える……一生閉じ込めて愛でるに相応しい」 「く、狂ってる」 サクラの呟きを聞きながら男はクククッと愉快気に笑う。 そう、その笑いそのものが不気味な音を奏でる。 ガイの攻撃やヤマトの攻撃すら簡単にかわすことの出きる実力を持っている男。 「氷雪の姫とセットで並べるもいい……うむ、それはいい……さぞかし綺麗だろう。月と雪……綺麗な二人を闇に閉じ込めてしまおう……」 自分の考えがよほど気に入ったのか、ガイとヤマトとリー、それにキバとシノの攻撃を不思議な術で全て凌ぎつつ男は笑う。 その不気味な笑いに、サクラとテンテンは女としての本能で嫌悪し、寒気を感じて竦んでしまった。 (コイツの笑い声、気持ち悪いっ!) テンテンは巻物を取り出して、ありったけの武器を召喚し投げつける。 その威力の凄まじさといったら無いのだが、タガウと名乗った男はクククと笑い身を翻した。 瞬間何か見えて、テンテンはハッとした顔をしつつ、ガイの方を見た。 「ガイ先生!アイツ、変なマントみたいなのつけてる!剥ぎ取ってーーーっ!!」 攻撃を凌いでいるのは術ではないのだと気づいたテンテンの声に、ガイがいち早く反応し、タガウの近く、何も見えない空間を引っつかんだ。 びりっと布を裂くような音が聞こえ、タガウがはじめて顔色を変えた。 「うむ……野獣は勘がよくて困る」 スッと手を滑らせ、そのちぎれた部分を修正したのか、微かに違和感を覚えるくらいでまた見えなくなってしまう。 「ガイ先生、ソレを綱手様の所へ!!」 サクラが叫び、ガイは「任せておけ!」と爽やかに返事をすると、颯爽と走り去る。 戦力は激減だが、ガイ以外の人物がこの包囲網を突破して綱手の元までいけるとは思えなかったのだ。 「……厄介だな……あの女がいないのなら、ここに用はない……」 「アンタのマントを何とかすれば、攻撃をはじく事は出来なくなるって分かっただけでも御の字よ!ネ……ヒナタ!!」 「わかった!」 テンテンの声に合わせて、ヒナタが回天の構えでタガウの体を吹き飛ばすと、それに合わせてリーがガイのように手を伸ばしマントを引っつかむ。 そして、そこにテンテンの武器の雨あられ、シノの秘術・蟲玉、キバの牙通牙がそれぞれ炸裂する。 「よし!」 ヤマトとサクラは包囲網を完全に狭め、こちらの攻撃を邪魔しようとしている一団の応戦にはいっており、視野に納めていた一連の連携攻撃に、思わず拳を握った。 「コレでどうよ!」 テンテンが吼え、一同が攻撃を一身に受けて動けなくなっているだろうタガウを見るが、そこには真紅の髪の男はおらず、ただ抉れた大地があったのみ。 「な……え?だって、リーが捕まえて……」 焦ったような声を出してテンテンが周囲を見渡し、ネジも同じように周囲を警戒しているが相手の気配を捕まえることができない。 『お前たちとのお遊びはここまで……見つけた……月の女』 最後に脳に直接響くような不気味な声に、一同は顔を見合わせ、それから悔しそうに歯軋りをする。 すなわちヒナタが見つかったのだ。 「とにかく、ボクたちが得た情報をナルトたちに知らせるんだ!あとは、ナルトを信じるしかないっ」 「っくしょーーーっ!!」 キバが叫び、シノも珍しく拳を震わせ、ネジは目を閉じた。 「悔しいのはわかるけど、ボクらは何も得なかったわけじゃないよ」 ヤマトの言葉に励まされるように、一同は顔をあげ、それから周囲を見渡し、操られている木ノ葉の忍たちを見る。 「サイの鳥を飛ばす間の時間稼ぎを頼むよ。コレだけの情報があれば、カカシ先輩とシカマルくんが何とか頭脳プレイで切り抜けてくれるハズ。それに、綱手様に連絡とつけて、ガイさんはそのままナルトたちに合流してもらうようにすれば、あちらの戦力も問題ない」 「……ヤマト隊長!私たちも!」 「ああ、サクラ。ボクたちも勿論行くよ!ここを突破する!みんな、用意はいいねっ!」 「おう!!」 一同の声が重なり、それから先ほど見せた見事な連携のように各々がやらねばならぬ事を瞬時に理解し、突破口を切り開く。 悔しさはあるが、情報は無駄ではない。 己たちに言い聞かせ、何よりもナルトたちに合流するべく一行は走り出す。 そう、戦いはまだはじまったばかりであった── |