09.傷




 不眠不休で里へ戻るという選択肢もあったが、そこまで急ぐ意味も無く、何より高熱が続くヒナタをそのままにはしておけないと、一同が一夜をそこで過ごすことを決定したと同時に、ヤマトがいつものように木遁忍術で簡単な家を建ててしまう。

「ナルトくん……」

 意識朦朧としつつも、ナルトの腕の中で大人しくしていたヒナタは、ゆっくりと視線を上げてナルトを見つめる。

 精悍な顔立ちを見つめながら、どこか満ち足りた気分で、ヒナタはふにゃりと笑う。

 それに優しく答えるよう微笑返したナルトは、腕に抱えていたヒナタを大切な宝物を守るかのように床へ下ろした。

 荷物から簡易毛布を出して敷き、そこへヒナタの体を支えつつ横たえると、ナルトは自分の上着を脱いで上へかけてやる。

 熱がやはり上がったのだろう、ヒナタはうつろな目でナルトに礼を言うと、眠りへと落ちてしまった。

(やっぱ何か引っかかんな……)

 するりと手を足へと滑らし、そこをなぞってみる。

 ひんやりした肌とは違う、熱を持ったそこは、やはり何か妙に気にかかった。

(何が気になってるんだってばよ、オレ……)

 ナルトのそんな様子に、ヤマトは首を捻ってただ二人の姿を見ている。

 熱でうなされ眠るヒナタ。

 大事な彼女を気遣うナルト。

 そう、それだけのハズなのに、ヤマトも何かが引っかかっていたのだ。

「カカシ先輩」

「ああ」

 どうやら、カカシのほうも違和感を感じていたらしく、神妙な顔をしてソッと部屋を二人だけにするようにして席をはずした。

 板の間の部屋に残されたのは、ナルトとヒナタの二人。

「ヒナタ……」

 仲間たちが出て行った扉を暫く眺めていたナルトは、身じろぎしたヒナタへ視線を戻してから、熱い吐息をつくように溢れるような疼きを篭めて名を呟く。

 目を閉じているヒナタの瞼が、少しだけ震え、ゆっくり持ち上がる。

「なる……」

 名前を呼ぼうとしているのだとわかる唇の動きに導かれるように、ナルトは覆いかぶさりその唇を舌で舐めてから、ゆるりと重ねた。

 暫く存分に味わいつくしたのか、少し満ち足りたような顔をしたナルトと、肩で息をしているヒナタ。

「……寝てろ……傍にいるから」

「うん……ありがとう」

 手を繋ぎ、二人横に並んで、横を向いて相手の顔を見つめると微笑む。

(繋がってるんだな……オレたち)

 握っている手ではなく、互いに満たされるような気持ちでソッと指に力を篭めた。

 心はどこまでもあたたかく。

 それでいて、とても心地が良かった……






「カカシ先生、ヒナタの看病は……」

「ちょっと待ってくれる、サクラ」

 看病なら自分がというサクラをカカシが笑顔で押しとどめ、サイは小さく頷くと小鳥を描き上げ、その小さな鳥はカカシの肩に乗ったかと思うと文を括り付け、そのまま木ノ葉の方へと飛んでいってしまった。

「カカシ先輩、いったい……」

「杞憂ならいいんだけどね、ちょっと心当たりが……ナルトがいるなら大したことにならないとは思うんだけど……ね」

「カカシ先生、ですから、看病なら私がっ」

 再度サクラが名乗りを上げるのだが、カカシは首を振って却下する。

「いや、オレが危惧するとおりなら、いまナルトとヒナタを引き離すのは得策じゃない」

「カカシ先輩は、ヒナタさんのあの熱が怪我ではないと……」

「ああ、ナルトも違和感を感じているんだろう。しきりにヒナタの怪我の場所に触れる」

「患部に触るのは……」

 サクラの困った顔を見つつも、カカシとヤマトは頷きあう。

 そう、ヒナタの傷口。

 本当に傷口なのか?

 赤黒いあの腫れ具合、時々傷口がないのに滲み出す血。

 それに、ナルトが過敏なまでに反応している事実。

「傷……ね……とりえず、綱手様が来るまで、ここで待機だ」

「えっ」

 キバが驚いた顔をする中、シノとサイが小さく頷く。

「ヒナタの傷……そんなに……」

「いや、傷かどうかが判別できないのだろう」

 キバの不安げな顔を見ながら、シノが小さく呟くように言う。

 蟲が騒いでいるのか、その表情はサングラスや衣類に隠れて見えないのだが、感じる気配は厳しいものを含んでいた。

「傷かどうかって……どういう意味だよ」

「ナルトって、人の傷をあんなに撫でる趣味持ってないよ」

 そんな中、静かなサイの声が響く。

「は?」

「自分が傷つく分には平気だけど、人の傷には人一倍気を遣うのがナルトだって、ボクは思っています。そのナルトが、さっきからずっとヒナタさんの足の傷に触れて、何かを確認するかのように動かしているんですよ」

 サイの言葉にキバは言葉を失い、自らの内に湧いた違和感に眉をひそめた。

「ナルトはヒナタさんを絶対に傷つけないし、どんなことがあっても守ろうとする。だからこそ、ナルトの行動に違和感を覚えるんです」

 ナルトとヒナタがいるであろう方向を見ながら言うサイに、カカシもヤマトも頷く。

 それが違和感。

 そして、ナルト自身が感じている違和感の素となるものがあるのかもしれないと、カカシが危惧するものとの合致。

「カカシ先輩は何を危惧しているんですか」

「……うーん、一概には言えないけどね。何かの術じゃないかとね……そして、その術が完全に発動できないが故に、ああやって体のチャクラなどの流れを変えちゃって悪さしてるんじゃないかってね」

「術が発動できない?」

 ヤマトが首を傾げカカシを見る。

「ああ、ナルトだよ。アイツのチャクラが強すぎて、術が発動できないんじゃないかってね」

「じゃぁ、ヒナタさんの傍に、ナルトがああやってずっと張り付いているから、悪さできないってことですか」

「……そうと断定は出来ないけど、オレはそう考えている」

 カカシは以前そういう血継限界を持った一族に遭遇したことがあると、一同に説明した。

 何かを媒介にして、相手の体内、もしくは、血液の中へ潜んだ術は、『呪』というものになり、相手の寿命を喰らうという。

 ただ、ヒナタの命を喰らうのに、生命力の強いナルトのチャクラが傍にあり、それを邪魔し続けているのではないかという話であった。

(ま……毎朝口付けして、膨大なチャクラをヒナタに与えているような状態だとは、さすがにここでは言えないね)

 大切な人を失わない、守る為の行動。

 ただの欲求というには神聖な儀式のような口付けをする二人を、ナルトにバレたらタダで済みそうではないのだが、実のところこっそり見ていたカカシは、どこまでも欲にまみれない二人が眩しく、それでいて幸せであればよいと願わずにはいられなかった。





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